【歳旦帖・春興帖】
鷲津誠次
春雷や九九諳んじて長湯の子
廃線の噂遠のく山桜
身ごもりのふいに鼻唄飛花落花
囀りや隣家のピアノ粛々と
初蝶来少年院へ長き坂
仲寒蟬
ヒヤシンス水縦横に都市の底
目の前に山たちのぼる木の芽和
受験生まづはトイレを確かめて
壺焼の水平線や噴きこぼれ
こし餡派つぶ餡派ゐて蓬餅
またあの子菫の前にしやがみをる
西行を呼び捨てにする花の客
浜脇不如帰
こなごなになるまで笑う味噌つくる
ギャンブルは双六のはじまりと〆
古暦そこに画鋲の矛先を
あおむけの地軸のままに餅焼ける
天ぷらの疵を治さぬかまいたち
猪鍋のすすみたるヘーベルハウス
十字架のひかりするどし置蜜柑
【夏興帖】
杉山久子
短夜や色鉛筆の白しづか
腋かたく締めてペンギン南風
酢の香立つ本番前の心太
辻村麻乃
出生の秘密とともに墓洗ふ
蛍待つ髪にねつとり沢の風
手水舎に匂ひ満ちたり樟の花
鉾の鉦鳴らす子尻をはみ出して質草に桐の箪笥や薫衣香
扇風機止めて本気の喧嘩して
地方車の爆音煽動彩夏祭
【冬興帖】
水岩瞳
不機嫌なブロッコリーとゐる食卓
寝る人の容覚える蒲団かな
冴ゆる夜の抽斗の奥の恋の文
枯るるにも中途半端と完璧と
毛糸編む人を眺めし夜汽車かな
風邪ひいてちよつと幸せ玉子酒
数え日といふ一日を待ちぼうけ
佐藤りえ
胡桃割り人形ふいに寒さ言ふ
冬雲の下にお椀のやうな山
【歳旦帖・春興帖】
水岩瞳
年賀状ホノルルマラソン完歩した
歌留多して負けず嫌ひの孫が泣く
初写真いつもの神社のいつも此処
*
恋なんてと菜飯田楽たひらげり
仏滅も佳きにはからへ桜鯛
春眠もバスと電車を乗り継いで
花吹雪むかし学徒を煽りけり
散る桜焦土の色を忘れまじ
佐藤りえ
また女斬り殺されて初芝居
使はれぬアコーディオンが冴返る
階段の表に裏に海髪の揺れ
花守はみんな年下よく晴れて
眞矢ひろみ
樹に残る釘痕深し成木責
飾り歯朶太郎次郎を囃すなり
裏山に龍起つ気配初山河
豆撒いて豆拾い食う孤高かな
うすらひを透いて地霊の閑かなる
若鮎の鰓のくれなゐボルシェビキ
鶴亀の鳴いてリーマン予想かな
別の世の道草遅日使い切る
村山恭子
大人にもとりどりの夢雛あられ
踏青や我が心にも鬼がをり
ゆつくりと雲の流れを追ひて春
初鮒の鱗に虹の色のあり
後出しのじやんけん負けてクローバー
蕉公や去来や美濃の花に酔ひ
ぷかぷかとブリキの金魚春深む
冨岡和秀
ビッグバンその後のいのち白明集
いずこにも花降りそそぐ銀河より
見えざる孤悲 雲の渓間に抱き締める
浅草に早桜咲く永遠の国
ヴェネチアに沸き立つ日々や仮面祭
妖精の森にたたずむ亡命者
よろづ世の朽ち葉舞い散り腐葉の碑
包みより玉が飛び出す観世音
言の葉は超えて羽ばたく幽明境
幽明境 銀の言の葉超えて咲く
田中葉月
うすらひの孤島となりて離れゆけり
国境は春キルトの針が見つからぬ
蟠りほぐれしところ囀れり
黒鍵の影につまずく花菜風
言霊をさがしに行けば金鳳花
花筏ゆつくり動くムー大陸
春光をほろほろこぼしクロワッサン
からつぽの埴輪みつめる春の闇
山茶花のいたいたしくも奔放で
渡邉美保
歳晩の水撥ねてゐる金盥
無罪放免崖下の波の花
水甕の水位の変はる建国日
臥龍梅這いゆく先の白煙
春愁ひうつぼかづらが揺れるから
小沢麻結
初乗のりんかい線の遅延詫び
恵方道晴れ晴れと風吹きわたり
ぶちまけし破魔矢火を吹くどんどかな
よき風を待ち散りぎはのチューリップ
春風へ翳せば光り飴細工
息つめて引き剝がしをり薄氷
中村猛虎
トーストの飛び出し損ね女正月
あがりから戻る双六離婚して
たましひにひとつずつあるかざぐるま
猫抱けば猫の形の春の闇
唇の奥に舌ある女雛かな
饒舌なブランコと寡黙なブランコ
筍や自分で脱いでくれないか
足音の成長している子供の日
背表紙の丸み辿れば春の闇
青蔦に絡まっている打球音
松下カロ
訃報来る喇叭水仙二三本
トイレットペーパー尽きて春の雪
晴着脱ぐピカソの女お目出たし
望月士郎
一頭の蝶の越えゆく象の昼
うすらひの音感さすらひの予感
海市消え双子のそっと手を離す
漢字みなひらがなにしてきつねだな
ミモザ揺れ私のいない町にいる
花降る日からだの中の無人の駅
鏡花を読むうしろの鏡花あかり
堀本吟
初詣亡父亡母の背の大き
ハツクニシラス南に基地のある旦
紅梅がさきに白梅そのあとで
探梅や木椅子に犬が躓きぬ
二月尽一毛そよぐ美女の眉
遠枝垂桜の花や雷に揺れ
メタセコイアの芽好きの枝を見に行かん
麦青むトートバッグの皺のばし
木瓜ゆたか大欠伸して糸電話
春月の翳りほのかに閨の人
花尻万博
暖かしくろしおを待つ数分も
瓦礫より密に車の田螺かな
木流しを思ひ出さずにせせらげる
遊ばんと誘はれている紀伊遍路
されかうべもう繋がらぬ摘草か
桜見せる死に近き鬼動かして
学びとはならぬ器用さつゝじにも
街音に耳の休めず蕗の薹
クレソンが遅れて駅の中で待つ
下坂速穂
青き踏む唄ふ子を追ひ越さぬやう
ちよんちよんと亀に鼻ある暮春かな
春更けて石に笑窪のやうなもの
裏赤き苑子の鏡春惜しむ
岬光世
一揺れの透けてゆきたる春氷
白雲のささらぐ彼岸なりにけり
春雨を仄めかすなり牡丹の葉
依光正樹
子が降りた白いブランコ音もなく
鳥の巣に不思議な形冷えてゐる
間を置いて子鹿男鹿孕鹿
船べりに春風が来て鳥が来て
依光陽子
細き窓よりあたたかな木が見えて
蠟梅や蠟のごとくに石の椅子
時間とは流れぬものと梅白し
旧姓を新姓が超え冴え返る
岸本尚毅
初昔会津の酒に酔うて泣き
闇に打つ豆力なく落ちにけり
冬の帽子かぶつてみても春が来る
鴉みな同じ向きなる雪解の木
我に穴ありて息吸ふ余寒かな
廃屋や窓に木の芽がよく映り
春の雪小海老小鰯噛むほどに
遠足や田舎大仏うち拝み
永き日のバケツに暮らす目高ども
服白く磯遊なる膝がしら
木村オサム
ぽっぺんに合わせて地雷原を行く
天才には解けないクイズ雑煮食う
老衰や日永の顏のデスマスク
二次元の教室蛙の目借時
水温む流れゆくのは魚影だけ
愛人に背中さすられ日雷
のどかさやフランスパンでフェンシング
【冬興帖】
中村猛虎
ご自由にどうぞ霜夜のパンの耳
剥製の眼の中にある冬の霧
紙飛行機炊き出し鍋に着陸す
春怨をクリスティーズに出品す
二月のざらついている便座かな
春の月基礎体温の高温期
松下カロ
うつくしき霜焼を持つレジ少女
泣きながら赤い手袋脱ぎながら
ポケットの胡桃に触れるユダの指
望月士郎
雑巾が固まっている日向ぼこ
帰れない日々綿虫をわたくしす
この星の思い出などを夕焚火
ガラスのキリン冬青空の棚に置く
ハンガーに外套吊るし今日を処刑
遠く海鳴りきっと鯨の幻肢痛
狐たちのゆくえ駅舎にマスク落ち
堀本吟
山火事の夜空あかるしハルマゲドン
凍星や水琴窟の壺中天
白菜や女が悪いに決まっている
カフカ覚め白菜の森たかだかと
白菜浅漬日本史は一夜漬け
花尻万博
寄る辺なきことなら同じ海豚煮て
猟の犬ももいろうすく折りたたむ
砂色の異国の日暮れ古暦
認印何でもいいと狐来る
鯨肉を包む讀賣雄弁に
街に出た鮫らの話昔のこと
貧しき町今川焼に並び待つ
【歳旦帖・春興帖】
曾根毅
海光の鳥から人に流れけり
人類に眼鏡の曇り初景色
ゆうぐれの樹の一本の水浸し
浅沼 璞
歳旦三つ物
初空や屋根高く軒低くあり
生脚めきぬ門松の竹
十団子の如く連なる花万朶
なつはづき
草青む影に年齢などなくて
春雨や馬刺ゆっくり舌に溶け
踏み鳴らす脛の豊かさ卒業式
歯磨きのあとの口論三鬼の忌
ティースプーン二杯の恋よ百千鳥
ひっそりと孔雀の開く花の冷
白鳥帰るもう一度人形を抱く
辻村麻乃
三人の同時に開くる初御籤
初社一気に投ぐる厄割玉
初茜蜃吐きたる氣の中に
引潮の鳥居金具に淑気満つ
自らが乗る夢見たり宝船
わつと来てわつと去りたるお正月
咲上がる梅の花こそ町意なる
びきびきと泡立つものや春の池
啓蟄や人に言へざることをして
留守居せし部屋の女雛のよく笑ふ
瀬戸優理子
初暦この一年という長編
淑気満つ一句のための紙の白
朗らかな原稿依頼五日かな
春の雪けものの水場甘くなる
春塵の薔薇窓ペインクリニック
ふけとしこ
あらたまの出窓に壜の蒼透けて
年新た琉球硝子のデカンタも
正月の火棚の端にのぞくもの
・
芹を摘む渡りの沼といふ水辺
切株に斜めの裂け目春霰
春闌けて地下に大きな舞妓の絵
加藤知子
日の丸を立てぬ酸っぱさお元日
矢の淑気玉依姫の妊活は
寝正月キソウテンガイと化す流れ
人日のパソコン夫が消えた椅子
矢面はマリアの青衣春隣
心筋の狂れて小躍り二月尽
白梅の真白きにごり乳溢れ
啓蟄や渡台の父のロマンとは
停戦の合意決裂花粉症
無条件降伏なんかたんかよたか
杉山久子
七種粥吹き令和はや七年目
鳥帰るみな俯ける列車内
春の川渡りて友の来る日あり
小野裕三
早見表の隅々までも淑気かな
白い目も黒い目もある初芝居
数学的素養羨ましき雨水
魂を抜く仕草にてぶらんこ揺らす
雪割草僕はあなたの指がほしい
日本の音のきらきら遍路道
正解のように湖沈丁花
【冬興帖】
辻村麻乃
藻の池に朽ちたる舟の冬日かな
熊手笹ゴールデン街に消えゆけり
人の飲む珈琲匂ふ冬日向
肉まんの暖を分け合ふ高架下
手の余る父のポケット冬麗
こそばゆき白の配列霜柱
どの家も幸せさうな十二月
瀬戸優理子
天然水買って孤独の風邪薬
侘助や廊下の奥は人を断つ
慟哭を散らかすまいとブロッコリー
身の内の余熱をさます冬木立
【歳旦帖・春興帖】
仙田洋子
咆哮やあらたまの闇深々と
広重の空の青さや大旦
暗がりの多き実家の切山椒
集まりて大鷲しづか流氷原
流氷を割りては海を覗き込む
流氷原残照に闇しのびこむ
国後へ流氷すさりゆく夕べ
魚は氷にトランポリンで跳ねる子ら
病室に影のまはれる吊るし雛
野遊やどの子一番早く死ぬ
神谷 波
野に山に月の簪お正月
初晴や順調肺も心臓も
松過ぎの手足遊ばせ湯船かな
野の池の縮緬皺や雲に鳥
ぬばたまの眠りを誘ふ春の闇
愛敬たっぷりのかんばせ土雛
そつと抱き寄せ花冷えの抱き枕
豊里友行
翅ばかり残してショーウィンドウの春
次第しだいに皇軍の電照菊
溢れ出す白い会話のゴジラたち
武器を捨て手を叩こうよ花暦
Qよ蝌蚪
双手あげ花鶏頭のバレリーナよ
枇杷燈る真空管のランプ色
棘がある言葉のわたし花きりん
唇が捲るチューリップのプライバシー
凸凹人生も光る春野菜
山本敏倖
半ドアのこの世に漏れる初明り
餅伸びて大統領への提訴からまる
双六で三つ戻りてラジオ体操
火の鳥が永遠の春連れて来る
たんぽぽのほわいとのいずてきてんかい
どの角も壬生狂言となりにけり