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2022年2月25日金曜日

令和三年冬興帖 第三/令和四年 歳旦帖第三(鷲津誠次・仲寒蟬・井口時男・ふけとしこ・杉山久子・花尻万博)

【冬興帖】

鷲津誠次
霙打つ小駅に朽ちし伝言板
ひとり言好きな家計やかいつぶり
冬夕焼転校生はまた転校


仲寒蟬
素うどんがきつねに化けて神の留守
逃げられぬ海鼠に舟の影およぶ
モノクロのネガのごとくに冬の水
鯛焼に正面の顔なかりけり
人寄れば大きく崩れ鴨の陣
演歌歌手並みの声量火の用心
榾火のけしきソドムともゴモラとも


井口時男
憂國忌蚤の幽霊さまよへり
ニュートンの沈みし海や大海鼠
写実の海に人魚溺れて冬の浪
枯野のゲリラ花束を擲弾す
ほろ酔ひの身を山茶花に抱き取られ
闇は温し光は痛し寒卵
その前夜(いまも前夜か)雪しきる


ふけとしこ
人参にピーターラビットの歯形
人参抜く西空も人参のいろ
風が出て人参甘く煮上りて


【歳旦帖】

杉山久子
あをあをと長門八景初明り
掃初の箒に猫が手を出しぬ
春待つ詩紙飛行機の片翼に


仲寒蟬
初夢の居間から宇宙ステーション
初鏡この老人は誰ならむ
御慶とてライン着信鳴り通し
午後の日の手元におよぶ歌留多取り
沈没の国のごとくに雑煮餅
箱開けてまた箱あやしげな初荷
初日とか初地球とか月面基地


花尻万博
鬼棲まぬ山々贄の寒さかな
新しき光より降る五円玉
屠蘇零す目を開けたまま獣らは
暖かく正月を巻く救急車
葉牡丹や美しき芸見えぬころ
釣り竿の向こう鬼らの凧上がる

2022年1月14日金曜日

令和三年 秋興帖 第八(井口時男・小野裕三・関根誠子・田中葉月)



井口時男
ひぐらしの鳴かぬ国なり自爆テロ
胃袋へ黒蔦が這ふ今朝の秋
身を宙に吊つて南瓜の蔓太し
マスクして金木犀の花を過ぎ
匍匐して花野に斃れ帰らざる
鬼柚子がごつごつとあるでんとある
肩先に月尖らせて少年は


小野裕三
のど自慢すぐに退場野分晴れ
しゃあしゃあと案山子となっていたりけり
台風の色蹴散らして進みけり
逆さまに生き物吊るす秋彼岸
啄木鳥やきれいさっぱり失恋す


関根誠子
鉄を組む男等ひかる野分晴
朽葉まじりに蟬の死の簡単なこと
秋酒場毒飲むやうに微笑んで
駅裏は落書の通ねこじゃらし
秋の空宇宙の色の混ざりをり


田中葉月
つくづくひとりつくづく水草紅葉かな
六道の辻に誘ふ蛍草
秋蝶や疵に届かぬ舌なんて
月光や一角獣をさがしゆく
嬰児と鏡のあはひレモン置く

2021年10月29日金曜日

令和三年 夏興帖 第七(井口時男・眞矢ひろみ・前北かおる)



井口時男
筋肉は饐えて五色の黴の花
ウイルスの吐息おぼろに合歓の花
蟇他人ばかりの死者の数
蜜流れ乳流れ難民流れ砂炎ゆる
真裸の少年ダヴィデに姫百合を
水瓶座の女しやがむや泉湧く
イカロス溺れ瀬戸は夕凪夕炊ぎ


眞矢ひろみ
夕凪や山幸彦の還らざる
夏マスクずらし滅亡予言など
石鎚の地肌削ぎ立つ涼しさよ
紙魚邂逅す岩波新書絶版に


前北かおる(夏潮)
疫病の衢に聖火燃やす夏
上空のカメラに替はり揚花火
プールより顔くしやくしやに泣きながら

2021年9月10日金曜日

令和三年 花鳥篇 第十一(仲寒蟬・早瀬恵子・井口時男・佐藤りえ・筑紫磐井・のどか)



仲寒蟬
梅林に迷ひしことは伏せておく
鶯の森の明るさ湖よりす
三方に奇岩絶壁桃の村
草を編むネアンデルタール人の春愁
お若いですねと言つて筍をもらふ
しまはれぬ翅だらしなく兜虫
海月に聞けその海流のことならば


早瀬恵子
スノッブな風のごちそう花見鳥
花パワー天地返しの自粛の園
バロックはロックのオンかパンジー茶
而して母の金魚は喪の素振り


井口時男
春宵の「居酒屋馬酔木」灯りけり
逃水や王国いくつ亡びたる
遠富士へ言の葉若葉ちぎり行く
すひかづら日暮の母の足の裏
ルノワールの少女らにサァ薔薇の鞭


佐藤りえ
測るがに尾を振り回す春の牛
枇杷の実や蓋を組み合はせて遊ぶ
デスメタル聞かば聞けとし夜光虫


筑紫磐井
ドクホリディは死なず炎天なる決闘
助五郎(きょうかく)を葦原雀贔屓にす
  北川美美を思い出し
死んで十両生きて五両の洗鯉


のどか
白鳥座へ戻る交信時計草
素足の子ペディキュアでする自己主張
父の日の似顔絵に濃き鼻毛まで
木耳や百鬼夜行に遅れたる
勝鬨や木耳数多亡者めく

2021年6月25日金曜日

令和三年 春興帖 第九(依光正樹・依光陽子・井口時男・佐藤りえ・筑紫磐井)



依光正樹
花冷の雄蕊をひとつ拾ひたる
春禽のものも言はずに身ほとりに
春寒のふざけあひたる仲や何
花筏もうひとひらを乗せてみたし


依光陽子
聴きゐるは滂沱の無音春の鵙
舟揺れて君は揺れずよ鳥帰る
イヤホンの落ちてゐる椅子春の雪
蝶々を捕へし網をかるくねぢる


井口時男
うらゝかや老漫才師鳩まみれ
何事も「させていたゞく」とか土筆
春ぢやものらしやめん金魚赤いベゞ
祝婚や曳舟からの花便り
金雀枝やいのち傷みて母逝きぬ
母逝きてすみれかたかごれんげ草
春の野に女童(めわらんべ)の母遊ぶらん


佐藤りえ
雲雀野にくだものの匂いがするわ
切り通しいよいよ無人余花曇
ちり籠に桜はなびらかたまりて


筑紫磐井
マスクして沈黙の春ばかり
井戸端で茶壷に嵌る老いの春
  鈴木明氏
春闌けて白にて仕舞ふ全句集

2021年4月16日金曜日

令和三年 歳旦帖 第十二(井口時男・五島高資・佐藤りえ・筑紫磐井)



井口時男
去年今年ゴヤの巨人の一跨ぎ
黒い絵の部屋に聾(みゝし)ひ去年今年
雪嶺はるか後退り行くわが帰郷
雪嶺かゞやくこの現し世へようこそ
マスクの下のカイゼル髭や信田妻
ナルシスの指わなゝくや寒卵
春寒やメールの言葉やゝ尖り


五島高資
若水を赤秀と分かつ島根かな
初富士の穢土を憂ひて空にあり
立ち返る年の孔雀の助走かな
蓬萊や浦に翁の隠れたる
雲間より天見ヶ浦の淑気かな


佐藤りえ
パパイヤの木にパパイヤの初明り
初御空ひむがしへ行くおほみあし
 悼 北川美美
虎と龍従へ空つ風に乗れ


筑紫磐井
年の鐘ひびかぬ夜を迎へけり
人間(ひと)のゐぬ草木世界春や嘉し
「今年逝った人々」が溢れてゐる

2021年2月19日金曜日

令和二年 冬興帖 第五/令和三年 歳旦帖 第五(青木百舌鳥・松下カロ・井口時男・堀本 吟・望月士郎・夏木久・小沢麻結・ふけとしこ)

【冬興帖】

青木百舌鳥
立冬の丘を星糞踏みのぼる
一の酉石段濡るるほどに雨
一団の一人一人が熊手買ふ
リサイクルきものショップにマスク買ふ


松下カロ
爪を噛む青い氷柱を見たあとで
小さな氷柱か兵士の襟章は
休演のオペラハウスは大氷柱


井口時男
父あらば白寿霜月初雪草
憂國忌父よ白寿の二等兵
憂國忌父よ白寿の「ハラショ・ラポータ」
いつからの晩年小春日の三日目
鉄骨の森に迷ひて蝶冷ゆる
踊子の手足かじかみ白鳥来
雪の猟犬の肛門大開き


堀本 吟
初雪や雑木林の鴉二羽
白息の嬰児(やや)はかぐわし乳臭し
熱帯に交尾りて花のごとき臀


望月士郎
夜焚火に燃えてめくれる私小説
やぶこうじ母を忘れた耳飾り
兎抱くとくんとくん純情す
十二月七日、九日みみぶくろ
湯たんぽのたぷんと不審船がくる


【歳旦帖】

夏木久
竜宮へ寄らぬ便とは宝船
コロナ籠の夜色楼臺雪萬家
縄文は何の縄かと初御空


小沢麻結
箱根駅伝仰ぐ眼の捉へしは何
初乗やきら頼もしきボンネット
寒菊の後ろ姿を見るなかれ


青木百舌鳥
粛として疫病のなかの初詣
ターレーを下りし初荷のゆくへかな
初荷来て氷まみれの荷捌所
眩しみていよいよ丸し初雀


ふけとしこ
正月のインコが塩をつつく音
はつはるを岩合さんの猫が跳ぶ
繭玉や下駄の見事に裏返り

2021年1月8日金曜日

令和二年 秋興帖 第九(井口時男・家登みろく・下坂速穂・岬光世・依光正樹・依光陽子)



井口時男
 乱丁泰西美術史初学篇
うろこ雲ひろがりマリリン・モンロー増殖す
モンローの増殖断つべし鵙猛る
モンローの逆さまつ毛や曼殊沙華
田を棄て家を棄て秋晩鐘に母を棄つ
落穂拾ふ妻よまたも子を孕み
糸杉を地の軸として月天心


家登みろく
核心になほ触れぬまま栗ご飯
肯うて後の道のり鵙猛る
恋果てて秋光眼を啄みぬ
露結ぶ我がぬばたまのアイライン
しらじらとしめじだらけの鍋つつく


下坂速穂
伐られたる木のこゑ満ちて夜の鹿
ときじくの花あるほうへ穴惑
穴惑真昼をしんと曇らせて
鳥の中から鳥翔ちて冬へゆく


岬光世
待つとなく朝顔の蔓細りゐる
雨の止む気配を余し萩の花
虫の音をとほす竹垣しつらへし


依光正樹
名前なき家事をつづけて秋が来て
ゆふがたのマスク外せば秋めいて
鶏頭を見る秋雨に打たれても
穴惑星のまたたく夜なりけり


依光陽子
左手は左へ伸ばす秋の風
秋蟬の翼は濡れてゐると思ふ
まなざしが水引草に触れにゆく
秋蝶や淀みなき枯れすぐそこに

2020年9月11日金曜日

令和二年 夏興帖 第六(妹尾健太郎・椿屋実梛・井口時男・ふけとしこ)



妹尾健太郎
風薫る脚立に立ったりしなくても
大小の対象のない烏賊泳ぐ
河童忌の銘々皿を銘銘洗う
其は回想シーンから入り来る凌霄花
後ろ頭に生涯浮かぶかの蝙蝠


椿屋実梛
五月雨や静かな曲を好みをり
歩ききてマスクの中は滝の汗
子どもらに思ひ出のない夏となり
鶴瓶落とし政府の愚策底のなし


井口時男
病葉やゲルニカに散る馬の首
青黴やルドンの目玉が闇に咲く
マスク流るゝムンクの橋の梅雨夕焼
ラスコーの闇の赤牛跳ねて夏
喪服脱ぐピカソの女夜の蟬
口寄せたまへば青白きかな夜の百合
こをろこをろと海かき混ぜよホヤ熱死


ふけとしこ
急坂や揚羽と同じ風をゆく
滴りに息継ぐ役行者かな
火の国の出自を言うて冷し酒

2020年6月19日金曜日

令和二年 花鳥篇 第五(網野月を・前北かおる・井口時男・山本敏倖)



網野月を
こどもの日此処だったかな秘密基地
おとといはあれだ親父の誕生日
元カノの後ろ姿や夏きざす
夏めくやバッティングセンターの割引券
通販のドガのレプリカ花は葉に
睡蓮の鉢を沈める怒り肩
葉桜に未来というの来てしまい


前北かおる(夏潮)
物忌になぞらへて夜々おぼろなる
忌籠の日数のつもる春埃
応援の如くに布団叩く春


井口時男
歳時記に君の句ありと花あせび
八年経ぬ死にたればまたヒヤシンス
マスクして寡黙な春となりにけり
花盈ちて虚空波立つウイルス禍
空咳に小鬼さゞめく花明り
蝶落ちて鱗粉の街メイド服
さながらに陽光散華叫天子


山本 敏倖
菜の花に辿り着いたる我は誰
自撮りする背後は古代桜かな
さえずりの平行棒は変体仮名
殿様蛙古城のように身構える
火焔土器をふっと離れし烏揚羽

2020年5月8日金曜日

令和二年 春興帖 第八(飯田冬眞 ・小沢麻結・坂間恒子・網野月を・井口時男・中村猛虎)



飯田冬眞
臘梅や含羞の色訥訥(とつとつ)と
あくびして虚無を身に飼ふ恋の猫
愛の日のわが影乾き始めをり


小沢麻結
夜開く花に似て雲春立ちぬ
輪を半歩外れ立ちたり新社員
ポケットから洗濯挟み姫女菀


坂間恒子
イスラエルヘ帰る人あり朝桜
朝桜ほどよきところ梯子かな
はっきりしないのが勝か李の花


網野月を
薄氷あの子に踏まれるまで待って
出目金は遠い親戚ムツゴロウ
言葉遣いの知らない人と花疲れ
膝替えは兄弟弟子や弥生果つ
西東忌吾は孫弟子でありにけり
遅日の象師の面影を追っている
祈るとは諦めぬこと染卵


井口時男
春風やクラリモンドは自転車で
シャボン玉子らと子雀跳ねやすし
天地の開けておたまじやくしかな
我や悪相雪柳の花扱き取る
ウイルスの春ひつそりとケバブ売
春の雪はだらまだらに世界病む
惜しみなく無人の街の夕桜


中村猛虎
三椏のどの道行けどフラクタル
花の下抱き寄せようか押し倒そうか
卒業歌終えて少年のジハード
菜の花の濃厚接触しているか
春の夜の発音できぬあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛

2020年3月13日金曜日

令和元年 秋興帖追補/令和二年 歳旦帖 第十(家登みろく・井口時男・仲 寒蟬・五島高資・佐藤りえ・筑紫磐井)



家登みろく(森の座)
福達磨 勝ちにゆくにはまだ素く
独り居の豆撒壁を跳ね返る
海老押しのけ蛤開くちからかな


井口時男
ひしめいてスマホかざすも年迎へ
死者たちの書物並べて去年今年
乳の香うつすら人の日のエレベーター


仲 寒蟬
進むべき道は初湯の湯気の奥
一族とともに縮小鏡餅
仕舞湯の湯気の多さも四日かな
電線の見えぬ空なし初景色
ぺたぺたと赤子の触れて鏡餅
どんどの火こぼれしばらく地を焦がす
ミサイルのあと七草粥のニュース


五島高資
初富士や背骨を昇る炎あり
立ち返る山懐や初筑波
初日影とりどりにあり花崗岩


佐藤りえ
歩み越しとりかへばやの去年今年
  今生のいまが倖せ衣被
根性のいまがっついてからみ餅
瑞雲で阿難迦葉を牛蒡抜き


筑紫磐井
子の年の子の国にある御慶かな
先生虎皮下で届く賀状の見覚えなし
さっそうと坊主屏風に消えにけり


【秋興帖】
井口時男
銀河流れよ廃墟も青き水の星
俳諧は死語の波寄る秋の岸
瓦斯燈に秋ともし行く影男
身の秋を泪橋から山谷まで
月蹣跚コンビナートがのたくる
黄落の中を眼病みの独学者
山姥も綴れ刺すかよ冬支度

2020年2月28日金曜日

令和元年 秋興帖・冬興帖追補/令和二年 歳旦帖 第八(林雅樹・小林かんな・小沢麻結・渡邉美保・高橋美弥子・川嶋ぱんだ・青木百舌鳥・家登みろく・水岩瞳・井口時男)

【歳旦帖】

林雅樹(澤)
カレンダーお渡し会や握手なし
輪飾や犬寝そべりて町工場
『ラ・カテドラルでの対話』下巻を読み始む
バイアグラ飲めば頭痛や姫始
後期高齢者餅の早食ひ大会ぞ


小林かんな
ペンキ絵の富士の嶺年のあらたまる
はろばろと鳥の声して初射会
白足袋を奉射の幅に広げつつ
つつしんで後ろの射手も矢をつがえ
隅っこに突き当たりたる嫁が君


小沢麻結
読初や私淑の心定まりて
繭玉の揺れ止み影はなほ揺らぎ
向合ひの真珠大玉初句会


渡邉美保
手拍子は祝うて三度実南天
祝杯の金粉沈む手毬歌
波音を聴きとめてゐる初鏡


高橋美弥子(夜守派)
御降や猫の鼻先ふくふくり
女正月母の銘仙帯の蝶
初買や高齢猫の缶選りぬ


川嶋ぱんだ(夜守派)
元旦の廊下の人はちりぢりに
人は水 木も水 寒九の水を汲む
怒鳴りたるチーズと置かれたる御屠蘇


青木百舌鳥
フロントの肌つるつるの鏡餅
席ゆづるゆづらるるまた厚着なる
寄鍋のアルゼンチンのエビとかや
冬の蠅なぜ居るなぜに見当たらぬ
節分草石に膝つき誉めにけり


【秋興帖】

家登みろく
秋初めきつね色帯び昼の月
一茎に命ぎつしり蝦夷竜胆
鋸を引く背押す肩うろこ雲
馬の眼の光恋しと残る蠅
颱風のかきまぜてゆく芋の蔓


【冬興帖】

水岩瞳
カプチーノのハート崩れてレノンの忌
冬三日月阿弖流為のこと母礼のこと
散紅葉天より降つて天を透く
父が父らしき頃なり懐手
寒紅を引くきつちりときつぱりと
思春期の黙の主張や青木の実


家登みろく(森の座)
千切れてはまた集ふ雲千空忌
落葉道深くもわづかに師の軌跡
棘なき青森薊句碑に供す
白息の激し俳論語らへば
着膨れて母小さき荷を持て余す


井口時男
母我を忘れたるとか雪便り
メルカリで背骨売ッたるや冬ごもり
新巻がクワッと眼を剥く雪起し

2019年12月13日金曜日

令和元年 夏興帖 第六(浅沼 璞・林雅樹・北川美美・青木百舌鳥・岸本尚毅・田中葉月・堀本 吟・花尻万博・井口時男・渡邉美保)



浅沼 璞
ねむたげなまなこ降りくる花あふち
ポットからそゝぐ父の日の無言
階段のぢつと動かぬ更衣
冷房のスカートは腰ほそくなる
日本の目鼻だちして欠き氷


林雅樹(澤)
池に浮く子供の靴や蝉しぐれ
うんこちよつと出ちやつた花火きれいだな
キューピーの波に漂ふ驟雨かな


北川美美
喧嘩するためのトマトを山積みに
血のごとくトマト煮詰めてゐるところ
赤赤とY子弔うトマトかな


青木百舌鳥(夏潮)
きらきらと化繊の綾や明易き
夏山や鍬つかふ音の乾びたる
日曜の会議へ歩く祭町
懐メロにグッピーの舞ふ喫茶室


岸本尚毅
笑ひをる顔の若あゆ新茶汲む
安物の水鉄砲のうすみどり
三才や回つてみせて素つ裸
避暑の人寒しと云うて犬を抱く
空蟬は雌日芝の葉を固く抱く
ラムネ飲む女とラムネ売る男
夏帽子振ればジブリの映画めく


田中葉月
美しき雨つれて来よ道をしへ
眠れないああ眠れない蟇蛙
禁断のくだものを食べはんざきに
ふあの雨音またずれてゐるバルコニー
蝉時雨こんなに軽い本音かな


堀本 吟
季のみだれ
季のみだれ四通八達蟻の旅
ねむの花金魚からまた金魚生れ
けもの道わけいっても雲の峰


花尻万博
問い掛けの途中昼寝始まり
守宮の尾疾走までは夢境
花茣蓙を阿保程敷いて病み直す
羽蟻に強き反芻ありにけり
陸の魚に潮近付けぬ朝は曇り


井口時男
沢水ひかりころがる百の青胡桃
火の文身水の文身都市雷雨
夏の夜をこれ天山の雪の酒
  *「楢山節考」のモデルの村で。三句
夕焼の早桶沢へ七曲り
晩夏晩景矍鑠として山畠
老農に志あり夏逝くも


渡邉美保
水音に誘われて入る木下闇
折紙のピアノ鳴りだす大西日
沼杉の気根膨らむ半夏雨

2019年9月27日金曜日

令和元年 花鳥篇 第六(小沢麻結・井口時男・岸本尚毅・仙田洋子)



小沢麻結
満月の更けて煌々春コート
スパイダークロスステッチ薔薇の午後
パン厚くバナナとラムの黒糖ジャム


井口時男
鬣青く谷間の夏へいつさんに
夏蝶の影が貼りつく甃のうへ
炎帝と酌むガード下の昼酒
黒猫の眉間に発止(ハッシ)!夏星燦
海鞘ふとる海底ひそと動く夜も
水茄子や南鳥島風力3


岸本尚毅
永き日の後のつめたき夜の闇
平成が逝き春が逝くパンを噛む
老鶯や莟大きく百合の供華
郁子若葉梅の支へ木巻きながら
昼顔の花と子供と鋏虫
玉子丼ほろほろ食うて桜桃忌
売つてゐる扇に透けて扇かな


仙田洋子
口つぐむチェルノブイリの春の鳥
絶滅の近し近しと亀鳴けり
ちぎられし英字新聞鳥の巣に
べたべたと躑躅べたべたと妬みゐる
エビアンを飲み葉桜のざわざわと
相撲部の部室風鈴鳴りにけり
ウィンドサーフィン水平線のまだ遙か

2019年7月26日金曜日

令和元年 春興帖 第十(渕上信子・望月士郎・井口時男・青木百舌鳥・花尻万博)



渕上信子
「令和」号外四月一日
万葉集に初春とあり
歸田賦には仲春とあり
子引き孫引きともかくも春
平成さいご春もたけなは
蛇穴を出てみれば改元
新元号の五月はじまる


望月士郎
しらすぼし知らない人の死亡記事
あおぞらへ蝶ゆく白紙委任状
囁きにふりむくさかな夕桜
春雷の髪から出てる白い耳
そらいろの空はだいろの人はるうれい


井口時男
寒明けて焼酎臭い死が一つ
幼さぶ母よかたかごの花藉いて
日暮し坂に春愁灯る影ふたつ
花びら踏んでこちたき鳩の急ぎ足
柳絮飛ぶ水路の町の逆光に


青木百舌鳥(夏潮)
連なれる白き遠嶺や畦を塗る
ぬめ革のてかりに畦の塗りあがり
彩雲や午前に畦を塗り了り


花尻万博
船頭の歌尻追へる蝶無限
口熊野に宿取る蜷の道踏みて
蘖の森の迷ひ路紀伊夜汽車
耕して喜雨の後手造り柄杓試さむか
遠足の声聞く鬼の蛍光す
背中押すだけの役割鳥の親らも

2019年4月26日金曜日

平成三十一年 歳旦帖 第七(ふけとしこ・井口時男・前北かおる・水岩瞳)



ふけとしこ
膝に笙休めて四日暮れにけり
人日や折鶴の息抜くことも
菓子箱の底の金色松も過ぎ


井口時男
雉一声枯野で年を越すつもり
ふるさとは神棚にぎはふ去年今年
あらたまの空蹴り上げて初ゴール


前北かおる(夏潮)
東京に初雪ありて旅に出づ
食卓に余白のありて粥柱
待春の十色に余る千羽鶴


水岩瞳
ふる里や初御空の碧いづくにも
箸二膳目を合はざすに御慶かな
書き込まれらしくなりけり初暦
読初や読み止しの本読み終わる
がらくた市胡散臭さを買初に

2019年2月15日金曜日

平成三十年 冬興帖 第六(井口時男・竹岡一郎・浅沼 璞・乾 草川・近江文代)



井口時男
灰かぶり(サンドリヨン)幾たり眠る雪の村
灰かぶり(サンドリヨン)老いかゞまつて雪の村
雪の夜のわが少年を幻肢とす


竹岡一郎
母の死後鼬のひよんと立つ広場
狐の子地下水道より母の墓所へ
ラブホテル聖樹になりたくて焼ける
すき焼屋奥の店主が牛頭(ごづ)の顏
聖夜明け精霊みちて電気街
カジノ轟轟冬木はみんな切株に
凍天を刺すラブホテル建てにけり


浅沼 璞
濡れたての指たててゐる障子かな
カネつきて勤労感謝の金曜日
人知れず落葉の下に寝る子かな
小春日の地下を一歩も出ずにゐる
また曲がかかり始める障子です


乾 草川
血涙のにほふ外套父還る
身の内に蹲る夢成道会
己が咎知らざる熊の穴に入る
若水や声に応へて土に触れ
花石蕗に葬の灯こぼす勝手口
執行や枯野の起伏気にならず
薺粥寅といふ字に日が当る


近江文代
冬暖かロールキャベツの断面図
平日を冷たく挟む体温計
遠火事へ向き変えて抱く赤ん坊
雪片の息に消えゆくことをまた

2018年12月28日金曜日

平成三十年 秋興帖 第十(五島高資・青木百舌鳥・池田澄子・真矢ひろみ・井口時男・筑紫磐井)



五島高資
未完なる防潮堤や蚯蚓鳴く
登高や研修医指導研修会
日は海に面影の立つ出水かな
爪先にふれる水面や紅葉狩
石を積む月の光となりにけり


青木百舌鳥
ががいももあざみも絮の輝かし
秋灯の光背を負ひ陰を負ひ
寺町や寺にありたる紅の菊


池田澄子
古ぶなり風の花野のベンチと我
あの人に触れし風なれ十三夜
秋風や嗚呼とゆるんでゆく眉根
月天心さびしいひとよ落ちてくるな
濁り酒ゆすり未だに干さぬ奴


真矢ひろみ
黄落を川面に映し此岸とす
暁闇の漆紅葉の高貴かな
更けるほど天心ずらす紅葉径
ただ狂へ白膠木紅葉の囃しをり
影もたぬ帚木紅葉ありにけり


井口時男
道化の秋
道化師のはらわたよぢれ柘榴裂け
月に笑ふピエロ0(ゼロ)を累乗し
天高くアルレッキーノの宙返り
台風の眼に与太郎が舞ひ踊る
紅葉狩往きて還らぬ太郎冠者
月青く猪突の騎士に憂ひあり
秋風や王の道化の綱渡り


筑紫磐井
水と日の沸る露をく兜太の里
盆さまざまこの世に生れぬ魂も
  幸彦・義幸
十月の忌日重ねて我ら老ゆ

2018年8月10日金曜日

平成三十年 花鳥篇 第八(青木百舌鳥・井口時男・花尻万博・小野裕三・飯田冬眞・佐藤りえ・筑紫磐井)



青木百舌鳥(夏潮)
土砂降に乱るる岸に乗つ込める
初蚊来ぬ見違へるほどよく弾む
外房やアボカドライス生ビール
むく犬の和毛の艶や樫若葉


井口時男
蛇七態
ぞわぞわと青血泡立ち穴を出る
ひなげしを灯しおくぐるる溶けるまで
ウロボロス腹のあたりが膨れたる
お日がらようてお身がらようて皮を脱ぐ
つるみ合ふ鱗蜿々合歓の花
水うねり文身ぬめり虹二重
朽ち縄さみし白身の肌はそつと締め


花尻万博
美しき鴨居に垂れる鮎の宿
人死ぬ間花虻濡れてしまひけり
日の入りの陽射し返さず桐の花
母屋みな国の繋がる初蚊かな
鬼の子の足軟らかき代田かな
蠛蠓やさつきから鬼見当たらず


小野裕三
園児らはさあっと引き上げ桜の実
大皿に海の仲間を並べ初夏
出陣のごとき守宮の現れり
幸運な世界に移る雨蛙
おきあがりこぼしも並ぶ舟料理


飯田冬眞
たんぽぽの絮吹きだまる議事堂前
三叉路に顔なき地蔵蝶生るる
蛙合戦策略のなき後ろ脚
のど飴を片頬に寄せ春惜しむ
夏の鳥ヒエログリフは左向き
手の中に火の付きさうな杏の実
俳号も偽名のひとつ鰻喰む


佐藤りえ
HERMESの旗も五月の風の中
夏来たる鋏を研いでゐるうちに
夏暁の夢にてひらく哲学書
とむらひにひとつ氷をふふませて
かたはらの猫に聞かせる夜来香


筑紫磐井
きつと梅雨兜太を偲ぶ会の告知
濃あぢさゐ八百屋お七の墓隠す
御町内のゴミを集めて五月来る