水岩瞳
京に飽く京のお人と雨月かな
夫がゐてハモニカを吹く夜長かな
台風の日より柴犬家に住む
花尻万博
色鳥や神樹の中を混み合へる
時化を追ふ耳鳥威紛れ鳴る
人の列生まれては消え霧の中
鳥威吾が身に岬透かすかな
小林かんな
蟷螂や今宵どちらの目も冴える
秋刀魚より吐き出されたる煙かな
隊商の荷の無花果はさめている
堀田季何(「澤」「吟遊」)
大海は大河拒まず鳥渡る
「匈奴至秋馬肥弓勁」(漢書匈奴傳)
馬肥ゆは漢侵すため馬に乗る
蟋蟀は火の化身とや子も喰らふ
裂くるとは殖ゆることなり柘榴の実
ガンダムは殺戮兵器白芒
あらかたの役は口パク村芝居
霧のなか霧にならねば息できず
坂間恒子(「豈」「遊牧」)
金泥の兎の耳が刈田より
真葛原たぐりよせたる光琳波
萩白し兎の耳を埋めにけり
鮫の美を紫式部に見る日かな
鶏頭花倒れ石室露わなり
吾亦紅毒のまわっている軀
昼の虫落ちぬ噴水我にあり
澤田和弥(「天為」「若狭」同人、「のいず」共同発行人)
家族皆カレーはインド秋うらら
枝豆にドラマなきほど不味き店
草の花上手な嘘を教師から
宮中に嫁ぐ夢持つ芋の秋
流星や父より小さき魔羅を持つ
藤田踏青
尾行を逃れ静物画となるいとど
待宵の引力が隠れ蓑
菊酒を掌に眠そうな母音
敵前にとび出たバッタの句読点
菊人形S字カーブで脱線する
蔦紅葉経帷子の廃屋語り
前北かおる(「夏潮」)
俳句甲子園出身守武忌
コンタクトはづし夜長の団欒に
色草や山荘の子に幼児バス
福田葉子
落栗を焼いて固陋を通しける
満月は七宝のごと山の端に
ペガサスの鬣燃えよ天の沖
ふけとしこ
ヤットコとラジオペンチと秋の日を
アッテンボロー逝く空缶へ秋の雨
蟷螂よ箝口令を敷かれたか
堀本 吟
来島海峡
混乱や小さな渦は鏡とも
秋思曳く来島海峡渦いくつ
秋の蚊や渦のいちばん底にまで
海上を川の流れる夜這い星
渦中ただ懐中時計トンボの目
中村猛虎(1961年兵庫県生まれ。「姫路風羅堂第12世」現代俳句協会会員。)
デビルマン東京タワーに座す良夜
秋の虹触れれば明日死ぬかもよ
電話機に電話線ある夜の秋
秋袷生涯抱きし女の数
ドラえもんの鈴の鳴らない秋日和
杉山久子
秋の蚊の脚のふれゆく広辞苑
点描のごとく根釣の人の影
星の夜の葡萄をつつむ雫かな
髙勢祥子(「街」「鬼」所属)
秋晴や飛び立つもののやうに爪
秋蝶がよぎると再会の如し
仰向けや死にゆく蟬も眠る子も
秋の馬胸叩かれて固くなる
曾根 毅(「LOTUS」同人)
穭田や校長は髭光らせて
背表紙を眺めておれば桐一葉
消防車数台過ぎし秋の雨
原雅子
涼しさの秋ともなれば肘枕
秋祭笛方のまだととのはず
赤蜻蛉恐る恐るの逆立ちに
神谷波
駆け込みはやめてください釣瓶落し
吊革を掴み残暑の名古屋まで
草間彌生的雑踏秋暑し
沢庵で試す切れ味後の月
内村恭子 (「天為」同人)
木漏れ日に大樹冷たき今朝の秋
秋高しパルプは白き紙となる
一族郎党眠る墓あり月清か
陽 美保子(「泉」同人)
面会謝絶と聞きて
橡の実をひとつ拾ひぬ師よ如何に
橡の実を置きたる音の立ちにけり
橡の実を割りて生まれぬ夜の翳
小野裕三(「海程」「豆の木」)
螺旋階段鳥の眼の空白
生身魂ささやかな水呑みにけり
秋冷えて棒の周りをよく廻る
昼の虫ラジオの笑い籠もる屋根
カタカナの賑わい愉し神無月
中西夕紀
昼顔のほとりに拾ひ船の板
夜店の灯平家の海を淋しうす
寝る人の押してくるなり汗の肩
太田うさぎ
本郷の黒い金魚のやうな愛
空蟬の観念的な透け具合
ゼラチンがぷるんマリリン・モンロー忌
原雅子
行水のどこから洗ふ赤ん坊
八雲立つ出雲にそよぎ余り苗
涼しさに仏飯を下げ忘れたる
筑紫磐井
美美といふ編集長が夏惜しむ
櫂未知子・奥坂まやさんへ
抱き合つて死んでゐるなり水中花
鎌倉にたましひの飛ぶ星のとぶ
【夏興帖・こもろ日盛俳句祭編】
千倉由穂(1991年生。「小熊座」所属。宮城県出身、東京都在住。)
雲の峰地球ができた日の話
駅前を出ればみんみん蝉の声
境内に大工頭の昼寝覚
木下闇祠に満ちてゆく者に
鬼やんま水の重さをたしかめり
浅津大雅(「ふらここ」)
みづうみの底に日当たる涼しさよ
へびがみの棲んでゐたるや苔清水
死なすため金魚もらつて帰りけり
大藤聖菜
万緑や地層の隙間にも地層
夏木立チェロを背負った女性行く
穴城から町人見上げ夏柳
広島忌新しき墓古き墓
山々に日向と日陰土用かな
黒岩徳将
落ちんとす雫の白と風露草
あの雲を剥がさんとする蟻地獄
飲めさうな飲めなささうな清水かな
ずぶ濡れを笑ふ日傘を傘にして
夜盛句会にて
置き手紙どんと支ふるトマトかな
北川美美
(夏興帖)
小満の土にまじりし乳歯かな
あいの風砂浜に杭打ち込めよ
この先に小屋と湖夕焼けぬ
(こもろ日盛俳句祭編)
八月来小学生のジャズ一団
水道の水垂直に土用かな
逆光の重機までの径が夏
中山奈々(「百鳥」「里」)
棚に本戻し忘れて百日紅
夾竹桃分けるなら天才の類
鳴き真似に飽きず百日紅の木蔭
短絡にして短気なり夾竹桃
百日紅零るる酒を拭ふ指
もてきまり( らん同人 )
蝶々魚群れて不眠をつつきをり
夏夕べ尻尾の見へる嘘つぱち
極楽はやたら退屈なめくぢり
山本たくや(「船団」・「ふらここ」所属)
淋しさにぷるぷる短夜のゼリー
猿山の猿が群がる盆休み
ハイビスカスあかんべーしたら帰る
陽炎に這いつくばって水を飲む
車椅子ブリキの人体夏野へと
仮屋賢一(関西俳句会「ふらここ」代表)
炎天のはやイーゼルの高さまで
背景に広めの海を熱帯魚
茅の輪にもくぐる人にも拝みけり
舟虫を解散させてから帰る
二客ずつ揃へて淹るや夜の秋
盆踊をどれぬ人を手本とし
木田智美(関西俳句会「ふらここ」)
ベランダに犬逃げている午後の四時
ボート小屋スネ夫が自慢話する
わたしwithお父さんwith羽抜鳥
アロハシャツ飛行機に乗るふなっしー
ひまわりの向こうに走る馬を見る
小澤麻結(「知音」同人)
葛切や相槌は瞬きをもて
時雨亭跡へと蝮出づる径
足指に日の当りをり昼寝覚
瀬越悠矢
いにしへの躰押し合ふ海月かな
蛍火や生まれて何を忘れたる
求愛の鱏の天地の背と背
栗山 心(「都市」同人)
片蔭をたどりて家系ラーメン屋
NO VACANCYと赤きネオンや大暑の日
昼席の地下劇場の蚊遣りかな