神谷 波
人に影寄りそふてゐる小春かな
山眠り田はかしこまるばかりかな
裸木がぽつんと雲待つ鳥を待つ
年の瀬や降ったり止んだりしつつ暮れ
餅を搗く音やピリオド打つごとく
田中葉月
今今今を咥えたる冬の金魚
やまびこの声うらがへる寒満月
人参や孤心小さくきざみゐて
加藤知子
蓮池を掘るとふ男しぐれない
万葉に遊行女婦の舞う風花
寒月光に晒す大石内蔵助
曾根毅
太陽の沈まぬ夜の傾斜かな
鳥渡る氷河を黒い影渡る
カトマンドゥ夜は臓器のような街
山本敏倖
会釈して凍滝の深さ見上げる
棒パンを撫で切りにする寒月光
忘却がおっこちている枯野かな
寄鍋や昔の顔が煮えている
彫刻やこの枯蓮は明朝体
杉山久子
寒林を行くとき弱音吐きさうに
よく喋る家電三寒四温かな
着ぶくれて黄金のマスクに見入る
中西夕紀
数へ日の欠伸の人とぶつかりぬ
寝る吾に猫の出でゆく布団かな
風止めばそこに立ちゐる雪女
片貝となれば飛ばされ冬うらら
落葉踏むあれは歌つてゐるリズム
豊里友行
我が鉛筆よ星雲のこころざし
咳てぃーちたぁーちみぃーち冬樹の粉砕よ
しんしんと天体をなす消化器系
ひゅうひゅうと肺胞よ珊瑚礁の森
かんかんと蝶カーソルの建築中
煩悩まみれのカフカよ解熱剤
束の間の夢野へ虹の蝸牛
仙田洋子
先生の訃報とともに冬来る
るるるると水湧く音や冬はじめ
漱石忌猫集まつて来たる庭
日直の二人の机冬日差
竹馬の空も大地もぐらぐらと
ちちははの命尽きたり葛湯吹く
葛湯吹きちちははの思ひ出を吹き
【夏興帖】
岸本尚毅
材木や流るるごとき蟻の道
風鈴が鳴る老人の食べ残し
山の虫大きく密に網戸かな
臍見せて見られて避暑の娘たち
夕ぐれを人々遊ぶ芋の花
鬼の貌なる空蟬や百合の葉に
夕蟬に家無き人等肌を脱ぐ
小野裕三
未草彼女はきれいに定規を当てる
来た順に人魂埋める夏満月
湖で暮らす一生はたた神
平泳ぎに無駄な動きのありにけり
ラムネ瓶集めて発明クラブかな
予告状めいて広がる夏木立
それからは罠のごとくにバンガロー
瀬戸優理子
鶏がらを潰す日盛の力士
顔の無い父母と逢う昼寝覚
みぞおちにふくるる闇へほうたる来い
こんぷらいあんすありんすどぜう鍋
【秋興帖】
豊里友行
赤とんぼ生きてるだけも丸にする
鎧なり喧嘩した日の松ぼっくり
〆切よ跳び箱の虹をください
歩け歩けの天体ワンちゃんショー
小鳥来る琉球石灰岩の島
木の実ふる空爆の世を棄てちまえ
麦の穂がゲルニカの風を切り取る
山本敏倖
言霊がモノクロになる震災忌
茸飯を届けるボタンを付けている
手のひらに乗っかる虫の音をさがす
単三の灯りが一点真葛原
銀漢に近づくように歩き出す
仲寒蟬
耳掻の先の小鈴や今朝の秋
来月は人手にわたる盆の家
その茸抜けば全山滅ぶべし
調律師いつしか竈馬になる
地虫鳴くこの世黄泉よりおそろしく
鼻筋のきれいな人と新酒酌む
啓示とはたぶん単純からすうり
【夏興帖】
仙田洋子
麦笛を吹く子に恋の矢の当たれ
雷兆す千住大橋渡りけり
たつぷりと濡れて朝顔市の鉢
亡き夫のたましひの火か螢飛ぶ
蟻地獄しづかに崩し始めけり
河童忌の万年筆のかすれけり
青春の歳月澱む香水瓶
豊里友行
ダンサーの宇宙の息吹よダリア咲く
桃ふたつ水惑星の水動く
薇ののの字のうねり山描く
大花火ぽんぽんだりあの夢野なり
傾けるサングラスの水平線
ひっぷほっぷのもももももももももも桃
今日、薫る新風は森の妖精
山本敏倖
大仏の掌から出てゆく梅雨の蝶
風鈴の目玉が闇を深くする
水中花ひらたく言えば体温計
別の世へ行く道示す水を打つ
雷雲が広がる将棋を差している
水岩瞳
怖いものなんてなかつた夏帽子
其のなかに樹齢千年青嵐
夏草の真つ只中を廃線路
旧式のそよ風よろし扇風機
ネタニアフとプーチンを撃ち昼寝覚
礼拝堂出入り自由や夏の蝶
うなだれし向日葵にある長き鬱
【冬興帖】
浜脇不如帰
主なるきりすとは蕎麦湯に冷えピタを
焙じ茶にたのしまされて初六日
寒鯛はくさりやすくもルームシェア
故国在るたのしさかみしめる鮃
柚子風呂のゆだん海月の不死身度合
せうが酒それと枕のやはらかさ
十字架の主には掛毛布の痛み
【冬興帖】
辻村麻乃
藻の池に朽ちたる舟の冬日かな
熊手笹ゴールデン街に消えゆけり
人の飲む珈琲匂ふ冬日向
肉まんの暖を分け合ふ高架下
手の余る父のポケット冬麗
こそばゆき白の配列霜柱
どの家も幸せさうな十二月
瀬戸優理子
天然水買って孤独の風邪薬
侘助や廊下の奥は人を断つ
慟哭を散らかすまいとブロッコリー
身の内の余熱をさます冬木立
【歳旦帖・春興帖】
仙田洋子
咆哮やあらたまの闇深々と
広重の空の青さや大旦
暗がりの多き実家の切山椒
集まりて大鷲しづか流氷原
流氷を割りては海を覗き込む
流氷原残照に闇しのびこむ
国後へ流氷すさりゆく夕べ
魚は氷にトランポリンで跳ねる子ら
病室に影のまはれる吊るし雛
野遊やどの子一番早く死ぬ
神谷 波
野に山に月の簪お正月
初晴や順調肺も心臓も
松過ぎの手足遊ばせ湯船かな
野の池の縮緬皺や雲に鳥
ぬばたまの眠りを誘ふ春の闇
愛敬たっぷりのかんばせ土雛
そつと抱き寄せ花冷えの抱き枕
豊里友行
翅ばかり残してショーウィンドウの春
次第しだいに皇軍の電照菊
溢れ出す白い会話のゴジラたち
武器を捨て手を叩こうよ花暦
Qよ蝌蚪
双手あげ花鶏頭のバレリーナよ
枇杷燈る真空管のランプ色
棘がある言葉のわたし花きりん
唇が捲るチューリップのプライバシー
凸凹人生も光る春野菜
山本敏倖
半ドアのこの世に漏れる初明り
餅伸びて大統領への提訴からまる
双六で三つ戻りてラジオ体操
火の鳥が永遠の春連れて来る
たんぽぽのほわいとのいずてきてんかい
どの角も壬生狂言となりにけり
【冬興帖】
仙田洋子
書いて消す恋といふ字や雪の窓
湯豆腐やぽつぽつと雨降り始め
ご主人の書斎の好きなかじけ猫
黒猫のよぎつてゆきし紙干場
われらみな手皺に見入る火鉢かな
エプロンで磨き陽の色冬林檎
凍滝や命あるもの許されず
神谷 波
雪女叫びをるらん雪しまく
冬晴の富士を車窓にお弁当
数へ日のエスカレーター派階段派
母永眠(享年97)
数へ日の死顔何か言ひたさう
節分の灯のぱらぱらと山家かな
豊里友行
凍蝶の軌跡が描く天体よ
風化の螺子を巻く凍蝶の天体
凍蝶は天体の血潮になるか
じたばたと凍蝶の冬が沁み入る
沈澱し出す凍蝶の銀河系
冬陽が洗う凍蝶の煩悩
誕生するね凍蝶の天体よ
山本敏倖
寒椿波はヨハンシュトラウスかな
冬銀河を渡るひとりの紙の舟
切り絵から露地の寒気が漂えり
鯛焼きに見向きもしない盲導犬
返り花どこまでピエロでいるつもり
ふけとしこ
裸木の寄り添ふのみぞ開墾碑
長編のやうやう佳境冬うぐひす
数へ日や天気図に風見ることも
【夏興帖】
水岩瞳
濃あぢさい御国のためと血を流し
大樟の青葉騒バンザイばんざい
忠魂碑に空蝉ひとつ置いてくる
煙草やめ父が愛した水やうかん
白玉やつるんと過ぎる日一日
エンゼルストランペットあの人は来ぬ
【秋興帖】
水岩瞳
八月の投降のビラ今も舞ふ
永久にあれからずつと敗戦日
少年の掌のなかの黙きちばつた
花野ゆく少女の吾に会ひにゆく
木曾のなあ月にとどけと踊り唄
村消えて秋の蛍がゐると言ふ
【夏興帖】
眞矢ひろみ
野佛の微笑み深し蛇苺
青鬼灯女系家族の一男子
薬玉やかすかな風に犀を嗅ぐ
渡邉美保
ふうと息吐いて鉄砲百合ひらく
血豆浮く腐草螢となる夕べ
炎昼のベンチにバスを待つ黒衣
村山恭子
大屋根に水の刻印あやめぐさスカイブルーのインク封蝋は薔薇
桑の実をつぶす指さき自我の香よ
川崎果連
国境の膠の溶ける油照
山の蛇うちへ誘うがついて来ぬ
スカートの中へかくまう青大将
前例の始まりはいつ土用波
死んでから無罪とわかる金魚たち
つぶれてもトマトはトマト思想犯
片蔭に入っては出て鳩飛ばず
前北かおる
漂流す麦藁帽の画描のせ
日に焼けて漂流船に仁王立ち
絶海に炎帝とこの難破船
【秋興帖】
山本敏倖
砂絵を濡らす月光のカタルシス
蜻蛉来て国旗の赤に染まりけり
にんげんに向かう舟あり十三夜
分身は野菊に倣い馬に乗る
江戸前の新蕎麦すする紀尾井町
青木百舌鳥(夏潮)
古家や残る暑さを拭掃除
野分逸れけりからり空缶を捨つ
コスモスの揺れつつ伸びてゐる感じ
新米の籾をざらりと見せくれし
冨岡和秀
うるわしの背の刺青や雪女
解放の神学となるAとV
大三輪の緑を息する偏執・分裂
メランコリーの裂け目から沸く傑作集
花尻万博
赤々と漁婦羽ばたく台風圏
コスモスを一直線に巡礼よ
おつとりと鬼灯つひに恋をする
明日あると思ふ和歌山唐辛子
曼珠沙華散りゆく普通の花として
芒原詰めの甘さを残したる
表現の終はり台風賑やかに
【夏興帖】
山本敏倖
六月ははや吊るし人形である
夏座敷居留守の音の尻尾出る
入念に余白を隠す女郎蜘蛛
古事記からくちなわの音盗みおり
中世の木霊を連れし麦の秋
冨岡和秀
弔いの鐘が鳴るなり疫病期
滑空のスキー転んで鳥探し
捉われて身口意放つ手術台
花尻万博
蛇一つ泳がす雲のみだれかな
木苺や熊野kumanoとツーリスト
お花畑ここ城跡と言はれても
Coca-Cola気にはしている道をしへ
100%ブーゲンビレア西日かな
長々と出口を探す木下闇
都合よくクロアゲハさへ味方して
望月士郎
言葉はぐれて夕べ蛍という鎖線
夜店の灯真っ赤なものを舐めている
包帯を濡らさぬように金魚掬う
等分にメロン切るときやや船長
聞き返す二度目は少しかたつむり
蜘蛛の巣の張られて空が神経質
星涼し脊柱そっと管楽器
青木百舌鳥(夏潮)
老鶯が四五羽それぞれ癖もありて
鶏糞が匂ひ夏葱畑かな
銭蔵に千両箱は無く涼し
高原やトマト棄てつつ販ぎつつ
加藤知子
崖墜ちし汝れ美しとふ梅雨の蝶
今年竹の切り口に憑く金剛鈴
滝の上の水落つ捨身飼虎のごと
揚羽蝶守護霊のごとひらひらす
死者の家蜥蜴が走る朝帰り
【秋興帖】
豊里友行
鰯雲あふれる愛の言霊よ
稲光レベルの属国コンセント
銀河系の回廊なり螽斯
いのちをもやしている戦火のまなこ
でで虫の敬老会の父と母
ブルーシートのあと桃太郎の誕生
原爆と戦争展の鰯雲
木村オサム
シャンプーの香りの美僧秋の昼
波平の一本を抜く龍田姫
あきらかに人間寄りな桃潰す
簡単に口割るスパイ猫じゃらし
凶作の地から古本掘り出さむ
中西夕紀
海を背に昔酒場の蔦紅葉
とんばうや海につながり湖暗し
秋燕やバスの待ちゐる外国船
あけび持つ小山君てふ迷子かな
赤い羽根つけて木陰に待つ演者
【歳旦帖】
花尻万博
角見ゆる枯野の奥に消ゆるまで
佛手柑の働く人にまぎれゆく
降りてくるものをうべなひ夕焚火
外套や父と遊びし納屋に似る
日の暮れのねんねこいつも母を入れ
蜜柑山越えて木の国また清める
早瀬恵子
敲の与次郎ひょいと龍頭
初諷経多星人の風立ちぬ
父と母泉殿から初お香
大井恒行
山鳩のふくみ鳴きかや去年今年
結晶は氷雨と書かれ匂う朝
初春の「ああ姉さま」と書く手紙
【春興帖】
小野裕三
前よりも耳の大きな初閻魔
空耳の人集まって春近し
早春の君に蹄のようなもの
棘あるものみな置いてきて雛遊び
人相のはっきりしない蜂の子よ
猫柳たましいならば弄ぶ
夏近しよくもわるくもふしぎな子
水岩瞳
節分や鬼にも好かれたきこころ
北窓を開く濁世も久しぶり
地虫出づ此処はかつての駐屯地
我に反骨されど蛙の目借時
つくしんぼ一斉蜂起とまでいかず
中西夕紀
世を閉づる前髪長し卒業す
ももいろの和菓子いただき卒業す
国後の霞見やりて息深し
上気せる顔に手をやり蜃気楼
神谷波
蕗のたうひよこひよこバレンタインデー
はなやかに幕の開きたる春の宵
蕎麦すする鶯の声近すぎる
こつぜんと婆消えゆれる藤の花
よき隣とはムスカリと黄水仙
坂間恒子
引き出しに椿あふれて眠られず
春の蛇回転扉押し行けり
春鴎漁港はあくび噛み殺す
花の雨鏡売りくる夜の透き間
桜蘂降る真夜中の非常口
山本敏倖
陽炎の仮説を崩すかんつおーね
戦艦の腹から蝶の生まれけり
初蝶の波紋はたしか変ロ短調
雪解けの音につまずく囲碁帰り
言の葉以前の言の葉つなぐ飛花落花
加藤知子
春雷や青むか吠えるかなだめるか
純なるもの人身御供として芽吹く
花冷えの散るまであなた口に詰め
口からは食べぬ桜餅歯痒い
口数でもの言うおのこ春時雨
【歳旦帖】
山本敏倖
滅びなる予言のかたち元旦の地震
鏡餅ずらし平和を呼び寄せる
液化するピアノのような初日かな
初夢を覚めても醒めても夢の中
霊辰の扉を開き水を歩く
岸本尚毅
近づくや花びら餅へ鼻と口
水仙がおもちやの如し避寒宿
伊勢みちや冬田の雀みな空に
ひしやげたる箱を苛み寒鴉
スズメ鳩ヒヨドリ枯木おじいさん
もの問ふが如き木の影春近し
笹鳴やうす濁りしてあら煮の眼
浜脇不如帰
冬耕の痕が微かに将棋盤
泰然と構えてしまえこたつねこ
富士額てかげん無用雪礫
きりすとが電気はしらす鶴の骨
冷やかしてげふっと冴えるウィルキンソン
十字架の苦すら本鮪の造
緩急をツケて湯気立つ卅日蕎麦
冨岡和秀
旅涯てに地獄めぐりや恐山
斜陽館文士の声が滲み出す
虚家はいずこにゆけば光満つ
【秋興帖】
下坂速穂
或る町の消えて道ある秋彼岸
厨房の二人に狭し小鳥来る
隙のなき色となりたる唐辛子
水澄みて校歌はいつも山や川
岬光世
新秋や波除願ふ水の音
秋桜ををしき海の鳴り止まず
蔵町を舟と流れて後の月
依光正樹
石ごとに丸みのちがふ水の秋
携帯のなきころの吾秋が澄み
秋の野や桜でんぶの弁当も
町に入りて秋の気配の遠くなり
依光陽子
るりしじみ秋へ秋へと誘ふは
波音のする人美術展覧会
眼の玉に水陰うつす蜻蛉かな
空を来て花野に遊びゐたる人
【秋興帖】
瀬戸優理子
秋暑し衣抜け出す海老フライ
長き夜のさみしいスマホ同期する
十六夜の軋みはじめる半月板
無花果を割る手黒魔術のように
大井恒行
千の風に紅葉流しの降れるかな
神隠し角を曲がれば紅葉の街
にっぽんの大きななやみ水の秋
神谷 波
緑色のマニキュアの客野分後
犬しやなりしやなり金木犀香る
鳥渡る石の鳥居の前をパトカー
鳴神のしどろもどろの十三夜
ふけとしこ
天深し青松虫の声が降り
秋高し粥に棗や枸杞の実や
蚊母樹を見上げて秋の雲眩し
【冬興帖】
竹岡一郎
聖夜まで亜麻布負うて歩む驢馬
すき焼や肉貪るもわが老いたる
塵と化す涙がいつか吹雪くとは
マネキンか廃工場のふきたふれ
恋文の甁積む橇のまどかなる
蕪村忌の地平は天と睦みけり
大鷲が雲の獄裂き破りけり
山本敏倖
青女来る門塀にある鳥の跡
積み木崩れて綿虫の世に帰る
道化師の脚注にあるおでん酒
極月や秒針音が追ってくる
喪中ハガキ来る枯野から昔から
杉山久子
風花の空へ仔犬と乗るリフト
日向ぼこふと君は癌サバイバー
師を送り母を送りし年詰まる
竹岡一郎
生身魂八方の数珠煩いと
舌鋒を受け流したる扇置く
夜郎自大牛飲馬食長夜舌禍
愛しく踊れ独り善がりのあはれさを
剣戟を踊りし魂も喰へば淡し
干され攣る若き傲りへ鵙高音
わざはひの恋文を焼く紅葉かな
山本敏倖
音写そして竹の春から離脱する
新蕎麦や土蔵造りの店構え
空間をねじりて紅葉黒潮へ
木の実落つ一光年の代名詞
十一月むろん丹後丹後かな
杉山久子
小鳥来る遺影の母はふつくらと
相席の赤子笑はす柿日和
露の世や紙は言葉を受けとめて
仲寒蟬
遠縁の人踊り出す盆の家
風船葛陰気なる仕舞屋に
洋梨へ明るくしたるランプの灯
南にも北にも火山稲の花
秋灯や本屋素通りするは恥
蟋蟀と蟋蟀会ふを奇遇といふ
芒一本抜いて夕日を通しけり
関根誠子
独り居の友の嗄れ声秋暑云ふ
日暮里と書けば秋立つ心地して
秋の水飲んでは語尾をうすめをり
新蕎麦や門なき方の店に入り
母さんてふ誰かを温くする仕事
竹岡一郎
烏蛇墓から墓へ伸び渡る
守銭奴がそちこちを灼く人いきれ
麦秋や画家の眼くはへ鴉は陽
貴き血吸つて山蛭まろく浮く
満員電車ホスピス掠め螢撒き
玉虫の重きに傾ぐあたしの死
一揆の徒退けば阿弥陀に灼かるると
木村オサム
風なんて食いたくねぇよ鯉幟
たよりない手品見終えてところてん
思い出せないがいい句だ昼寝覚
月涼ししづかに笑ふ鳥男
顔のない時間を進む蓮見舟
ふけとしこ
比良よりの水に沢蟹育ちたる
沢蟹の爪立てしまま流さるる
いつまでも見て赤腹の消えし水
守宮出づ琉球硝子の濃き青に
西表島眼の赤き蛾にも遇ひ
山本敏倖
美意識の刺中和する梅雨の蝶
羽抜鶏素数にようにカタルシス
わたくしを泳いでいます藪の中
かき氷遠い過去から声がする
神話への秘史をつづりし蝸牛
山本敏倖
飛花二片紺屋町へと迷い込む
根本さん家のつばくろで通じます
骨格に浮力を付ける花明かり
たましいの裏側路地の濃紫陽花
その微笑守宮のように懐かしく
小林かんな
酒は辛口六甲に山滴る
春陰を船出すように蔵人ら
だんじりの金よ五月の雲映る
魚崎の魚影の速さ花くるみ
青簾下ろして松子夫人は留守
仲寒蟬
先代の夜逃げの話田螺和
山中に巨大パラボラ風光る
寄居虫に体当たりされポリバケツ
球審の拳の先を初つばめ
たんぽぽの絮八十億人の星
下手な歌けふも聴かされ熱帯魚
筍を焼きをる方が拾得か
【春興帖】
山本敏倖
春うらら四分音符らと街へ行く
青だけの空に貼りつく飛花一片
骨格に浮力を付ける花明かり
陰陽はとろいか春の腹話術
ぎやまんの奥の奥へと麦を踏む
小林かんな
弁財天へ橋もり上がる花筏
物種蒔くこの地に都永くあれと
大陸の裳裾を絡げ潮干狩
ひこばえる命婦侍従のみな低く
峡越えくる田螺売も花嫁も
浜脇不如帰
十字架は花火かバラエティ豊か
脇にキズ鮎にカルシウムが足らず
扇ぷう機それが自転の精一杯
じょうねつが炎えさかるほど水鉄砲
はれわたる月水金の雪解富士
空腹が兄弟のいくさを起す
「十」が天圀江の鍵やおとしぶみ
仲寒蟬
梅嗅いで発掘現場へと通る
夕桜旗亭に死すと年表に
クラスには翔平ふたり入学す
二流国などと自虐を目刺食ふ
亀鳴くや原子炉は地にうづくまり
春眠や涎たふとし老僧の
林檎咲くロシアを嫌ひにはなれず
【冬興帖】
浅沼 璞
立冬の一本たらぬ蛸の脚
参拝の先客ひとり小春かな
冬もみぢ眉間に音のしてゐたり
さかしまの鯨が肺の奥にゐる
乾鮭の北斎に似る面構
身長の伸びる感じの霜を踏む
ふり返る枯葉の道も日の光
曾根 毅
豊饒の蔭の湿りの藪柑子
荒涼と赤い毛布の重なりぬ
寒暁の扉に自重ありぬべし
家登みろく
風花に赤子抱くやう荷を抱いて
耳当や母の掌のごと声のごと
ストーブに髪ますますの濡れ羽色
教へ子のごとく湯の柚子遠し近し
一日のいのち本望雪だるま
望月士郎
綿虫とわたくし混ざりわたしたち
開戦日日の丸という赤い穴
失ったピースに嵌める冬の蝶
冬の虹消えそらいろの置手紙
雨は雪にちいさな骨はピッコロに
冬の葬みんな小さな兎憑き
絵本閉じれば象は二つに折れ寒夜
【歳旦帖】
山本敏倖
大旦人間正しく運ばれる
門松や本卦還りの頃の月
初詣どのわたくしを連れ出すか
切処のちらり初日の羽根の先
運勢や船のごとくに餅伸びる
大井恒行
手びねりの兎の白さ眼の男
愛ありて兎跳びなる不思議かな
じゅうにがつくにうたつきる山河かな
田中葉月
独楽回る宇宙にはない西東
真二つに白菜わるる寂光土
恥じらひのはじまりゐたり冬木の芽
あらたかな山ふところや冬の鵙
山茶花や兎にも角にも白湯をのむ
なつはづき
宝船イスカンダルから帰還せり
初夢や自分をオレという天使
松過や箱の四隅の粉砂糖
【冬興帖】
山本敏倖
風花の羽化する街を過りけり
路地奥の華構の屋根や冬銀河
墨汁の遠浅活かし海鼠描く
寒月はまよねーずの匂いダダ
雪原へ誤植のような杖の跡
大井恒行
指笛にふり向く冬の戻り橋
コウガンモコウガンザイモ冬ハジメ
大王の他生の縁や山に入る
田中葉月
セーター脱ぐ見知らぬ影をおくやうに
ゆるびゆく骨の音あり冬銀河
うまさうな赤子の寝息冬紅葉
振り向けば冬の木漏れ日ついてくる
雪女系図の余白見つめをり
小林かんな
冬うらら低い神籤は山羊が食う
靴提げて見入る曼荼羅白障子
冬の菊不動明王顔昏く
火の焚かれ法衣の渡る長廊下
毛氈の果てて綿虫とどこおる
なつはづき
オムレツのしわしわになる神の留守
冬もみじ呼吸のたびに揺れる傘
赤ワイン一杯ほどの帰り花
裸木や言葉が硬く着地する
暗がりに匂い置き去りにし兎
わびすけや髪の毛しおしおと眠る
霜の声結び目硬き黒ネクタイ
中村猛虎(なかむらたけとら)
回天や海鼠を切れば水溢る
右靴から左の靴へ時雨けり
白息の駆け込んでくる山手線
凩の途方に暮れる土踏まず
寒波来る羽生善治の勝ちし夜に
風花やビクター犬の踊り出す
アマテラスではない君よ着膨れて
【歳旦帖】
辻村麻乃
人々の集ひて寒きルミナリエ
富士塚の上の人にも御慶かな
赤子らの交互に夜泣四日かな
ベビーカー登りきつたる初景色
鉄塔の脇照らしたる初日差
大氷柱誰の罪かと問ふやうに
西からの邪視を避けよと雪兎
松下カロ
寒林のただ一枝に触れて去り
不機嫌な清少納言着ぶくれて
一月一日真青な雪が降る
岸本尚毅
盆過やぽんぽんと咲く秋の花
稲の花まみれの稲の匂ひかな
初あらし弁才天に蛇もつれ
広々として点々と桔梗かな
秋晴のただ明るくて駐車場
わが枝豆一つぶ飛んで失せにけり
秋の風雲はうごかず蝶とんで
神谷波
砂浜に珊瑚貝殻白い秋
いつか消える足跡秋の浜昼顔
田中一村画
画布に閉じ込め鶏頭の充実
柚子百余顆採りて搾れば寒さ急
山本敏倖
丑三つの露地深くするきりぎりす
わたくしを編み込んでいる文化の日
音のない軍靴を連れて鰯雲
またしてもうしろの秋の蝶逃がす
鯖雲の色は即物的である
ふけとしこ
細やかな雨よ芙蓉の花が透け
萩は実に手摺の錆が袖口に
こんな日はきつと檀の実の爆ぜる
砧槌罅の中まで日のとどき
金色に蛹の透けて暮の秋
小林かんな
木を植えて木の実が落ちるここは駅
すすき葦いずれも屋根に戴く草
柿生って村人はみな芝居の座
道行へ口笛のとぶ鵙日和
ゆらり風秋蚕の夢でなら会える
小沢麻結
明日語る夜長カクテルはドリーム
タップする指先遠く星流れ
秋晴やビラ絶妙にちんどん屋
仙田洋子
藤波が藤波を呼ぶ昼下がり
潮風にこぞりて傾ぐ松の芯
墨堤に座して草餅桜餅
金継のウェッジウッド春深し
とんとんとけふも生きのび雀の子
行く春や駅の手書きの時刻表
炒飯の焦げ目くつきり夏近し
山本敏倖
陰暦に遠近つけるいそぎんちゃく
そう言えばあじさいは複眼である
空蝉や組香薄く残りおり
かっこうの蝦夷訛りを私す
真昼間を垂直にする蜘蛛の糸
坂間恒子
烏瓜の花流謫に似しおもい
山奥の宿の白蛾を追い詰める
少年らの聖歌合唱ほたる飛ぶ
寂しさの真ん中に渦太宰の忌
足裏の湿疹あざやか薔薇繁殖
大仏の背中がひらく夏つばめ
夢のなかまで十薬の花追いかける
辻村麻乃
しやがみこむ人人人の汐干かな
汗の子の目を丸くしてマンボウ来
楽屋出て雨の気配や金亀虫
夏大根頷くだけの夫と食ぶ
雷一閃海の底ひを見しと云ふ
電線の撓むビル間の夕薄暑
老鶯の仕切りに鳴きて湾明くる
なつはづき
ぼたん雪碁石を打つように余命
建国日癖毛をまっすぐに伸ばす
安吾忌や言葉くしゃりと捨てる夜
羽衣の影を映して春の水
毎日が誕生日めく雪解川
モビールの影揺れている蝶の昼
蛇穴を出る親知らず抜きに行く
山本敏倖
花の冷埴輪の馬の濡れている
曇り空をだまし絵にする杉花粉
感情に目あり耳ありおぼろあり
陽炎の影法師なりカンツォーネ
花筏古今集より流れ出る
杉山久子
鳥雲に帽子ケースの中真青
うららかや最後はぱふとマヨネーズ
てふてふやコトノハいつも追ひつかず
【冬興帖】
網野月を
寄り竹の中の緑や冬はじめ
長濤忌黒のドレスに青差しを
オーボエの音に隊を組み白鳥来
姫熊手鯛は金魚に飾り櫛
出来映えは上の下ほどのシュトーレン
大鵬もゴヂラもクリスマスツリー
泥つきの葱を読売新聞紙
田中葉月
冬夕焼ゆつくり拒むレクイエム
裸木や影なきものを走らせて
野水仙あなたの横顔すてきです
まあだだよ枯野に星のかくれをり
なつはづき
冬の薔薇反旗しまったままでいる
寒波来る影を持たない稚魚の群れ
この鍵が短刀になる十二月
猫脚の椅子ぐらぐらと三島の忌
おでん酒回想いつも殴り書き
ポインセチアぽんとコルクの抜ける音
スカイツリー見上げ白菜重くなる
寒雷やおんなは猫を捨てにゆく
浜脇不如帰
十字架やえんがわ迄に味広き
その西は起立しかなし寒鮃
垂涎を来すヤキトリウォッチング
悴んで未だ固かるアルフォート
鱶や虫歯には挫けず波に泣く
木村オサム
消えさうな顔に囲まれ大くさめ
道化師の中は枯木のかたちです
冬の虹見えて埴輪の変声期
葱抜いてみても境涯変わらざる
相席の人に早梅教えられ
【歳旦帖】
山本敏倖
元旦の硝子のような空気かな
鏡花まで明治の路地を破魔矢行く
手のひらの生命線へ射す初日
若水や過去を開いてぬり絵する
鏡餅は時限爆弾でありけり
網野月を
斛斗雲孫と語らふ三が日
駅名に無き新浦和福笑ひ
浦和にも夜霧へ礼を言ふ奴が
寒卵コンツアーボトル握りしめ
美美の忌やひもかわ少しやわらかめ
心臓のあたりの痛み浮寝鳥
水騒にだんだん慣れて日向ぼこ
田中葉月
去年今年エッシャーの階段にゐて
掛け軸の虎の目うごく初明かり
栴檀の大樹言祝ぐ福寿草
一月の漁火ゆかしシュガーロード
なつはづき
こんなにも我が名うつくし年賀状
はつはるや猫喜ばす羽織紐
電話出る初鏡から飛び出して
ホームからはみ出し止まる宝船
独楽の紐借りて男を縛りけり