【夏興帖】
ふけとしこ
垂直に虹立つ草原ならば行く
熱中症警戒アラート鷺白し
雷が近しハシビロコウが立ち
仲寒蟬
呼び捨てにして信長の忌なりけり
バビロンの滅亡に似て牡丹散る
首を振る鳩が許せず夕涼み
扇風機旧知のごとくささやける
兜虫関節痛さうに歩く
賓客は舟にて来たり燕子花
放ちたる金魚ふたたび掬はるる
豊里友行
天体をたぐる音叉の赤ん坊
魚群の民意へ大浦湾の杭
銀河系蠅一点の集中力
天体のワルツが弾む林檎飴
一挙一動の宇宙よ兜虫
PFASの疑念湧く水筒も眼玉
赤子泣く此処は天体オーケストラ
【秋興帖】
曾根毅
青饅の歯に挟まりし運動会
流れ星のイエスが過ぎて鱗と漁夫
青天渺渺火に包まれし鶏頭花
大井恒行
秋灯下多摩蘭坂の古本屋
翳る秋父は何処の雲に鳥
秋鮭の卵こぼして波だてり
仙田洋子
還暦を過ぎをみなへしをとこへし
蕎麦の花淋しきときは声を出し
垂直の虹の切れ端台風過
鳥も子もすでに眠りぬけふの月
眠りゐる鸚哥をつつく良夜かな
年寄の日の年寄の酔つ払ひ
戦争の惑星の空鳥渡る
神谷波
水無月の雨音こきみよき軒端
夕立の後鉾杉の誇らしげ
老夫婦だけとなりたる百日紅
打打発止太陽と熊蝉と
散髪をしてきたばかりらし日傘
瀬戸優理子
チョコミントアイス止まらぬ温暖化
カッペリーニ待つ夏蝶を見失う
昼寝覚プリンはちょうどよい固さ
岸本尚毅
満面に口ある鯉や青あらし
茅の輪くぐる人を水鉄砲で撃つ
這ふもゐる夏蚕の匂ひほのぼのと
味噌汁に海老の頭や雲の峰
罰杯を高くさしあげビアホール
冷房や札に銭のる募金箱
日盛や役所掲ぐる日章旗
鷲津誠二
夕立やいよゝ凛々しき開墾碑
不登校の家にすくつと大向日葵
片ゑくぼ亡き母に似て藍浴衣
うたた寝の駄菓子屋の婆蚊遣り香
坂間恒子
白昼の鶏鳴あがる栗の花
かすかなる馬の嘶き忍冬
黒揚羽一頭ひそむ水琴窟
どこまでも鉄路のひかり夕蜩
ゴ-ギャンの裸足の娘と目が合った
小野裕三
白靴の昔の形なりにけり
夏の瀬を偽者となり歩くかな
虎の字を名に含ませて夏木立
兄弟子が最後に残る滝見かな
鏡よ鏡昼顔のある生活
親友になれるなれないハンモック
フランスのありとあらゆる夏の旗
曾根毅
欄干に男の集う海月かな
身支度に紛れ込みたる夕蛍
青葉山父の腋から溢れ出し
大井恒行
青芒傷つき抱く昼下がり
火炎なか闇笛草笛祭笛
ひとすじの神に吊られる夏の兵
仙田洋子
夏草やドーベルマンの貌ぬつと
産声に万緑の山目覚めけり
蒼穹に太き虹あり重信忌
言の葉のしづかやはらか月涼し
ひとりには大きすぎたる緑蔭に
ほどほどに離れて鷭と大鷭と
老いながら青蘆原に紛れゆく
辻村麻乃
あめんぼの求婚波を掴みたる
選択の光受けたる蓮の花
いづれかが落つる定めよ柿の花
卯の花腐し他人のやうな一人つ子
病とは白き野にあるハンモック
振り向きて鶴の貌なり半夏雨
合歓の花閉ぢて光を仕舞ひけり
【春興帖】
下坂速穂
猫の恋忘れしころに返事来て
猫の夫かな入れ替はりたち替はり
生みし子を綺麗に並べ春の猫
うつらうつらと起きてゐる子猫かな
岬光世
浅春や太き木を聴くたなごころ
つちくれの野遊びの香を落としける
剪定や蒼天あふぐ藤の蔓
依光正樹
街の人きらきらとして花の冷え
白鷺の春の雪降る中にかな
消えがてに泡のあつまる水温む
老いしづかきのふの花の冷えのやうに
依光陽子
死の土を堆く盛り囀れる
肉強くなつて囀りゐたるかな
春の死や楽譜に雨の音を足し
しろばなの蒲公英に指遠くなる
筑紫磐井
阿耨多羅三藐三菩提菩提僧莎呵
(仏説摩訶般若波羅蜜多心經より)
觀世音菩薩歩くや春の闇
佐藤りえ
道の辺に泥棒結びの春地蔵
アラン・ドロン邸霾れる銃七十二丁
【歳旦帖】
筑紫磐井
『戦後俳句史』成る國栖奏・萬春樂
豆単に無意味な単語去年今年
(豆単:旺文社『英語基本単語熟語集』)
佐藤りえ
犬に顔舐められてゐる猿回し
先生に先生がゐる初昔
【春興帖】
青木百舌鳥
神木の宿木まみれなる芽吹き
畦塗機直してをれば烏来る
ルピナスの若葉噴きをる空家かな
闌春の造化忙しや佐久平
小沢麻結
確と見え行きしことなき島うらら
蕗の薹刻むでまかせ口遊み
ペン落とし響く階寒戻り
渡邉美保
墨壺より棟梁の聲春浅し
薄氷を掬いたき日の偏頭痛
春愁やコーンポタージュの黄を解凍
春雷や傘の柄にある鳥の貌
前北かおる
クレーンの垂らせる紐のあたたかく
一丁目一番地てふ春野かな
風吹いてきたる日永の日裏かな
【歳旦帖】
下坂速穂
初芝居昭和の言の葉をかさね
お運びさん足袋うつくしく忙しなく
湯気立てて買はぬお客ににこにこと
福豆や袋に入れて香りたる
岬光世
手を取れば詫びを言ひたり初御空
乗初や往きたき処行く所
あふむけの目を灯したる初景色
依光正樹
水涸れて大きな水の音思ひ
一対の鷺の息して寒きこと
松取れて風が上より降つて来る
依光陽子
松を目に椋の落葉を踏みをりぬ
天鵞絨に揺らぐ枝影冬館
せはしなき自動ドアや日脚伸ぶ
【歳旦帖】
青木百舌鳥
大年の昼の湯舟をあふれしむ
をぢさんの俳句会なり賀詞交はす
初句会とて担ぎ来し古酒のあり
小沢麻結
お飾の藁の香れる初湯かな
弾み落つる黄身追ひ白身寒卵
ポインセチア一番幸せさうは誰
渡邉美保
爪立てて賀状の龍のやさしき眼
お降りや窓越しに見る三輪車
瓦礫から瓦礫へ人日の虹あえか
前北かおる
年をとこやうやく起こし福沸
負けん気のなくて長兄かるた取る
幕開きて磯の松原初芝居
【春興帖】
高橋比呂子
記憶みな生者なりしか雪の原
きさらぎの行李きえて山毛欅林
水文學なふたりんの玉座かな
風葬の子守歌かな忘れ水
虎屋から夜の梅とて明けにけり
なつはづき
西遊記みたいな雲とゆく日永
かざぐるま風のことばの真似をして
マニキュアが空っぽになる花疲れ
躑躅燃ゆブエノスアイレスは正午
腕と腕絡めてさびし春の蜘蛛
荷を解いて四月の日差しから慣れる
酔っ払い風船買って帰るかな
花尻万博
草花に沈みし錨紀伊遍路
隣る世を支ふる芹のひよろひよろと
角隠しきれざるも佳し磯遊び
上る水下る水あり柳なら
落ちる処までおちて人山椿
古道をへて菜の花のもうすぐに
杉挿し木父のこと皆分からずよ
早瀬恵子
容鳥や自惚れコップのエアプランツ
けんけんぱいろとりどりの五月病み
瀬の早みバイリンガルの時を着て
大井恒行
ものの芽の結ぶははるか葛飾区
典雅なる戦将棋や桃の花
白梅の無限のひかり壺頭
竹岡一郎
一夜官女治水の成りし静けさを
要らぬ子は無けれど一夜官女かな
流木の逞しく立つ俊寛忌
名画座おぼろ十五で死んだはずの僕
死後四十五年の吾がいま花人
来し方を照らすが如き春障子
甘南備の谺まろやか木の根明く