小野裕三
白靴の昔の形なりにけり
夏の瀬を偽者となり歩くかな
虎の字を名に含ませて夏木立
兄弟子が最後に残る滝見かな
鏡よ鏡昼顔のある生活
親友になれるなれないハンモック
フランスのありとあらゆる夏の旗
曾根毅
欄干に男の集う海月かな
身支度に紛れ込みたる夕蛍
青葉山父の腋から溢れ出し
大井恒行
青芒傷つき抱く昼下がり
火炎なか闇笛草笛祭笛
ひとすじの神に吊られる夏の兵
仙田洋子
夏草やドーベルマンの貌ぬつと
産声に万緑の山目覚めけり
蒼穹に太き虹あり重信忌
言の葉のしづかやはらか月涼し
ひとりには大きすぎたる緑蔭に
ほどほどに離れて鷭と大鷭と
老いながら青蘆原に紛れゆく
辻村麻乃
あめんぼの求婚波を掴みたる
選択の光受けたる蓮の花
いづれかが落つる定めよ柿の花
卯の花腐し他人のやうな一人つ子
病とは白き野にあるハンモック
振り向きて鶴の貌なり半夏雨
合歓の花閉ぢて光を仕舞ひけり
【春興帖】
下坂速穂
猫の恋忘れしころに返事来て
猫の夫かな入れ替はりたち替はり
生みし子を綺麗に並べ春の猫
うつらうつらと起きてゐる子猫かな
岬光世
浅春や太き木を聴くたなごころ
つちくれの野遊びの香を落としける
剪定や蒼天あふぐ藤の蔓
依光正樹
街の人きらきらとして花の冷え
白鷺の春の雪降る中にかな
消えがてに泡のあつまる水温む
老いしづかきのふの花の冷えのやうに
依光陽子
死の土を堆く盛り囀れる
肉強くなつて囀りゐたるかな
春の死や楽譜に雨の音を足し
しろばなの蒲公英に指遠くなる
筑紫磐井
阿耨多羅三藐三菩提菩提僧莎呵
(仏説摩訶般若波羅蜜多心經より)
觀世音菩薩歩くや春の闇
佐藤りえ
道の辺に泥棒結びの春地蔵
アラン・ドロン邸霾れる銃七十二丁
【歳旦帖】
筑紫磐井
『戦後俳句史』成る國栖奏・萬春樂
豆単に無意味な単語去年今年
(豆単:旺文社『英語基本単語熟語集』)
佐藤りえ
犬に顔舐められてゐる猿回し
先生に先生がゐる初昔
【春興帖】
青木百舌鳥
神木の宿木まみれなる芽吹き
畦塗機直してをれば烏来る
ルピナスの若葉噴きをる空家かな
闌春の造化忙しや佐久平
小沢麻結
確と見え行きしことなき島うらら
蕗の薹刻むでまかせ口遊み
ペン落とし響く階寒戻り
渡邉美保
墨壺より棟梁の聲春浅し
薄氷を掬いたき日の偏頭痛
春愁やコーンポタージュの黄を解凍
春雷や傘の柄にある鳥の貌
前北かおる
クレーンの垂らせる紐のあたたかく
一丁目一番地てふ春野かな
風吹いてきたる日永の日裏かな
【歳旦帖】
下坂速穂
初芝居昭和の言の葉をかさね
お運びさん足袋うつくしく忙しなく
湯気立てて買はぬお客ににこにこと
福豆や袋に入れて香りたる
岬光世
手を取れば詫びを言ひたり初御空
乗初や往きたき処行く所
あふむけの目を灯したる初景色
依光正樹
水涸れて大きな水の音思ひ
一対の鷺の息して寒きこと
松取れて風が上より降つて来る
依光陽子
松を目に椋の落葉を踏みをりぬ
天鵞絨に揺らぐ枝影冬館
せはしなき自動ドアや日脚伸ぶ
【歳旦帖】
青木百舌鳥
大年の昼の湯舟をあふれしむ
をぢさんの俳句会なり賀詞交はす
初句会とて担ぎ来し古酒のあり
小沢麻結
お飾の藁の香れる初湯かな
弾み落つる黄身追ひ白身寒卵
ポインセチア一番幸せさうは誰
渡邉美保
爪立てて賀状の龍のやさしき眼
お降りや窓越しに見る三輪車
瓦礫から瓦礫へ人日の虹あえか
前北かおる
年をとこやうやく起こし福沸
負けん気のなくて長兄かるた取る
幕開きて磯の松原初芝居
【春興帖】
高橋比呂子
記憶みな生者なりしか雪の原
きさらぎの行李きえて山毛欅林
水文學なふたりんの玉座かな
風葬の子守歌かな忘れ水
虎屋から夜の梅とて明けにけり
なつはづき
西遊記みたいな雲とゆく日永
かざぐるま風のことばの真似をして
マニキュアが空っぽになる花疲れ
躑躅燃ゆブエノスアイレスは正午
腕と腕絡めてさびし春の蜘蛛
荷を解いて四月の日差しから慣れる
酔っ払い風船買って帰るかな
花尻万博
草花に沈みし錨紀伊遍路
隣る世を支ふる芹のひよろひよろと
角隠しきれざるも佳し磯遊び
上る水下る水あり柳なら
落ちる処までおちて人山椿
古道をへて菜の花のもうすぐに
杉挿し木父のこと皆分からずよ
早瀬恵子
容鳥や自惚れコップのエアプランツ
けんけんぱいろとりどりの五月病み
瀬の早みバイリンガルの時を着て
大井恒行
ものの芽の結ぶははるか葛飾区
典雅なる戦将棋や桃の花
白梅の無限のひかり壺頭
竹岡一郎
一夜官女治水の成りし静けさを
要らぬ子は無けれど一夜官女かな
流木の逞しく立つ俊寛忌
名画座おぼろ十五で死んだはずの僕
死後四十五年の吾がいま花人
来し方を照らすが如き春障子
甘南備の谺まろやか木の根明く
小林かんな
畑まで行くのにそんな寒紅で
版画展るるるるしゃぼん玉るるる
音楽に駆られる木馬春の昼
陽炎に何焚べたんですか博士
紫木蓮マネキンの腰細すぎる
ふけとしこ
摘み頃の蓬よ雨に打たれたる
鹿子の木の肌濡らしゆく春の雨
そのかみの女王陛下の春帽子
煙突の遠く見えゐる古巣かな
春愁のとろりとこはす目玉焼
眞矢ひろみ
春一のすでに腐乱の気配かな
空いてゐる君の隣席春の夢
老いてなほ海馬に少年坐す春暁
望月士郎
囁きの唇やはらかく「うすらひ」
合掌にかすかなすきま木の芽風
三叉路に阿修羅が立っていて三月
まどろみのまなぶた初蝶のつまさき
零ひとつ輪投げしてみる春うれい
絮たんぽぽ吹く球形の哀しみに
原子力いそぎんちゃくにさっと指
鷲津誠次
春雨香ばしく鯉の睡りがち
若葉風左折ゆつたり教習車
土筆摘む保母にも苦き別れあり
病床の母の一口さくら餅
飛花落花母校一度も訪ふことなし
筆まめな異国の母や花月夜
曾根毅
戸袋の見え隠れする春の雷
国境のロープをくぐり白椿
御神渡りゆらりゆらりと戯言など
【歳旦帖】
竹岡一郎
女礼者とアンモナイトを論じ合ふ
人に化け杓子定規の礼者なり
賭博場へ向かふ礼者に嘆息す
寒声や流謫の嘆き高くうねり
欠けざる歯誇りて漁翁ごまめ嚙む
人日や祟る理由もまた恋と
怨霊の行く方を観る七日かな
【春興帖】
岸本尚毅
豚汁にこんにやく多し雛の宵
筒のやうな白く大きなチユーリツプ
色薄く生れし蠅やゆるく飛ぶ
灌仏や五本の杓のあるばかり
やがて来るものの如くに春の雲
ほねつぎの骸骨と春惜しみけり
老人に魔法の国の亀が鳴く
浜脇不如帰
十字架の掌なら激辛ほたるいか
東京タワーは血の味宵の雉
こきざみに惑える窒素菜種梅雨
とびばこをおたまじゃくしをうつくしく
痛いトコ突かれましたですね目刺
きりすとと鵲の巣と歯磨き粉
まったくの基督はさくらもち気質
冨岡和秀
群棲の萼をはねのけ踊る花びら
光る家ゆくえはいずこ声を出せ
沸騰する生命波動や舞い踊る
杉山久子
カピバラの食欲無限春の雲
陽炎へ二足歩行のまま進む
春愁や駱駝をとほす針の穴
松下カロ
落第子ジャングルジムのてつぺんに
ぶらんこに酔ひてジャングルジムに醒め
春の月ジャングルジムに閉ぢこもり
木村オサム
しゃっくりが止まらぬ午後の枝垂梅
モルヒネを増やした朝の薄氷
爆音に怯え蛙か兵になる
落第知るジャングルジムの真ん中で
かげろうの水っぽい手触りが詩だ