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2026年10月23日金曜日

令和八年 歳旦帖・春興帖 第二(岸本尚毅・前北かおる・杉山久子・白石正人・ふけとしこ・神谷 波)



岸本尚毅
カンと鳴る遠くかすかに除夜の鐘
空見つつ坂を上るやお元日
ステツキの人の頭上を初鴉
なまけもの檻になまけて松の内
日の暮のストーブ赤き投票所
口開けて腹這ふ子規や日脚伸ぶ
待春のまばらに立てる薄の穂


前北かおる
頰撫づるほどの夜風や梅の花
団地から夜のカレーのにほふ梅
大久保の夜のはづれの梅の花


杉山久子
六羽中二羽こちら見る初雀
バレンタインデー人身事故とアナウンス
六十年の御髪みだるる雛かな


白石正人
春浅し胞衣処理場の煉瓦塀
風船を離してわれの位置定む
摘草や跪かねば及びえず
潮引くや若布の傷に背をむけて
目刺より藁抜く小さき胸騒ぎ
包丁の切れ味わるき遅日かな


ふけとしこ
うつすらと煙の匂ひ除夜詣
正月をゆらゆらと運ばるるもの
初戎赤き実残る蟻通し
パピルスの芽立ちに風の湧きにけり
沈丁花単2電池が二本要る
春暁の夢の半ばへまたも獏


神谷 波
水鳥は無心に泳ぎ雪霏々と
年迎ふくねくね道もまつすぐも
太箸や父はぢぢいに子はちちに
頼もしきものに四日のふらいぱん
松過ぎの膝を抱へて日向ぼこ
紡ぎたくなる立春のちぎれ雲
恋猫の必死の声や遠ざかる
刳りたるやうな残月冴返る
ゆきあたりばつたり麺麭屋暖かし
爪先に島影浮かぶ薄霞

2026年9月25日金曜日

令和七年 冬興帖 第二(神谷 波・田中葉月・加藤知子・曾根毅・山本敏倖・杉山久子・中西夕紀・豊里友行・仙田洋子)



神谷 波
人に影寄りそふてゐる小春かな
山眠り田はかしこまるばかりかな
裸木がぽつんと雲待つ鳥を待つ
年の瀬や降ったり止んだりしつつ暮れ
餅を搗く音やピリオド打つごとく


田中葉月
今今今を咥えたる冬の金魚
やまびこの声うらがへる寒満月
人参や孤心小さくきざみゐて


加藤知子
蓮池を掘るとふ男しぐれない
万葉に遊行女婦の舞う風花
寒月光に晒す大石内蔵助


曾根毅
太陽の沈まぬ夜の傾斜かな
鳥渡る氷河を黒い影渡る
カトマンドゥ夜は臓器のような街


山本敏倖
会釈して凍滝の深さ見上げる
棒パンを撫で切りにする寒月光
忘却がおっこちている枯野かな
寄鍋や昔の顔が煮えている
彫刻やこの枯蓮は明朝体


杉山久子
寒林を行くとき弱音吐きさうに
よく喋る家電三寒四温かな
着ぶくれて黄金のマスクに見入る


中西夕紀
数へ日の欠伸の人とぶつかりぬ
寝る吾に猫の出でゆく布団かな
風止めばそこに立ちゐる雪女
片貝となれば飛ばされ冬うらら
落葉踏むあれは歌つてゐるリズム


豊里友行
我が鉛筆よ星雲のこころざし
咳てぃーちたぁーちみぃーち冬樹の粉砕よ
しんしんと天体をなす消化器系
ひゅうひゅうと肺胞よ珊瑚礁の森
かんかんと蝶カーソルの建築中
煩悩まみれのカフカよ解熱剤
束の間の夢野へ虹の蝸牛


仙田洋子
先生の訃報とともに冬来る
るるるると水湧く音や冬はじめ
漱石忌猫集まつて来たる庭
日直の二人の机冬日差
竹馬の空も大地もぐらぐらと
ちちははの命尽きたり葛湯吹く
葛湯吹きちちははの思ひ出を吹き

2026年1月9日金曜日

令和七年 夏興帖 第七/秋興帖 第五(渡邉美保・小林かんな・田中葉月・神谷波・川崎果連・曾根毅)

【夏興帖】

渡邉美保
弟の抽斗に棲む青蜥蜴
うつぼかづらの中の涼しき水溜
青唐辛子焼いてひと日の暮れにけり


小林かんな
日焼して現地の人と同じ卓
蓮の花中古のホンダなお走る
扇風機奥の施術の台も吹く
施術師の話す片言デンファーレ
夜光虫日に日に慣れて車中泊


田中葉月
躓けばやぶ蚊の声もつまづきぬ
孤島といふ波音はるか蟻地獄
それ以上言うとトマトになっちゃうよ
炎昼の何処から来る白き羽根


【秋興帖】

神谷波
名ばかりの立秋箸をあたらしく
いとしげに抱かれて西瓜やつてくる
40℃超のここいら案山子うなだれ
弾丸と見まがふ揚羽金木犀
野分後ピカソ・シャガール・龍三郎
はやばやと雲隠れして今日の月


川崎果連
穴惑リベラルというオルゴール
銃声にあきつのとなめ外れけり
終思ふと兵隊さんのおかげとか
新宿の立ちんぼの父稲を刈る
国民に上級下級秋深し


曾根毅
黒髪の艶やかなりし秋の雲
街路樹の有刺鉄線台風裡
英霊の犇めき合っている稲穂

2025年12月26日金曜日

令和七年 夏興帖 第六/秋興帖 第四(神谷波・川崎果連・加藤知子・曾根毅・松下カロ・冨岡和秀・堀本吟・木村オサム)

【夏興帖】

神谷波
がらがらの電車西日をゆらゆらと
口数の少なき夜の水中花
重い腰あげて掃除を百日紅
すずやかな瞳あざやか金魚掬ひ
結末に涙鼻水夜の秋
音荒き八月六日の俄か雨


川崎果連
地球儀を猫がぐるぐる熱帯夜
撃たれてもセルロイドなら浮いてこい
蛇皮を脱ぎ否定する多様性
しかれどもヒエラルキーに蟻が這う
天秤の上の革命てんとむし


加藤知子
なんじゃもんじゃ五感毳立つ森がある
青い街総身包帯インスタレーション
わらび餅貸金庫とは無縁なり
兵糧攻めされればまたも敗戦日
満州で万葉集を歌う冷麺
愛新覚羅溥儀へのうぜんかずらブギ


曾根毅
平和憲法蠅の手つきを真似てみる
揚羽蝶耳のうしろが痛くなり
舟虫やじわりじわりと酔いはじめ


松下カロ
蜘蛛の囲に透けて大阪美しき
大阪のおばちやんに西瓜アメもろた
汗びつしよりで大阪より戻る


【秋興帖】

冨岡和秀
海上の舞台で踊る孔雀二羽
龍宮に花の咲きたる宴の譜
肉体を脱ぎ捨てて飛ぶ銀河まで


堀本吟
曼殊沙華人外境を飾る花
百あれば百の音響曼殊沙華
本堂のうらに曀(かげ)りし曼殊沙華
曼殊沙華こつこつかこつ米不足
曼殊沙華さあてのひらが軽くなった


木村オサム
流星を見過ぎて眠さうな駱駝
行きずりにナンを打つ僧昼の虫
星一徹の卓袱台しづか今年酒
シェリー酒の熟成アンダルシアの霧
風葬の目の真ん中へ小鳥来る

2025年4月25日金曜日

令和六年 冬興帖 第三/令和七年 歳旦帖・春興帖 第一(辻村麻乃・瀬戸優理子・仙田洋子・神谷 波・豊里友行・山本敏倖)

【冬興帖】

辻村麻乃
藻の池に朽ちたる舟の冬日かな
熊手笹ゴールデン街に消えゆけり
人の飲む珈琲匂ふ冬日向
肉まんの暖を分け合ふ高架下
手の余る父のポケット冬麗
こそばゆき白の配列霜柱
どの家も幸せさうな十二月


瀬戸優理子
天然水買って孤独の風邪薬
侘助や廊下の奥は人を断つ
慟哭を散らかすまいとブロッコリー
身の内の余熱をさます冬木立


【歳旦帖・春興帖】

仙田洋子
咆哮やあらたまの闇深々と
広重の空の青さや大旦
暗がりの多き実家の切山椒
集まりて大鷲しづか流氷原
流氷を割りては海を覗き込む
流氷原残照に闇しのびこむ
国後へ流氷すさりゆく夕べ
魚は氷にトランポリンで跳ねる子ら
病室に影のまはれる吊るし雛
野遊やどの子一番早く死ぬ


神谷 波
野に山に月の簪お正月
初晴や順調肺も心臓も
松過ぎの手足遊ばせ湯船かな
野の池の縮緬皺や雲に鳥
ぬばたまの眠りを誘ふ春の闇
愛敬たっぷりのかんばせ土雛
そつと抱き寄せ花冷えの抱き枕


豊里友行
翅ばかり残してショーウィンドウの春
次第しだいに皇軍の電照菊
溢れ出す白い会話のゴジラたち
武器を捨て手を叩こうよ花暦
 Qよ蝌蚪
双手あげ花鶏頭のバレリーナよ
枇杷燈る真空管のランプ色
棘がある言葉のわたし花きりん
唇が捲るチューリップのプライバシー
凸凹人生も光る春野菜


山本敏倖
半ドアのこの世に漏れる初明り
餅伸びて大統領への提訴からまる
双六で三つ戻りてラジオ体操
火の鳥が永遠の春連れて来る
たんぽぽのほわいとのいずてきてんかい
どの角も壬生狂言となりにけり

2025年4月5日土曜日

令和六年 冬興帖 第一/令和六年 夏興帖・秋興帖 補遺(仙田洋子・神谷 波・豊里友行・山本敏倖・ふけとしこ・水岩瞳)

【冬興帖】

仙田洋子
書いて消す恋といふ字や雪の窓
湯豆腐やぽつぽつと雨降り始め
ご主人の書斎の好きなかじけ猫
黒猫のよぎつてゆきし紙干場
われらみな手皺に見入る火鉢かな
エプロンで磨き陽の色冬林檎
凍滝や命あるもの許されず


神谷 波
雪女叫びをるらん雪しまく
冬晴の富士を車窓にお弁当
数へ日のエスカレーター派階段派
  母永眠(享年97)
数へ日の死顔何か言ひたさう
節分の灯のぱらぱらと山家かな


豊里友行
凍蝶の軌跡が描く天体よ
風化の螺子を巻く凍蝶の天体
凍蝶は天体の血潮になるか
じたばたと凍蝶の冬が沁み入る
沈澱し出す凍蝶の銀河系
冬陽が洗う凍蝶の煩悩
誕生するね凍蝶の天体よ


山本敏倖
寒椿波はヨハンシュトラウスかな
冬銀河を渡るひとりの紙の舟
切り絵から露地の寒気が漂えり
鯛焼きに見向きもしない盲導犬
返り花どこまでピエロでいるつもり


ふけとしこ
裸木の寄り添ふのみぞ開墾碑
長編のやうやう佳境冬うぐひす
数へ日や天気図に風見ることも


【夏興帖】

水岩瞳
濃あぢさい御国のためと血を流し
大樟の青葉騒バンザイばんざい
忠魂碑に空蝉ひとつ置いてくる
煙草やめ父が愛した水やうかん
白玉やつるんと過ぎる日一日
エンゼルストランペットあの人は来ぬ

【秋興帖】

水岩瞳
八月の投降のビラ今も舞ふ
永久にあれからずつと敗戦日
少年の掌のなかの黙きちばつた
花野ゆく少女の吾に会ひにゆく
木曾のなあ月にとどけと踊り唄
村消えて秋の蛍がゐると言ふ

2024年11月1日金曜日

令和六年 夏興帖 第四/秋興帖 第二(木村オサム・中西夕紀・辻村麻乃・神谷波・瀬戸優理子)

【夏興帖】

木村オサム
迷宮をあっさり抜ける羽抜鶏
内側はサンバのリズムかたつむり
ががんぼが来るが昨夜の壁がない
空蝉が樹の出奔を留めをり
顔上げて天牛の噛む雨雫


中西夕紀
じゅくじゅくと葎すずめの不満らし
雨太き浮世絵に入る涼みかな
水飛ばし帆を洗ひをる裸かな
そこそこに友人もゐて泥鰌鍋


【秋興帖】

辻村麻乃
息苦しきほどの雲よ秋の雷
失くしたと思うて出会ふ明けの月
長き夜に長き手紙を書きにけり
揺蕩うて淡くなりたる恋螢
笑ひ声溢るる校舎稲の花
彼岸花左岸に土砂のどつさりと
きつちりと壁に沿うたる秋日射


神谷波
秋暑し石割れ石の溜息が
包丁を研いで新米炊きあがる
ひよつこりと厨の窓に小望月
名月に見守られつつ眠りけり


瀬戸優理子
ほどほどがわからないまま花野風
ピアノ曲転調のたび水澄みて
育休産休林檎の蜜の満ちるまで

2024年10月18日金曜日

令和六年 夏興帖 第二(神谷波・瀬戸優理子・岸本尚毅・鷲津誠二・坂間恒子)



神谷波
水無月の雨音こきみよき軒端
夕立の後鉾杉の誇らしげ
老夫婦だけとなりたる百日紅
打打発止太陽と熊蝉と
散髪をしてきたばかりらし日傘


瀬戸優理子
チョコミントアイス止まらぬ温暖化
カッペリーニ待つ夏蝶を見失う
昼寝覚プリンはちょうどよい固さ


岸本尚毅
満面に口ある鯉や青あらし
茅の輪くぐる人を水鉄砲で撃つ
這ふもゐる夏蚕の匂ひほのぼのと
味噌汁に海老の頭や雲の峰
罰杯を高くさしあげビアホール
冷房や札に銭のる募金箱
日盛や役所掲ぐる日章旗


鷲津誠二
夕立やいよゝ凛々しき開墾碑
不登校の家にすくつと大向日葵
片ゑくぼ亡き母に似て藍浴衣
うたた寝の駄菓子屋の婆蚊遣り香


坂間恒子
白昼の鶏鳴あがる栗の花
かすかなる馬の嘶き忍冬
黒揚羽一頭ひそむ水琴窟
どこまでも鉄路のひかり夕蜩
ゴ-ギャンの裸足の娘と目が合った

2024年6月28日金曜日

令和六年 歳旦帖 第六/春興帖 第二(花尻万博・早瀬恵子・大井恒行・小野裕三・水岩瞳・中西夕紀・神谷波・坂間恒子・山本敏倖・加藤知子)

【歳旦帖】

花尻万博
角見ゆる枯野の奥に消ゆるまで
佛手柑の働く人にまぎれゆく
降りてくるものをうべなひ夕焚火
外套や父と遊びし納屋に似る
日の暮れのねんねこいつも母を入れ
蜜柑山越えて木の国また清める


早瀬恵子
敲の与次郎ひょいと龍頭(りゅうがしら)
初諷経(はつふぎん)多星人の風立ちぬ
父と母泉殿から初お香


大井恒行
山鳩のふくみ鳴きかや去年今年
結晶は氷雨と書かれ匂う朝
初春の「ああ姉さま」と書く手紙


【春興帖】


小野裕三
前よりも耳の大きな初閻魔
空耳の人集まって春近し
早春の君に蹄のようなもの
棘あるものみな置いてきて雛遊び
人相のはっきりしない蜂の子よ
猫柳たましいならば弄ぶ
夏近しよくもわるくもふしぎな子


水岩瞳
節分や鬼にも好かれたきこころ
北窓を開く濁世も久しぶり
地虫出づ此処はかつての駐屯地
我に反骨されど蛙の目借時
つくしんぼ一斉蜂起とまでいかず


中西夕紀
世を閉づる前髪長し卒業す
ももいろの和菓子いただき卒業す
国後の霞見やりて息深し
上気せる顔に手をやり蜃気楼


神谷波
蕗のたうひよこひよこバレンタインデー
はなやかに幕の開きたる春の宵
蕎麦すする鶯の声近すぎる
こつぜんと婆消えゆれる藤の花
よき隣とはムスカリと黄水仙


坂間恒子
引き出しに椿あふれて眠られず
春の蛇回転扉押し行けり
春鴎漁港はあくび噛み殺す
花の雨鏡売りくる夜の透き間
桜蘂降る真夜中の非常口


山本敏倖
陽炎の仮説を崩すかんつおーね
戦艦の腹から蝶の生まれけり
初蝶の波紋はたしか変ロ短調
雪解けの音につまずく囲碁帰り
言の葉以前の言の葉つなぐ飛花落花


加藤知子
春雷や青むか吠えるかなだめるか
純なるもの人身御供として芽吹く 
花冷えの散るまであなた口に詰め
口からは食べぬ桜餅歯痒い
口数でもの言うおのこ春時雨

2024年5月31日金曜日

令和六年 歳旦帖 第二/令和五年 秋興帖 補遺(小野裕三・水岩瞳・神谷波・早瀬恵子・浜脇不如帰)

【歳旦帖】

小野裕三
麺類の看板続く小正月


水岩瞳
元旦や揺れて机の下に入る
二つの神籤いいとこ取りする辰の年
二日はや隣りの坊のバイク音
胡桃入りのごまめまだある五日かな
図書館に十代の句集春隣


神谷波
まんまるの月数へ日の窓ごとに
元日の暮れかかる頃家揺れる
吹きとんでしまふ正月気分かな


【秋興帖】

早瀬恵子
長き夜の脳内パズルかけめぐる
降りみ降らずみアナーキーな秋
点滴と酸素の母じゃ澄み渡る


浜脇不如帰
あかるくは月と椛と基督の肩
ほつるるはできれば秋分の日でも
双肩がちきゆうをわかるむししぐれ
右肩を失くしたやうに瀑したり
馬肥えてやつと雲の上を語る
月の砂齧る6番アイアンに
地にいちど転がりし柿かも基督

2024年3月16日土曜日

令和五年 秋興帖 第四/冬興帖 第三(曾根毅・小沢麻結・木村オサム・大井恒行・神谷 波・ふけとしこ・冨岡和秀・鷲津誠次)

【秋興帖】

曾根毅
雨上がりの電気を愛す茸かな
青く固し蜜柑の尻に指を入れ
古着屋の四隅は唇の冷たさ


小沢麻結
水底の倒木古りぬ初紅葉
秋明菊真白神懸りたるかに
実玫瑰海遠くして湖の風


木村オサム
ペイペイでさっと支払っても残暑
王将の裏側は無地終戦日
秋の蚊と團十郎のやぶにらみ
浮世絵の顏にすげ替え月の宴
丸善に檸檬を置きし指香る


【冬興帖】

大井恒行
クリスマスマスクの中の実母散
愛別離苦 賽の目の一が時雨れる
ふくいくと暮れ火事跡の牡丹かな


神谷 波
水あやしあやし紙漉く手首かな
目覚めればしるしばかりの初雪が
 待ったなしの地球
善哉を食べてワタシハチキウジン
快晴の冬至はやぶさ2煎餅
冬服をびしつとあやしげな話


ふけとしこ
井戸水のほのと温しよ留守詣
覇者となる少年メリークリスマス
冬眠の蛇の鱗の擦れる音


冨岡和秀
地獄門アリの大群吸い込まれ
約束せよ死んではならぬ希死念慮
梵字書く美少女の美は透徹す
流刑地の透明びとよカフカ狂
愛のヒト無限を思う敬虔派


鷲津誠次
表札の剥がれし隣家村時雨
あつさりと婚期の過ぎて花八手
老詩人歩幅高らか落ち葉道
夕暮れの大根畑の白光り
トロッコの軋み緩やか年詰まる

2024年2月23日金曜日

令和五年 秋興帖第二/冬興帖第一(瀬戸優理子・大井恒行・神谷波・ふけとしこ・竹岡一郎・山本敏倖・杉山久子)

【秋興帖】

瀬戸優理子
秋暑し衣抜け出す海老フライ
長き夜のさみしいスマホ同期する
十六夜の軋みはじめる半月板
無花果を割る手黒魔術のように


大井恒行
千の風に紅葉流しの降れるかな
神隠し角を曲がれば紅葉の街
にっぽんの大きななやみ水の秋


神谷 波
緑色のマニキュアの客野分後
犬しやなりしやなり金木犀香る
鳥渡る石の鳥居の前をパトカー
鳴神のしどろもどろの十三夜


ふけとしこ
天深し青松虫の声が降り
秋高し粥に棗や枸杞の実や
蚊母樹を見上げて秋の雲眩し


【冬興帖】

竹岡一郎
聖夜まで亜麻布負うて歩む驢馬
すき焼や肉貪るもわが老いたる
塵と化す涙がいつか吹雪くとは
マネキンか廃工場のふきたふれ
恋文の甁積む橇のまどかなる
蕪村忌の地平は天と睦みけり
大鷲が雲の獄裂き破りけり


山本敏倖
青女来る門塀にある鳥の跡
積み木崩れて綿虫の世に帰る
道化師の脚注にあるおでん酒
極月や秒針音が追ってくる
喪中ハガキ来る枯野から昔から


杉山久子
風花の空へ仔犬と乗るリフト
日向ぼこふと君は癌サバイバー
師を送り母を送りし年詰まる

2023年11月10日金曜日

令和五年 夏興帖 第五(神谷波・松下カロ・加藤知子)



神谷波
夕涼し川辺の杭にいつもの鳥
山々の輪郭ぼやけたる暑さ
地球沸騰宣言中の青田
枕辺の時計正確明易し
 

松下カロ
乗り換への多い切符の青海月
先をゆく少年の丈まくなぎほど
雲水の指のきれいな蝸牛


加藤知子
梅雨寒やロダンの男鼻をかむ
戦争に捕まっていくまいまい
獣肌が夕焼けるから戦争が
踊り子を物色ドガの箱庭へ
カノンロック少女白雨(ゆうだち)感電す

2023年7月14日金曜日

令和五年 花鳥篇 第一(五島高資・杉山久子・神谷波・ふけとしこ)



五島高資
占ひの館に紛れ込むさくら
那須の水ふくみて天に花杏子
田水張る前に鎮まる真土かな
田を植ゑてより高天原そよぐ
麦秋や空のそこひは戦ぎけり
月影に空き家あります花芭蕉
日高見の光を洩らす雲の峰


杉山久子
チューリップ黒き花粉を花の内
返却日過ぎし本ある薄暑かな
新茶汲む師のなき時間送りつつ


神谷波
春遅々と鳥宿り木を突きけり
鶯のしきりに鳴いて暮れかぬる
いのち全開石段の落椿
いちはつや泣き虫弱虫大丈夫
   

ふけとしこ
鷹の化す鳩かも赤きアイリング
鳥の巣が生中継に写り込む
諸鳥のこゑくぐりきて豆ごはん

2023年6月16日金曜日

令和五年 春興帖 第二/歳旦帖 補遺(杉山久子・小野裕三・神谷 波・ふけとしこ・筑紫磐井・鷲津誠次)

【春興帖】

杉山久子
鳥の巣を垂れて何やら赤きもの
就活も終活もして四月馬鹿
人類に少しの未来桜咲く


小野裕三
垂直に水音溜めるチューリップ
卒業の足踏ん張っていたりけり
遠足の螺旋階段下りていく
七色のうちのひとつが桜鯛
惜春のカレー魔術のごとく煮る


神谷 波
宿り木の吐息のやうなもの余寒
ぐらぐらと湯が沸き恋の猫の声
猫だつて首を傾げる紫木蓮
花過ぎのコンクリートの上に蚯蚓


ふけとしこ
鳥雲に御納戸色の栞紐
箒目の深きところへ落椿
落椿玄武の首に載るもあり


【歳旦帖】

筑紫磐井
初芝居洒落にもならぬ澤瀉屋
山だけが宝や信濃一月は
ひとすぢの背筋あふれ初山河


鷲津誠次
数え日の叔父は懲りなく旅支度
悪友の喪中葉書や年詰まる
社宅にはひとつの灯り大晦日
靴溢るる子ども食堂福寿草

2023年4月7日金曜日

令和四年 冬興帖第三/令和五年 歳旦帖第二/令和四年 秋興帖補遺(辻村麻乃・松下カロ・前北かおる・男波弘志・神谷波・竹岡一郎・堀本吟)

【冬興帖】

辻村麻乃
落葉踏み今日の仕事を終えにけり
冬天に大角羊の咀嚼かな
薩摩汁あれば機嫌の良き夫
日当たりて立ち枯れてゆく紅葉かな
はじまりの呪詛にも似たる冬雷
ばら積の貨物港に寒暮光
枯木から枯木へ夕日渡りたる


松下カロ
白鳥や陶人形の底に穴
熟睡の尼僧へ毎夜白鳥来る
白鳥がよぎるノーベル受賞式


前北かおる(夏潮)
霙るるや本庄早稲田過ぎてより
古き名をくづれ川とも霰魚
今は日を隠すものなし冬の鳥


男波弘志
ゆるやかに祝詞を出づる真神かな
喉笛は隠さずにいて寒月下
自画像やふたりの我に置く胡桃
普門品浮寝の鴨にしたがえり
木守柿抱き合うことを忘れずに

【歳旦帖】

神谷波
数へ日の戦況気掛りでならぬ
餅を搗く山があくびをしたような
人に臍家に床の間鏡餅
松過ぎの友はふらりとやつてくる


竹岡一郎
初夢や一族は陽に並びをる
ドライブイン猿が猿曳あたためる
元旦もかの火葬炉は稼働せる
機(はた)の音や獏枕から髪が生ふ
木剣の友は乙女や初稽古
軋む港や伊勢海老を積み上ぐる
橋を褒め姫を畏るる手毬唄


堀本吟
廃校のうさぎ小屋にも初茜
タワーマンション最上階に〆飾り
書き初めや守りの盾に「戈」を添え


【秋興帖 補遺】

前北かおる(夏潮)
おたがひに喪服の今宵秋黴雨
赤シャツの笑顔が遺影秋黴雨
生き字引なりし瓢に酒きらさず

2023年3月31日金曜日

令和四年冬興帖 第二/令和五年歳旦帖 第一(神谷波・竹岡一郎・堀本吟・渕上信子・仙田洋子・仲寒蟬・杉山久子)

【冬興帖】

神谷波
さざんくわ散る毎日毎日日が暮れる
白菜を一枚一枚剝ぎ寒し
水鳥のごちやごちやとゐて閑寂で
まじまじと見られて消えて雪女
 

竹岡一郎
三島忌の互(ご)の目乱れの刃文かな
三島忌の脂に曇る刀研ぐ
老いの手にあり三島忌の火炎瓶
ゲバ棒のかなた鈴振る憂国忌
吸はず古りゆく恩賜の煙草憂国忌
割腹の血に言霊に泥濘(ぬか)る雪
三島忌の血泥を進むうつほ舟


堀本吟
霜柱づゝといっぽん道にひび
冬の月蝕川面しずまりビル明るし
凍星のひとつナルキッソス一輪


渕上信子
百人一首暗記の季節十二月
日短かや百人一首すぐ忘れ
声高く賛美歌うたふ聖夜かな
深く好き『戦場のメリークリスマス』
冬温し国産小麦メロンパン
暖房の部屋に開きし綿の花
暮れやすし身辺整理迷ひつゝ


【歳旦帖】

仙田洋子
太陽の齢を畏れお元日
ちちははの余命僅かに初日かな
初日影赫赫と穢土照らしけり
玉手箱開けて山河の初霞
南国の鳥をはべらせ薺打つ
拳から拳へ鷹や淑気満つ
金銀の袋帯締め投扇興


仲寒蟬
独楽回しその路地ばかり暮れ残る
これはもう古本なのか去年今年
禍ひに蓋しておくれ雑煮餅
どうせすぐ飽きる双六ライン来る
木々はまだ影とひとつや初明り
賀状もう書かぬと書きし年賀状
ゆらゆらと成人の日の水準器


杉山久子
弾初のウクレレぽよん「いい湯だな」
どかと来てしばし居座る晩白柚
道端に遊ぶ子の声初日記

2023年2月3日金曜日

令和四年 秋興帖 第四(岸本尚毅・神谷波・山本敏倖・ふけとしこ・小林かんな・小沢麻結)



岸本尚毅
盆過やぽんぽんと咲く秋の花
稲の花まみれの稲の匂ひかな
初あらし弁才天に蛇もつれ
広々として点々と桔梗かな
秋晴のただ明るくて駐車場
わが枝豆一つぶ飛んで失せにけり
秋の風雲はうごかず蝶とんで


神谷波
砂浜に珊瑚貝殻白い秋
いつか消える足跡秋の浜昼顔
 田中一村画
画布に閉じ込め鶏頭の充実
柚子百余顆採りて搾れば寒さ急
  

山本敏倖
丑三つの露地深くするきりぎりす
わたくしを編み込んでいる文化の日
音のない軍靴を連れて鰯雲
またしてもうしろの秋の蝶逃がす
鯖雲の色は即物的である


ふけとしこ
細やかな雨よ芙蓉の花が透け
萩は実に手摺の錆が袖口に
こんな日はきつと檀の実の爆ぜる
砧槌罅の中まで日のとどき
金色に蛹の透けて暮の秋


小林かんな
木を植えて木の実が落ちるここは駅
すすき葦いずれも屋根に戴く草
柿生って村人はみな芝居の座
道行へ口笛のとぶ鵙日和
ゆらり風秋蚕の夢でなら会える


小沢麻結
明日語る夜長カクテルはドリーム
タップする指先遠く星流れ
秋晴やビラ絶妙にちんどん屋

2022年10月14日金曜日

令和四年 夏興帖 第三(ふけとしこ・なつはづき・小林かんな・神谷 波)



ふけとしこ
陵の草を刈らんと舟を出す
首筋へ蝉声寺の屋根が反り
山号は知らず涼風いただきぬ


なつはづき
蟷螂生る強運奪いあうように
姫女苑飛ぶには小さ過ぎる風
運び屋の帰りを待っている金魚
ハイビスカス現地時間であれば恋
すいかずらそっと引っ張る男運
チアガールのえくぼに夏の陽が溜まる
ずかずかと猫に踏まれる暑気中り


小林かんな
蒼朮を焚くくれないの蔵書印
ほととぎす人の子供も食べさせて
日日草地蔵の目鼻石に溶け
はも祭屏風の中に川小さし
コンチキチン昂ぶりのまま髪洗う


神谷 波
きまぐれな雨にざわつく青芭蕉
好きな言葉「明日」やまももシャーベット
強烈な日差し毅然と咲く蘇鉄
明易し狐にサンダル偸まれて
砲弾が飛び交ひ向日葵咲き乱れ

2022年8月19日金曜日

令和四年 花鳥篇 第四(木村オサム・鷲津誠次・神谷波・眞矢ひろみ・浅沼 璞)



木村オサム
血の音の聞こえるからだ花明り
終わらない準備体操花の昼
まあひとりぼっちでいいか藤の夜は
ちょっとした会釈のあとの蛇の衣
完璧な幻聴ですがほととぎす


鷲津誠次
薄暑なり家裁へつづくうねり坂
暮れかかる湖と休日缶ビール
下校児はみな白き腕ひまわり立つ
何もなきふたり暮らしや西日濃し
ソーダ水ふひに相続税の話


神谷波
細波や揺れ合つてゐる小判草
風涼し鳥楽しげに鳴いてゐる
  庭先
選りし木に取り乱し鳴く老鶯
裏庭に紛れ込みたるねむの花


眞矢ひろみ
長茄子の串を誘ふ怖さかな
トランペットの金色鈍し夏の果
天道虫半球の背に空纏め
大西日降りますボタン押す指に
手花火の一閃脇にものの影


浅沼 璞
藤房や読書の汝に匂はざる
まんさくが一本ゆるやかな斜面
木瓜の咲く失礼なこと言ひだしぬ
メーデーの目抜き通りを口あけて
五月五日まな板の鯉目覚めたる
袋角はんなり藁小屋に光る
紫陽花の向うを新たなる野犬