2024年6月28日金曜日

令和六年 歳旦帖 第六/春興帖 第二(花尻万博・早瀬恵子・大井恒行・小野裕三・水岩瞳・中西夕紀・神谷波・坂間恒子・山本敏倖・加藤知子)

【歳旦帖】

花尻万博
角見ゆる枯野の奥に消ゆるまで
佛手柑の働く人にまぎれゆく
降りてくるものをうべなひ夕焚火
外套や父と遊びし納屋に似る
日の暮れのねんねこいつも母を入れ
蜜柑山越えて木の国また清める


早瀬恵子
敲の与次郎ひょいと龍頭(りゅうがしら)
初諷経(はつふぎん)多星人の風立ちぬ
父と母泉殿から初お香


大井恒行
山鳩のふくみ鳴きかや去年今年
結晶は氷雨と書かれ匂う朝
初春の「ああ姉さま」と書く手紙


【春興帖】


小野裕三
前よりも耳の大きな初閻魔
空耳の人集まって春近し
早春の君に蹄のようなもの
棘あるものみな置いてきて雛遊び
人相のはっきりしない蜂の子よ
猫柳たましいならば弄ぶ
夏近しよくもわるくもふしぎな子


水岩瞳
節分や鬼にも好かれたきこころ
北窓を開く濁世も久しぶり
地虫出づ此処はかつての駐屯地
我に反骨されど蛙の目借時
つくしんぼ一斉蜂起とまでいかず


中西夕紀
世を閉づる前髪長し卒業す
ももいろの和菓子いただき卒業す
国後の霞見やりて息深し
上気せる顔に手をやり蜃気楼


神谷波
蕗のたうひよこひよこバレンタインデー
はなやかに幕の開きたる春の宵
蕎麦すする鶯の声近すぎる
こつぜんと婆消えゆれる藤の花
よき隣とはムスカリと黄水仙


坂間恒子
引き出しに椿あふれて眠られず
春の蛇回転扉押し行けり
春鴎漁港はあくび噛み殺す
花の雨鏡売りくる夜の透き間
桜蘂降る真夜中の非常口


山本敏倖
陽炎の仮説を崩すかんつおーね
戦艦の腹から蝶の生まれけり
初蝶の波紋はたしか変ロ短調
雪解けの音につまずく囲碁帰り
言の葉以前の言の葉つなぐ飛花落花


加藤知子
春雷や青むか吠えるかなだめるか
純なるもの人身御供として芽吹く 
花冷えの散るまであなた口に詰め
口からは食べぬ桜餅歯痒い
口数でもの言うおのこ春時雨