岸本尚毅
カンと鳴る遠くかすかに除夜の鐘
空見つつ坂を上るやお元日
ステツキの人の頭上を初鴉
なまけもの檻になまけて松の内
日の暮のストーブ赤き投票所
口開けて腹這ふ子規や日脚伸ぶ
待春のまばらに立てる薄の穂
前北かおる
頰撫づるほどの夜風や梅の花
団地から夜のカレーのにほふ梅
大久保の夜のはづれの梅の花
杉山久子
六羽中二羽こちら見る初雀
バレンタインデー人身事故とアナウンス
六十年の御髪みだるる雛かな
白石正人
春浅し胞衣処理場の煉瓦塀
風船を離してわれの位置定む
摘草や跪かねば及びえず
潮引くや若布の傷に背をむけて
目刺より藁抜く小さき胸騒ぎ
包丁の切れ味わるき遅日かな
ふけとしこ
うつすらと煙の匂ひ除夜詣
正月をゆらゆらと運ばるるもの
初戎赤き実残る蟻通し
パピルスの芽立ちに風の湧きにけり
沈丁花単2電池が二本要る
春暁の夢の半ばへまたも獏
神谷 波
水鳥は無心に泳ぎ雪霏々と
年迎ふくねくね道もまつすぐも
太箸や父はぢぢいに子はちちに
頼もしきものに四日のふらいぱん
松過ぎの膝を抱へて日向ぼこ
紡ぎたくなる立春のちぎれ雲
恋猫の必死の声や遠ざかる
刳りたるやうな残月冴返る
ゆきあたりばつたり麺麭屋暖かし
爪先に島影浮かぶ薄霞
【夏興帖】
鷲津誠次
凡事こそ至難の業やあめんぼう
精悍な眉の遺影や夏座敷
告白の後の沈黙かき氷
麻のれん三日続けてたぬき蕎麦
村山恭子
木を植ゑてわが森とする五月かな
ペディキュアの薔薇を泉にひたしたる
仮の世の旅寝ことさら明易し
花梯梧ラジオの声が途切れたる
二の腕の真白きひとや水中花
鮎食うて明日の泳ぎの達者なる
煩悩を崩すごとくに心太
【秋興帖】
水岩瞳
あの頃の歓喜に触れず敗戦日
鬼灯は居間の灯りになりにけり
かなかなや戻らぬ兵の丸眼鏡
親と子が一つランプに台風来
二人して黙のしあはせ良夜かな
池の端秋の声して振り返る
手紙書く思ひ溢れて夜なべかな
鷲津誠次
機織屋の消えぬ灯りの無月かな
コスモスや輪郭柔く肖像画
泣き言は言わぬ晩年すがれ虫
小鳥来る子の音読の淀みなく
村山恭子
きつぱりとをんな答へる酔芙蓉
秋天に触れつつ登るタワーかな
からころと鬼灯鉢を持ち帰る
川風や踊り納めの下駄の音
たれかれの墓の白菊かれてをり
秋深き四方に水あるむすびの地
びいどろの風や荒野の渡り蝶
【歳旦帖・春興帖】
下坂速穂
葉を踏めばその木のことを年の暮
年忘一人は椅子に正座して
お参りの帰りは梅を探りもし
年始呑めぬ人へもちよと注いで
水温む人の寝癖は愛らしく
いつまでも言葉にならず青き踏む
永き日の鳥影ばかり胸に入る
いつもより明るき五時を燕来る
岬光世
獅子舞の先頭の脚細うなる
如月に閉づる商ひ松納
干支の飴舌に転がす小正月
集ひたる山懐や節分草
涅槃絵を奏でをへたる手を解きぬ
如月や雨見ぬ人の肩濡れて
依光正樹
船べりに大風が来て年用意
竹揺れて土を踏み踏み年詰まる
切手蒐め交換もする年男
狐似の焚火好きなる女かな
すみだ区と書けば春めく隅田川
川に鳥河原に春の帽子かな
歌ひ出でししづかに花を賞でるやうに
雨止んで春の友来る予感かな
依光陽子
書きかけのおろそかの書や冬至梅
くりかへす旋律年の瀬の迫り
事業計画門松の取れたれば
卓の上にものがなしさの鬼の面
彼岸会やドアを開けば鏡ある
姿見の傾きに母はるのひる
春はあけぼの自分の声の離れてゆく
てのひらが腕につながる暮春かな
小沢麻結
初夢にづかづか女三人来る
救助ヘリ雲間より出づ出初式
寒鴉わたし知りませんとそつぽ
・
立雛の寄り添ふ如し立子の忌
小一時間探すアドレス春寒し
蒼天へマグマ噴く色花アロエ
神谷 波
人に影寄りそふてゐる小春かな
山眠り田はかしこまるばかりかな
裸木がぽつんと雲待つ鳥を待つ
年の瀬や降ったり止んだりしつつ暮れ
餅を搗く音やピリオド打つごとく
田中葉月
今今今を咥えたる冬の金魚
やまびこの声うらがへる寒満月
人参や孤心小さくきざみゐて
加藤知子
蓮池を掘るとふ男しぐれない
万葉に遊行女婦の舞う風花
寒月光に晒す大石内蔵助
曾根毅
太陽の沈まぬ夜の傾斜かな
鳥渡る氷河を黒い影渡る
カトマンドゥ夜は臓器のような街
山本敏倖
会釈して凍滝の深さ見上げる
棒パンを撫で切りにする寒月光
忘却がおっこちている枯野かな
寄鍋や昔の顔が煮えている
彫刻やこの枯蓮は明朝体
杉山久子
寒林を行くとき弱音吐きさうに
よく喋る家電三寒四温かな
着ぶくれて黄金のマスクに見入る
中西夕紀
数へ日の欠伸の人とぶつかりぬ
寝る吾に猫の出でゆく布団かな
風止めばそこに立ちゐる雪女
片貝となれば飛ばされ冬うらら
落葉踏むあれは歌つてゐるリズム
豊里友行
我が鉛筆よ星雲のこころざし
咳てぃーちたぁーちみぃーち冬樹の粉砕よ
しんしんと天体をなす消化器系
ひゅうひゅうと肺胞よ珊瑚礁の森
かんかんと蝶カーソルの建築中
煩悩まみれのカフカよ解熱剤
束の間の夢野へ虹の蝸牛
仙田洋子
先生の訃報とともに冬来る
るるるると水湧く音や冬はじめ
漱石忌猫集まつて来たる庭
日直の二人の机冬日差
竹馬の空も大地もぐらぐらと
ちちははの命尽きたり葛湯吹く
葛湯吹きちちははの思ひ出を吹き
【冬興帖】
下坂速穂
翁忌や木の葉のやうに集まつて
ひろげれば大きな冬の翼かな
つらなれる光となつて草枯るる
青空の磨き上げたる冬木かな
岬光世
煎餅の色つく間の冬浅し
弱み在る客を呑んだる大熊手
茎の桶ひとつ屋号として高く
依光正樹
人や熊殺せば済むや冬に入る
割つてみし水に色ある大根かな
待たされしこの身を打てば息白し
池の魚痛々しくも霙来る
依光陽子
短日のねぢれて皮の栞紐
冬枯や写真になつて木も人も
成虫越冬この町が好きであり
冬の河声の滑歳旦帖つてゐる次々
花尻万博
既知過ぐる水仙は目を鮮やかに
人の波魚影にまぎれ年の暮
産道の長さいまさら吹雪くとて
うつし世へ手を伸ばしけり浜大根
粕汁やラヂオは説教いとほしむ
夜を越えて果ての入りばな捕鯨船
小沢麻結
黒ずくめなり一徹の焼鳥屋
眼裏を消えずさつきのは狐火
聖夜劇翼をしかと針と糸
岸本尚毅
枯蔓に下がる古葉や砂がつく
我のもの汝が着たれば褞袍めく
釣り上げしもの枯草に落ちて跳ね
襟巻の人や素十に似てゐたる
冬蠅に肉のやうなる落椿
外套を膝にかけたり部屋暗く
室咲や骨格模型顎ひいて
前北かおる
クリスマスイブのスナックフェニックス
クリニック総出で松を飾るなり
歳晩の河口の雲の明るくて
白石正人
陋屋の鎖のごとき寒さかな
煮え滾るおでん幸徳秋水忌
ぼろ市に皇軍慰問葉書かな
凍光や顏なき列の最後尾
ふけとしこ
煙突の内に声ある十二月雪晴れや電線保護保護管の黄色
鎖樋雪が雫となり氷柱
下坂速穂
木のこゑにはたと耳寄せ生身魂
走馬灯すつと兎のとほらむか
椅子の背の固き列車よつくつくし
棉吹くや古き映画の中に風
岬光世
時のなき猫の待ちたる鰯雲
マグリットの空より入る美術展
黄落を聴く彼の人の指づかひ
依光正樹
マスカラが落ちて秋の雲降りて来る
梨の皮剝く人の手を見るやうに
隣ゐれば引き立つ女爽やかに
篝火に集まる虫の未だみどり
依光陽子
造花にも裏と表や秋の暮
身に入みて天邪鬼だと自認せる
柿食うて点滴の手がひらめけり
小鳥来る石工の目にはいつも石
【夏興帖】
下坂速穂
すこし水遊ばせてから水遊び
いうれいは手の甲を見せ夏芝居
小唄ひと節覚えて帰る西日かな
まくなぎや我の放ちしやうにゐる
岬光世
蚊遣火を絶やさず町の油揚
水中花触るることなき風いとふ
人住まぬ町に働き明早し
依光正樹
著莪咲いて森にちひさな泉湧く
朝の樹に来たるもろもろ雲の夏
村に来る鳥を知りたる若葉冷
梅雨の間清々しくて人の服
依光陽子
かの人のおもかげ涼し九輪草
白き夏の白き胡蝶は白き花へ
アトリエの絵具ゴツゴツ空に虹
寿司食うて潮灼けの髪きらきらと
【秋興帖】
眞矢ひろみ
秋高し見えざる手まで見えさうな
振り向けば使徒はまぼろし初紅葉
帰り花狂気は薄く目をひらく
秋天や鶴が亀追ふスタジアム
一行詩蜀黍のひげ絡ませむ
小沢麻結
対岸へ焦がれはばたき秋の蝶
被せ来し筵展ぐや胡麻を打つ
鉦叩一本調子ふと乱れ
花尻万博
懸命はたてがみに出て無月なり
硝子戸の外にいる人彼岸花
稲妻を迎えに戻る下座かな
鳥威かそかに皇居まで届く
ふと母乳零れていたる稲の花
人の列矢印通りつくつくぼふし
流星の泳ぐ手足を忘れけり
林雅樹(澤)
案山子見る鼻の伸びたるピノキオが
石垣の角の崩や秋の昼
カプセルトイ同じやつ出て来て残暑
握手会終はり月夜に観覧車
【夏興帖】
眞矢ひろみ
なめくじり縮みて十万億土かな
蛍火や軌跡はコンマとなりて消ゆ
あぢさゐの毬のへこみといふ重力
翳す手に天日の痛み原爆忌
地獄絵を見てあっさり味の氷菓とす
小沢麻結
真ん中はゴジラ峰雲三兄弟
手のひらに掬ふ湖夏の朝
旱星戦争は降るものならず
花尻万博
暮らしの灯いまだ切なく鯰かな
夜目利ける片手拝みの涼しさよ
麦の香に巡礼粗く伸びにけり
短夜に頭失ふ釘ありぬ
観音の曲線に沿ふ台風圏
なめくじり引用元と別れ来て
折にふれ正気をよぎる蛍かな
林雅樹(澤)
肌脱ぎの婆ァが踊り込んで来た
盆踊最高潮やアパツアパツ
薄羽蜉蝣掌にかざし見せユーチューバー
【秋興帖】
渡邉美保
鰯雲国境まで水汲みに
秋日差し退屈さうな空気入
松ぼくり秋思の靴が蹴ってゐる
小林かんな
身ほとりに夜業の人を呼ぶボタン
朝寒や別の女が血をとりに
鎮痛剤追加UK80’sも
いぼむしり血をとれ左でも右でも
鹿火屋守の銅鑼を聞きたし夜のふけて
田中葉月
船虫の一族郎党ひきつれて
等間隔に団栗落ちてゐる未来
月の船喫水線をにじませて
箱舟の選ればれしもの秋の虹
ちょい悪のオヤジが好きで秋の蜂
小野裕三
恋とはなぜ落ちるものかと鰯雲
退屈ねって夜の林檎に火をつける
蟋蟀の続篇である飛行場
五代目を名乗る長身小鳥来る
末っ子で演歌が好きで林檎好き
【夏興帖】
渡邉美保
弟の抽斗に棲む青蜥蜴
うつぼかづらの中の涼しき水溜
青唐辛子焼いてひと日の暮れにけり
小林かんな
日焼して現地の人と同じ卓
蓮の花中古のホンダなお走る
扇風機奥の施術の台も吹く
施術師の話す片言デンファーレ
夜光虫日に日に慣れて車中泊
田中葉月
躓けばやぶ蚊の声もつまづきぬ
孤島といふ波音はるか蟻地獄
それ以上言うとトマトになっちゃうよ
炎昼の何処から来る白き羽根
【秋興帖】
神谷波
名ばかりの立秋箸をあたらしく
いとしげに抱かれて西瓜やつてくる
40℃超のここいら案山子うなだれ
弾丸と見まがふ揚羽金木犀
野分後ピカソ・シャガール・龍三郎
はやばやと雲隠れして今日の月
川崎果連
穴惑リベラルというオルゴール
銃声にあきつのとなめ外れけり
終思ふと兵隊さんのおかげとか
新宿の立ちんぼの父稲を刈る
国民に上級下級秋深し
曾根毅
黒髪の艶やかなりし秋の雲
街路樹の有刺鉄線台風裡
英霊の犇めき合っている稲穂
【夏興帖】
神谷波
がらがらの電車西日をゆらゆらと
口数の少なき夜の水中花
重い腰あげて掃除を百日紅
すずやかな瞳あざやか金魚掬ひ
結末に涙鼻水夜の秋
音荒き八月六日の俄か雨
川崎果連
地球儀を猫がぐるぐる熱帯夜
撃たれてもセルロイドなら浮いてこい
蛇皮を脱ぎ否定する多様性
しかれどもヒエラルキーに蟻が這う
天秤の上の革命てんとむし
加藤知子
なんじゃもんじゃ五感毳立つ森がある
青い街総身包帯インスタレーション
わらび餅貸金庫とは無縁なり
兵糧攻めされればまたも敗戦日
満州で万葉集を歌う冷麺
愛新覚羅溥儀へのうぜんかずらブギ
曾根毅
平和憲法蠅の手つきを真似てみる
揚羽蝶耳のうしろが痛くなり
舟虫やじわりじわりと酔いはじめ
松下カロ
蜘蛛の囲に透けて大阪美しき
大阪のおばちやんに西瓜アメもろた
汗びつしよりで大阪より戻る
【秋興帖】
冨岡和秀
海上の舞台で踊る孔雀二羽
龍宮に花の咲きたる宴の譜
肉体を脱ぎ捨てて飛ぶ銀河まで
堀本吟
曼殊沙華人外境を飾る花
百あれば百の音響曼殊沙華
本堂のうらに曀りし曼殊沙華
曼殊沙華こつこつかこつ米不足
曼殊沙華さあてのひらが軽くなった
木村オサム
流星を見過ぎて眠さうな駱駝
行きずりにナンを打つ僧昼の虫
星一徹の卓袱台しづか今年酒
シェリー酒の熟成アンダルシアの霧
風葬の目の真ん中へ小鳥来る
【夏興帖】
冨岡和秀
風前のともし火となるディストピア
傲慢と空虚のはてに消滅都市
日没に絡めとられて獄中記
堀本吟
水田風頭上の尾灯はB29
整然と骨の連なり轢かれ蛇
女たち右と左に整列す
まつりごとですそもそもはもぞもぞと
木村オサム
赤丸が描かれただけの暑中見舞
廃線の二駅結ぶ暑さかな
館長が噴火の話盛る小暑
トンネルと対峙するエペ夏の暮
ハチガツノヒフガカラダニシガミツク
【秋興帖】
ふけとしこ
新涼や栗鼠の尾が幹打つてゆく
百年が過ぐかなかなを聞きゐしに
夜も晴れてきれいに外す桃の種
岸本尚毅
鳥と人秋のみなとの片陰に
乱心の大きな目鼻秋の風
赤蜻蛉飛びをり赤き蜂も飛ぶ
秋風や老いの昼餉の飯白く
折れて伏すカンナや濡れて土がつく
霧来るに向かひて立てる露台かな
秋風やお道化歩きの座頭虫
瀬戸優理子
秋冷の擦り傷光る硝子瓶
揚げたての雁擬き盛る良夜かな
さるのこしかけ悪妻を貸出し中
ハーブティー蒸らして軟禁の小鳥
【夏興帖】
岸本尚毅
材木や流るるごとき蟻の道
風鈴が鳴る老人の食べ残し
山の虫大きく密に網戸かな
臍見せて見られて避暑の娘たち
夕ぐれを人々遊ぶ芋の花
鬼の貌なる空蟬や百合の葉に
夕蟬に家無き人等肌を脱ぐ
小野裕三
未草彼女はきれいに定規を当てる
来た順に人魂埋める夏満月
湖で暮らす一生はたた神
平泳ぎに無駄な動きのありにけり
ラムネ瓶集めて発明クラブかな
予告状めいて広がる夏木立
それからは罠のごとくにバンガロー
瀬戸優理子
鶏がらを潰す日盛の力士
顔の無い父母と逢う昼寝覚
みぞおちにふくるる闇へほうたる来い
こんぷらいあんすありんすどぜう鍋
【秋興帖】
豊里友行
赤とんぼ生きてるだけも丸にする
鎧なり喧嘩した日の松ぼっくり
〆切よ跳び箱の虹をください
歩け歩けの天体ワンちゃんショー
小鳥来る琉球石灰岩の島
木の実ふる空爆の世を棄てちまえ
麦の穂がゲルニカの風を切り取る
山本敏倖
言霊がモノクロになる震災忌
茸飯を届けるボタンを付けている
手のひらに乗っかる虫の音をさがす
単三の灯りが一点真葛原
銀漢に近づくように歩き出す
仲寒蟬
耳掻の先の小鈴や今朝の秋
来月は人手にわたる盆の家
その茸抜けば全山滅ぶべし
調律師いつしか竈馬になる
地虫鳴くこの世黄泉よりおそろしく
鼻筋のきれいな人と新酒酌む
啓示とはたぶん単純からすうり
【夏興帖】
仲寒蟬
田水張り前方後円墳かこむ
あぢさゐを見るたび三善英史の「雨」
いつの間にか合唱となる登山小屋
息詰めていま蚊柱を抜けにけり
その泉顔うつしてはならぬと言ふ
海見えず波音聞こゆ夏座敷
箱庭に父ただひとり待たせをり
ふけとしこ
波荒れて鵜が白々と汚す崖
昼席の出囃子洩るる若葉かな
池釣りの視線が留まる合歓の花
浅沼 璞
四五人の虻を怖がる日傘かな
動かない動物とゐる朝曇
穴毎に紐が出てゐる夏館
水すまし設計図とはやゝずれて
壁抜ける肋骨細し夏の蝶
教会に扇子の動く祈りかな
左右から苔むす壁の曲がりくる
【秋興帖】
杉山久子
盆僧の猫をかもうて帰りけり
カラオケの最後肩組む獺祭忌
秋風にほどくシナモンロールかな
辻村麻乃
音として龍となりたる秋の雷
カーブミラー残暑の街の裏返る
口閉ぢて枯るるも美しき白桔梗
虫籠に少年の息閉ぢ込むる
ひよつとして戻り来るかと茄子の馬
海水のざらりと八月十五日
アトリエの裸婦葡萄より暮れてゆく
仙田洋子
広島に長崎に鳴く月鈴子
山国の山ふところの稲の花
ちちははの亡き敬老の日なりけり
山を撫で海原を撫で秋の風
裏山の暗く大きく蚯蚓鳴く
蚯蚓鳴く皆既月食始まれり
秋灯のことに明るく呑み処
【夏興帖】
仙田洋子
麦笛を吹く子に恋の矢の当たれ
雷兆す千住大橋渡りけり
たつぷりと濡れて朝顔市の鉢
亡き夫のたましひの火か螢飛ぶ
蟻地獄しづかに崩し始めけり
河童忌の万年筆のかすれけり
青春の歳月澱む香水瓶
豊里友行
ダンサーの宇宙の息吹よダリア咲く
桃ふたつ水惑星の水動く
薇ののの字のうねり山描く
大花火ぽんぽんだりあの夢野なり
傾けるサングラスの水平線
ひっぷほっぷのもももももももももも桃
今日、薫る新風は森の妖精
山本敏倖
大仏の掌から出てゆく梅雨の蝶
風鈴の目玉が闇を深くする
水中花ひらたく言えば体温計
別の世へ行く道示す水を打つ
雷雲が広がる将棋を差している
水岩瞳
怖いものなんてなかつた夏帽子
其のなかに樹齢千年青嵐
夏草の真つ只中を廃線路
旧式のそよ風よろし扇風機
ネタニアフとプーチンを撃ち昼寝覚
礼拝堂出入り自由や夏の蝶
うなだれし向日葵にある長き鬱
【冬興帖】
浜脇不如帰
主なるきりすとは蕎麦湯に冷えピタを
焙じ茶にたのしまされて初六日
寒鯛はくさりやすくもルームシェア
故国在るたのしさかみしめる鮃
柚子風呂のゆだん海月の不死身度合
せうが酒それと枕のやはらかさ
十字架の主には掛毛布の痛み
【歳旦帖・春興帖】
鷲津誠次
春雷や九九諳んじて長湯の子
廃線の噂遠のく山桜
身ごもりのふいに鼻唄飛花落花
囀りや隣家のピアノ粛々と
初蝶来少年院へ長き坂
仲寒蟬
ヒヤシンス水縦横に都市の底
目の前に山たちのぼる木の芽和
受験生まづはトイレを確かめて
壺焼の水平線や噴きこぼれ
こし餡派つぶ餡派ゐて蓬餅
またあの子菫の前にしやがみをる
西行を呼び捨てにする花の客
浜脇不如帰
こなごなになるまで笑う味噌つくる
ギャンブルは双六のはじまりと〆
古暦そこに画鋲の矛先を
あおむけの地軸のままに餅焼ける
天ぷらの疵を治さぬかまいたち
猪鍋のすすみたるヘーベルハウス
十字架のひかりするどし置蜜柑
【夏興帖】
杉山久子
短夜や色鉛筆の白しづか
腋かたく締めてペンギン南風
酢の香立つ本番前の心太
辻村麻乃
出生の秘密とともに墓洗ふ
蛍待つ髪にねつとり沢の風
手水舎に匂ひ満ちたり樟の花
鉾の鉦鳴らす子尻をはみ出して質草に桐の箪笥や薫衣香
扇風機止めて本気の喧嘩して
地方車の爆音煽動彩夏祭
【冬興帖】
水岩瞳
不機嫌なブロッコリーとゐる食卓
寝る人の容()覚える蒲団かな
冴ゆる夜の抽斗の奥の恋の文
枯るるにも中途半端と完璧と
毛糸編む人を眺めし夜汽車かな
風邪ひいてちよつと幸せ玉子酒
数え日といふ一日を待ちぼうけ
佐藤りえ
胡桃割り人形ふいに寒さ言ふ
冬雲の下にお椀のやうな山
【歳旦帖・春興帖】
水岩瞳
年賀状ホノルルマラソン完歩した
歌留多して負けず嫌ひの孫が泣く
初写真いつもの神社のいつも此処
*
恋なんてと菜飯田楽たひらげり
仏滅も佳きにはからへ桜鯛
春眠もバスと電車を乗り継いで
花吹雪むかし学徒を煽りけり
散る桜焦土の色を忘れまじ
佐藤りえ
また女斬り殺されて初芝居
使はれぬアコーディオンが冴返る
階段の表に裏に海髪の揺れ
花守はみんな年下よく晴れて
眞矢ひろみ
樹に残る釘痕深し成木責
飾り歯朶太郎次郎を囃すなり
裏山に龍起つ気配初山河
豆撒いて豆拾い食う孤高かな
うすらひを透いて地霊の閑かなる
若鮎の鰓のくれなゐボルシェビキ
鶴亀の鳴いてリーマン予想かな
別の世の道草遅日使い切る
村山恭子
大人にもとりどりの夢雛あられ
踏青や我が心にも鬼がをり
ゆつくりと雲の流れを追ひて春
初鮒の鱗に虹の色のあり
後出しのじやんけん負けてクローバー
蕉公や去来や美濃の花に酔ひ
ぷかぷかとブリキの金魚春深む
冨岡和秀
ビッグバンその後のいのち白明集
いずこにも花降りそそぐ銀河より
見えざる孤悲 雲の渓間に抱き締める
浅草に早桜咲く永遠の国
ヴェネチアに沸き立つ日々や仮面祭
妖精の森にたたずむ亡命者
よろづ世の朽ち葉舞い散り腐葉の碑
包みより玉()が飛び出す観世音
言の葉は超えて羽ばたく幽明境
幽明境 銀の言の葉超えて咲く
田中葉月
うすらひの孤島となりて離れゆけり
国境は春キルトの針が見つからぬ
蟠りほぐれしところ囀れり
黒鍵の影につまずく花菜風
言霊をさがしに行けば金鳳花
花筏ゆつくり動くムー大陸
春光をほろほろこぼしクロワッサン
からつぽの埴輪みつめる春の闇
山茶花のいたいたしくも奔放で
渡邉美保
歳晩の水撥ねてゐる金盥
無罪放免崖下の波の花
水甕の水位の変はる建国日
臥龍梅這いゆく先の白煙
春愁ひうつぼかづらが揺れるから
小沢麻結
初乗のりんかい線の遅延詫び
恵方道晴れ晴れと風吹きわたり
ぶちまけし破魔矢火を吹くどんどかな
よき風を待ち散りぎはのチューリップ
春風へ翳せば光り飴細工
息つめて引き剝がしをり薄氷
中村猛虎
トーストの飛び出し損ね女正月
あがりから戻る双六離婚して
たましひにひとつずつあるかざぐるま
猫抱けば猫の形の春の闇
唇の奥に舌ある女雛かな
饒舌なブランコと寡黙なブランコ
筍や自分で脱いでくれないか
足音の成長している子供の日
背表紙の丸み辿れば春の闇
青蔦に絡まっている打球音
松下カロ
訃報来る喇叭水仙二三本
トイレットペーパー尽きて春の雪
晴着脱ぐピカソの女お目出たし
望月士郎
一頭の蝶の越えゆく象の昼
うすらひの音感さすらひの予感
海市消え双子のそっと手を離す
漢字みなひらがなにしてきつねだな
ミモザ揺れ私のいない町にいる
花降る日からだの中の無人の駅
鏡花を読むうしろの鏡花あかり
堀本吟
初詣亡父亡母の背の大き
ハツクニシラス南に基地のある旦
紅梅がさきに白梅そのあとで
探梅や木椅子に犬が躓きぬ
二月尽一毛そよぐ美女の眉
遠枝垂桜の花や雷に揺れ
メタセコイアの芽好きの枝を見に行かん
麦青むトートバッグの皺のばし
木瓜ゆたか大欠伸して糸電話
春月の翳りほのかに閨の人
花尻万博
暖かしくろしおを待つ数分も
瓦礫より密に車の田螺かな
木流しを思ひ出さずにせせらげる
遊ばんと誘はれている紀伊遍路
されかうべもう繋がらぬ摘草か
桜見せる死に近き鬼動かして
学びとはならぬ器用さつゝじにも
街音に耳の休めず蕗の薹
クレソンが遅れて駅の中で待つ
下坂速穂
青き踏む唄ふ子を追ひ越さぬやう
ちよんちよんと亀に鼻ある暮春かな
春更けて石に笑窪のやうなもの
裏赤き苑子の鏡春惜しむ
岬光世
一揺れの透けてゆきたる春氷
白雲のささらぐ彼岸なりにけり
春雨を仄めかすなり牡丹の葉
依光正樹
子が降りた白いブランコ音もなく
鳥の巣に不思議な形冷えてゐる
間を置いて子鹿男鹿孕鹿
船べりに春風が来て鳥が来て
依光陽子
細き窓よりあたたかな木が見えて
蠟梅や蠟のごとくに石の椅子
時間とは流れぬものと梅白し
旧姓を新姓が超え冴え返る
岸本尚毅
初昔会津の酒に酔うて泣き
闇に打つ豆力なく落ちにけり
冬の帽子かぶつてみても春が来る
鴉みな同じ向きなる雪解の木
我に穴ありて息吸ふ余寒かな
廃屋や窓に木の芽がよく映り
春の雪小海老小鰯噛むほどに
遠足や田舎大仏うち拝み
永き日のバケツに暮らす目高ども
服白く磯遊なる膝がしら
木村オサム
ぽっぺんに合わせて地雷原を行く
天才には解けないクイズ雑煮食う
老衰や日永の顏のデスマスク
二次元の教室蛙の目借時
水温む流れゆくのは魚影だけ
愛人に背中さすられ日雷
のどかさやフランスパンでフェンシング
【冬興帖】
眞矢ひろみ
雪舟の白のてざわり冬めきぬ
小六月少年老いず逆走す
引きこもる子にせめてもの寒昴
数ヘ日や三度数へて合わぬまま
校庭の白線伸ばす雪女郎
村山恭子
剥き出しの梁の太きや波の花
土砂流れ崩れしままに山眠る
復興てふポスター叩く霰かな
隆起せし道に置かるる慈善鍋
奥能登の仮設住宅注連飾る
数へ日や希望と書きて窓みがく
雲切れし空の青さに冬深む
冨岡和秀
雲のうえ荷風散人 杖を突く
深淵の叫びが谺す仮死幻想
粉雪に白霊まつわる零()夢幻
Yという暗号抱え大河越え
Yの暗号 解けて海峡帰還する
源に玉()を放らば弥勒見え
田中葉月
ありつたけの影投げ入れる二月かな
裸木のやあと手をあげ明日が来る
狐火の夢とうつつの擦れあふ
渡邉美保
枯れていくものに雨ふる近松忌
仮の世の枯野に美しきされこうべ
狐火の曲がりし方へついてゆく
小沢麻結
冬シャツのつつめる体躯頼もしき
社会鍋鈍色雲へ喇叭吹き
餌を探る鷹匠と鷹同んなじ眼
【歳旦帖】
下坂速穂
年送る家のおほかた闇にして
初空や悩み消えれば淋しくなり
途中から佳き声の添ふ手毬唄
福といふ色に捌きし鮪かな
岬光世
湾に沿ふ人へ汽笛の御慶かな
スポーツを家族と観たり三が日
艶の佳く御用始の靴揃ふ
依光正樹
一軒の中華料理の年用意
冬青空大きな枝の懸かりけり
炭火にかざす吾の手朱し人の横
煮凝を持つて隣に来りけり
依光陽子
ほつとするひと言が欲し寒椿
松の内煮物の名人が村に
雲と雲つながるやうに書初めす
早起が苦手七草粥の昼
【冬興帖】
中村猛虎
ご自由にどうぞ霜夜のパンの耳
剥製の眼の中にある冬の霧
紙飛行機炊き出し鍋に着陸す
春怨をクリスティーズに出品す
二月のざらついている便座かな
春の月基礎体温の高温期
松下カロ
うつくしき霜焼を持つレジ少女
泣きながら赤い手袋脱ぎながら
ポケットの胡桃に触れるユダの指
望月士郎
雑巾が固まっている日向ぼこ
帰れない日々綿虫をわたくしす
この星の思い出などを夕焚火
ガラスのキリン冬青空の棚に置く
ハンガーに外套吊るし今日を処刑
遠く海鳴りきっと鯨の幻肢痛
狐たちのゆくえ駅舎にマスク落ち
堀本吟
山火事の夜空あかるしハルマゲドン
凍星や水琴窟の壺中天
白菜や女が悪いに決まっている
カフカ覚め白菜の森たかだかと
白菜浅漬日本史は一夜漬け
花尻万博
寄る辺なきことなら同じ海豚煮て
猟の犬ももいろうすく折りたたむ
砂色の異国の日暮れ古暦
認印何でもいいと狐来る
鯨肉を包む讀賣雄弁に
街に出た鮫らの話昔のこと
貧しき町今川焼に並び待つ
【歳旦帖・春興帖】
曾根毅
海光の鳥から人に流れけり
人類に眼鏡の曇り初景色
ゆうぐれの樹の一本の水浸し
浅沼 璞
歳旦三つ物
初空や屋根高く軒低くあり
生脚めきぬ門松の竹
十団子の如く連なる花万朶
なつはづき
草青む影に年齢などなくて
春雨や馬刺ゆっくり舌に溶け
踏み鳴らす脛の豊かさ卒業式
歯磨きのあとの口論三鬼の忌
ティースプーン二杯の恋よ百千鳥
ひっそりと孔雀の開く花の冷
白鳥帰るもう一度人形を抱く