2021年1月8日金曜日

令和二年 秋興帖 第九(井口時男・家登みろく・下坂速穂・岬光世・依光正樹・依光陽子)



井口時男
 乱丁泰西美術史初学篇
うろこ雲ひろがりマリリン・モンロー増殖す
モンローの増殖断つべし鵙猛る
モンローの逆さまつ毛や曼殊沙華
田を棄て家を棄て秋晩鐘に母を棄つ
落穂拾ふ妻よまたも子を孕み
糸杉を地の軸として月天心


家登みろく
核心になほ触れぬまま栗ご飯
肯うて後の道のり鵙猛る
恋果てて秋光眼を啄みぬ
露結ぶ我がぬばたまのアイライン
しらじらとしめじだらけの鍋つつく


下坂速穂
伐られたる木のこゑ満ちて夜の鹿
ときじくの花あるほうへ穴惑
穴惑真昼をしんと曇らせて
鳥の中から鳥翔ちて冬へゆく


岬光世
待つとなく朝顔の蔓細りゐる
雨の止む気配を余し萩の花
虫の音をとほす竹垣しつらへし


依光正樹
名前なき家事をつづけて秋が来て
ゆふがたのマスク外せば秋めいて
鶏頭を見る秋雨に打たれても
穴惑星のまたたく夜なりけり


依光陽子
左手は左へ伸ばす秋の風
秋蟬の翼は濡れてゐると思ふ
まなざしが水引草に触れにゆく
秋蝶や淀みなき枯れすぐそこに