【春興帖】
佐藤りえ
春愁いなぞなぞなんぞ読み明かし
偶成の枝のしるべや西行忌
筑紫磐井
とつてをきの衣擦れの音春宵に
眉おぼろそろそろ死んでゐる頃か
世間うるさし・ひだるし・かなし春の孤老
【花鳥篇】
浅沼 璞
あぢさゐのとてもあかるい平屋建
貧困につき鬼百合は斑なる
老鶯はたどたどしくもすぐ近く
向日葵をやさしくなでるつもりなし
佐藤りえ
カレンダー破き慣れにし六月や
ひとさらふ風の吹くてふ竹枕
筑紫磐井
明け易し同人欄は徐々に減る
うらぎりは葦の青さのなかにあり
衆議して河童は夏の生きものだ
ぼんやりと土踏まずより梅雨茸
依光正樹
子を産めばやがて大きく春の月
ひとつ手にひとつの仕事八重桜
春の雨に濡れて小さな花を見る
夜の冷えて花の明るく照らされて
依光陽子
盆梅や鏝にて寄する貝の砂
花ふぶく柩の舟がつぎつぎに
小鳥引き音楽が消え雨積む木
松の花きみの振る手は窓辺から
前北かおる(夏潮)
雨過ぎて日永の虹の立ちにけり
朝に雨夕暮に雨あたたかき
あたたかき料理を届け花の宵
【春興帖】
依光正樹
盆梅や打ち残しある寺畑
春風や運河に映る窓明り
崖怖し花の舞ひ散るただ中も
マスク取つて祈りはじめし暮春かな
依光陽子
翅を得て象が胡蝶となることの
東風吹くや人の壊れてゆくときも
亡失の春や写真の端が反り
三月の終はりを赤く枯れゆくか
前北かおる(夏潮)
埋立の如くにひらけ麦青む
眩しさに慣れていよいよ麦青く
菜の花の広がるところ斎宮址
【花鳥篇】
堀本吟
鹿の子や楠の走り根地にもぐり
すれ違う眼でものいうて蛍狩
峠越え眼窩に風の涼しかり
眞矢ひろみ
酢で〆よ戦争好きも木耳も
首傾げ雉歩み去る銀河系
美男美童みな攫はるる花辛夷
死は後に迫りくるもの白牡丹
冥婚の列しんがりの道をしえ
下坂速穂
もの思ふさまに鳥ゐる緑雨かな
緑蔭のおほきな球は小鳥塚
合歓の花夕暮の雨ほのめかす
花錆びて香を鎮めたる極暑かな
岬光世
白き斑の風切羽に春生れて
残る鴨もぐりて音を立て一羽
雪柳一枝の力尽くしゐて
【春興帖】
鷲津誠次
新調の杖を褒め合い若菜風
嬰児のおなら大きく春の川
花の雲城趾へ急ぐ園児の列
あつけなく兄との和解花の夜
逝く春や畳屋の灯の薄明かり
下坂速穂
子も孫も亡き人に似て風光る
うららかな人形町の絵地図かな
くしやくしやの千円草餅と替へむ
少し降りては囀に振り返る
岬光世
四五枚の若葉のフォークソングかな
葉は花の肌となりぬ桜餅
間引きたる花の大きさ夏近し
【花鳥篇】
中村猛虎
梅一輪シュプレヒコールの声に揺れ
花冷えや赤ちゃんポストにブザー音
鳳仙花バリウム重き紙コップ
新宿の桜の花に麻酔弾
軒先で鯉飼う村の花の雨
醍醐桜隠岐の島へと散りゆかむ
倶利伽羅紋紋生まれ変われば蕗の薹
渡邉美保
永き日の水面を川鵜滑りくる
黄薔薇咲きクラリネットのよく響く
ビー玉が描く軌跡や夏燕
なつはづき
十薬や傘を閉じられないふたり
海鳴りは父 額の花が咲いたよ
息湿らせ埋めた金魚と語り合う
ドラキュラの淋しき背中花ざくろ
濡れ縁に呼吸めく風明易し
ベランダは男の孤島紫煙吐く
吸血鬼じみた夜あり夏痩せす
小沢麻結
桜蘂降る校庭の砂乾び
春の夜や母の眠りを守りゐて
どくだみや明るみつつも雨雫
【春興帖】
渡邉美保
住吉の風吹き上ぐる松の芯
海光のまぶしさをゆく鰆船
キャベツ山盛り食事処の幟立て
なつはづき
一筆箋にたった一行落雲雀
パレットから逃げ出している涅槃西風
桜蕊降るや表札出せぬ恋
鍵盤に春が毀れてます 教授
春の蜘蛛話し足りない夜の嵩
ヒヤシンスつま先つんと触れて恋
姉さんの部屋の死角にいそぎんちゃく
小沢麻結
持ち帰り上履き捨つる為の春
予報より降り初め速き春の雪
遠ければ良いのではなく柳絮とぶ
堀本吟
妻たちのうわさ根も葉も迎春花
陽炎の塀はぼろぼろ廃校舎
逃げ水や電光ニュースを先送る
眞矢ひろみ
かげろふやサムトの婆の野に出れば
独酌や独活の歯ざわり当てとして
復活祭神の笑顔をググる夜
【花鳥篇】
望月士郎
人ひとひら桜ひとひら小さな駅
はんざきのまなうら飛行船がくる
くちなしが私を嗅いでいる夜風
悩みごと抱えています金魚鉢
夜店の灯舌先で触る親知らず
曾根 毅
桃の花僧のかたちを整えて
裁かれることなく老いぬ白牡丹
灰色の夜は人肌の桜蘂
岸本尚毅
マーガレットはサイダーの壜にさす
道逸れて来たる男女に浮巣あり
小さめの沈み加減の浮巣かな
子を孕む井守や腹を藻に擦りて
雨の墓尺取虫は濡れながら
かたつむり花屋花の香鬱々と
大いなる赤き日除に肉を売る
【春興帖】
望月士郎
金箔に息をふーっと春薄暮
胸びれに尾ひれの触れて春の宵
うれしくてスイートピーのぐるぐる巻き
入学式ちりめんじゃこの中に蛸
耳にきて風少し巻く糸繰草
浅沼 璞
梅ちらりほらり背中をかく道具
看板を枝つきぬけて桜かな
薄氷の眼鏡の縁をこする音
蒜の臀部の皮を剥きだしぬ
小柄にて春闌の土手塗りたくる
春雨のチラシの猫の迷子かな
霾ると恐竜の鼾になりぬ
曾根 毅
春疾風木像の顔二つに割れ
松の枝先雪嶺のざわざわと
春めくや坂の時間が長くなり
岸本尚毅
漫談が出て寄席楽し春の蠅
うち眺め白きところは茅花かな
頭上やや澄みて遠くの霞みをり
土の上に墓ある雀隠れかな
松の芯引き傾けて葛若葉
水深きところ舟ゆく柳絮かな
春惜しむ土人形の西行と
中村猛虎
ハンドバッグに入りきらない春愁
ぶらんこに酔う年頃になりました
春泥の中より救急救命士
恋の猫監視カメラを横切れる
下萌や卵子凍結する女
卒業証書丸めたままの三元号
海馬より始む啓蟄鬱きざす
花尻万博
菜の花に入りゆく眼菜の花に
濡れている水黒々と鹿尾菜干す
遠霞む人工林の祓ひかな
菩薩らの半眼永久に豆の花
けむりぐさ温みし水の中けむる
【花鳥篇】
小野裕三
ハッピーと名につく店や抱卵期
思案する頭集まり浮巣めく
輪唱の尻切れとんぼ黄楊の花
キッチンにアネモネの色混ぜにけり
捩花が曲馬団へと雨降らす
松下カロ
海見えて芯まで齧る青りんご
鯉幟ちらり山手線外回り
青りんご投げて静けし日本海
辻村麻乃
サイダーに頬当て友のかたえくぼ
風と陽を交互に受くる山法師
栴檀や小舟にゆさと垂れゐたる
睡蓮の花に纏はる捷き鯉
水面にぴたり咲きたるひつじ草
ぱつと来てぱつと帰れり黒揚羽
またしても妻の話やアイスティー
竹岡一郎
春泥に首までつかり喚いてら
電話口より纏はるが井の朧
五月忌まぶた開け閉ぢ一日果つ
乱鶯の自棄のあはれを聴く麒麟
嘴無くて饐ゆる怨府の鳥のうた
土用浪へと生霊を背負投
鵺の律らふそくの火ののびちぢみ
早瀬恵子
母の日に猫の手招きエンゼルケア
胸高きおんなの顔にもどる夏
メルシーの祖母の午睡やアメジスト
屋号は「澤瀉」天国の定式幕
木村オサム
まだ戦なのかとさくら散りにけり
核戦争あぢさゐ押しただけなのに
緑陰の紅茶ふらんす風和解
蛇苺食うて来世の腹満たす
太陽の中心にある黒い薔薇