神谷 波
山の風荒し薄暮の注連飾
こともなく年の始の藷きんとん
参道や迷惑至極の御降り
松過ぎの鴉がやけに親しげに
池田瑠那
極光のみどりは朱【あけ】へ去年今年
鸚鵡貝化石しらじら年立てる
オワンクラゲの蒼き虚無さへ年あらた
林雅樹(「澤」同人)
吹かれたる棕櫚の葉の鳴る二日かな
御降りや畑の隅の廃車にも
女礼者同じ話を繰り返す
ふけとしこ
注連を張る限界集落とも呼ばれ
海峡の橋の全長初明り
かしこみかしこみ声上げて初鴉
福田葉子
読初の攝津幸彦夢は美し
南浦和にお降りの雪
初髪の鏡の奥の彎曲よ
関悦史
元日の光に知能ありぬべし
光こそ虚無なれ石充つる二日
一椀の暗黒物質(ダークマター)の初笑
瀬越悠矢
落書のうへの落書去年今年
初みくじ露西亜のはうを勧めらる
歌留多とる眼は獣らのごとくなり
堀田季何(「澤」「吟遊」)
円卓を半周使ふ生け納
姫よりも疳高き騎士百合始
傀儡の九つの孔しまり無し
泛びきて無数の創や初御空
初夢に神の仔羊はぐれけり
初仕事逸れし羊から屠る
前北かおる
福沸朝の光の満ちあふれ
白妙の富嶽を眼下避寒地へ
早梅の観音堂へ湖渡り
杉山久子
御降りに佇む雀鴉鳩
ガンマンの出でて正月映画かな
稲積むや猫の寝息のかたはらに
小沢麻結
年神はお転婆疾風操りて
あらたまのウエートレスの天使系
女王の座をとりにゆく歌かるた
堀本 吟
「UNIQLO」の赤い看板去年今年
金毛羊皮のジャケットや初光
羊鳴く声を先立て年明ける
中山奈々(「百鳥」「里」同人、「手紙」「くまねこ」居候)
馬の出て来ぬ新春の西部劇
アーモンド大佐へ初鴉の嗚呼
女礼者を娶る族長ピスタチオ
蘿蔔をミックスナッツ夫人より
幸木に吊るす見習ひピーナッツ
北川美美
初春の柵はなたれて羊かな
南南西の風に乗る凧
探梅の峠を越えて梅もなし
山本敏倖
酔うて一歩を元旦に踏み入れる
正月やふりさけみれば無精卵
あんどろめだせいうんのめだふゆきのめだ
組香の一つが狐火呼んでいる
RHマイナス型の雪の精
寺田人(「H2O」「ふらここ」「くかいぷち」)
神具の如き風鳴りや大晦日
去年今年姓変わりたる弟よ
元旦を良き人生の柱とす
魚閃くハンカチーフや四日果つ
ゐなき君の幅のありける蒲団かな
喧嘩した昨日愛しき六日かな
女てふ苦きは祝へ夜寒なり
仮屋賢一(関西俳句会「ふらここ」代表)
元日の勝手に上がる勝手口
二日はや巫女に俗世の言辞あり
雪すでに錆の色ある三日かな
介護士の鼻唄古き四日かな
人に影踏まれ五日の停留所
自転車の首傾げをる六日かな
飯釜に杓文字の憩ふ七日かな
陽 美保子(「泉」)
数へ日のびつくり水を加へたる
子と頒かつ夜の駄菓子も小晦日
覚めてしばらく初夢の中にをり
木村オサム(「玄鳥」)
磯野家の黒電話鳴る大旦
難破船出身うちの嫁が君
平然と不安を競ふごまめかな
月野ぽぽな
島ひかりつつ新しき年に入る
南天の実とは悩みのない実なり
初夢の鱗一枚ずつ光
山田耕司
初空や鹽壺に鹽の谷浅く
牛肉の牛を去ること久し春
粥杖をもたされてゐて長廊下
佐藤りえ
てのひらで飲めば温とき若水か
若水に溶けて見えなくなる薬
裏白を挟んで去年の新聞紙
大服や音量を絞ると言へよ
旧道に人増えてゐる二日かな
竹岡一郎(「鷹」同人)
去年今年砂漠の聖地死が飛び交ふ
花街は鴉闊歩や初旦
少年が恋に勇めり初詣
坂間恒子(「豈」「遊牧」同人)
初富士や自由席からおはよう
金の鯉胸びれ動く初御空
読初や「子供の貧困」てふⅠⅡ
青山茂根
消失点ふたつを初景色に宿し
かたまつて座る元旦の乾いた風
門松を蹴らない少年が叫ぶ
網野月を
左白右赤にして供え餅
七福神に異国の神のおわすなり
一人で食べてもお節料理になりません
日月の飾りは無くて門の松
曾根 毅(「LOTUS」同人)
大きすぎる海老の尻尾や祝箸
幾重にも橋の架かりし初霞
繋ぎ止められたるものや初明り
しなだしん
もう何も語らずにをる世継榾
日の本の国の一月一日かな
雪積むや山国に燈のたつぷりと
五島高資
昇りつつ蔦の枯れゆく炎かな
高野槙なおしも果の大師かな
巴なす鷹や天皇誕生日
寝過ごして降り立つ冬の銀河かな
白鳥の天つ水影に泊てにけり
黄昏の富士や大呂の響きあり
裏白に餅の羽ばたくけしきあり
仲寒蟬
雑煮餅顎の小さき女たち
年酒酌む死ぬ気がせぬと言ふ人と
出番待ちをり正月の粗大ゴミ
建物の裏に階段去年今年
人生も死もあまく見て雑煮椀
初日記天気のことを書きしのみ
おのづから声高になる初電話
小林苑を(「里」「月天」「塵風」「百句会」所属)
初夢の洞穴どこまでもつづく
鉄腕アトム途切れて馬場の寒夕焼
水洟や生物進化大図鑑
夏木久(「豈」「連衆」)
これやこのゆくもかへるも去年今年
すくと立てど影の戦げり初明り
月山を下げて白鳥南下せる
小林かんな
九頭竜の大きく曲がる焚火かな
凍蝶のための閂開けておく
由良の門を今宵渡らん牡蠣啜る
北川美美
木枯が巻きついている石柱
「雷魚」
百号をもつて終刊寒日和
千葉かおりさんへ
人参は甘くて長し結婚も
佐藤りえ
遊ぶほどせつなし垂れる水洟や
風防に穴空いてゐる十二月
ランドリータグにコートの替へ釦
厚着して紙を配つてゐる仕事
抱きしめてやれぬストーブを点ける
筑紫磐井
柊がよく似合ふ 死は真っ盛り
寒いわと猫が言ひたり驚愕(びつくり)す
骨しゃぶるトホホと思ふ冬鴉
池田澄子
朝晩の寒さを嘆く元気かな
東京広し銀杏落葉を踏み滑り
凍晴や腕を回すと肩に音
こちらから見え裏窓の聖夜の灯
嘆き合い鍋のしらたき掬い合い
西村麒麟
金沢の見るべきは見て燗熱し
冬の雁お手玉ほどの手毬あり
北国の遊びをしたり雪女
モンゴルの北の方より毛皮売
昔からピアノがありぬ狩の宿
坂間恒子(「豈」「遊牧」同人)
文章に手触りのある十二月
天涯に言葉抜け行く枯葡萄
冬の星一直線に頭と尾骨
神谷 波
あつちへよつたりこつちへよつたり日短か
桜は葉落としつくして変な電話
どうしても伐らねばならず寒椿
竹岡一郎(「鷹」同人)
冬菜畑抱きて離宮晴れ渡る
帰り花降る外つ宮の小滝かな
山茶花が離宮の奥へいざなへり
川嶋ぱんだ(関西俳句会「ふらここ」、船団の会、甲南大学「( )俳句会」)
冬めいていよいよ偉大なる巨塔
風呂の中繋がっている冬の川
窓の雪目で追えないから目で追わない
外套や俺まだ離れる気はないし
絨毯の張られて硬き展示室
岡村知昭
極月のにわとりの放し飼いかな
停戦の日ぞにわとりを飼いながら
にわとりによく言い聞かせ寒茜
髙勢祥子(「鬼」「街」所属)
肩歩く虫の速さや暖房車
冬の光がフォークの先に到るまで
永遠のマイノリティとして鯨
関悦史
かつんかつこつこここと落ちぬ聖樹の玉
古本とガラスに映り日短か
YouTubeの霜夜のやすしきよしかな
木田智美(関西俳句会「ふらここ」)
手袋やコロッケ香る弁当屋
髪結ぶリボンの紺やクリスマス
海外のニュースの河馬が泣いていた
冬林檎体温持てる口内炎
雪だるまネオンの街の真ん中に
安岡麻佑(関西俳句会「ふらここ」所属)
たい焼きを割つて返事の代はりとす
坂登りきれば異国や凩す
手のひらに潰されさうな兎かな
浅沼 璞
壁どんの壁抜けにけり冬景色
道沿ひの川とつぷりと冬暮れて
踝の深さの冬の川恐ろし
傘浅く差しかけてくる雪女
寒紅の薄ら笑ひの柄漏れ傘
瀬越 悠矢
運命論よそに綿虫風のなか
着ぶくれて人集ひたる地下劇場
手の甲に大き癖字や日記買ふ
山下舞子(「ふらここ」)
風花や文字に角度をつけてみる
ダイヤモンドダストホットミルクティー
幼子の高さの鹿の冴ゆるなり
言いそびれては蜜柑割く蜜柑割く
揺れるものピアス土鍋の煮え豆腐
仲寒蝉
地下鉄の車輪に火花神の旅
遠火事や母の背中のぬくみほど
終着駅とは木枯の始発駅
振り返り振り返りつつ冬眠へ
CDにB面はなし初氷
列車みな屋根見せてをり冬満月
味噌汁の豆腐だけ食ふ漱石忌
堀田季何(「澤」「吟遊」)
木枯に手を入れつかむ木の葉かな
蒼天を統べて皇帝ダリアかな
石段のはては祭壇冬銀河
一九三八年一一月九日深夜
水晶の夜映写機は砕けたか
初雪や一生に吐く息の数
ブラジャーのホック外せば白鳥が
ふけとしこ
水仙や江口の君へ通はむと
木菟が貌突き出して飛んでくる
枯葦へしかと食い込み鳥の爪