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2026年10月9日金曜日

令和八年 歳旦帖・春興帖第一/令和七年 夏興帖・秋興帖 補遺(鷲津誠次・村山恭子・水岩瞳・下坂速穂・岬光世・依光正樹・依光陽子・小沢麻結)

【夏興帖】

鷲津誠次
凡事こそ至難の業やあめんぼう
精悍な眉の遺影や夏座敷
告白の後の沈黙かき氷
麻のれん三日続けてたぬき蕎麦


村山恭子
木を植ゑてわが森とする五月かな
ペディキュアの薔薇を泉にひたしたる
仮の世の旅寝ことさら明易し
花梯梧ラジオの声が途切れたる
二の腕の真白きひとや水中花
鮎食うて明日の泳ぎの達者なる
煩悩を崩すごとくに心太


【秋興帖】

水岩瞳
あの頃の歓喜に触れず敗戦日
鬼灯は居間の灯りになりにけり
かなかなや戻らぬ兵の丸眼鏡
親と子が一つランプに台風来
二人して黙のしあはせ良夜かな
池の端秋の声して振り返る
手紙書く思ひ溢れて夜なべかな


鷲津誠次
機織屋の消えぬ灯りの無月かな
コスモスや輪郭柔く肖像画
泣き言は言わぬ晩年すがれ虫
小鳥来る子の音読の淀みなく


村山恭子
きつぱりとをんな答へる酔芙蓉
秋天に触れつつ登るタワーかな
からころと鬼灯鉢を持ち帰る
川風や踊り納めの下駄の音
たれかれの墓の白菊かれてをり
秋深き四方に水あるむすびの地
びいどろの風や荒野の渡り蝶


【歳旦帖・春興帖】

下坂速穂
葉を踏めばその木のことを年の暮
年忘一人は椅子に正座して
お参りの帰りは梅を探りもし
年始呑めぬ人へもちよと注いで
水温む人の寝癖は愛らしく
いつまでも言葉にならず青き踏む
永き日の鳥影ばかり胸に入る
いつもより明るき五時を燕来る


岬光世
獅子舞の先頭の脚細うなる
如月に閉づる商ひ松納
干支の飴舌に転がす小正月
集ひたる山懐や節分草
涅槃絵を奏でをへたる手を解きぬ
如月や雨見ぬ人の肩濡れて


依光正樹
船べりに大風が来て年用意
竹揺れて土を踏み踏み年詰まる
切手蒐め交換もする年男
狐似の焚火好きなる女かな
すみだ区と書けば春めく隅田川
川に鳥河原に春の帽子かな
歌ひ出でししづかに花を賞でるやうに
雨止んで春の友来る予感かな


依光陽子
書きかけのおろそかの書や冬至梅
くりかへす旋律年の瀬の迫り
事業計画門松の取れたれば
卓の上にものがなしさの鬼の面
彼岸会やドアを開けば鏡ある
姿見の傾きに母はるのひる
春はあけぼの自分の声の離れてゆく
てのひらが腕につながる暮春かな


小沢麻結
初夢にづかづか女三人来る
救助ヘリ雲間より出づ出初式
寒鴉わたし知りませんとそつぽ
  ・
立雛の寄り添ふ如し立子の忌
小一時間探すアドレス春寒し
蒼天へマグマ噴く色花アロエ

2026年9月11日金曜日

令和七年 冬興帖第一(下坂速穂・岬光世・依光正樹・依光陽子・花尻万博・小沢麻結・岸本尚毅・前北かおる・白石正人・ふけとしこ)

【冬興帖】

下坂速穂
翁忌や木の葉のやうに集まつて
ひろげれば大きな冬の翼かな
つらなれる光となつて草枯るる
青空の磨き上げたる冬木かな


岬光世
煎餅の色つく間の冬浅し
弱み在る客を呑んだる大熊手
茎の桶ひとつ屋号として高く


依光正樹
人や熊殺せば済むや冬に入る
割つてみし水に色ある大根かな
待たされしこの身を打てば息白し
池の魚痛々しくも霙来る


依光陽子
短日のねぢれて皮の栞紐
冬枯や写真になつて木も人も
成虫越冬この町が好きであり
冬の河声の滑歳旦帖つてゐる次々


花尻万博
既知過ぐる水仙は目を鮮やかに
人の波魚影にまぎれ年の暮
産道の長さいまさら吹雪くとて
うつし世へ手を伸ばしけり浜大根
粕汁やラヂオは説教いとほしむ
夜を越えて果ての入りばな捕鯨船


小沢麻結
黒ずくめなり一徹の焼鳥屋
眼裏を消えずさつきのは狐火
聖夜劇翼をしかと針と糸


岸本尚毅
枯蔓に下がる古葉や砂がつく
我のもの汝が着たれば褞袍めく
釣り上げしもの枯草に落ちて跳ね
襟巻の人や素十に似てゐたる
冬蠅に肉のやうなる落椿
外套を膝にかけたり部屋暗く
室咲や骨格模型顎ひいて


前北かおる
クリスマスイブのスナックフェニックス
クリニック総出で松を飾るなり
歳晩の河口の雲の明るくて


白石正人
陋屋の鎖のごとき寒さかな
煮え滾るおでん幸徳秋水忌
ぼろ市に皇軍慰問葉書かな
凍光や顏なき列の最後尾


ふけとしこ
煙突の内に声ある十二月
雪晴れや電線保護保護管の黄色
鎖樋雪が雫となり氷柱

2026年2月13日金曜日

令和七年 秋興帖 第八(下坂速穂・岬光世・依光正樹・依光陽子)



下坂速穂
木のこゑにはたと耳寄せ生身魂
走馬灯すつと兎のとほらむか
椅子の背の固き列車よつくつくし
棉吹くや古き映画の中に風


岬光世
時のなき猫の待ちたる鰯雲
マグリットの空より入る美術展
黄落を聴く彼の人の指づかひ


依光正樹
マスカラが落ちて秋の雲降りて来る
梨の皮剝く人の手を見るやうに
隣ゐれば引き立つ女爽やかに
篝火に集まる虫の未だみどり


依光陽子
造花にも裏と表や秋の暮
身に入みて天邪鬼だと自認せる
柿食うて点滴の手がひらめけり
小鳥来る石工の目にはいつも石

2026年1月30日金曜日

令和七年 夏興帖 第九/秋興帖 第七(下坂速穂・岬光世・依光正樹・依光陽子・眞矢ひろみ・小沢麻結・花尻万博・林雅樹)

【夏興帖】

下坂速穂
すこし水遊ばせてから水遊び
いうれいは手の甲を見せ夏芝居
小唄ひと節覚えて帰る西日かな
まくなぎや我の放ちしやうにゐる


岬光世
蚊遣火を絶やさず町の油揚
水中花触るることなき風いとふ
人住まぬ町に働き明早し


依光正樹
著莪咲いて森にちひさな泉湧く
朝の樹に来たるもろもろ雲の夏
村に来る鳥を知りたる若葉冷
梅雨の間清々しくて人の服


依光陽子
かの人のおもかげ涼し九輪草
白き夏の白き胡蝶は白き花へ
アトリエの絵具ゴツゴツ空に虹
寿司食うて潮灼けの髪きらきらと


【秋興帖】

眞矢ひろみ
秋高し見えざる手まで見えさうな
振り向けば使徒はまぼろし初紅葉
帰り花狂気は薄く目をひらく
秋天や鶴が亀追ふスタジアム
一行詩蜀黍のひげ絡ませむ


小沢麻結
対岸へ焦がれはばたき秋の蝶
被せ来し筵展ぐや胡麻を打つ
鉦叩一本調子ふと乱れ


花尻万博
懸命はたてがみに出て無月なり
硝子戸の外にいる人彼岸花
稲妻を迎えに戻る下座かな
鳥威かそかに皇居まで届く
ふと母乳零れていたる稲の花
人の列矢印通りつくつくぼふし
流星の泳ぐ手足を忘れけり


林雅樹(澤)
案山子見る鼻の伸びたるピノキオが
石垣の角の崩や秋の昼
カプセルトイ同じやつ出て来て残暑
握手会終はり月夜に観覧車

2025年7月11日金曜日

令和七年歳旦帖・春興帖 第六(下坂速穂・岬光世・依光正樹・依光陽子・岸本尚毅・木村オサム)



下坂速穂
青き踏む唄ふ子を追ひ越さぬやう
ちよんちよんと亀に鼻ある暮春かな
春更けて石に笑窪のやうなもの
裏赤き苑子の鏡春惜しむ


岬光世
一揺れの透けてゆきたる春氷
白雲のささらぐ彼岸なりにけり
春雨を仄めかすなり牡丹の葉


依光正樹
子が降りた白いブランコ音もなく
鳥の巣に不思議な形冷えてゐる
間を置いて子鹿男鹿孕鹿
船べりに春風が来て鳥が来て


依光陽子
細き窓よりあたたかな木が見えて
蠟梅や蠟のごとくに石の椅子
時間とは流れぬものと梅白し
旧姓を新姓が超え冴え返る


岸本尚毅
初昔会津の酒に酔うて泣き
闇に打つ豆力なく落ちにけり
冬の帽子かぶつてみても春が来る
鴉みな同じ向きなる雪解の木
我に穴ありて息吸ふ余寒かな
廃屋や窓に木の芽がよく映り
春の雪小海老小鰯噛むほどに
遠足や田舎大仏うち拝み
永き日のバケツに暮らす目高ども
服白く磯遊なる膝がしら


木村オサム
ぽっぺんに合わせて地雷原を行く
天才には解けないクイズ雑煮食う
老衰や日永の顏のデスマスク
二次元の教室蛙の目借時
水温む流れゆくのは魚影だけ
愛人に背中さすられ日雷
のどかさやフランスパンでフェンシング

2025年7月5日土曜日

令和六年 冬興帖 第七/令和七年 歳旦帖 第五(眞矢ひろみ・村山恭子・冨岡和秀・田中葉月・渡邉美保・小沢麻結・下坂速穂・岬光世・依光正樹・依光陽子)

【冬興帖】

眞矢ひろみ
雪舟の白のてざわり冬めきぬ
小六月少年老いず逆走す
引きこもる子にせめてもの寒昴
数ヘ日や三度数へて合わぬまま
校庭の白線伸ばす雪女郎


村山恭子
剥き出しの梁の太きや波の花
土砂流れ崩れしままに山眠る
復興てふポスター叩く霰かな
隆起せし道に置かるる慈善鍋
奥能登の仮設住宅注連飾る
数へ日や希望と書きて窓みがく
雲切れし空の青さに冬深む


冨岡和秀
雲のうえ荷風散人 杖を突く
深淵の叫びが谺す仮死幻想
粉雪に白霊まつわる零(ゼロ)夢幻
Yという暗号抱え大河越え
Yの暗号 解けて海峡帰還する
源に玉(ぎょく)を放らば弥勒見え


田中葉月
ありつたけの影投げ入れる二月かな
裸木のやあと手をあげ明日が来る
狐火の夢とうつつの擦れあふ


渡邉美保
枯れていくものに雨ふる近松忌
仮の世の枯野に美しきされこうべ
狐火の曲がりし方へついてゆく


小沢麻結
冬シャツのつつめる体躯頼もしき
社会鍋鈍色雲へ喇叭吹き
餌を探る鷹匠と鷹同んなじ眼


【歳旦帖】

下坂速穂
年送る家のおほかた闇にして
初空や悩み消えれば淋しくなり
途中から佳き声の添ふ手毬唄
福といふ色に捌きし鮪かな


岬光世
湾に沿ふ人へ汽笛の御慶かな
スポーツを家族と観たり三が日
艶の佳く御用始の靴揃ふ


依光正樹
一軒の中華料理の年用意
冬青空大きな枝の懸かりけり
炭火にかざす吾の手朱し人の横
煮凝を持つて隣に来りけり


依光陽子
ほつとするひと言が欲し寒椿
松の内煮物の名人が村に
雲と雲つながるやうに書初めす
早起が苦手七草粥の昼

2025年6月13日金曜日

令和六年 冬興帖 第四/令和六年 夏興帖 補遺(曾根毅・浅沼璞・なつはづき・下坂速穂・中村猛虎)

【冬興帖】

曾根毅
鹿威しより氷柱とも狂気とも
コーヒーを待つ長葱と暖炉かな
冬夕焼近づいてくる杖の音


浅沼 璞
照らされてゴジラの背鰭めく聖樹
ボトルネックギター聖夜も乾びたる
マネキンの褞袍はためく夢の島
冬うらゝ埴輪の口は目と同じ
小春日の巨大風車の曲がる見ゆ
湯けむりの消えて冬至の柱かな
全身で寒の尻ふる赤ん坊


なつはづき
小六月るるると回る綿埃
竜の玉他人行儀のままの靴
さざんかや明るく人に欺かれ
着信は母さんばかり夕焚火
クリスマス射的の銃のずっしりと
笹鳴や日陰の道の遠く見え
顔上げて静かに生きて今日も雪


下坂速穂
かくれんぼしてゐる背中日短か
襟巻やお菓子のやうな犬連れて
なだめすかされしブーツの女かな
冬林檎写真の君の横に置く


【夏興帖】

中村猛虎
人間になりきれなくて散る蛍
逃げ水を追い迷い込む恐山
父の日の父図書館の椅子にいて
鰻屋の女将の指の白さかな
金魚掬いタトゥーの白き手が伸びる
週刊誌の袋綴じに棲む青葉木菟

2025年1月17日金曜日

令和六年 夏興帖 第九/秋興帖 第八(辻村麻乃・堀本吟・鷲津誠次・下坂速穂・岬光世・依光正樹・依光陽子)

【夏興帖】

辻村麻乃
あめんぼの求婚波を掴みたる
選択の光受けたる蓮の花
いづれかが落つる定めよ柿の花
卯の花腐し他人のやうな一人つ子
病とは白き野にあるハンモック
振り向きて鶴の貌なり半夏雨
合歓の花閉ぢて光を仕舞ひけり


堀本吟
草むらに衣擦れのおと蛇が脱ぐ
毀れたか成層圏の日雷
金魚田のらんちゅうに陽矢ゆらゆらと


【秋興帖】

鷲津誠次
音読の覚束なき子虫時雨
うつとりとシルク湯浸かり残る虫
誰も彼も一詩を胸に星月夜
つややかに灯る城町鉦叩


下坂速穂
八月を永しと思ふ路地に唄
棚経や水面の月が月を呼び
月よりも光ほのかに団子かな
月の友思ひ返せば背の高く


岬光世
天地を畏るる日日に秋の蟬
水澄みて心許なき花のこと
定まりし蕾の向きや曼珠沙華


依光正樹
掃苔の水に映れる母の色
大きくてはかなき人と展墓かな
小さき石落ちてしづかや秋の山
水澄んでゆく先々に澄める人


依光陽子
草色の草には非ずきりぎりす
一部屋に居場所のいくつ秋灯
キッチンにもの書いてをり秋湿
ふぞろひの暦が二つ夜業かな

2025年1月10日金曜日

令和六年 夏興帖 第八/秋興帖 第七(下坂速穂・岬光世・依光正樹・依光陽子・川崎果連・前北かおる・中嶋憲武・早瀬恵子・小林かんな)

【夏興帖】

下坂速穂
横丁にスナックのある浴衣かな
説教やバナナの横に皮置いて
瓜を噛むやましいことの少しある
白玉やほなと話を終はらせて


岬光世
ラムネ持つ指輪の指を立てて待つ
狢藻の花へさつきと同じ人
何代目かと寺島なすの花に問ふ


依光正樹
若葉して匂ひのつよき花咲いて
赤きもの夏の落葉の中にあり
光る蟻光らざる蟻蟻の道
明るきも昏きも佳しや金魚玉


依光陽子
汐干狩より帰りたる息を吐く
年輪に鑿で分け入る青葉かな
トマト二個箱に偏る暗さかな
出目金の目のバランスの憎からず


【秋興帖】

川崎 果連
秋雨をバケツにためて牢に置く
前置きの長い戦争桐一葉
まだ斬るかそこまで斬るか村芝居
やわらかく生まれて硬く死ぬ秋思
死者の手を組むは生者や秋深し
秋深し牛が見ている遠い沖
ミサイルの光沢秋鯖の捩れ飛び


前北かおる
爽やかや人にバッグを担がせて
秋蝶に誘われゆく芝の上
また人にしがみつきたるいぼむしり


中嶋憲武
口語訳の月夜へひらく紙の質
月白を逸れ桃いろの足のうら
ことば古ければ鶴来るためしあり
童貞を捨てれば刈田広がる死
稲妻に文字追ふ闇の高架駅
晩秋の手相知らない紫雲の木
濡れてゐて月のほとりの茶葉ひらく


早瀬恵子
紅葉かつ散るケーキタワーにも紅葉
琵琶湖爽秋幽庵焼に灯す舌
ひ孫集える花圃よ秋蝶のラルゴ


小林かんな
広島の果物届く今朝の秋
大西瓜種父の十八番を皆が言い
女郎花二手に分かれ探し出す
神将のみな秋冷に影を負い
秋風のしみて獄卒目しばたく

2024年9月27日金曜日

令和六年 春興帖 第八・歳旦帖 補遺(下坂速穂・岬光世・依光正樹・依光陽子・筑紫磐井・佐藤りえ)

【春興帖】

下坂速穂
猫の恋忘れしころに返事来て
猫の夫かな入れ替はりたち替はり
生みし子を綺麗に並べ春の猫
うつらうつらと起きてゐる子猫かな


岬光世
浅春や太き木を聴くたなごころ
つちくれの野遊びの香を落としける
剪定や蒼天あふぐ藤の蔓


依光正樹
街の人きらきらとして花の冷え
白鷺の春の雪降る中にかな
消えがてに泡のあつまる水温む
老いしづかきのふの花の冷えのやうに


依光陽子
死の土を堆く盛り囀れる
肉強くなつて囀りゐたるかな
春の死や楽譜に雨の音を足し
しろばなの蒲公英に指遠くなる


筑紫磐井
阿耨多羅三藐三菩提菩提僧莎呵
(仏説摩訶般若波羅蜜多心經より)
觀世音菩薩歩くや春の闇


佐藤りえ
道の辺に泥棒結びの春地蔵
アラン・ドロン邸霾れる銃七十二丁


【歳旦帖】

筑紫磐井
『戦後俳句史』成る國栖奏(くずのそう)・萬春樂(ばんすらく)
豆単に無意味な単語去年今年
(豆単:旺文社『英語基本単語熟語集』)


佐藤りえ
犬に顔舐められてゐる猿回し
先生に先生がゐる初昔

2024年9月13日金曜日

令和六年 春興帖 第七/歳旦帖 補遺(青木百舌鳥・小沢麻結・渡邉美保・前北かおる・下坂速穂・岬光世・依光正樹・依光陽子)

【春興帖】

青木百舌鳥
神木の宿木まみれなる芽吹き
畦塗機直してをれば烏来る
ルピナスの若葉噴きをる空家かな
闌春の造化忙しや佐久平


小沢麻結
確と見え行きしことなき島うらら
蕗の薹刻むでまかせ口遊み
ペン落とし響く階寒戻り


渡邉美保
墨壺より棟梁の聲春浅し
薄氷を掬いたき日の偏頭痛
春愁やコーンポタージュの黄を解凍
春雷や傘の柄にある鳥の貌


前北かおる
クレーンの垂らせる紐のあたたかく
一丁目一番地てふ春野かな
風吹いてきたる日永の日裏かな


【歳旦帖】

下坂速穂
初芝居昭和の言の葉をかさね
お運びさん足袋うつくしく忙しなく
湯気立てて買はぬお客ににこにこと
福豆や袋に入れて香りたる


岬光世
手を取れば詫びを言ひたり初御空
乗初や往きたき処行く所
あふむけの目を灯したる初景色


依光正樹
水涸れて大きな水の音思ひ
一対の鷺の息して寒きこと
松取れて風が上より降つて来る


依光陽子
松を目に椋の落葉を踏みをりぬ
天鵞絨に揺らぐ枝影冬館
せはしなき自動ドアや日脚伸ぶ

2024年6月14日金曜日

令和六年 歳旦帖 第四/令和五年 冬興帖 補遺(杉山久子・木村オサム・小林かんな・ふけとしこ・早瀬恵子・浜脇不如帰・下坂速穂・岬光世・依光正樹・依光陽子)

【歳旦帖】

杉山久子
対岸の仲間へ啼けり初鴉
犯人の見当つかぬ読始
買初の途中のプリン・ア・ラ・モード



木村オサム
人日やみんなうなじにコンセント
人日の埴輪の顏を覗き込む
人日やわたしの中は別なひと
人日のボンレスハムの糸ほどく
人日や仮面外すがすぐ付ける



小林かんな
それぞれの位置に鴨たち初景色
初雀老婆三人手を合わす
浅草に人あつまれば笑初
双六に今年の運を使い切る
比類なき単純であり初芝居



ふけとしこ
虎豆も黒豆も煮え小晦日
砂時計の仄白き影年新た
足跡を州浜に残し初鴉



【冬興帖】

早瀬恵子
顔のなき冬天ゆるび地球弾
噴き出せり抹茶ラテの輩たち
つつがなくワイン日本酒からっ風


浜脇不如帰
きりすとは彼が掌くだきてはつひので
散在したる痛点にすきまかぜ
政権は特におでんの具でもなく
蝶凍つるじかんのひずみ否みつつ
インド式九九のてほどきてぶくろに
金将の裏まで読んでたらばがに
カルバリの主と寒晒寒晒



下坂速穂
水仙やとほくに人のあらはれて
鳥に戻つて冬空へ飛んでゆく
萩枯れていつまで揺れてをりしかな
年下の君にも白髪町も冬



岬光世 
数へ日や仕事帰りに寄る花屋
清き藁匂ひたちたる年用意
小晦日埃の交じる星の砂



依光正樹
人の手と動物の手と冬に入る
冬の音見上ぐればまた雲流れ
スケートや手摺り磨きも楽しくて
寒ければ寒いと言ひし女かな



依光陽子
水連れて雲は来にけり栗の毬
水鳥に無色の水を絵筆かな
水槽の金魚に冬の時間かな
雪来るやがさりと鳴りし袋麺


2024年6月8日土曜日

令和六年 歳旦帖 第三/令和五年 秋興帖 補遺(山本敏倖・岸本尚毅・浜脇不如帰・冨岡和秀・下坂速穂・岬光世・依光正樹 ・依光陽子)

【歳旦帖】 

山本敏倖
滅びなる予言のかたち元旦の地震
鏡餅ずらし平和を呼び寄せる
液化するピアノのような初日かな
初夢を覚めても醒めても夢の中
霊辰(れいしん)の扉を開き水を歩く


岸本尚毅
近づくや花びら餅へ鼻と口
水仙がおもちやの如し避寒宿
伊勢みちや冬田の雀みな空に
ひしやげたる箱を苛み寒鴉
スズメ鳩ヒヨドリ枯木おじいさん
もの問ふが如き木の影春近し
笹鳴やうす濁りしてあら煮の眼


浜脇不如帰
冬耕の痕が微かに将棋盤
泰然と構えてしまえこたつねこ
富士額てかげん無用雪礫
きりすとが電気はしらす鶴の骨
冷やかしてげふっと冴えるウィルキンソン
十字架の苦すら本鮪の造
緩急をツケて湯気立つ卅日蕎麦


冨岡和秀
旅涯てに地獄めぐりや恐山
斜陽館文士の声が滲み出す
虚家(からいえ)はいずこにゆけば光満つ


【秋興帖】


下坂速穂
或る町の消えて道ある秋彼岸
厨房の二人に狭し小鳥来る
隙のなき色となりたる唐辛子
水澄みて校歌はいつも山や川


岬光世
新秋や波除願ふ水の音
秋桜ををしき海の鳴り止まず
蔵町を舟と流れて後の月


依光正樹
石ごとに丸みのちがふ水の秋
携帯のなきころの吾秋が澄み
秋の野や桜でんぶの弁当も
町に入りて秋の気配の遠くなり


依光陽子
るりしじみ秋へ秋へと誘ふは
波音のする人美術展覧会
眼の玉に水陰うつす蜻蛉かな
空を来て花野に遊びゐたる人

2024年1月26日金曜日

令和五年 夏興帖 第十一(豊里友行・下坂速穂・岬光世・依光正樹・依光陽子)



豊里友行
恐竜が吼え出す酷暑の地下鉄
旅人とおもう魚群の青葉闇
砂浴び雀の東京群像よ
ガーベラの一輪挿しの日本晴れ
とてもちいさな祭囃子の蕾
とりあえず浜松町の鰻重よ
雲海は神の食卓そらの旅


下坂速穂
人去りて葉音ばかりの夏館
紫陽花や手紙のやうに本を開き
変はらぬ町のどこかが変はり冷し汁
下駄でも買うて帰りたき西日かな


岬光世
夏野への手動扉を開け広ぐ
見上ぐれば知りたるかほの夏の草
青き嶺雲に遅れて吾も行く


依光正樹
声がはりしたる不思議に夏の海
花鉢にいくつも出会ふ日傘かな
子の通ふ公園を見に夜の秋
ゆふがたの匂ひのしたる潮干狩


依光陽子
蜥蜴ゐる石のしづかを思ひけり
いつぽんの線で鳴きけり牛蛙
るりしじみ秋へ秋へと誘ふは
夏の水町のいろいろ映しつつ

2023年9月1日金曜日

令和五年 春興帖 第八/花鳥篇 第七(依光正樹・依光陽子・前北かおる・堀本吟・眞矢ひろみ・下坂速穂・岬光世)

【春興帖】

依光正樹
盆梅や打ち残しある寺畑
春風や運河に映る窓明り
崖怖し花の舞ひ散るただ中も
マスク取つて祈りはじめし暮春かな


依光陽子
翅を得て象が胡蝶となることの
東風吹くや人の壊れてゆくときも
亡失の春や写真の端が反り
三月の終はりを赤く枯れゆくか


前北かおる(夏潮)
埋立の如くにひらけ麦青む
眩しさに慣れていよいよ麦青く
菜の花の広がるところ斎宮址


【花鳥篇】


堀本吟
鹿の子や楠の走り根地にもぐり
すれ違う眼でものいうて蛍狩
峠越え眼窩に風の涼しかり


眞矢ひろみ
酢で〆よ戦争好きも木耳も
首傾げ雉歩み去る銀河系
美男美童みな攫はるる花辛夷
死は後に迫りくるもの白牡丹
冥婚の列しんがりの道をしえ


下坂速穂
もの思ふさまに鳥ゐる緑雨かな
緑蔭のおほきな球は小鳥塚
合歓の花夕暮の雨ほのめかす
花錆びて香を鎮めたる極暑かな


岬光世
白き斑の風切羽に春生れて
残る鴨もぐりて音を立て一羽
雪柳一枝の力尽くしゐて

2023年8月25日金曜日

令和五年 春興帖 第七/花鳥篇 第六(鷲津誠次・下坂速穂・岬光世・中村猛虎・渡邉美保・なつはづき・小沢麻結)

【春興帖】

鷲津誠次
新調の杖を褒め合い若菜風
嬰児のおなら大きく春の川
花の雲城趾へ急ぐ園児の列
あつけなく兄との和解花の夜
逝く春や畳屋の灯の薄明かり


下坂速穂
子も孫も亡き人に似て風光る
うららかな人形町の絵地図かな
くしやくしやの千円草餅と替へむ
少し降りては囀に振り返る


岬光世
四五枚の若葉のフォークソングかな
葉は花の肌となりぬ桜餅
間引きたる花の大きさ夏近し

【花鳥篇】

中村猛虎
梅一輪シュプレヒコールの声に揺れ
花冷えや赤ちゃんポストにブザー音
鳳仙花バリウム重き紙コップ
新宿の桜の花に麻酔弾
軒先で鯉飼う村の花の雨
醍醐桜隠岐の島へと散りゆかむ
倶利伽羅紋紋生まれ変われば蕗の薹


渡邉美保
永き日の水面を川鵜滑りくる
黄薔薇咲きクラリネットのよく響く
ビー玉が描く軌跡や夏燕


なつはづき
十薬や傘を閉じられないふたり
海鳴りは父 額の花が咲いたよ
息湿らせ埋めた金魚と語り合う
ドラキュラの淋しき背中花ざくろ
濡れ縁に呼吸めく風明易し
ベランダは男の孤島紫煙吐く
吸血鬼じみた夜あり夏痩せす


小沢麻結
桜蘂降る校庭の砂乾び
春の夜や母の眠りを守りゐて
どくだみや明るみつつも雨雫

2023年5月26日金曜日

令和四年 冬興帖 補遺/令和五年 歳旦帖 第八(林雅樹・水岩 瞳・下坂速穂・岬光世・筑紫磐井)

【歳旦帖】

林雅樹(澤)
初日さす川に浸かれる倒木に
ふにやふにやの摩羅折り入るゝ姫始
級友の娘が巫女や初詣


水岩 瞳
初暦絶景三百六十五
初御籤末吉上等待ち人来る
初鏡変えたコスメの効果どう


下坂速穂
松立てて小さな駅の賑はへる
似た人の後を君ゆく寒詣
拳玉を母へ買ひつつ初薬師
戸が噛んでをりし福豆見つけたる


岬光世
会ふことの無からむ人よ賀状愛づ
輪飾を抜けて天空金の鶴
語らひは山から山へ初霞


【冬興帖】

筑紫磐井
真っ黒な蟹赤くする周富徳
嘘つきメニュー 人魚の温スープ
白鳥の王子・王女やむつみ合ふ

2023年5月19日金曜日

令和四年 冬興帖 第八/令和五年 歳旦帖 第七(水岩 瞳・下坂速穂・岬光世・依光正樹・依光陽子・佐藤りえ・ふけとしこ・岸本尚毅・渡邉美保・青木百舌鳥・眞矢ひろみ)

【冬興帖】

水岩 瞳
薔薇ジャムをティーにたつぷり漱石忌
よりかかり泣く人を抱く大冬木
世間てふ愚から北窓塞ぐべし
弁当に緑一点ブロッコリー
小走りに消える街角久女の忌


下坂速穂
ワーキングスペースと云ひ炬燵に独り
犬を枕にサンタクロース待つてゐる
猫の背の冬日を撫でて弱気なる
かまくらへそろりそろりと何運ぶ


岬光世
着ぶくれて海より見ゆる町のこと
休憩や順に置きたる冬帽子
音信の無きことに馴れ枇杷の花


依光正樹
冬ざれや止まない雨が吾を打ち
夕方や寒くてごめんねも言へず
初空がくまなく照らし人の肩
寒稽古派手なターンを見せ合うて


依光陽子
青銅の翼を我に冬が来る
何色と云ふはむつかし冬の花
曲を書くこともスケッチ冬の日の
寒き窓よりあたたかな木の見えて


佐藤りえ
雪止んで犬の睫毛も暮れてゆく
修羅雪の刃の先に血の五片
ペン先をふり洗ひして寒の水


【歳旦帖】

ふけとしこ
輪飾りや風が生簀へ寄つてゆく
人日やユーカリの葉に鼻を当て
どんど焼き日は薄紙を被るやうに


岸本尚毅
初春や昔ながらの自動ドア
裏白の先が何かにひつかかり
なまり節猫に食はせてお元日
起伏ある墓地広々と初鴉
よく動く彼の頭や初笑
竹馬の子に犬を抱く子が笑ふ
墓見つつゆく松過の家路かな


渡邉美保
少彦名命にもらふ龍の玉
花びら餅のうすももいろの禍根かな
初凪の海へ鶚の急降下


青木百舌鳥(夏潮)
沖をゆく船も加はり初茜
雲上にあふれ出でけり初日の出
磯の人に初日の波の寄せてをり
からければ酒を酌み継ぎ正月魚


眞矢ひろみ
旅はじめ綺羅あるものをよく拾う
初夢や象すこし色づいてゐる
初日いま三千世界全うす
初日射す夢殿にある真暗がり
破顔一笑十日戎へ向かひけり

2023年3月10日金曜日

令和四年 秋興帖 第八(水岩瞳・堀本吟・渕上信子・下坂速穂・岬光世)



水岩瞳
月は見し石舞台でありしこと
何億と祈る人ゐる良夜かな
薄紅葉ひとりぽつちといふ素敵
不条理が増えて色濃しピラカンサ
寂しさが銀化してゐる芒原


堀本吟
秋灯し読みたい本が山積みで
一隅に雲かかりおる秋の空
いのこづち畳のへりは猫の道


渕上信子
秋の蝶はげしく縺れあふ刹那
料理ひとりで秋晴の日曜日
思ひ出はみな輝くよ秋夕焼
文化の日隣の庭も少し掃き
秋晴や三部合唱マスクして
赤蜻蛉いつもの道で少し迷ひ
深呼吸秋のをはりの晴々と


下坂速穂
竜胆を供へるころの空が好き
秋天や地図を片手に来て迷ふ
踏切の向うの秋を見つめたる
猫に似し何かがよぎる夜寒かな


岬光世
花の名を知つてゐるなり鉦叩
秋桜ふたり姉妹の写真かな
晩秋の日差しへ向きをかふる山

2022年12月9日金曜日

令和四年 夏興帖 第八(渡邉美保・前北かおる・下坂速穂・岬光世)



渡邉美保
炎天の眉ととのへてゐる少年
蘭鋳の痣うつくしく向きを変へ
ガガンボのわが白髪に紛れをり


前北かおる(夏潮)
星条旗蟬の脱殻つけてあり
かをること忘れて薔薇炎天下
噴水をバスが一周してゆきぬ


下坂速穂
一礼の涼しき人が指南役
十年は長し短し更衣
地下街に騒と閑ある熱帯夜
過去世を掌の忘れざる冷し酒


岬光世
青薔薇の蕊を閉ざして咲きにける
白日傘思ひのたがふ人と居て
宝石の名の湖や籐寝椅子