岸本尚毅
カンと鳴る遠くかすかに除夜の鐘
空見つつ坂を上るやお元日
ステツキの人の頭上を初鴉
なまけもの檻になまけて松の内
日の暮のストーブ赤き投票所
口開けて腹這ふ子規や日脚伸ぶ
待春のまばらに立てる薄の穂
前北かおる
頰撫づるほどの夜風や梅の花
団地から夜のカレーのにほふ梅
大久保の夜のはづれの梅の花
杉山久子
六羽中二羽こちら見る初雀
バレンタインデー人身事故とアナウンス
六十年の御髪みだるる雛かな
白石正人
春浅し胞衣処理場の煉瓦塀
風船を離してわれの位置定む
摘草や跪かねば及びえず
潮引くや若布の傷に背をむけて
目刺より藁抜く小さき胸騒ぎ
包丁の切れ味わるき遅日かな
ふけとしこ
うつすらと煙の匂ひ除夜詣
正月をゆらゆらと運ばるるもの
初戎赤き実残る蟻通し
パピルスの芽立ちに風の湧きにけり
沈丁花単2電池が二本要る
春暁の夢の半ばへまたも獏
神谷 波
水鳥は無心に泳ぎ雪霏々と
年迎ふくねくね道もまつすぐも
太箸や父はぢぢいに子はちちに
頼もしきものに四日のふらいぱん
松過ぎの膝を抱へて日向ぼこ
紡ぎたくなる立春のちぎれ雲
恋猫の必死の声や遠ざかる
刳りたるやうな残月冴返る
ゆきあたりばつたり麺麭屋暖かし
爪先に島影浮かぶ薄霞
神谷 波
人に影寄りそふてゐる小春かな
山眠り田はかしこまるばかりかな
裸木がぽつんと雲待つ鳥を待つ
年の瀬や降ったり止んだりしつつ暮れ
餅を搗く音やピリオド打つごとく
田中葉月
今今今を咥えたる冬の金魚
やまびこの声うらがへる寒満月
人参や孤心小さくきざみゐて
加藤知子
蓮池を掘るとふ男しぐれない
万葉に遊行女婦の舞う風花
寒月光に晒す大石内蔵助
曾根毅
太陽の沈まぬ夜の傾斜かな
鳥渡る氷河を黒い影渡る
カトマンドゥ夜は臓器のような街
山本敏倖
会釈して凍滝の深さ見上げる
棒パンを撫で切りにする寒月光
忘却がおっこちている枯野かな
寄鍋や昔の顔が煮えている
彫刻やこの枯蓮は明朝体
杉山久子
寒林を行くとき弱音吐きさうに
よく喋る家電三寒四温かな
着ぶくれて黄金のマスクに見入る
中西夕紀
数へ日の欠伸の人とぶつかりぬ
寝る吾に猫の出でゆく布団かな
風止めばそこに立ちゐる雪女
片貝となれば飛ばされ冬うらら
落葉踏むあれは歌つてゐるリズム
豊里友行
我が鉛筆よ星雲のこころざし
咳てぃーちたぁーちみぃーち冬樹の粉砕よ
しんしんと天体をなす消化器系
ひゅうひゅうと肺胞よ珊瑚礁の森
かんかんと蝶カーソルの建築中
煩悩まみれのカフカよ解熱剤
束の間の夢野へ虹の蝸牛
仙田洋子
先生の訃報とともに冬来る
るるるると水湧く音や冬はじめ
漱石忌猫集まつて来たる庭
日直の二人の机冬日差
竹馬の空も大地もぐらぐらと
ちちははの命尽きたり葛湯吹く
葛湯吹きちちははの思ひ出を吹き
【夏興帖】
仲寒蟬
田水張り前方後円墳かこむ
あぢさゐを見るたび三善英史の「雨」
いつの間にか合唱となる登山小屋
息詰めていま蚊柱を抜けにけり
その泉顔うつしてはならぬと言ふ
海見えず波音聞こゆ夏座敷
箱庭に父ただひとり待たせをり
ふけとしこ
波荒れて鵜が白々と汚す崖
昼席の出囃子洩るる若葉かな
池釣りの視線が留まる合歓の花
浅沼 璞
四五人の虻を怖がる日傘かな
動かない動物とゐる朝曇
穴毎に紐が出てゐる夏館
水すまし設計図とはやゝずれて
壁抜ける肋骨細し夏の蝶
教会に扇子の動く祈りかな
左右から苔むす壁の曲がりくる
【秋興帖】
杉山久子
盆僧の猫をかもうて帰りけり
カラオケの最後肩組む獺祭忌
秋風にほどくシナモンロールかな
辻村麻乃
音として龍となりたる秋の雷
カーブミラー残暑の街の裏返る
口閉ぢて枯るるも美しき白桔梗
虫籠に少年の息閉ぢ込むる
ひよつとして戻り来るかと茄子の馬
海水のざらりと八月十五日
アトリエの裸婦葡萄より暮れてゆく
仙田洋子
広島に長崎に鳴く月鈴子
山国の山ふところの稲の花
ちちははの亡き敬老の日なりけり
山を撫で海原を撫で秋の風
裏山の暗く大きく蚯蚓鳴く
蚯蚓鳴く皆既月食始まれり
秋灯のことに明るく呑み処
【歳旦帖・春興帖】
鷲津誠次
春雷や九九諳んじて長湯の子
廃線の噂遠のく山桜
身ごもりのふいに鼻唄飛花落花
囀りや隣家のピアノ粛々と
初蝶来少年院へ長き坂
仲寒蟬
ヒヤシンス水縦横に都市の底
目の前に山たちのぼる木の芽和
受験生まづはトイレを確かめて
壺焼の水平線や噴きこぼれ
こし餡派つぶ餡派ゐて蓬餅
またあの子菫の前にしやがみをる
西行を呼び捨てにする花の客
浜脇不如帰
こなごなになるまで笑う味噌つくる
ギャンブルは双六のはじまりと〆
古暦そこに画鋲の矛先を
あおむけの地軸のままに餅焼ける
天ぷらの疵を治さぬかまいたち
猪鍋のすすみたるヘーベルハウス
十字架のひかりするどし置蜜柑
【夏興帖】
杉山久子
短夜や色鉛筆の白しづか
腋かたく締めてペンギン南風
酢の香立つ本番前の心太
辻村麻乃
出生の秘密とともに墓洗ふ
蛍待つ髪にねつとり沢の風
手水舎に匂ひ満ちたり樟の花
鉾の鉦鳴らす子尻をはみ出して質草に桐の箪笥や薫衣香
扇風機止めて本気の喧嘩して
地方車の爆音煽動彩夏祭
ふけとしこ
あらたまの出窓に壜の蒼透けて
年新た琉球硝子のデカンタも
正月の火棚の端にのぞくもの
・
芹を摘む渡りの沼といふ水辺
切株に斜めの裂け目春霰
春闌けて地下に大きな舞妓の絵
加藤知子
日の丸を立てぬ酸っぱさお元日
矢の淑気玉依姫の妊活は
寝正月キソウテンガイと化す流れ
人日のパソコン夫が消えた椅子
矢面はマリアの青衣春隣
心筋の狂れて小躍り二月尽
白梅の真白きにごり乳溢れ
啓蟄や渡台の父のロマンとは
停戦の合意決裂花粉症
無条件降伏なんかたんかよたか
杉山久子
七種粥吹き令和はや七年目
鳥帰るみな俯ける列車内
春の川渡りて友の来る日あり
小野裕三
早見表の隅々までも淑気かな
白い目も黒い目もある初芝居
数学的素養羨ましき雨水
魂を抜く仕草にてぶらんこ揺らす
雪割草僕はあなたの指がほしい
日本の音のきらきら遍路道
正解のように湖沈丁花
鷲津誠次
家計簿に亡母の俳句や冬銀河
冬帽子なで肩丸め喫煙所
寒柝や認知の父の寝息濃く
路地裏の老犬呻く霜夜かな
腰低き青年庭師冬紅葉
朝霜や警笛強き三輌車
晩婚の子のなき卓やおでん酒
加藤知子
寝る前の水仙香るキラークイーン
狐火におそわれダイナマイトの仕掛け
冬満月ママァーとはなんだかなあ
寒九雨死者が挨拶に来て困る
喪の家の姐御のように寒牡丹
杉山久子
光る眼の六つ狸の親子らし
鳩白く囲われてゐる寒さかな
一陽来復一輪挿しの淡き影
小野裕三
似顔絵に見つめられたる初冬かな
兄弟の同じ角度で冬に入る
形よき白鳥ばかり眠りだす
ときおりは音符噴き出す鯨かな
魂の抜けたあとにて悴めり
カーディガン団体行動苦手です
斎場に行方の知れぬコートかな
【歳旦帖】
竹岡一郎
女礼者とアンモナイトを論じ合ふ
人に化け杓子定規の礼者なり
賭博場へ向かふ礼者に嘆息す
寒声や流謫の嘆き高くうねり
欠けざる歯誇りて漁翁ごまめ嚙む
人日や祟る理由もまた恋と
怨霊の行く方を観る七日かな
【春興帖】
岸本尚毅
豚汁にこんにやく多し雛の宵
筒のやうな白く大きなチユーリツプ
色薄く生れし蠅やゆるく飛ぶ
灌仏や五本の杓のあるばかり
やがて来るものの如くに春の雲
ほねつぎの骸骨と春惜しみけり
老人に魔法の国の亀が鳴く
浜脇不如帰
十字架の掌なら激辛ほたるいか
東京タワーは血の味宵の雉
こきざみに惑える窒素菜種梅雨
とびばこをおたまじゃくしをうつくしく
痛いトコ突かれましたですね目刺
きりすとと鵲の巣と歯磨き粉
まったくの基督はさくらもち気質
冨岡和秀
群棲の萼をはねのけ踊る花びら
光る家ゆくえはいずこ声を出せ
沸騰する生命波動や舞い踊る
杉山久子
カピバラの食欲無限春の雲
陽炎へ二足歩行のまま進む
春愁や駱駝をとほす針の穴
松下カロ
落第子ジャングルジムのてつぺんに
ぶらんこに酔ひてジャングルジムに醒め
春の月ジャングルジムに閉ぢこもり
木村オサム
しゃっくりが止まらぬ午後の枝垂梅
モルヒネを増やした朝の薄氷
爆音に怯え蛙か兵になる
落第知るジャングルジムの真ん中で
かげろうの水っぽい手触りが詩だ
【歳旦帖】
杉山久子
対岸の仲間へ啼けり初鴉
犯人の見当つかぬ読始
買初の途中のプリン・ア・ラ・モード
木村オサム
人日やみんなうなじにコンセント
人日の埴輪の顏を覗き込む
人日やわたしの中は別なひと
人日のボンレスハムの糸ほどく
人日や仮面外すがすぐ付ける
小林かんな
それぞれの位置に鴨たち初景色
初雀老婆三人手を合わす
浅草に人あつまれば笑初
双六に今年の運を使い切る
比類なき単純であり初芝居
ふけとしこ
虎豆も黒豆も煮え小晦日
砂時計の仄白き影年新た
足跡を州浜に残し初鴉
【冬興帖】
早瀬恵子
顔のなき冬天ゆるび地球弾
噴き出せり抹茶ラテの輩たち
つつがなくワイン日本酒からっ風
浜脇不如帰
きりすとは彼が掌くだきてはつひので
散在したる痛点にすきまかぜ
政権は特におでんの具でもなく
蝶凍つるじかんのひずみ否みつつ
インド式九九のてほどきてぶくろに
金将の裏まで読んでたらばがに
カルバリの主と寒晒寒晒
下坂速穂
水仙やとほくに人のあらはれて
鳥に戻つて冬空へ飛んでゆく
萩枯れていつまで揺れてをりしかな
年下の君にも白髪町も冬
岬光世
数へ日や仕事帰りに寄る花屋
清き藁匂ひたちたる年用意
小晦日埃の交じる星の砂
依光正樹
人の手と動物の手と冬に入る
冬の音見上ぐればまた雲流れ
スケートや手摺り磨きも楽しくて
寒ければ寒いと言ひし女かな
依光陽子
水連れて雲は来にけり栗の毬
水鳥に無色の水を絵筆かな
水槽の金魚に冬の時間かな
雪来るやがさりと鳴りし袋麺
【秋興帖】
瀬戸優理子
秋暑し衣抜け出す海老フライ
長き夜のさみしいスマホ同期する
十六夜の軋みはじめる半月板
無花果を割る手黒魔術のように
大井恒行
千の風に紅葉流しの降れるかな
神隠し角を曲がれば紅葉の街
にっぽんの大きななやみ水の秋
神谷 波
緑色のマニキュアの客野分後
犬しやなりしやなり金木犀香る
鳥渡る石の鳥居の前をパトカー
鳴神のしどろもどろの十三夜
ふけとしこ
天深し青松虫の声が降り
秋高し粥に棗や枸杞の実や
蚊母樹を見上げて秋の雲眩し
【冬興帖】
竹岡一郎
聖夜まで亜麻布負うて歩む驢馬
すき焼や肉貪るもわが老いたる
塵と化す涙がいつか吹雪くとは
マネキンか廃工場のふきたふれ
恋文の甁積む橇のまどかなる
蕪村忌の地平は天と睦みけり
大鷲が雲の獄裂き破りけり
山本敏倖
青女来る門塀にある鳥の跡
積み木崩れて綿虫の世に帰る
道化師の脚注にあるおでん酒
極月や秒針音が追ってくる
喪中ハガキ来る枯野から昔から
杉山久子
風花の空へ仔犬と乗るリフト
日向ぼこふと君は癌サバイバー
師を送り母を送りし年詰まる
竹岡一郎
生身魂八方の数珠煩いと
舌鋒を受け流したる扇置く
夜郎自大牛飲馬食長夜舌禍
愛しく踊れ独り善がりのあはれさを
剣戟を踊りし魂も喰へば淡し
干され攣る若き傲りへ鵙高音
わざはひの恋文を焼く紅葉かな
山本敏倖
音写そして竹の春から離脱する
新蕎麦や土蔵造りの店構え
空間をねじりて紅葉黒潮へ
木の実落つ一光年の代名詞
十一月むろん丹後丹後かな
杉山久子
小鳥来る遺影の母はふつくらと
相席の赤子笑はす柿日和
露の世や紙は言葉を受けとめて
仲寒蟬
遠縁の人踊り出す盆の家
風船葛陰気なる仕舞屋に
洋梨へ明るくしたるランプの灯
南にも北にも火山稲の花
秋灯や本屋素通りするは恥
蟋蟀と蟋蟀会ふを奇遇といふ
芒一本抜いて夕日を通しけり
関根誠子
独り居の友の嗄れ声秋暑云ふ
日暮里と書けば秋立つ心地して
秋の水飲んでは語尾をうすめをり
新蕎麦や門なき方の店に入り
母さんてふ誰かを温くする仕事
坂間恒子
空間の青無花果の受洗のいろ
無花果の葉陰に浮かぶ片えくぼ
白昼の鶏鳴あがる栗の花
昼の月からす揚羽の素手でくる
大仏の背中がひらく棄民の夏
杉山久子
派出所に届きし穴子よく動く
愚痴聴いてやる白玉の芯を噛み
白南風やこすると魔人出る指輪
五島高資
占ひの館に紛れ込むさくら
那須の水ふくみて天に花杏子
田水張る前に鎮まる真土かな
田を植ゑてより高天原そよぐ
麦秋や空のそこひは戦ぎけり
月影に空き家あります花芭蕉
日高見の光を洩らす雲の峰
杉山久子
チューリップ黒き花粉を花の内
返却日過ぎし本ある薄暑かな
新茶汲む師のなき時間送りつつ
神谷波
春遅々と鳥宿り木を突きけり
鶯のしきりに鳴いて暮れかぬる
いのち全開石段の落椿
いちはつや泣き虫弱虫大丈夫
ふけとしこ
鷹の化す鳩かも赤きアイリング
鳥の巣が生中継に写り込む
諸鳥のこゑくぐりきて豆ごはん
【春興帖】
杉山久子
鳥の巣を垂れて何やら赤きもの
就活も終活もして四月馬鹿
人類に少しの未来桜咲く
小野裕三
垂直に水音溜めるチューリップ
卒業の足踏ん張っていたりけり
遠足の螺旋階段下りていく
七色のうちのひとつが桜鯛
惜春のカレー魔術のごとく煮る
神谷 波
宿り木の吐息のやうなもの余寒
ぐらぐらと湯が沸き恋の猫の声
猫だつて首を傾げる紫木蓮
花過ぎのコンクリートの上に蚯蚓
ふけとしこ
鳥雲に御納戸色の栞紐
箒目の深きところへ落椿
落椿玄武の首に載るもあり
【歳旦帖】
筑紫磐井
初芝居洒落にもならぬ澤瀉屋
山だけが宝や信濃一月は
ひとすぢの背筋あふれ初山河
鷲津誠次
数え日の叔父は懲りなく旅支度
悪友の喪中葉書や年詰まる
社宅にはひとつの灯り大晦日
靴溢るる子ども食堂福寿草
【冬興帖】
神谷波
さざんくわ散る毎日毎日日が暮れる
白菜を一枚一枚剝ぎ寒し
水鳥のごちやごちやとゐて閑寂で
まじまじと見られて消えて雪女
竹岡一郎
三島忌の互の目乱れの刃文かな
三島忌の脂に曇る刀研ぐ
老いの手にあり三島忌の火炎瓶
ゲバ棒のかなた鈴振る憂国忌
吸はず古りゆく恩賜の煙草憂国忌
割腹の血に言霊に泥濘(る雪
三島忌の血泥を進むうつほ舟
堀本吟
霜柱づゝといっぽん道にひび
冬の月蝕川面しずまりビル明るし
凍星のひとつナルキッソス一輪
渕上信子
百人一首暗記の季節十二月
日短かや百人一首すぐ忘れ
声高く賛美歌うたふ聖夜かな
深く好き『戦場のメリークリスマス』
冬温し国産小麦メロンパン
暖房の部屋に開きし綿の花
暮れやすし身辺整理迷ひつゝ
【歳旦帖】
仙田洋子
太陽の齢を畏れお元日
ちちははの余命僅かに初日かな
初日影赫赫と穢土照らしけり
玉手箱開けて山河の初霞
南国の鳥をはべらせ薺打つ
拳から拳へ鷹や淑気満つ
金銀の袋帯締め投扇興
仲寒蟬
独楽回しその路地ばかり暮れ残る
これはもう古本なのか去年今年
禍ひに蓋しておくれ雑煮餅
どうせすぐ飽きる双六ライン来る
木々はまだ影とひとつや初明り
賀状もう書かぬと書きし年賀状
ゆらゆらと成人の日の水準器
杉山久子
弾初のウクレレぽよん「いい湯だな」
どかと来てしばし居座る晩白柚
道端に遊ぶ子の声初日記
【秋興帖】
なつはづき
底紅やベッドに吐息まだ残る
木の実落つ消印有効のことば
竜胆や記憶の中に傘開く
仮縫いの気持ちのままで秋の蛇
菊人形実物大の愁いかな
藤の実や昨日の母が音になる
鯖缶を音なく開けて秋惜しむ
中村猛虎(なかむらたけとら)
ああ見えて水掻き続く鴨の脚
掌の中の神在月の浜の砂
失いし乳房の重さ黒葡萄
ハメマラの法則膳に菊膾
耶馬溪の色を吸い込む秋の川
秋彼岸あなたの胸に引っ越したい
【冬興帖】
仙田洋子
理不尽な死ばかりありぬ冬灯
狐火の向ふに男立つてをり
掘り起こす冬眠中の蛇らの眼
雪女郎そんなについて来られても
雪嶺や愚衆の思ひ寄せつけず
仙人の如し雨中の冬の鷺
寒晴や濁世をぬけて俳諧師
仲寒蟬
枯野へとつぎつぎ兵器送らるる
白鳥に訊くかの国の戦況を
「巫女さん募集」酉の市まで十日
虎の目を隠して襖半開き
七人の侍に似ておでん種
誰も見ず聖樹の裏のゲルニカを
鯨旋回しづみゆく北斗星
杉山久子
兎抱く鳴かぬからだをぎゆつと抱く
由緒なき寺の日向の寒牡丹
仔犬らしファー付きコート着て散歩
杉山久子
ニュース速報二度目は無音草に露
感染の向かうに揺れて葛の花
コンビニに無いもの零余子・鞭・無償
小野裕三
校長と教頭の距離花梨の実
身に入むや影のひとつは毛むくじゃら
菊人形展の看板運びけり
松下カロ
つばめ帰るゆれる電線空へ置き
泣きながら国境をゆく鰯雲
コスモスの逆手を誘ふ少女たち
池田澄子
橡咲いていて茫然と空厚し
伸べし手をウフッとよけたでしょ揚羽
日本は初夏テレビにきらきら焼夷弾
真夜を猛暑のテレビニュースに文句あり
八月十五日テレビを点けっぱなし
夏百夜とどくとはかぎらないことば
加藤知子
毛のものはうんちのにおいみなみ風
夕立の初めの匂い忘れつつ
アイス棒舐めてしゃぶりて優柔不断
夏のはてあと何日自力排泄か
花デイゴ落ちて出会えるひとと落つ
なんでそんなこと言うのと夜の秋立ちぬ
杉山久子
草原となりしみづうみ星涼し
黒黴を殺す手立てを検索す
どん亀と呼ばれて昼寝より覚めぬ
坂間恒子
夕顔の微熱の闇に水を遣る
自販機の群生船虫の磁力
白木槿古代微笑の交わらず
さるすべり鏡に微熱あるような
仏の間戦ぐ音する青芒
山鳩の鳴けば晩夏のうす濁り
ヨット消えつややかなりし椿山
田中葉月
天道虫補陀洛へおすなおすな
青栗のしきりに落つる七七日
端居してアンダルシアの風の中
吸つて吐くただそれだけか月下美人
蟻の列それより先は異界なる
杉山久子
かぷかぷと鯉の口来る芒種かな
魚偏だらけの湯呑み走り梅雨
更衣へて雨音ひびく躰かな
ふけとしこ
一つ葉の崖より鳥の弾け飛び
河骨が咲いて睡魔が立つてゐて
河骨の水に鉄気の差す処
源三位頼政の忌や鮠の群れ
ソーダ水むかしが青く近づきぬ
岸本尚毅
摘草やましらの如く手の長く
蟇のせて蟇泳ぎをりつるむなり
花ゆふべダフ屋大きな眼の男
墓買へと電話の男昭和の日
浮人形あはれ税込二百円
青芝や茸淋しく生えてをり
夕立の傘の絵柄の西瓜など
花尻万博
蜥蜴泳ぐいつかの尾を尻に接ぎ
短夜の影に魚ある嬉しさよ
言の葉を思ふ誘蛾灯光るたび
夜に釣るフィリピン大きく火を立てて
蛍火を吸ひこむフォークダンスかな
焦げてゆくあやめの中の産毛かな
木苺落ちてゆくわたくしの底にまで
なつはづき
ぼたん雪碁石を打つように余命
建国日癖毛をまっすぐに伸ばす
安吾忌や言葉くしゃりと捨てる夜
羽衣の影を映して春の水
毎日が誕生日めく雪解川
モビールの影揺れている蝶の昼
蛇穴を出る親知らず抜きに行く
山本敏倖
花の冷埴輪の馬の濡れている
曇り空をだまし絵にする杉花粉
感情に目あり耳ありおぼろあり
陽炎の影法師なりカンツォーネ
花筏古今集より流れ出る
杉山久子
鳥雲に帽子ケースの中真青
うららかや最後はぱふとマヨネーズ
てふてふやコトノハいつも追ひつかず
【冬興帖】
鷲津誠次
霙打つ小駅に朽ちし伝言板
ひとり言好きな家計やかいつぶり
冬夕焼転校生はまた転校
仲寒蟬
素うどんがきつねに化けて神の留守
逃げられぬ海鼠に舟の影およぶ
モノクロのネガのごとくに冬の水
鯛焼に正面の顔なかりけり
人寄れば大きく崩れ鴨の陣
演歌歌手並みの声量火の用心
榾火のけしきソドムともゴモラとも
井口時男
憂國忌蚤の幽霊さまよへり
ニュートンの沈みし海や大海鼠
写実の海に人魚溺れて冬の浪
枯野のゲリラ花束を擲弾す
ほろ酔ひの身を山茶花に抱き取られ
闇は温し光は痛し寒卵
その前夜(いまも前夜か)雪しきる
ふけとしこ
人参にピーターラビットの歯形
人参抜く西空も人参のいろ
風が出て人参甘く煮上りて
【歳旦帖】
杉山久子
あをあをと長門八景初明り
掃初の箒に猫が手を出しぬ
春待つ詩紙飛行機の片翼に
仲寒蟬
初夢の居間から宇宙ステーション
初鏡この老人は誰ならむ
御慶とてライン着信鳴り通し
午後の日の手元におよぶ歌留多取り
沈没の国のごとくに雑煮餅
箱開けてまた箱あやしげな初荷
初日とか初地球とか月面基地
花尻万博
鬼棲まぬ山々贄の寒さかな
新しき光より降る五円玉
屠蘇零す目を開けたまま獣らは
暖かく正月を巻く救急車
葉牡丹や美しき芸見えぬころ
釣り竿の向こう鬼らの凧上がる