2018年3月30日金曜日

平成三十年 歳旦帖 第四(下坂速穂・岬光世・依光正樹・依光陽子・水岩瞳・竹岡一郎・木村オサム)



下坂速穂(「クンツァイト」「秀」)
一羽づつゐる鳥籠や初昔
母の背を越えかねてゐる春著かな
雪囲しかと亀甲結びして


岬光世(「クンツァイト」「翡翠」)
鈴の紐ぎいと唸りし初御空
竹筒の太きに独楽の坐りたる
化粧せぬ皺のゑまふや初鏡


依光正樹(「クンツァイト」主宰)
皆とほる門のあたりや冬構
母のもの豊かに使ひ毛糸編む
枯るる中青きがつのる冬の川
この道を歩いて淡し迎春花


依光陽子(「クンツァイト」)
歳晩の棚の奥なる種袋
餅配了へて鳥の餌摺つてをり
この鉢の苔こそよけれ年の梅
元日の艶のなくなるまでの街


水岩瞳
非武装を一笑に付す年男
九条の論議の果ての初湯かな
立憲と護憲は違ふ初日記
会ひたしは美辞麗句かも年賀状
恋文も紙袋ごとどんどかな


竹岡一郎
日溜に稿置く仕事始かな
かまくらに膝抱へたりフィリピーナ
初鳩や花街の真ん中の寺
初護摩のほむら大悲の音はぜて
鬼は陽に沐せり役行者の忌


木村オサム
風呂桶の底の「ケロリン」年新た
初鏡頭の中に波の音
ぽっぺんや双子のひとりだけが舞ふ

2018年3月23日金曜日

平成三十年 歳旦帖 第三(真矢ひろみ・北川美美・西村麒麟・曾根毅・青木百舌鳥・小沢麻結・前北かおる)



真矢ひろみ
父と子とコンビニ弁当初茜
初空やマレビトを待つがらんどう
水流る音は言葉に初寝覚


北川美美
嫁が君一秒で着く隣かな
嫁が君テディベアーと眠りけり
嫁が君亀の背中に乗せてやろ


西村麒麟
平面の広がつてゐる初景色
手毬唄我が靴下の派手なこと
狐火をほれぼれ見るや初句会


曾根毅
傍らに二人を育て薺粥
寒月光松に習えば松に消え
降る雪や影だんだんと濃くなりて


青木百舌鳥(夏潮)
初旦真魚箸の盛る貝の音
曳猿の立ちてとつくり見回しぬ
うす墨となり雪原の川消ゆる


小沢麻結
初夢は忘れ悲しみ残りをり
天蓋の天女へ火の粉初不動
初句会吾に掛替へなき仲間


前北かおる(夏潮)
ふつくらと御殿の御屋根松の内
初句会披講の籤に当たりけり
白妙の湯煙ゆたか雪見風呂

【歳旦帖特別版】金子兜太氏追善・肆(ふけとしこ)



ふけとしこ
兜太よりもらひし言葉草萌ゆる
戯れのはずのぶらんこ何処へ漕ぐ
  

2018年3月16日金曜日

【歳旦帖特別版】金子兜太氏追善・参(長嶺千晶・大井恒行・堀本吟・小林かんな・渡邉美保)



長嶺千晶
造型壊すとき狼の山河
   

大井恒行
かの春に近代主義者だって?と詰め寄る兜太
     約束を果たせぬままに逝きたる兜太
大正八年以来の兜太雲に鳥


堀本吟
現代俳句協会入会当時二十余年前の思い出
まみえしに破顔一笑「暴れてください」
  人体冷えて東北白い花盛り 金子兜太『蜿蜿 』
「人体冷えて」と口ずさみつつ花を見る
戦後否戦前の春や否や兜太


小林かんな
旅立ちを知らず野の花摘んでいる
ひとびとに遺る大きな種袋
きよおと哭いて列車は春をどこまでも


渡邉美保
声に出す兜太の一句春の雲

平成三十年 歳旦帖 第二(渕上信子・辻村麻乃・山本敏倖・夏木久・中西夕紀・林雅樹・飯田冬眞)



渕上信子
アップデートの不意に元旦
読初は日本国憲法
淑気満つ前文の「決意」に
ふくら雀の遊ぶ朝日子
梅かしら雪かしらゆふぐれ
残雪を踏み皆既月蝕
あはれ寒晴れ米軍機二機


辻村麻乃
頂上に烏立たせて山眠る
冬ざるる地蔵の袈裟の黒き染み
十屯の仁王の手形鐘氷る
三枚のセーター抜けて空は青
大氷柱武甲の海を宿しをり
枯木立角馬出になだれ込む
空堀や射したる冬日跳ね返す


山本敏倖(山河・豈)
初日出てどこか壊れる音がする
初富士にかかる神奈川沖の荒波
路地裏に半円を描き独楽走る
伊勢海老の尻尾が跳ねて天を突く
福袋から南南東をおぎゃあする


夏木久
狐火の上をドローンの彷徨く夜
子の影の犬に猫にも冬麗ら
ご遺族の室内楽は暗礁に
養蜂家風光るまでの放蕩
喀血を隠せし笑みや冬菫
檣林の風の捻れや術もなく
日が昇り手にす昨夜に研ぎし鎌


中西夕紀
細き糸曳きて鷺飛ぶ冬の朝
氷張る田圃と熊野神社かな
知らんぷりしてをり葛湯吹いてをり


林雅樹(澤)
温泉みゝず芸者VS竿師段平姫始
ひとしきり暴力振ひ姫始む
女礼者僕を無視するアティチュード


飯田冬眞
船底を叩く波音年新た
切りたての門松匂ふ筑波道
松飾すこし傾ぎてかまぼこ屋
初風に引き回さるる猿の綱
豚の子の声に囲まれ淑気満つ
じわじわと風を追ひつめ初鴉
本棚の隅に猫ゐる松の内

2018年3月9日金曜日

【歳旦帖特別版】金子兜太氏追善・弐(加藤知子・小沢麻結・竹岡一郎・小野裕三・早瀬恵子・杉山久子・神谷 波・真矢ひろみ・水岩瞳・渕上信子・池田澄子・中山奈々・木村オサム・浅沼 璞)



加藤知子
【訂正】
春落暉大先生の掌ありしが


小沢麻結
芽吹山秩父音頭の七七五
春疾風駄目出しの声なほ耳に
春の土なつかし荒凡夫とほし


竹岡一郎
智慧の夜や眉間は春の焚火照り
立春の巌が国家視てゐたり
大兵のぬくき手や飢ゑ刻まれし
初蝶を非業の島へ送り給ふ
狼に常世の萌のはてしなく


小野裕三
兜太なき春孤島も斜面も青くあり


早瀬恵子
梅咲いて骨太のひかり瞑するや
やあやあやあ梅の空には兜太あり


杉山久子
おおかみとともに行きたる野の青し


神谷 波
庭の雪解けしばかりに兜太逝く
獺祭に鮫ひきつれてゆく兜太


真矢ひろみ
20年ほど前に、或る会に遅参した兜太を某俳人が厳しく叱責した際、「やあ失敬、失敬 年のせいかトイレが近くなり・・」と全く意に介する素振りなく、その茶目っ気ぶりに唖然とする

「やあ失敬」とおぼろ月夜を後にせり
春泥や秩父の民の還りたる
青鮫がゐる白梅に明くる朝


水岩瞳
「戦争の影が・・」と兜太の年賀状
遥かなるこの春愁や兜太無し
大神になつて蛍をつけにけり


渕上信子
庭中の梅の盛りや兜太の訃
逝かれけり白い花みんな咲いてよ
春の夜の遠火事視るは老いひとり


池田澄子
秩父鉄道添いの去年の桜よあぁ
梅散りぬ秩父音頭をもう一度
    

中山奈々
兜太さんが亡くなったからといって、俳句人口の平均年齢が下がる訳じゃないのだけど、一気にみんな赤子のようになってしまった。

兜太忌は二月蜆の黒々と
蜆汁翁死すればみな赤子
献杯の酒安すぎてごめんなさい


木村オサム
おおかみが無骨な岩に立っていた
どの本能膨らまそうか枝垂梅
青き踏む九百二年後の兜太


浅沼 璞
火事一つ蛍一つをならべゆく


平成三十年 歳旦帖 第一(網野月を・堀本吟・仲寒蟬・坂間恒子・小野裕三・神谷 波・杉山久子)



網野月を
初明り見慣れし山山の匂い
初日の出自ずと体を正対す
白銀の雪白銀の淑気満つ
大病治し淑気満つ古女房
俎板の初めは菜切の軽さ
稚児鱈や休めて四五回研ぐ庖丁
息掛けて相合傘の書始め


堀本吟
年明ける
 平成三十年元日夕べ月の出満月前夜
あらたまのスーパームーンおおきいな
マイホーム遁げ黄道を行くチワワ
粥占にぐじゃぐじゃとこの起居なり
火の鳥はでてこなかったとんど焼き
 一月三十一日・満月・皆既月食
スーパー・ブルー・ブラッドムーン一月尽


仲寒蟬
裏山へつづく足跡去年今年
音鳴らぬラヂオの上の淑気かな
鳶一羽容れあり余る初御空
雑煮餅伸ばせば湯気も伸びにけり
これたしか木曽の土産の雑煮椀
具の奥に朱のあらはるる雑煮椀
アマゾンで来る初夢の宇宙船


坂間恒子
初鶯支援学校門ひらく
元旦や感情の鏡ピアニッシモ
修道女(シスター)と連れ立ちゆきぬ弥撒始め


小野裕三
ほぼ空の大きさである初詣
書初めの二番目の文字もう斜め
七草粥宇宙の果てのごとくあり


神谷 波
気力使ひはたして除夜の抱き枕
去年今年鏡の中を覗きこむ
元日のキッチンなにやらよそよそし
片田舎のスーパームーン注連飾


杉山久子
雨のことすこし記して初日記
羊日の読み取り難きバーコード
CMがうたふ新春墓石フェア

2018年3月2日金曜日

【歳旦帖特別版】金子兜太氏追善(辻村麻乃・曾根毅・月野ぽぽな・五島高資・北川美美・島田牙城・豊里友行・加藤知子・仲寒蟬・神山姫余・佐藤りえ・高山れおな・筑紫磐井)



辻村麻乃
 斑雪山
斑雪まだ聞き足らぬ秩父の子
困民党残せし痕や春社
狼の天を見つめる眼に涙
兜太いま春の武甲に木霊して
斑雪山あれは兜太だつたかもしれぬ


曾根毅
狼の冷たくなりし黒眼鏡
腹出して寝る人間【じんかん】の零余子飯


月野ぽぽな(海程)
天に星地に梅ともし兜太逝く


五島高資
片目にて笑む師のなみだ風光る
永日や手のひらに手のひらを置く
冴え返る利根の流れや巨星墜つ
利根川や冬三日月の残りたる
福島の残雪ゆがむ泪かな


北川美美
海程秩父道場にて兜太氏は旅館側で用意した二つに裁断されたバナナを片手摑みに登場。2015年の春だった。
マラソンや手渡すバナナ半裁に


島田牙城
金子兜太逝くや春星ふくらませ
なほ停まらざるや兜太の三輪車
星の中の星の地球ぞ兜太逝く
兜太の狼敏雄の狼を追へり
然らばとて然らばと言へり兜太逝く


豊里友行
海ほど脈打つ兜太のほうれん草
海ほどの金子兜太の夢野かな


加藤知子
春落暉大先生の掌ありしが
花盛りを待たず人体の別れかな
梅が香やへうと自在のかなたへと


仲寒蟬
どこまでも狼を追ひつづくべし
臍出して立小便を春空から


神山姫余
春一番兜太が鮫に乗ってゆく
天翔る陸の鯨や兜太逝く


佐藤りえ
草の舟乗らうかさうか手を貸さう


高山れおな
さほひめ と つれだつ まかみ ふりむかず


筑紫磐井
北天に架かるあれが
かくも静かに二月の記憶 兜太星



第83回海程秩父俳句道場(2015年4月5日(日)) 写真:北川美美
左より金子兜太・関悦史・筑紫磐井

左より、安西篤・筑紫磐井・金子兜太・関悦史
背後ホワイトボードの句(金子兜太:老人は青年の敵 強き敵 (筑紫磐井))

平成二十九年 冬興帖 第八(中西夕紀・北川美美・西村麒麟・佐藤りえ・筑紫磐井・羽村美和子・浅沼 璞・五島高資・高山れおな)

中西夕紀
細き糸曳きて鷺飛ぶ冬の朝
氷張る田圃と熊野神社かな
知らんぷりしてをり葛湯吹いてをり


北川美美
柴犬が戻つて来たり枯野より
太陽の赤く絞れる枯野かな
枯野より手を振る人のよく見える


西村麒麟
鯛焼や遊びをせんとたまに思ふ
石多き冬の赤穂を通過中
鳰泳ぐ鳰より別れ来し如く
鳰脚を揃へて沈みけり
着ぶくれてゐる人々や肉を焼く
別嬪でありし日の絵や鴨の宿
一つある円寂の図や初氷


佐藤りえ
釣り人はダム湖の冬日見て帰る
降るまでは雪ぢやなかつたやうな雪
店名の一文字欠けて冬灯
皆死んでちひさくなりぬ寒苺
寝穢くゐつづけ春を待ちやがる


筑紫磐井
君の心は小春のやうに虚子の穴
三階から落ちる老人枯一葉
人格者うさぎおいしく煮てしまふ


羽村美和子
品格に一番遠く海鼠ずき
模倣犯生半可にして枯れ薊
ポインセチア明日は知らない街歩く
水仙花風の誘いに乗りません
達磨落としこつんこつんと山始
表情筋夜ごと鍛えて 鮃
寒牡丹未明に月への船が出る


浅沼 璞
小春まだ元気かと腕にとまるよ
雪ばんば淡くにごりてよろけける


五島高資
鉄パイプ落ちて響ける枯野かな
紙垂光る内はほらほら鳥総松
嵩上げや小石に長き春の影
日は海を離れ蔵王の息白し
金星の残るインフルエンザかな


高山れおな
  自平成二十五癸巳至平成三十戊戌歳旦
癸巳 まきに まく ほねしやうぐわつ の じや の ねむり
甲午 うま と ゆめ はつしのゝめ を かけめぐる
乙未 はつくゝわい ひつじ の かは を わすれず に
  芭蕉寛永二十一年甲申、蕪村享保元年丙申、
  愚生昭和四十三年戊申。
丙申 さるめん を きゝ と つらぬる はつあかね
丁酉 とりのこ を かけて ぎんしやり しやうぐわつ も
戊戌 は を むいて まかみ ましら の ぎよけい かな
同  しゆくき とも かれいしう とも いへば いへる

【編集者注:6年分の歳旦帖なので冬興帖の末尾に入れました】