【夏興帖】
神谷波
がらがらの電車西日をゆらゆらと
口数の少なき夜の水中花
重い腰あげて掃除を百日紅
すずやかな瞳あざやか金魚掬ひ
結末に涙鼻水夜の秋
音荒き八月六日の俄か雨
川崎果連
地球儀を猫がぐるぐる熱帯夜
撃たれてもセルロイドなら浮いてこい
蛇皮を脱ぎ否定する多様性
しかれどもヒエラルキーに蟻が這う
天秤の上の革命てんとむし
加藤知子
なんじゃもんじゃ五感毳立つ森がある
青い街総身包帯インスタレーション
わらび餅貸金庫とは無縁なり
兵糧攻めされればまたも敗戦日
満州で万葉集を歌う冷麺
愛新覚羅溥儀へのうぜんかずらブギ
曾根毅
平和憲法蠅の手つきを真似てみる
揚羽蝶耳のうしろが痛くなり
舟虫やじわりじわりと酔いはじめ
松下カロ
蜘蛛の囲に透けて大阪美しき
大阪のおばちやんに西瓜アメもろた
汗びつしよりで大阪より戻る
【秋興帖】
冨岡和秀
海上の舞台で踊る孔雀二羽
龍宮に花の咲きたる宴の譜
肉体を脱ぎ捨てて飛ぶ銀河まで
堀本吟
曼殊沙華人外境を飾る花
百あれば百の音響曼殊沙華
本堂のうらに曀りし曼殊沙華
曼殊沙華こつこつかこつ米不足
曼殊沙華さあてのひらが軽くなった
木村オサム
流星を見過ぎて眠さうな駱駝
行きずりにナンを打つ僧昼の虫
星一徹の卓袱台しづか今年酒
シェリー酒の熟成アンダルシアの霧
風葬の目の真ん中へ小鳥来る
中村猛虎
トーストの飛び出し損ね女正月
あがりから戻る双六離婚して
たましひにひとつずつあるかざぐるま
猫抱けば猫の形の春の闇
唇の奥に舌ある女雛かな
饒舌なブランコと寡黙なブランコ
筍や自分で脱いでくれないか
足音の成長している子供の日
背表紙の丸み辿れば春の闇
青蔦に絡まっている打球音
松下カロ
訃報来る喇叭水仙二三本
トイレットペーパー尽きて春の雪
晴着脱ぐピカソの女お目出たし
望月士郎
一頭の蝶の越えゆく象の昼
うすらひの音感さすらひの予感
海市消え双子のそっと手を離す
漢字みなひらがなにしてきつねだな
ミモザ揺れ私のいない町にいる
花降る日からだの中の無人の駅
鏡花を読むうしろの鏡花あかり
堀本吟
初詣亡父亡母の背の大き
ハツクニシラス南に基地のある旦
紅梅がさきに白梅そのあとで
探梅や木椅子に犬が躓きぬ
二月尽一毛そよぐ美女の眉
遠枝垂桜の花や雷に揺れ
メタセコイアの芽好きの枝を見に行かん
麦青むトートバッグの皺のばし
木瓜ゆたか大欠伸して糸電話
春月の翳りほのかに閨の人
花尻万博
暖かしくろしおを待つ数分も
瓦礫より密に車の田螺かな
木流しを思ひ出さずにせせらげる
遊ばんと誘はれている紀伊遍路
されかうべもう繋がらぬ摘草か
桜見せる死に近き鬼動かして
学びとはならぬ器用さつゝじにも
街音に耳の休めず蕗の薹
クレソンが遅れて駅の中で待つ
【冬興帖】
中村猛虎
ご自由にどうぞ霜夜のパンの耳
剥製の眼の中にある冬の霧
紙飛行機炊き出し鍋に着陸す
春怨をクリスティーズに出品す
二月のざらついている便座かな
春の月基礎体温の高温期
松下カロ
うつくしき霜焼を持つレジ少女
泣きながら赤い手袋脱ぎながら
ポケットの胡桃に触れるユダの指
望月士郎
雑巾が固まっている日向ぼこ
帰れない日々綿虫をわたくしす
この星の思い出などを夕焚火
ガラスのキリン冬青空の棚に置く
ハンガーに外套吊るし今日を処刑
遠く海鳴りきっと鯨の幻肢痛
狐たちのゆくえ駅舎にマスク落ち
堀本吟
山火事の夜空あかるしハルマゲドン
凍星や水琴窟の壺中天
白菜や女が悪いに決まっている
カフカ覚め白菜の森たかだかと
白菜浅漬日本史は一夜漬け
花尻万博
寄る辺なきことなら同じ海豚煮て
猟の犬ももいろうすく折りたたむ
砂色の異国の日暮れ古暦
認印何でもいいと狐来る
鯨肉を包む讀賣雄弁に
街に出た鮫らの話昔のこと
貧しき町今川焼に並び待つ
【歳旦帖・春興帖】
曾根毅
海光の鳥から人に流れけり
人類に眼鏡の曇り初景色
ゆうぐれの樹の一本の水浸し
浅沼 璞
歳旦三つ物
初空や屋根高く軒低くあり
生脚めきぬ門松の竹
十団子の如く連なる花万朶
なつはづき
草青む影に年齢などなくて
春雨や馬刺ゆっくり舌に溶け
踏み鳴らす脛の豊かさ卒業式
歯磨きのあとの口論三鬼の忌
ティースプーン二杯の恋よ百千鳥
ひっそりと孔雀の開く花の冷
白鳥帰るもう一度人形を抱く
【夏興帖】
中嶋憲武
昏い火を置く白馬となれぬ夏の霧
蟻ひとつ潰し近代戻り来る
電話の向うに雹の昼の飛来
ローマは夜蝋燭しろく海月の密
海草の夜を貸しボート哀しむ北部
玻璃戸夜の呼吸閉め梅雨の星数へず
馬が立つ仕種の芒種倦む儀式
早瀬恵子
ヴィオロンのニンフの風や瑠璃の羽
茉莉花や彫刻美男のジャムセッション
バリ~ハイ~サザンクロスや王の道
小林かんな
梅雨の月グリコの下に少女たち
地下鉄の入口二つ蝉の声
電磁調理器勧める人へ出す麦茶
夜濯ぎや老人ひとり分の脂
踏まれたりサーターアンダギーと蟻
【秋興帖】
眞矢ひろみ
終バスに終わりありけり星月夜
また一人をんな死にゆく西鶴忌
老鞣すつるべ落としの山河かな
渡邉美保
捨て舟に鴉来てゐる残暑かな
大太鼓小太鼓干され九月来る
秋の風父似の硬き爪を切る
村山恭子
南門の礎白し荻のこゑ
子蝮の秋思よ半呑みの蛙
親さがし露の木の実をさがす熊
松下カロ
秋刀魚の頭ふたつ食べ愚かなまま
人形の目のあをあをと鳥渡る
流木は月の軍馬となりにけり
【歳旦帖】
竹岡一郎
女礼者とアンモナイトを論じ合ふ
人に化け杓子定規の礼者なり
賭博場へ向かふ礼者に嘆息す
寒声や流謫の嘆き高くうねり
欠けざる歯誇りて漁翁ごまめ嚙む
人日や祟る理由もまた恋と
怨霊の行く方を観る七日かな
【春興帖】
岸本尚毅
豚汁にこんにやく多し雛の宵
筒のやうな白く大きなチユーリツプ
色薄く生れし蠅やゆるく飛ぶ
灌仏や五本の杓のあるばかり
やがて来るものの如くに春の雲
ほねつぎの骸骨と春惜しみけり
老人に魔法の国の亀が鳴く
浜脇不如帰
十字架の掌なら激辛ほたるいか
東京タワーは血の味宵の雉
こきざみに惑える窒素菜種梅雨
とびばこをおたまじゃくしをうつくしく
痛いトコ突かれましたですね目刺
きりすとと鵲の巣と歯磨き粉
まったくの基督はさくらもち気質
冨岡和秀
群棲の萼()をはねのけ踊る花びら
光る家ゆくえはいずこ声を出せ
沸騰する生命波動や舞い踊る
杉山久子
カピバラの食欲無限春の雲
陽炎へ二足歩行のまま進む
春愁や駱駝をとほす針の穴
松下カロ
落第子ジャングルジムのてつぺんに
ぶらんこに酔ひてジャングルジムに醒め
春の月ジャングルジムに閉ぢこもり
木村オサム
しゃっくりが止まらぬ午後の枝垂梅
モルヒネを増やした朝の薄氷
爆音に怯え蛙か兵になる
落第知るジャングルジムの真ん中で
かげろうの水っぽい手触りが詩だ
【秋興帖】
岸本尚毅
小さき子遊ぶばかりや野分めく
或る秋の或る一族の写真かな
秋の雲この町少しどぶ臭き
秋の灯や鼻の穴ある招き猫
どの脚となく月明の座頭虫
秋扇や亀に右脚左脚
人遅々と歩むや穭伸びそよぎ
前北かおる(夏潮)
人形のかたちに萩の括られて
三度燃え再興されず花芒
石垣に突きあたりたる秋の暮
豊里友行
花きりん喜びだけの愛憎よ
きらきらと魚骨が踊る秋の海
緑が走る蟋蟀のオーケストラ
茶を沸かす今日も薬缶は宇宙船
十五夜が染み入る蟋蟀の翅よ
枯れる花は焔の鮫の遊泳
脇役を買って出るのは花きりん
辻村麻乃
やんはりと空気揉みたる風の盆
律の風左舷に能登の海遙か
咲く前の素直な茎や彼岸花
吊橋に凭れ大きな秋の冷え
十六夜に身を任せたる占ひ師
汽笛てふ身に沁むものや河原風
木の実落つかつてサーカス来たる地に
【冬興帖】
浅沼 璞
スナックの開かずのドアの冬日かな
矢の跡を自慢の宿の古暦
谷底や縄跳の縄流れつく
冬の陽の湯船に光る人になる
月凍てて機械めきたる声ててて
真向かひて冬日のしぶきたる岬
紺碧の海を四温へ張りわたす
仙田洋子
病む鳥の見る大空や冬はじめ
掌に病む鳥つつみ冬の暮
もの燃ゆる匂ひなつかし冬の暮
手袋に指つぎつぎと入りにけり
日向より掃き始めたる煤払
就中ぺたりぺたりと冬の鷺
鳴き声の短きもよし冬の鳥
水岩瞳
ユダヤの子ガザの子生きよ寒昴
口紅のワインレッドを買ふ小春
膝に置くサガンに冬日とどきけり
龍の絵の虎屋やうかん歳暮かな
賀状書くお元気ですかばかりなり
曾根毅
北風や馬柵のつづきの犀の角
十二月八日の虎に見られおり
鬣はひかりを統べてクリスマス
松下カロ
かの朝の氷柱の甘さ忘られず
バレリーナ片足失くす氷柱かな
ゆふぐれの氷柱うすくれなゐに折れ
神谷波
夕涼し川辺の杭にいつもの鳥
山々の輪郭ぼやけたる暑さ
地球沸騰宣言中の青田
枕辺の時計正確明易し
松下カロ
乗り換への多い切符の青海月
先をゆく少年の丈まくなぎほど
雲水の指のきれいな蝸牛
加藤知子
梅雨寒やロダンの男鼻をかむ
戦争に捕まっていくまいまい
獣肌が夕焼けるから戦争が
踊り子を物色ドガの箱庭へ
カノンロック少女白雨()感電す
【春興帖】
望月士郎
金箔に息をふーっと春薄暮
胸びれに尾ひれの触れて春の宵
うれしくてスイートピーのぐるぐる巻き
入学式ちりめんじゃこの中に蛸
耳にきて風少し巻く糸繰草
浅沼 璞
梅ちらりほらり背中をかく道具
看板を枝つきぬけて桜かな
薄氷の眼鏡の縁をこする音
蒜の臀部の皮を剥きだしぬ
小柄にて春闌の土手塗りたくる
春雨のチラシの猫の迷子かな
霾ると恐竜の鼾になりぬ
曾根 毅
春疾風木像の顔二つに割れ
松の枝先雪嶺のざわざわと
春めくや坂の時間が長くなり
岸本尚毅
漫談が出て寄席楽し春の蠅
うち眺め白きところは茅花かな
頭上やや澄みて遠くの霞みをり
土の上に墓ある雀隠れかな
松の芯引き傾けて葛若葉
水深きところ舟ゆく柳絮かな
春惜しむ土人形の西行と
中村猛虎
ハンドバッグに入りきらない春愁
ぶらんこに酔う年頃になりました
春泥の中より救急救命士
恋の猫監視カメラを横切れる
下萌や卵子凍結する女
卒業証書丸めたままの三元号
海馬より始む啓蟄鬱きざす
花尻万博
菜の花に入りゆく眼菜の花に
濡れている水黒々と鹿尾菜干す
遠霞む人工林の祓ひかな
菩薩らの半眼永久に豆の花
けむりぐさ温みし水の中けむる
【花鳥篇】
小野裕三
ハッピーと名につく店や抱卵期
思案する頭集まり浮巣めく
輪唱の尻切れとんぼ黄楊の花
キッチンにアネモネの色混ぜにけり
捩花が曲馬団へと雨降らす
松下カロ
海見えて芯まで齧る青りんご
鯉幟ちらり山手線外回り
青りんご投げて静けし日本海
【冬興帖】
山本敏倖
風花の羽化する街を過りけり
路地奥の華構の屋根や冬銀河
墨汁の遠浅活かし海鼠描く
寒月はまよねーずの匂いダダ
雪原へ誤植のような杖の跡
大井恒行
指笛にふり向く冬の戻り橋
コウガンモコウガンザイモ冬ハジメ
大王()の他生の縁や山に入る
田中葉月
セーター脱ぐ見知らぬ影をおくやうに
ゆるびゆく骨の音あり冬銀河
うまさうな赤子の寝息冬紅葉
振り向けば冬の木漏れ日ついてくる
雪女系図の余白見つめをり
小林かんな
冬うらら低い神籤は山羊が食う
靴提げて見入る曼荼羅白障子
冬の菊不動明王顔昏く
火の焚かれ法衣の渡る長廊下
毛氈の果てて綿虫とどこおる
なつはづき
オムレツのしわしわになる神の留守
冬もみじ呼吸のたびに揺れる傘
赤ワイン一杯ほどの帰り花
裸木や言葉が硬く着地する
暗がりに匂い置き去りにし兎
わびすけや髪の毛しおしおと眠る
霜の声結び目硬き黒ネクタイ
中村猛虎(なかむらたけとら)
回天や海鼠を切れば水溢る
右靴から左の靴へ時雨けり
白息の駆け込んでくる山手線
凩の途方に暮れる土踏まず
寒波来る羽生善治の勝ちし夜に
風花やビクター犬の踊り出す
アマテラスではない君よ着膨れて
【歳旦帖】
辻村麻乃
人々の集ひて寒きルミナリエ
富士塚の上の人にも御慶かな
赤子らの交互に夜泣四日かな
ベビーカー登りきつたる初景色
鉄塔の脇照らしたる初日差
大氷柱誰の罪かと問ふやうに
西からの邪視を避けよと雪兎
松下カロ
寒林のただ一枝に触れて去り
不機嫌な清少納言着ぶくれて
一月一日真青な雪が降る
【冬興帖】
辻村麻乃
落葉踏み今日の仕事を終えにけり
冬天に大角羊の咀嚼かな
薩摩汁あれば機嫌の良き夫
日当たりて立ち枯れてゆく紅葉かな
はじまりの呪詛にも似たる冬雷
ばら積の貨物港に寒暮光
枯木から枯木へ夕日渡りたる
松下カロ
白鳥や陶人形の底に穴
熟睡の尼僧へ毎夜白鳥来る
白鳥がよぎるノーベル受賞式
前北かおる(夏潮)
霙るるや本庄早稲田過ぎてより
古き名をくづれ川とも霰魚
今は日を隠すものなし冬の鳥
男波弘志
ゆるやかに祝詞を出づる真神かな
喉笛は隠さずにいて寒月下
自画像やふたりの我に置く胡桃
普門品浮寝の鴨にしたがえり
木守柿抱き合うことを忘れずに
【歳旦帖】
神谷波
数へ日の戦況気掛りでならぬ
餅を搗く山があくびをしたような
人に臍家に床の間鏡餅
松過ぎの友はふらりとやつてくる
竹岡一郎
初夢や一族は陽に並びをる
ドライブイン猿が猿曳あたためる
元旦もかの火葬炉は稼働せる
機(の音や獏枕から髪が生ふ
木剣の友は乙女や初稽古
軋む港や伊勢海老を積み上ぐる
橋を褒め姫を畏るる手毬唄
堀本吟
廃校のうさぎ小屋にも初茜
タワーマンション最上階に〆飾り
書き初めや守りの盾に「戈」を添え
【秋興帖 補遺】
前北かおる(夏潮)
おたがひに喪服の今宵秋黴雨
赤シャツの笑顔が遺影秋黴雨
生き字引なりし瓢に酒きらさず
杉山久子
ニュース速報二度目は無音草に露
感染の向かうに揺れて葛の花
コンビニに無いもの零余子・鞭・無償
小野裕三
校長と教頭の距離花梨の実
身に入むや影のひとつは毛むくじゃら
菊人形展の看板運びけり
松下カロ
つばめ帰るゆれる電線空へ置き
泣きながら国境をゆく鰯雲
コスモスの逆手を誘ふ少女たち
妹尾健太郎
引っこ抜く涙の乱舞かつお潮
麦秋の濃尾三川瞬く間
髪洗う真下音する大江戸線
指なめて風向きを見る子蟷螂
妹の方がわんぱく今年竹
松下カロ
紫陽花はのけぞる誰か過ぎるたび
白波を小さな蛇と思ふなり
洗面器凸凹あれば明易し
小沢麻結
生若布スパークリングワイン買ひ
さくらさくらかの日昨日のやう今も
瑠璃蜥蜴瑠璃躍らせて転び逃げ
林雅樹(澤)
遊民となりて一年夕桜
露出狂神出鬼没囀れる
地割れへとビルも若葉の街路樹も
竹岡一郎
悲の蟬や瞋恚に焦げし背にとまる
夏書重ねてわが妄執を見殺すまで
怨府こそ白蓮咲()ふ音とどろく
川床に招かん書淫なだめんと
翡翠に魚めぐまるるほど無聊
山盛り素麵無常の如し平らげる
雹止まず人魚も姉も泣くを知らず
ふけとしこ
印影も記憶も薄れ春の鴨
菫濃し手に載るだけの石拾ひ
須磨浦や菫に風の吹きつけて
前北かおる(夏潮)
着陸の窓を引つ搔く春の雨
うららかやへうたん島の滑走路
モッツァレラチーズのピッツァフリージア
松下カロ
青き踏むビロードの中国靴で
たんぽぽの絮ことごとく川へ落ち
建てるため何か壊して春の丘
渡邉美保
透きとほる幻魚の干物春北風
くろもじでつつけば鶯餅の鳴く
下萌えや置きつぱなしの絵具箱
【冬興帖】
松下カロ
凩や夜の画集の焚刑図
川下の濁りと思ふ柚子湯して
楔形文字寒林の男たち
妹尾健太郎
躍り出て踏みまちがいのごとき鮫
二つ目にする咳も芸のうち
極月のどこもかしこも駐車場
しかないしかない寒月のインタビュー
人身のどれもが零しゆく榾火
堀本吟
風花は谺のように水琴窟
雪女郎うきうきそしてとげとげし
寒卵ほんのり赤うなる手指
【歳旦帖】
依光正樹
子を膝に抱いてしづかや年用意
年の瀬の夕べのマスク取り替へて
年の湯や湯舟に柚子のあるごとく
年の花鉢のひとつを取り込んで
依光陽子
小食と大食と年逝かしむる
高々と焔を立ててゐる餅ぞ
言の葉の塔に鳥来る初景色
大鷭の声のみじかき淑気かな
竹岡一郎
迎春の梯子を崖に立てかける
毒を盛られた友の遺した年賀状
人日や予言てふ計画を売る
買初は晶洞眠る山一つ
山始烏に捧ぐ餅純白
初機の音沁み込んで床百年
山神の頌めをる麦を鍬始
瀬戸優理子
元朝の嗽おおきく吐き出せり
初春の少年にやわらかき髭
作業着のまま駆けつける初句会
【冬興帖】
加藤知子
神さびの白菜二枚剥ぐ守り
年の瀬の葬にしぐれず白い骨
冬の木の瘤はあらわに胸の音
サーカスを追いかけ手振る落葉樹
三階の偶然あわい冬すみれ
坂間恒子
蜂の巣のころがりきたる軽さかな
チェーホフのかもめ着水冬の沼
大枯れ野風呂桶捨てに来る男
ストーブの炎に巣箱のような厨子
裸木となりて大きな御神木
辻村麻乃
団栗の止まるを知らぬ奥の院
切株に腰掛け拾ふ木の実かな
目庇に勇者のごとき冬日射す
武甲山水の記憶の凍りつく
国神の銀杏黄葉降り注ぐ
寒鯉の群れて光や放生池
どの人も五体投地や床紅葉
杉山久子
放られし黒き塊へ粉雪
肉・皮・毛振り分けられて雪の上
腸を展げて雪の上真赤
【歳旦帖】
坂間恒子
流行語大賞「ジェンダー平等」も
御神木の根方歳旦の雪の声
実南天なかを祝詞のあがりけり
白息をかけ厄除け玉砕く
プリンはあまい新春レストラン
辻村麻乃
かむながら蒼き光芒大枯野
凩や真夜の底ひを掬うては
天井の穴に目のあり嫁が君
歳晩や老女のカートごろごろと
羽子板や大笑ひより打ち返す
訪ねたる袋小路や鳥総松
あらたまの磨崖仏より光落つ
松下カロ
鶴となる朝のシャワーに目をあけて
折鶴と鶴の間に夜の川
二羽の鶴影をかさねてゐたるのみ
小林かんな
魚津港へ女ぞくぞく稲雀
ひるがえる袂よ月は天心に
翌朝は蜻蛉流す石畳
八山の雨を束ねて鵙高く
山裾はまだ色づかぬ七竈
松下カロ
欲ふかき両のこぶしの烏瓜
烏瓜アンダーライン錯綜し
不在票ちらつくあたり烏瓜
木村オサム
老人の後ろ姿の虫の闇
ほおずきや大きめの服たまに着る
秋の蚊のときどき混ざる円周率
穴まどひ森に死体の多すぎて
冬瓜の放物線がラストシーン
夏木久
黙祷の澄みゆく時を曼珠沙華
銀河辺り密やかに死を解凍す
蛍光色重ね傷付く葡萄の海
白朝顔海の底より忍び足
扇風機それは淋しき銀河船
声明を少し発条ある夜舟ゆく
死体より眼鏡離れて土星の環
松下カロ
アドバルーン山椒魚の見し夢は
十薬の葉か人形の心臓か
山椒魚夢より覚めて後ずさり
家登みろく
夫を待つ春の北斗の下に待つ
しあはせの輪郭確かおぼろ月
結末は春風に遣る花占
夫の駆るバイクの音よ麦の秋
五輪来るぬ東京タワーに夏の霧
鷲津誠次
囀りや検針員の忍び足
無人駅に父の下駄の音雨がえる
老施設となりし母校よ花は葉に
洗濯屋の蒸気たわわに夏うぐいす
小沢麻結
警告は一度春雷二タ三度
胸深く吸へば痛みや沈丁花
春の沖いつかその地へその浦へ
松下カロ
しやぼん玉おとなになんかならないよ
春泥の中で誰かが泣いてゐる
ひとり吹きひとりが壊すしやぼん玉
早瀬恵子
ミルキーな夢の一歩よ丑の春
紐育()ニュー育児の春爛漫
さくららん星空ライブのユーチューブ
変異株比度屋()の国になりたまう
小林かんな
怪の字の頁がひらく春の宵
春満月扉の奥にサラサーテ
井筒へと通う百夜の藪椿
【冬興帖】
なつはづき
はつふゆや風のことばを手話にする
しぐるるや寝相の悪いゴムホース
アルコール度数が違う冬の薔薇
握力を緩め狐火と踊る
原っぱを空っぽにして夕焚火
クリスマスのっぺらぼうに鳴る音叉
お仕置き部屋にしまわれている聖樹かな
前北かおる(夏潮)
洛中に句碑ひとつなき貞徳忌
おでん食ふ男の腰にコルセット
父ひとり子ひとりポインセチア置く
田中葉月
はぐるるを覚悟の千鳥焼きまんじゅう
海鼠喰ふいく時代かがありまして
異郷の鬼となるも良し冬桜
後の世はすずなすずしろ星を飼ふ
林雅樹(澤)
議員会館地下道から地下鉄駅に出て寒し
枯芝に三脚置くや測量士
木枯をしのぐやブルーシート張り
【歳旦帖】
松下カロ
初夢に見知らぬ橋のかかりけり
車からホテル玄関まで吹雪
三ヶ日朱の縦糸を抜く遊び
堀本 吟
追い抜けよ年の獣が青き踏む
見続けて独楽止むとすぐ嬰児が泣く
万両を活けたが招待状は来ず
亡父母の干支を数えて戦後に還る
人日や皇女の愛のすこやかに
望月士郎
ちょうろぎは雪兎には使わない
魂を一つてんてん手毬かな
昭和とは畳の上のカーペット
剥製のうさぎのひとみ遠く火事
日こぼれて水鳥の浮くちがう場所
【冬興帖】
青木百舌鳥
立冬の丘を星糞踏みのぼる
一の酉石段濡るるほどに雨
一団の一人一人が熊手買ふ
リサイクルきものショップにマスク買ふ
松下カロ
爪を噛む青い氷柱を見たあとで小さな氷柱か兵士の襟章は
休演のオペラハウスは大氷柱
井口時男
父あらば白寿霜月初雪草
憂國忌父よ白寿の二等兵
憂國忌父よ白寿の「ハラショ・ラポータ」
いつからの晩年小春日の三日目
鉄骨の森に迷ひて蝶冷ゆる
踊子の手足かじかみ白鳥来
雪の猟犬の肛門大開き
堀本 吟
初雪や雑木林の鴉二羽
白息の嬰児()はかぐわし乳臭し
熱帯に交尾りて花のごとき臀
望月士郎
夜焚火に燃えてめくれる私小説
やぶこうじ母を忘れた耳飾り
兎抱くとくんとくん純情す
十二月七日、九日みみぶくろ
湯たんぽのたぷんと不審船がくる
【歳旦帖】
夏木久
竜宮へ寄らぬ便とは宝船
コロナ籠の夜色楼臺雪萬家
縄文は何の縄かと初御空
小沢麻結
箱根駅伝仰ぐ眼の捉へしは何
初乗やきら頼もしきボンネット
寒菊の後ろ姿を見るなかれ
青木百舌鳥
粛として疫病のなかの初詣
ターレーを下りし初荷のゆくへかな
初荷来て氷まみれの荷捌所
眩しみていよいよ丸し初雀
ふけとしこ
正月のインコが塩をつつく音
はつはるを岩合さんの猫が跳ぶ
繭玉や下駄の見事に裏返り