鷲津誠次
家計簿に亡母の俳句や冬銀河
冬帽子なで肩丸め喫煙所
寒柝や認知の父の寝息濃く
路地裏の老犬呻く霜夜かな
腰低き青年庭師冬紅葉
朝霜や警笛強き三輌車
晩婚の子のなき卓やおでん酒
加藤知子
寝る前の水仙香るキラークイーン
狐火におそわれダイナマイトの仕掛け
冬満月ママァーとはなんだかなあ
寒九雨死者が挨拶に来て困る
喪の家の姐御のように寒牡丹
杉山久子
光る眼の六つ狸の親子らし
鳩白く囲われてゐる寒さかな
一陽来復一輪挿しの淡き影
小野裕三
似顔絵に見つめられたる初冬かな
兄弟の同じ角度で冬に入る
形よき白鳥ばかり眠りだす
ときおりは音符噴き出す鯨かな
魂の抜けたあとにて悴めり
カーディガン団体行動苦手です
斎場に行方の知れぬコートかな
【冬興帖】
仙田洋子
書いて消す恋といふ字や雪の窓
湯豆腐やぽつぽつと雨降り始め
ご主人の書斎の好きなかじけ猫
黒猫のよぎつてゆきし紙干場
われらみな手皺に見入る火鉢かな
エプロンで磨き陽の色冬林檎
凍滝や命あるもの許されず
神谷 波
雪女叫びをるらん雪しまく
冬晴の富士を車窓にお弁当
数へ日のエスカレーター派階段派
母永眠(享年97)
数へ日の死顔何か言ひたさう
節分の灯のぱらぱらと山家かな
豊里友行
凍蝶の軌跡が描く天体よ
風化の螺子を巻く凍蝶の天体
凍蝶は天体の血潮になるか
じたばたと凍蝶の冬が沁み入る
沈澱し出す凍蝶の銀河系
冬陽が洗う凍蝶の煩悩
誕生するね凍蝶の天体よ
山本敏倖
寒椿波はヨハンシュトラウスかな
冬銀河を渡るひとりの紙の舟
切り絵から露地の寒気が漂えり
鯛焼きに見向きもしない盲導犬
返り花どこまでピエロでいるつもり
ふけとしこ
裸木の寄り添ふのみぞ開墾碑
長編のやうやう佳境冬うぐひす
数へ日や天気図に風見ることも
【夏興帖】
水岩瞳
濃あぢさい御国のためと血を流し
大樟の青葉騒バンザイばんざい
忠魂碑に空蝉ひとつ置いてくる
煙草やめ父が愛した水やうかん
白玉やつるんと過ぎる日一日
エンゼルストランペットあの人は来ぬ
【秋興帖】
水岩瞳
八月の投降のビラ今も舞ふ
永久にあれからずつと敗戦日
少年の掌のなかの黙きちばつた
花野ゆく少女の吾に会ひにゆく
木曾のなあ月にとどけと踊り唄
村消えて秋の蛍がゐると言ふ
浅沼 璞
片脚を伸ばしてかなかなを聞けり
かなかなと外湯に瘦身をまげる
朝霧や数多の樹頭あらはにし
柄と柄重ねてひとり秋高し
針金の人形の腰秋めきぬ
唇のかたちの刺繍秋立ちて
軽やかに鬼の子としておりてくる
佐藤りえ
わたしたちたちまち居待月のもと火を捨ててきた掌も霧の中 コペンハーゲン、ストランゲーゼ30番地
秋深みピアノの蓋に置いたパン
筑紫磐井
精霊会コロナの死者はいつかゼロ
化け物になつて西瓜の帰り来よ
檻の中で人が飼はれる月夜かな
浅沼 璞
くちばしを屋根で拭へる聖五月
カルミヤに吸はれ続けてゐる休日
大山海『はにま通信』を読みて
古墳への道 緑さす出会かな
大いなる蝸牛を頭頂に這はす
蚊の声すジョルジョ・デ・キリコのマヌカンに
晩年のかなぶんの短編を書く
人間が人間とのむビールかな
筑紫磐井
金魚盥に金魚がをらぬ超現実
大いなる乳房吸ひ付く端居かな
夏の壁厚く刑務所入るすべなし
佐藤りえ
出目のない賽のやうなる日も涼し
夏立つともろ肌脱ぎのぬいぐるみ
差し入れた腕が戻らぬ五月闇
小沢麻結
雨に酔ひ風に酔ひ酔芙蓉かな
秋蝶の翅重ね風やり過ごし
杉の香の失せぬ間に酌め新走り
林雅樹
乳見せて笑ふ老婆やななかまど
庭掘れば出づる人骨ななかまど
よく出来て案山子やネルのシャツ着たる
【夏興帖】
小沢麻結
誰が手より水面へ置かれ未草
池袋新宿渋谷違ふ夏
毛虫焼く誰も代はつてくれぬから
林雅樹
肛門に回虫半身出て夜涼
舗道に乾び蚯蚓点々書のごとく
プール地獄痴漢魔羅見せ餓鬼は糞る
【秋興帖】
辻村麻乃
息苦しきほどの雲よ秋の雷
失くしたと思うて出会ふ明けの月
長き夜に長き手紙を書きにけり
揺蕩うて淡くなりたる恋螢
笑ひ声溢るる校舎稲の花
彼岸花左岸に土砂のどつさりと
きつちりと壁に沿うたる秋日射
堀本吟
栗もなか窓の汚れにこだわらず
尼君の説明律儀萩の露
柿ひとつふたつ堕ちたりブラックホール
望月士郎
足りない日案山子を数えつつ歩く
鹿すっと立ち霧の中心の音叉
書き直す胡桃を左手に移し
キツネノエフデ月をまあるく塗り残す
離れると聞こえることば蕎麦の花
夕暮が鬼灯さわるさらわれる
眠れない夜のまなうら赤のまま
【夏興帖】
辻村麻乃
あめんぼの求婚波を掴みたる
選択の光受けたる蓮の花
いづれかが落つる定めよ柿の花
卯の花腐し他人のやうな一人つ子
病とは白き野にあるハンモック
振り向きて鶴の貌なり半夏雨
合歓の花閉ぢて光を仕舞ひけり
堀本吟
草むらに衣擦れのおと蛇が脱ぐ
毀れたか成層圏の日雷
金魚田のらんちゅうに陽矢ゆらゆらと
【秋興帖】
鷲津誠次
音読の覚束なき子虫時雨
うつとりとシルク湯浸かり残る虫
誰も彼も一詩を胸に星月夜
つややかに灯る城町鉦叩
下坂速穂
八月を永しと思ふ路地に唄
棚経や水面の月が月を呼び
月よりも光ほのかに団子かな
月の友思ひ返せば背の高く
岬光世
天地を畏るる日日に秋の蟬
水澄みて心許なき花のこと
定まりし蕾の向きや曼珠沙華
依光正樹
掃苔の水に映れる母の色
大きくてはかなき人と展墓かな
小さき石落ちてしづかや秋の山
水澄んでゆく先々に澄める人
依光陽子
草色の草には非ずきりぎりす
一部屋に居場所のいくつ秋灯
キッチンにもの書いてをり秋湿
ふぞろひの暦が二つ夜業かな
【夏興帖】
下坂速穂
横丁にスナックのある浴衣かな
説教やバナナの横に皮置いて
瓜を噛むやましいことの少しある
白玉やほなと話を終はらせて
岬光世
ラムネ持つ指輪の指を立てて待つ
狢藻の花へさつきと同じ人
何代目かと寺島なすの花に問ふ
依光正樹
若葉して匂ひのつよき花咲いて
赤きもの夏の落葉の中にあり
光る蟻光らざる蟻蟻の道
明るきも昏きも佳しや金魚玉
依光陽子
汐干狩より帰りたる息を吐く
年輪に鑿で分け入る青葉かな
トマト二個箱に偏る暗さかな
出目金の目のバランスの憎からず
【秋興帖】
川崎 果連
秋雨をバケツにためて牢に置く
前置きの長い戦争桐一葉
まだ斬るかそこまで斬るか村芝居
やわらかく生まれて硬く死ぬ秋思
死者の手を組むは生者や秋深し
秋深し牛が見ている遠い沖
ミサイルの光沢秋鯖の捩れ飛び
前北かおる
爽やかや人にバッグを担がせて
秋蝶に誘われゆく芝の上
また人にしがみつきたるいぼむしり
中嶋憲武
口語訳の月夜へひらく紙の質
月白を逸れ桃いろの足のうら
ことば古ければ鶴来るためしあり
童貞を捨てれば刈田広がる死
稲妻に文字追ふ闇の高架駅
晩秋の手相知らない紫雲の木
濡れてゐて月のほとりの茶葉ひらく
早瀬恵子
紅葉かつ散るケーキタワーにも紅葉
琵琶湖爽秋幽庵焼に灯す舌
ひ孫集える花圃よ秋蝶のラルゴ
小林かんな
広島の果物届く今朝の秋
大西瓜種父の十八番を皆が言い
女郎花二手に分かれ探し出す
神将のみな秋冷に影を負い
秋風のしみて獄卒目しばたく