【夏興帖】
鷲津誠次
凡事こそ至難の業やあめんぼう
精悍な眉の遺影や夏座敷
告白の後の沈黙かき氷
麻のれん三日続けてたぬき蕎麦
村山恭子
木を植ゑてわが森とする五月かな
ペディキュアの薔薇を泉にひたしたる
仮の世の旅寝ことさら明易し
花梯梧ラジオの声が途切れたる
二の腕の真白きひとや水中花
鮎食うて明日の泳ぎの達者なる
煩悩を崩すごとくに心太
【秋興帖】
水岩瞳
あの頃の歓喜に触れず敗戦日
鬼灯は居間の灯りになりにけり
かなかなや戻らぬ兵の丸眼鏡
親と子が一つランプに台風来
二人して黙のしあはせ良夜かな
池の端秋の声して振り返る
手紙書く思ひ溢れて夜なべかな
鷲津誠次
機織屋の消えぬ灯りの無月かな
コスモスや輪郭柔く肖像画
泣き言は言わぬ晩年すがれ虫
小鳥来る子の音読の淀みなく
村山恭子
きつぱりとをんな答へる酔芙蓉
秋天に触れつつ登るタワーかな
からころと鬼灯鉢を持ち帰る
川風や踊り納めの下駄の音
たれかれの墓の白菊かれてをり
秋深き四方に水あるむすびの地
びいどろの風や荒野の渡り蝶
【歳旦帖・春興帖】
下坂速穂
葉を踏めばその木のことを年の暮
年忘一人は椅子に正座して
お参りの帰りは梅を探りもし
年始呑めぬ人へもちよと注いで
水温む人の寝癖は愛らしく
いつまでも言葉にならず青き踏む
永き日の鳥影ばかり胸に入る
いつもより明るき五時を燕来る
岬光世
獅子舞の先頭の脚細うなる
如月に閉づる商ひ松納
干支の飴舌に転がす小正月
集ひたる山懐や節分草
涅槃絵を奏でをへたる手を解きぬ
如月や雨見ぬ人の肩濡れて
依光正樹
船べりに大風が来て年用意
竹揺れて土を踏み踏み年詰まる
切手蒐め交換もする年男
狐似の焚火好きなる女かな
すみだ区と書けば春めく隅田川
川に鳥河原に春の帽子かな
歌ひ出でししづかに花を賞でるやうに
雨止んで春の友来る予感かな
依光陽子
書きかけのおろそかの書や冬至梅
くりかへす旋律年の瀬の迫り
事業計画門松の取れたれば
卓の上にものがなしさの鬼の面
彼岸会やドアを開けば鏡ある
姿見の傾きに母はるのひる
春はあけぼの自分の声の離れてゆく
てのひらが腕につながる暮春かな
小沢麻結
初夢にづかづか女三人来る
救助ヘリ雲間より出づ出初式
寒鴉わたし知りませんとそつぽ
・
立雛の寄り添ふ如し立子の忌
小一時間探すアドレス春寒し
蒼天へマグマ噴く色花アロエ
神谷 波
人に影寄りそふてゐる小春かな
山眠り田はかしこまるばかりかな
裸木がぽつんと雲待つ鳥を待つ
年の瀬や降ったり止んだりしつつ暮れ
餅を搗く音やピリオド打つごとく
田中葉月
今今今を咥えたる冬の金魚
やまびこの声うらがへる寒満月
人参や孤心小さくきざみゐて
加藤知子
蓮池を掘るとふ男しぐれない
万葉に遊行女婦の舞う風花
寒月光に晒す大石内蔵助
曾根毅
太陽の沈まぬ夜の傾斜かな
鳥渡る氷河を黒い影渡る
カトマンドゥ夜は臓器のような街
山本敏倖
会釈して凍滝の深さ見上げる
棒パンを撫で切りにする寒月光
忘却がおっこちている枯野かな
寄鍋や昔の顔が煮えている
彫刻やこの枯蓮は明朝体
杉山久子
寒林を行くとき弱音吐きさうに
よく喋る家電三寒四温かな
着ぶくれて黄金のマスクに見入る
中西夕紀
数へ日の欠伸の人とぶつかりぬ
寝る吾に猫の出でゆく布団かな
風止めばそこに立ちゐる雪女
片貝となれば飛ばされ冬うらら
落葉踏むあれは歌つてゐるリズム
豊里友行
我が鉛筆よ星雲のこころざし
咳てぃーちたぁーちみぃーち冬樹の粉砕よ
しんしんと天体をなす消化器系
ひゅうひゅうと肺胞よ珊瑚礁の森
かんかんと蝶カーソルの建築中
煩悩まみれのカフカよ解熱剤
束の間の夢野へ虹の蝸牛
仙田洋子
先生の訃報とともに冬来る
るるるると水湧く音や冬はじめ
漱石忌猫集まつて来たる庭
日直の二人の机冬日差
竹馬の空も大地もぐらぐらと
ちちははの命尽きたり葛湯吹く
葛湯吹きちちははの思ひ出を吹き
【冬興帖】
下坂速穂
翁忌や木の葉のやうに集まつて
ひろげれば大きな冬の翼かな
つらなれる光となつて草枯るる
青空の磨き上げたる冬木かな
岬光世
煎餅の色つく間の冬浅し
弱み在る客を呑んだる大熊手
茎の桶ひとつ屋号として高く
依光正樹
人や熊殺せば済むや冬に入る
割つてみし水に色ある大根かな
待たされしこの身を打てば息白し
池の魚痛々しくも霙来る
依光陽子
短日のねぢれて皮の栞紐
冬枯や写真になつて木も人も
成虫越冬この町が好きであり
冬の河声の滑歳旦帖つてゐる次々
花尻万博
既知過ぐる水仙は目を鮮やかに
人の波魚影にまぎれ年の暮
産道の長さいまさら吹雪くとて
うつし世へ手を伸ばしけり浜大根
粕汁やラヂオは説教いとほしむ
夜を越えて果ての入りばな捕鯨船
小沢麻結
黒ずくめなり一徹の焼鳥屋
眼裏を消えずさつきのは狐火
聖夜劇翼をしかと針と糸
岸本尚毅
枯蔓に下がる古葉や砂がつく
我のもの汝が着たれば褞袍めく
釣り上げしもの枯草に落ちて跳ね
襟巻の人や素十に似てゐたる
冬蠅に肉のやうなる落椿
外套を膝にかけたり部屋暗く
室咲や骨格模型顎ひいて
前北かおる
クリスマスイブのスナックフェニックス
クリニック総出で松を飾るなり
歳晩の河口の雲の明るくて
白石正人
陋屋の鎖のごとき寒さかな
煮え滾るおでん幸徳秋水忌
ぼろ市に皇軍慰問葉書かな
凍光や顏なき列の最後尾
ふけとしこ
煙突の内に声ある十二月雪晴れや電線保護保護管の黄色
鎖樋雪が雫となり氷柱
下坂速穂
木のこゑにはたと耳寄せ生身魂
走馬灯すつと兎のとほらむか
椅子の背の固き列車よつくつくし
棉吹くや古き映画の中に風
岬光世
時のなき猫の待ちたる鰯雲
マグリットの空より入る美術展
黄落を聴く彼の人の指づかひ
依光正樹
マスカラが落ちて秋の雲降りて来る
梨の皮剝く人の手を見るやうに
隣ゐれば引き立つ女爽やかに
篝火に集まる虫の未だみどり
依光陽子
造花にも裏と表や秋の暮
身に入みて天邪鬼だと自認せる
柿食うて点滴の手がひらめけり
小鳥来る石工の目にはいつも石
【夏興帖】
下坂速穂
すこし水遊ばせてから水遊び
いうれいは手の甲を見せ夏芝居
小唄ひと節覚えて帰る西日かな
まくなぎや我の放ちしやうにゐる
岬光世
蚊遣火を絶やさず町の油揚
水中花触るることなき風いとふ
人住まぬ町に働き明早し
依光正樹
著莪咲いて森にちひさな泉湧く
朝の樹に来たるもろもろ雲の夏
村に来る鳥を知りたる若葉冷
梅雨の間清々しくて人の服
依光陽子
かの人のおもかげ涼し九輪草
白き夏の白き胡蝶は白き花へ
アトリエの絵具ゴツゴツ空に虹
寿司食うて潮灼けの髪きらきらと
【秋興帖】
眞矢ひろみ
秋高し見えざる手まで見えさうな
振り向けば使徒はまぼろし初紅葉
帰り花狂気は薄く目をひらく
秋天や鶴が亀追ふスタジアム
一行詩蜀黍のひげ絡ませむ
小沢麻結
対岸へ焦がれはばたき秋の蝶
被せ来し筵展ぐや胡麻を打つ
鉦叩一本調子ふと乱れ
花尻万博
懸命はたてがみに出て無月なり
硝子戸の外にいる人彼岸花
稲妻を迎えに戻る下座かな
鳥威かそかに皇居まで届く
ふと母乳零れていたる稲の花
人の列矢印通りつくつくぼふし
流星の泳ぐ手足を忘れけり
林雅樹(澤)
案山子見る鼻の伸びたるピノキオが
石垣の角の崩や秋の昼
カプセルトイ同じやつ出て来て残暑
握手会終はり月夜に観覧車
【夏興帖】
眞矢ひろみ
なめくじり縮みて十万億土かな
蛍火や軌跡はコンマとなりて消ゆ
あぢさゐの毬のへこみといふ重力
翳す手に天日の痛み原爆忌
地獄絵を見てあっさり味の氷菓とす
小沢麻結
真ん中はゴジラ峰雲三兄弟
手のひらに掬ふ湖夏の朝
旱星戦争は降るものならず
花尻万博
暮らしの灯いまだ切なく鯰かな
夜目利ける片手拝みの涼しさよ
麦の香に巡礼粗く伸びにけり
短夜に頭失ふ釘ありぬ
観音の曲線に沿ふ台風圏
なめくじり引用元と別れ来て
折にふれ正気をよぎる蛍かな
林雅樹(澤)
肌脱ぎの婆ァが踊り込んで来た
盆踊最高潮やアパツアパツ
薄羽蜉蝣掌にかざし見せユーチューバー
【秋興帖】
渡邉美保
鰯雲国境まで水汲みに
秋日差し退屈さうな空気入
松ぼくり秋思の靴が蹴ってゐる
小林かんな
身ほとりに夜業の人を呼ぶボタン
朝寒や別の女が血をとりに
鎮痛剤追加UK80’sも
いぼむしり血をとれ左でも右でも
鹿火屋守の銅鑼を聞きたし夜のふけて
田中葉月
船虫の一族郎党ひきつれて
等間隔に団栗落ちてゐる未来
月の船喫水線をにじませて
箱舟の選ればれしもの秋の虹
ちょい悪のオヤジが好きで秋の蜂
小野裕三
恋とはなぜ落ちるものかと鰯雲
退屈ねって夜の林檎に火をつける
蟋蟀の続篇である飛行場
五代目を名乗る長身小鳥来る
末っ子で演歌が好きで林檎好き
【夏興帖】
渡邉美保
弟の抽斗に棲む青蜥蜴
うつぼかづらの中の涼しき水溜
青唐辛子焼いてひと日の暮れにけり
小林かんな
日焼して現地の人と同じ卓
蓮の花中古のホンダなお走る
扇風機奥の施術の台も吹く
施術師の話す片言デンファーレ
夜光虫日に日に慣れて車中泊
田中葉月
躓けばやぶ蚊の声もつまづきぬ
孤島といふ波音はるか蟻地獄
それ以上言うとトマトになっちゃうよ
炎昼の何処から来る白き羽根
【秋興帖】
神谷波
名ばかりの立秋箸をあたらしく
いとしげに抱かれて西瓜やつてくる
40℃超のここいら案山子うなだれ
弾丸と見まがふ揚羽金木犀
野分後ピカソ・シャガール・龍三郎
はやばやと雲隠れして今日の月
川崎果連
穴惑リベラルというオルゴール
銃声にあきつのとなめ外れけり
終思ふと兵隊さんのおかげとか
新宿の立ちんぼの父稲を刈る
国民に上級下級秋深し
曾根毅
黒髪の艶やかなりし秋の雲
街路樹の有刺鉄線台風裡
英霊の犇めき合っている稲穂