2024年12月13日金曜日

令和六年 夏興帖 第五/秋興帖 第四(山本敏倖・冨岡和秀・花尻万博・望月士郎・青木百舌鳥・加藤知子・豊里友行・木村オサム・中西夕紀)

【夏興帖】

山本敏倖
六月ははや吊るし人形である
夏座敷居留守の音の尻尾出る
入念に余白を隠す女郎蜘蛛
古事記からくちなわの音盗みおり
中世の木霊を連れし麦の秋


冨岡和秀
弔いの鐘が鳴るなり疫病期
滑空のスキー転んで鳥探し
捉われて身口意(しんくい)放つ手術台


花尻万博
蛇一つ泳がす雲のみだれかな
木苺や熊野kumanoとツーリスト
お花畑ここ城跡と言はれても
Coca-Cola気にはしている道をしへ
100%ブーゲンビレア西日かな
長々と出口を探す木下闇
都合よくクロアゲハさへ味方して


望月士郎
言葉はぐれて夕べ蛍という鎖線
夜店の灯真っ赤なものを舐めている
包帯を濡らさぬように金魚掬う
等分にメロン切るときやや船長
聞き返す二度目は少しかたつむり
蜘蛛の巣の張られて空が神経質
星涼し脊柱そっと管楽器


青木百舌鳥(夏潮)
老鶯が四五羽それぞれ癖もありて
鶏糞が匂ひ夏葱畑かな
銭蔵に千両箱は無く涼し
高原やトマト棄てつつ販ぎつつ


加藤知子
崖墜ちし汝れ美しとふ梅雨の蝶
今年竹の切り口に憑く金剛鈴
滝の上の水落つ捨身飼虎のごと
揚羽蝶守護霊のごとひらひらす
死者の家蜥蜴が走る朝帰り


【秋興帖】

豊里友行
鰯雲あふれる愛の言霊よ
稲光レベルの属国コンセント
銀河系の回廊なり螽斯
いのちをもやしている戦火のまなこ
でで虫の敬老会の父と母
ブルーシートのあと桃太郎の誕生
原爆と戦争展の鰯雲


木村オサム
シャンプーの香りの美僧秋の昼
波平の一本を抜く龍田姫
あきらかに人間寄りな桃潰す
簡単に口割るスパイ猫じゃらし
凶作の地から古本掘り出さむ


中西夕紀
海を背に昔酒場の蔦紅葉
とんばうや海につながり湖暗し
秋燕やバスの待ちゐる外国船
あけび持つ小山君てふ迷子かな
赤い羽根つけて木陰に待つ演者

2024年11月15日金曜日

令和六年 秋興帖 第三(岸本尚毅・坂間恒子・ふけとしこ・仲寒蟬)



岸本尚毅
扇風機の風ゆるやかに秋の蠅
ミヒャエルといふ老人や花煙草
表札の無くて人住む穴惑
この町にプロレスが来る草の花
居る蠅のただぼんやりと糸瓜かな
壁白く人の影あり美術展
手の甲を嗅がせて奈良の鹿いとし


坂間恒子
実むらさき声だすものに群鶏図
月光に呼ばれたものから折れる
デユーラーの視線の先の曼珠沙華
心象の岸辺の馬に秋がくる
シャガールの驢馬の声する秋の虹


ふけとしこ
こほろぎや函を出渋る昭和の書
秋の日を針出して死ぬ蜂ありて
月を見て木星を見て雲を見て


仲寒蟬
八百長の疑惑も愉し西瓜割り
秋の蚊といふといへども痒きこと
身上は揺るることなり酔芙蓉
懐柔は無理いきりたつ蟷螂に
蚯蚓鳴く兵馬俑にも聞こゆらむ
人よりも案山子が多いではないか
耳打をされて角力の本番へ

2024年11月1日金曜日

令和六年 夏興帖 第四/秋興帖 第二(木村オサム・中西夕紀・辻村麻乃・神谷波・瀬戸優理子)

【夏興帖】

木村オサム
迷宮をあっさり抜ける羽抜鶏
内側はサンバのリズムかたつむり
ががんぼが来るが昨夜の壁がない
空蝉が樹の出奔を留めをり
顔上げて天牛の噛む雨雫


中西夕紀
じゅくじゅくと葎すずめの不満らし
雨太き浮世絵に入る涼みかな
水飛ばし帆を洗ひをる裸かな
そこそこに友人もゐて泥鰌鍋


【秋興帖】

辻村麻乃
息苦しきほどの雲よ秋の雷
失くしたと思うて出会ふ明けの月
長き夜に長き手紙を書きにけり
揺蕩うて淡くなりたる恋螢
笑ひ声溢るる校舎稲の花
彼岸花左岸に土砂のどつさりと
きつちりと壁に沿うたる秋日射


神谷波
秋暑し石割れ石の溜息が
包丁を研いで新米炊きあがる
ひよつこりと厨の窓に小望月
名月に見守られつつ眠りけり


瀬戸優理子
ほどほどがわからないまま花野風
ピアノ曲転調のたび水澄みて
育休産休林檎の蜜の満ちるまで

2024年10月25日金曜日

令和六年 夏興帖 第三/秋興帖 第一(ふけとしこ・仲寒蟬・豊里友行・曾根毅・大井恒行・仙田洋子)

【夏興帖】

ふけとしこ
垂直に虹立つ草原ならば行く
熱中症警戒アラート鷺白し
雷が近しハシビロコウが立ち


仲寒蟬
呼び捨てにして信長の忌なりけり
バビロンの滅亡に似て牡丹散る
首を振る鳩が許せず夕涼み
扇風機旧知のごとくささやける
兜虫関節痛さうに歩く
賓客は舟にて来たり燕子花
放ちたる金魚ふたたび掬はるる


豊里友行
天体をたぐる音叉の赤ん坊
魚群の民意へ大浦湾の杭
銀河系蠅一点の集中力
天体のワルツが弾む林檎飴
一挙一動の宇宙よ兜虫
PFASの疑念湧く水筒も眼玉
赤子泣く此処は天体オーケストラ


【秋興帖】

曾根毅
青饅の歯に挟まりし運動会
流れ星のイエスが過ぎて鱗と漁夫
青天渺渺火に包まれし鶏頭花


大井恒行
秋灯下多摩蘭坂の古本屋
翳る秋父は何処の雲に鳥
秋鮭の卵こぼして波だてり


仙田洋子
還暦を過ぎをみなへしをとこへし
蕎麦の花淋しきときは声を出し
垂直の虹の切れ端台風過
鳥も子もすでに眠りぬけふの月
眠りゐる鸚哥をつつく良夜かな
年寄の日の年寄の酔つ払ひ
戦争の惑星の空鳥渡る

2024年10月18日金曜日

令和六年 夏興帖 第二(神谷波・瀬戸優理子・岸本尚毅・鷲津誠二・坂間恒子)



神谷波
水無月の雨音こきみよき軒端
夕立の後鉾杉の誇らしげ
老夫婦だけとなりたる百日紅
打打発止太陽と熊蝉と
散髪をしてきたばかりらし日傘


瀬戸優理子
チョコミントアイス止まらぬ温暖化
カッペリーニ待つ夏蝶を見失う
昼寝覚プリンはちょうどよい固さ


岸本尚毅
満面に口ある鯉や青あらし
茅の輪くぐる人を水鉄砲で撃つ
這ふもゐる夏蚕の匂ひほのぼのと
味噌汁に海老の頭や雲の峰
罰杯を高くさしあげビアホール
冷房や札に銭のる募金箱
日盛や役所掲ぐる日章旗


鷲津誠二
夕立やいよゝ凛々しき開墾碑
不登校の家にすくつと大向日葵
片ゑくぼ亡き母に似て藍浴衣
うたた寝の駄菓子屋の婆蚊遣り香


坂間恒子
白昼の鶏鳴あがる栗の花
かすかなる馬の嘶き忍冬
黒揚羽一頭ひそむ水琴窟
どこまでも鉄路のひかり夕蜩
ゴ-ギャンの裸足の娘と目が合った

2024年10月11日金曜日

令和六年 夏興帖 第一(小野裕三・曾根毅・大井恒行・仙田洋子・辻村麻乃)



小野裕三
白靴の昔の形なりにけり
夏の瀬を偽者となり歩くかな
虎の字を名に含ませて夏木立
兄弟子が最後に残る滝見かな
鏡よ鏡昼顔のある生活
親友になれるなれないハンモック
フランスのありとあらゆる夏の旗


曾根毅
欄干に男の集う海月かな
身支度に紛れ込みたる夕蛍
青葉山父の腋から溢れ出し


大井恒行
青芒傷つき抱く昼下がり
火炎なか闇笛草笛祭笛
ひとすじの神に吊られる夏の兵


仙田洋子
夏草やドーベルマンの貌ぬつと
産声に万緑の山目覚めけり
蒼穹に太き虹あり重信忌
言の葉のしづかやはらか月涼し
ひとりには大きすぎたる緑蔭に
ほどほどに離れて鷭と大鷭と
老いながら青蘆原に紛れゆく


辻村麻乃
あめんぼの求婚波を掴みたる
選択の光受けたる蓮の花
いづれかが落つる定めよ柿の花
卯の花腐し他人のやうな一人つ子
病とは白き野にあるハンモック
振り向きて鶴の貌なり半夏雨
合歓の花閉ぢて光を仕舞ひけり

2024年9月27日金曜日

令和六年 春興帖 第八・歳旦帖 補遺(下坂速穂・岬光世・依光正樹・依光陽子・筑紫磐井・佐藤りえ)

【春興帖】

下坂速穂
猫の恋忘れしころに返事来て
猫の夫かな入れ替はりたち替はり
生みし子を綺麗に並べ春の猫
うつらうつらと起きてゐる子猫かな


岬光世
浅春や太き木を聴くたなごころ
つちくれの野遊びの香を落としける
剪定や蒼天あふぐ藤の蔓


依光正樹
街の人きらきらとして花の冷え
白鷺の春の雪降る中にかな
消えがてに泡のあつまる水温む
老いしづかきのふの花の冷えのやうに


依光陽子
死の土を堆く盛り囀れる
肉強くなつて囀りゐたるかな
春の死や楽譜に雨の音を足し
しろばなの蒲公英に指遠くなる


筑紫磐井
阿耨多羅三藐三菩提菩提僧莎呵
(仏説摩訶般若波羅蜜多心經より)
觀世音菩薩歩くや春の闇


佐藤りえ
道の辺に泥棒結びの春地蔵
アラン・ドロン邸霾れる銃七十二丁


【歳旦帖】

筑紫磐井
『戦後俳句史』成る國栖奏(くずのそう)萬春樂(ばんすらく)
豆単に無意味な単語去年今年
(豆単:旺文社『英語基本単語熟語集』)


佐藤りえ
犬に顔舐められてゐる猿回し
先生に先生がゐる初昔

2024年9月13日金曜日

令和六年 春興帖 第七/歳旦帖 補遺(青木百舌鳥・小沢麻結・渡邉美保・前北かおる・下坂速穂・岬光世・依光正樹・依光陽子)

【春興帖】

青木百舌鳥
神木の宿木まみれなる芽吹き
畦塗機直してをれば烏来る
ルピナスの若葉噴きをる空家かな
闌春の造化忙しや佐久平


小沢麻結
確と見え行きしことなき島うらら
蕗の薹刻むでまかせ口遊み
ペン落とし響く階寒戻り


渡邉美保
墨壺より棟梁の聲春浅し
薄氷を掬いたき日の偏頭痛
春愁やコーンポタージュの黄を解凍
春雷や傘の柄にある鳥の貌


前北かおる
クレーンの垂らせる紐のあたたかく
一丁目一番地てふ春野かな
風吹いてきたる日永の日裏かな


【歳旦帖】

下坂速穂
初芝居昭和の言の葉をかさね
お運びさん足袋うつくしく忙しなく
湯気立てて買はぬお客ににこにこと
福豆や袋に入れて香りたる


岬光世
手を取れば詫びを言ひたり初御空
乗初や往きたき処行く所
あふむけの目を灯したる初景色


依光正樹
水涸れて大きな水の音思ひ
一対の鷺の息して寒きこと
松取れて風が上より降つて来る


依光陽子
松を目に椋の落葉を踏みをりぬ
天鵞絨に揺らぐ枝影冬館
せはしなき自動ドアや日脚伸ぶ

2024年8月23日金曜日

令和六年 春興帖 第六/歳旦帖 補遺(青木百舌鳥・小沢麻結・渡邉美保・前北かおる・高橋比呂子・なつはづき)

【歳旦帖】

青木百舌鳥
大年の昼の湯舟をあふれしむ
をぢさんの俳句会なり賀詞交はす
初句会とて担ぎ来し古酒のあり


小沢麻結
お飾の藁の香れる初湯かな
弾み落つる黄身追ひ白身寒卵
ポインセチア一番幸せさうは誰


渡邉美保
爪立てて賀状の龍のやさしき眼
お降りや窓越しに見る三輪車
瓦礫から瓦礫へ人日の虹あえか


前北かおる
年をとこやうやく起こし福沸
負けん気のなくて長兄かるた取る
幕開きて磯の松原初芝居


【春興帖】

高橋比呂子
記憶みな生者なりしか雪の原
きさらぎの行李きえて山毛欅林
水文學なふたりんの玉座かな
風葬の子守歌かな忘れ水
虎屋から夜の梅とて明けにけり


なつはづき
西遊記みたいな雲とゆく日永
かざぐるま風のことばの真似をして
マニキュアが空っぽになる花疲れ
躑躅燃ゆブエノスアイレスは正午
腕と腕絡めてさびし春の蜘蛛
荷を解いて四月の日差しから慣れる
酔っ払い風船買って帰るかな

2024年7月26日金曜日

令和六年 春興帖 第五(花尻万博・早瀬恵子・大井恒行・竹岡一郎)



花尻万博
草花に沈みし錨紀伊遍路
隣る世を支ふる芹のひよろひよろと
角隠しきれざるも佳し磯遊び
上る水下る水あり柳なら
落ちる処までおちて人山椿
古道をへて菜の花のもうすぐに
杉挿し木父のこと皆分からずよ


早瀬恵子
容鳥や自惚れコップのエアプランツ
けんけんぱいろとりどりの五月病み
瀬の早みバイリンガルの時を着て


大井恒行
ものの芽の結ぶははるか葛飾区
典雅なる戦将棋や桃の花
白梅の無限のひかり壺頭


竹岡一郎
一夜官女治水の成りし静けさを
要らぬ子は無けれど一夜官女かな
流木の逞しく立つ俊寛忌
名画座おぼろ十五で死んだはずの僕
死後四十五年の吾がいま花人
来し方を照らすが如き春障子
甘南備の谺まろやか木の根明く

2024年7月19日金曜日

令和六年 春興帖 第四(小林かんな・ふけとしこ・眞矢ひろみ・望月士郎・鷲津誠次・曾根毅)



小林かんな
畑まで行くのにそんな寒紅で 
版画展るるるるしゃぼん玉るるる
音楽に駆られる木馬春の昼
陽炎に何焚べたんですか博士
紫木蓮マネキンの腰細すぎる


ふけとしこ
摘み頃の蓬よ雨に打たれたる
鹿子の木の肌濡らしゆく春の雨
そのかみの女王陛下の春帽子
煙突の遠く見えゐる古巣かな
春愁のとろりとこはす目玉焼


眞矢ひろみ
春一のすでに腐乱の気配かな
空いてゐる君の隣席春の夢
老いてなほ海馬に少年坐す春暁


望月士郎
囁きの唇やはらかく「うすらひ」
合掌にかすかなすきま木の芽風
三叉路に阿修羅が立っていて三月
まどろみのまなぶた初蝶のつまさき
零ひとつ輪投げしてみる春うれい
絮たんぽぽ吹く球形の哀しみに
原子力いそぎんちゃくにさっと指


鷲津誠次
春雨香ばしく鯉の睡りがち
若葉風左折ゆつたり教習車
土筆摘む保母にも苦き別れあり
病床の母の一口さくら餅
飛花落花母校一度も訪ふことなし
筆まめな異国の母や花月夜


曾根毅
戸袋の見え隠れする春の雷
国境のロープをくぐり白椿
御神渡りゆらりゆらりと戯言など

2024年7月12日金曜日

令和六年 歳旦帖 第七/春興帖 第三(竹岡一郎・岸本尚毅・浜脇不如帰・冨岡和秀・杉山久子・松下カロ・木村オサム)

【歳旦帖】


竹岡一郎
女礼者とアンモナイトを論じ合ふ
人に化け杓子定規の礼者なり
賭博場へ向かふ礼者に嘆息す
寒声や流謫の嘆き高くうねり
欠けざる歯誇りて漁翁ごまめ嚙む
人日や祟る理由もまた恋と
怨霊の行く方を観る七日かな


【春興帖】


岸本尚毅
豚汁にこんにやく多し雛の宵
筒のやうな白く大きなチユーリツプ
色薄く生れし蠅やゆるく飛ぶ
灌仏や五本の杓のあるばかり
やがて来るものの如くに春の雲
ほねつぎの骸骨と春惜しみけり
老人に魔法の国の亀が鳴く


浜脇不如帰
十字架の掌なら激辛ほたるいか
東京タワーは血の味宵の雉
こきざみに惑える窒素菜種梅雨
とびばこをおたまじゃくしをうつくしく
痛いトコ突かれましたですね目刺
きりすとと鵲の巣と歯磨き粉
まったくの基督はさくらもち気質


冨岡和秀
群棲の(がく)をはねのけ踊る花びら
光る家ゆくえはいずこ声を出せ
沸騰する生命波動や舞い踊る


杉山久子
カピバラの食欲無限春の雲
陽炎へ二足歩行のまま進む
春愁や駱駝をとほす針の穴


松下カロ
落第子ジャングルジムのてつぺんに 
ぶらんこに酔ひてジャングルジムに醒め
春の月ジャングルジムに閉ぢこもり


木村オサム
しゃっくりが止まらぬ午後の枝垂梅
モルヒネを増やした朝の薄氷
爆音に怯え蛙か兵になる
落第知るジャングルジムの真ん中で
かげろうの水っぽい手触りが詩だ

2024年6月28日金曜日

令和六年 歳旦帖 第六/春興帖 第二(花尻万博・早瀬恵子・大井恒行・小野裕三・水岩瞳・中西夕紀・神谷波・坂間恒子・山本敏倖・加藤知子)

【歳旦帖】

花尻万博
角見ゆる枯野の奥に消ゆるまで
佛手柑の働く人にまぎれゆく
降りてくるものをうべなひ夕焚火
外套や父と遊びし納屋に似る
日の暮れのねんねこいつも母を入れ
蜜柑山越えて木の国また清める


早瀬恵子
敲の与次郎ひょいと龍頭(りゅうがしら)
初諷経(はつふぎん)多星人の風立ちぬ
父と母泉殿から初お香


大井恒行
山鳩のふくみ鳴きかや去年今年
結晶は氷雨と書かれ匂う朝
初春の「ああ姉さま」と書く手紙


【春興帖】


小野裕三
前よりも耳の大きな初閻魔
空耳の人集まって春近し
早春の君に蹄のようなもの
棘あるものみな置いてきて雛遊び
人相のはっきりしない蜂の子よ
猫柳たましいならば弄ぶ
夏近しよくもわるくもふしぎな子


水岩瞳
節分や鬼にも好かれたきこころ
北窓を開く濁世も久しぶり
地虫出づ此処はかつての駐屯地
我に反骨されど蛙の目借時
つくしんぼ一斉蜂起とまでいかず


中西夕紀
世を閉づる前髪長し卒業す
ももいろの和菓子いただき卒業す
国後の霞見やりて息深し
上気せる顔に手をやり蜃気楼


神谷波
蕗のたうひよこひよこバレンタインデー
はなやかに幕の開きたる春の宵
蕎麦すする鶯の声近すぎる
こつぜんと婆消えゆれる藤の花
よき隣とはムスカリと黄水仙


坂間恒子
引き出しに椿あふれて眠られず
春の蛇回転扉押し行けり
春鴎漁港はあくび噛み殺す
花の雨鏡売りくる夜の透き間
桜蘂降る真夜中の非常口


山本敏倖
陽炎の仮説を崩すかんつおーね
戦艦の腹から蝶の生まれけり
初蝶の波紋はたしか変ロ短調
雪解けの音につまずく囲碁帰り
言の葉以前の言の葉つなぐ飛花落花


加藤知子
春雷や青むか吠えるかなだめるか
純なるもの人身御供として芽吹く 
花冷えの散るまであなた口に詰め
口からは食べぬ桜餅歯痒い
口数でもの言うおのこ春時雨

2024年6月21日金曜日

令和六年 歳旦帖 第五/春興帖 第一(眞矢ひろみ・望月士郎・曾根毅・辻村麻乃・豊里友行・川崎果連・仲寒蟬・仙田洋子)

【歳旦帖】


眞矢ひろみ
読初やちょい寝の夢に初音ミク
恋歌留多笑う小町のアニメ顔
五臓六腑の生命ゆらぎぬ七草粥


望月士郎
着ぐるみを新しくしてお正月
一月のお面は一番上の棚
初日記いきなりピカソふとムンク
大根炊くにんげんという無期懲役
酢海鼠は「すまない」に似てる


曾根毅
追い越して鳥から明るくなる鳥へ
夕餉まで悠々と寝ている小雨
褐色の馬沈みゆく巨大太陽


【春興帖】


辻村麻乃
のつぽりと富士の頭や春の空
おにぎりを小さく握り春に入る
花曇ビルの谷間にビルの街
手から手へゆつくり渡す染め卵
第三紀の海触洞穴抜けて春
ポケットに父と繋ぐ手あたたかし
手首より呪咀のごとくや春光


豊里友行
鮮やかな桜色の看護士さん
もくもくと捥ぐ点滴の大西日
術中の我よ宇宙オペラごらん
目醒めがちな我を見守る鮫の陣
さくらさくらさくらさくら麻酔覚め
術後ベッドの震源心音の闇
桜咲く此処から源氏物語


川崎果連
立ちんぼの職務質問おぼろかな
囀や名通訳の二枚舌
重力は時空の歪み半仙戯
蛤やカスタネットは歌わない
さそわれる徹夜の工事シネラリア
投票という立ちくらみ飛花落花
ぼくたちがどう生きようと山笑う


仲寒蟬
春雷や武者震ひするトラクター
春の夢放送禁止すれすれの
春宵や猫の時間と人の時間
野火走る鳥より獣より迅く
火炎瓶にもなる椿一輪挿し
傘といふ野暮置いて出る花の雨
蜜蜂や全長見ゆる野辺送り


仙田洋子
  一周忌
この先に恋もうあらず夜の梅
箱を出し雛ぼんやりしてゐたる
人の世をあきらめ顔の雛かな
ひとつこぼれぱらぱらこぼれ雛あられ
星のみなつめたき彼岸桜かな
色濃きは恋情の濃き桜かな
しわがれし声で応へぬ桜守

2024年6月14日金曜日

令和六年 歳旦帖 第四/令和五年 冬興帖 補遺(杉山久子・木村オサム・小林かんな・ふけとしこ・早瀬恵子・浜脇不如帰・下坂速穂・岬光世・依光正樹・依光陽子)

【歳旦帖】

杉山久子
対岸の仲間へ啼けり初鴉
犯人の見当つかぬ読始
買初の途中のプリン・ア・ラ・モード



木村オサム
人日やみんなうなじにコンセント
人日の埴輪の顏を覗き込む
人日やわたしの中は別なひと
人日のボンレスハムの糸ほどく
人日や仮面外すがすぐ付ける



小林かんな
それぞれの位置に鴨たち初景色
初雀老婆三人手を合わす
浅草に人あつまれば笑初
双六に今年の運を使い切る
比類なき単純であり初芝居



ふけとしこ
虎豆も黒豆も煮え小晦日
砂時計の仄白き影年新た
足跡を州浜に残し初鴉



【冬興帖】

早瀬恵子
顔のなき冬天ゆるび地球弾
噴き出せり抹茶ラテの輩たち
つつがなくワイン日本酒からっ風


浜脇不如帰
きりすとは彼が掌くだきてはつひので
散在したる痛点にすきまかぜ
政権は特におでんの具でもなく
蝶凍つるじかんのひずみ否みつつ
インド式九九のてほどきてぶくろに
金将の裏まで読んでたらばがに
カルバリの主と寒晒寒晒



下坂速穂
水仙やとほくに人のあらはれて
鳥に戻つて冬空へ飛んでゆく
萩枯れていつまで揺れてをりしかな
年下の君にも白髪町も冬



岬光世 
数へ日や仕事帰りに寄る花屋
清き藁匂ひたちたる年用意
小晦日埃の交じる星の砂



依光正樹
人の手と動物の手と冬に入る
冬の音見上ぐればまた雲流れ
スケートや手摺り磨きも楽しくて
寒ければ寒いと言ひし女かな



依光陽子
水連れて雲は来にけり栗の毬
水鳥に無色の水を絵筆かな
水槽の金魚に冬の時間かな
雪来るやがさりと鳴りし袋麺


2024年6月8日土曜日

令和六年 歳旦帖 第三/令和五年 秋興帖 補遺(山本敏倖・岸本尚毅・浜脇不如帰・冨岡和秀・下坂速穂・岬光世・依光正樹 ・依光陽子)

【歳旦帖】 

山本敏倖
滅びなる予言のかたち元旦の地震
鏡餅ずらし平和を呼び寄せる
液化するピアノのような初日かな
初夢を覚めても醒めても夢の中
霊辰(れいしん)の扉を開き水を歩く


岸本尚毅
近づくや花びら餅へ鼻と口
水仙がおもちやの如し避寒宿
伊勢みちや冬田の雀みな空に
ひしやげたる箱を苛み寒鴉
スズメ鳩ヒヨドリ枯木おじいさん
もの問ふが如き木の影春近し
笹鳴やうす濁りしてあら煮の眼


浜脇不如帰
冬耕の痕が微かに将棋盤
泰然と構えてしまえこたつねこ
富士額てかげん無用雪礫
きりすとが電気はしらす鶴の骨
冷やかしてげふっと冴えるウィルキンソン
十字架の苦すら本鮪の造
緩急をツケて湯気立つ卅日蕎麦


冨岡和秀
旅涯てに地獄めぐりや恐山
斜陽館文士の声が滲み出す
虚家(からいえ)はいずこにゆけば光満つ


【秋興帖】


下坂速穂
或る町の消えて道ある秋彼岸
厨房の二人に狭し小鳥来る
隙のなき色となりたる唐辛子
水澄みて校歌はいつも山や川


岬光世
新秋や波除願ふ水の音
秋桜ををしき海の鳴り止まず
蔵町を舟と流れて後の月


依光正樹
石ごとに丸みのちがふ水の秋
携帯のなきころの吾秋が澄み
秋の野や桜でんぶの弁当も
町に入りて秋の気配の遠くなり


依光陽子
るりしじみ秋へ秋へと誘ふは
波音のする人美術展覧会
眼の玉に水陰うつす蜻蛉かな
空を来て花野に遊びゐたる人

2024年5月31日金曜日

令和六年 歳旦帖 第二/令和五年 秋興帖 補遺(小野裕三・水岩瞳・神谷波・早瀬恵子・浜脇不如帰)

【歳旦帖】

小野裕三
麺類の看板続く小正月


水岩瞳
元旦や揺れて机の下に入る
二つの神籤いいとこ取りする辰の年
二日はや隣りの坊のバイク音
胡桃入りのごまめまだある五日かな
図書館に十代の句集春隣


神谷波
まんまるの月数へ日の窓ごとに
元日の暮れかかる頃家揺れる
吹きとんでしまふ正月気分かな


【秋興帖】

早瀬恵子
長き夜の脳内パズルかけめぐる
降りみ降らずみアナーキーな秋
点滴と酸素の母じゃ澄み渡る


浜脇不如帰
あかるくは月と椛と基督の肩
ほつるるはできれば秋分の日でも
双肩がちきゆうをわかるむししぐれ
右肩を失くしたやうに瀑したり
馬肥えてやつと雲の上を語る
月の砂齧る6番アイアンに
地にいちど転がりし柿かも基督

2024年5月25日土曜日

令和六年 歳旦帖 第一(辻村麻乃・豊里友行・川崎果連・仲寒蟬・仙田洋子)



辻村麻乃
夢の淵素粒子となる初旭
ぽつぺんや闇より息を吹き入るる
襟巻に埋もれて眠る終列車
時々は豆も混ぢりて春の雪
春の雪すすはや都心の立ち往生
線路より歩道に漏るる冬日差
権八の恨めしと鳴く寒鴉


豊里友行
追突の身体は積木恐竜だ
プチトマト七粒分の朝の不調
鯨はこっちにおいで天秤の体
葡萄食う一粒ごとのプライバシー
恐竜の骨組み拒む初興(はちうく)
勝牛の綱は蜂起の島うねる
新春の羽搏き洗濯物を干す


川崎果連
影踏みは遊女の遊び初日の出
嫁が君お一人様が石投げる
独楽廻し父は今年も左巻き
双六のあがってからの無聊かな
血縁の濃きは帰りぬ七日粥
死はときを選ばぬものよ米こぼす
初鏡賞味期限の切れるまで


仲寒蟬
椀底に礁のごとく雑煮餅
初詣普段着のまま里の神
国にも家にも鏡餅にも罅
郵便の赤が横切る初景色
初風呂へ去年の湿布を貼つたまま
たちまちに初日の写メの来る来る来る
成人の日のパンプスに道ゆづる


仙田洋子
金剛力士かつと目開く初日かな
お降りや何処へも行かぬよろしさよ
松過のけふも太陽うるはしく
小正月ぽかぽかと空ありにけり
左義長や名もなき星もかがやける
餅花の星々のごとまはりをり
初句会終りし空の暮れきらず

2024年5月17日金曜日

令和五年 秋興帖 第八/冬興帖 第八(小野裕三・佐藤りえ・筑紫磐井)

【秋興帖】

小野裕三
臆病な貨車十月の石運ぶ
銀杏紅葉家に番犬法に番人
金木犀に助太刀されていたりけり
技師ひとり冷えていくなり始発駅
曼珠沙華予知夢の中に並びけり


佐藤りえ
糸瓜殿夕顔殿に日の高し
ガブリエル・ミカエル神の汲む新酒


筑紫磐井
八百政が秋のかたちのものひさぐ


【冬興帖】

小野裕三
片恋をもう隠さずに石蕗の花
人影が人影として飲む葛湯
冬薔薇女の名前欲しがりぬ
錯覚の消えぬ枯薗ありにけり
梟の部首を集めていたりけり
泣かぬように冬の金魚が翻る


佐藤りえ
そらで書く地図にか黒き冬の川
風邪の日眼鏡になにも見せない日


筑紫磐井
戦後史も昭和史も時雨けり

2024年4月26日金曜日

令和五年 冬興帖 第七(川崎果連・花尻万博・眞矢ひろみ・なつはづき・五島高資)

【冬興帖】

川崎果連
枯菊や添木にたよる世でもなし
凍滝や修行の尼僧シースルー
マフラーをぐるぐる巻いて父はクビ
雪隠に雪うち散るや歌舞伎町
尻出すな嗚呼おとうとよ浮寝鳥
小米雪ヤンヤヤンヤの葛西橋
たぶんもう失うものはない氷柱


花尻万博
夕空のどこまで続く毛皮の女優
寒霞静かなキャンプに堰かれている
乙女らよ北風額に流しながら
水仙の通りに延びる川湯かな
炭の音や甘噛む犬と心晒して
やや高く烏が鳴いて雪と知る


眞矢ひろみ
天命を知る凍蝶の文様に
雪おんな真空管のひかりだす
老境のおぼろは楽し枯芙蓉
極月のAIに問うメカの罪
濡衣を着て寒鯉となりしかな


なつはづき
片時雨君の手紙を伏せて置く
さざんかや噂はなんとなく信じ
冬銀河尾を太らせてゆく獣
葉牡丹や唇いじらしく乾き
綿虫や指じんじんとする手紙
雪女虫歯はキスが甘いから
濁音になりきれぬ風石蕗の花


五島高資
幻日にはにかむ冬の旭かな
笑む子より高く枯れたりからすうり
男体山眠る孝明天皇祭
狐火を翼かすめて離陸する
遺されて冬三日月のゆれ止まぬ
凍星の降つては昇る瓦礫かな
寄り添へる命なりけり冬銀河

2024年4月12日金曜日

令和五年 秋興帖 第七/冬興帖 第六(花尻万博・眞矢ひろみ・なつはづき・五島高資・辻村麻乃・網野月を・渡邉美保・望月士郎)

【秋興帖】

花尻万博
囮あり人といふもの集まりゆく
鉄橋と繋がっている栗の木々
自然薯や幾人埋めし紀の山に
最果ての見えると聞きて柘榴頂く
小鳥網透けて野の空四方あり


眞矢ひろみ
月明に波あり夢殿押し開く
生死不二鈴虫はそう哭いている
老いゆくや銀河のわたる心字池
虚仮の世に月下の象として歩む
神迎大きな耳の族が来る


なつはづき
敗戦日蕎麦猪口に蕎麦へばりつく
空耳はわたしの余白桃熟れる
コスモスや薄い背中で無視をする
鈴虫に混じる合鍵捨てる音
檸檬噛む栞を挟みたくない日
人感ライトいちいち光る文化の日
影錆びて釣瓶落しのパレスチナ


五島高資
透く風の時代や色を変へぬ松
龍灯やスンダランドの浮き上がる
月の射す魔術書にある朱筆かな
月草の帰りそびれて咲きにけり
いなびかり硯の海の深さかな


【冬興帖】

辻村麻乃
立冬や歯科医の指のぬるりとす
凩や自転車二台寄り合へり
尾長鴨ぴゆういと鳴きて人去れり
小夜時雨音の垂れては川となる
綿虫を飛ばして見せる友の指
包帯を昔の傷に巻きて冬
冬日向大切さうに犬抱ふ


網野月を
日和中じゃぶじゃぶ池の番鴨
義央忌雪は氷雨に冬桜
落葉籠サンタクロースのやうに負ふ
数へ日や読売新聞販売促進員
冬晴を石のかたちに愉しめる
バッチグーは死語であるかも夕みぞれ
茶を淹れた妻へ蜜柑を転がして


渡邉美保
侘助や首筋ふいに重くなる
暖房のよくきいてゐて待たされて
水仙のもの思うさま横向いて


望月士郎
あまてらす顔をうずめて干蒲団
白息と綿虫まざりわたしたち
小雪降る老いごころとは旅ごころ
雪のあね雪のいもうと雪うさぎ
さよならの「さ」からゆっくりと氷柱

2024年3月29日金曜日

令和五年 秋興帖 第六/冬興帖 第五(網野月を・渡邉美保・望月士郎・川崎果連・小沢麻結・木村オサム・岸本尚毅・前北かおる・豊里友行)

【秋興帖】

網野月を
新涼や湯屋の鏡に己が肉
つくつくしくつくつほうしをしいくつ
仲良しの肖てない姉妹王瓜
生贄を祀る獣や月の雨
捨案山子への字の滲む眉と口
地雷原を縦横無尽秋の蟻
月鈴子ワインボトルの空となり


渡邉美保
重なりてくれなゐ昏き葉鶏頭
軽トラを揺らし猪横たへる
草の絮ふわり言葉になる途中


望月士郎
8月の8をひねって0とする
鶏頭の赤や昔のニュータウン
たぶん後から作った記憶アキアカネ
うさぎりんごこの町月の肌ざわり
まだ文字にならない夜長インク壺
はららごや地球は人にやさしくない
霧の町地図をひらけば人体図


川崎果連
竹伐るや槍の元締め好々爺
月光や仮面夫婦のご懐妊
身中の穴という穴秋の風
地団駄のとどろく国や木守柿
遺言と遺書のうらはら秋刀魚焼く
秋遍路ダンプカーから落ちる石
案内を終了します桐一葉



【冬興帖】

小沢麻結
白波のうち寄する如白鳥来
殺気消し大鷹ひそむ青天井
焼芋搔く頃合の枝焼べ残し


木村オサム
電話ボックスに籠る老人文化の日
銀杏落葉少し余分に金借りる
マラソンのところどころにある炬燵
アルペジオ奏法のごと師走かな
葱刻む時間の消える日に備え


岸本尚毅
釣堀を守りて小春の昼餉かな
飛ぶ鷗大きく白く冬の雨
暖房の皆眠くなる窓に川
常磐木の枝押しくべし焚火かな
煮凝の飯にとろけて汝と我
粕汁の具やきらきらと粕まみれ
WELCOMEと書きたる札や冬ざるる


前北かおる(夏潮)
小春日のババロア色の団地かな
冬菊や老のカラオケひもすがら
この団地よりも長生き日向ぼこ


豊里友行
玉葱炒めのプチ哲学を堪能する
葡萄食う一粒ごとのプライバシー
プチトマト七粒分の朝の不調
人体の闇は震源地球抱く
光のシャワーの瓦礫浮く閑さよ
落花の眼が見返す私の晩年
何万回の素振りで春一番

2024年3月22日金曜日

令和五年 秋興帖 第五/冬興帖 第四(岸本尚毅・前北かおる・豊里友行・辻村麻乃 ・浅沼 璞・仙田洋子・水岩瞳・曾根毅・松下カロ)

【秋興帖】

岸本尚毅
小さき子遊ぶばかりや野分めく
或る秋の或る一族の写真かな
秋の雲この町少しどぶ臭き
秋の灯や鼻の穴ある招き猫
どの脚となく月明の座頭虫
秋扇や亀に右脚左脚
人遅々と歩むや穭伸びそよぎ


前北かおる(夏潮)
人形のかたちに萩の括られて
三度燃え再興されず花芒
石垣に突きあたりたる秋の暮


豊里友行
花きりん喜びだけの愛憎よ
きらきらと魚骨が踊る秋の海
緑が走る蟋蟀のオーケストラ
茶を沸かす今日も薬缶は宇宙船
十五夜が染み入る蟋蟀の翅よ
枯れる花は焔の鮫の遊泳
脇役を買って出るのは花きりん


辻村麻乃
やんはりと空気揉みたる風の盆
律の風左舷に能登の海遙か
咲く前の素直な茎や彼岸花
吊橋に凭れ大きな秋の冷え
十六夜に身を任せたる占ひ師
汽笛てふ身に沁むものや河原風
木の実落つかつてサーカス来たる地に


【冬興帖】

浅沼 璞
スナックの開かずのドアの冬日かな
矢の跡を自慢の宿の古暦
谷底や縄跳の縄流れつく
冬の陽の湯船に光る人になる
月凍てて機械めきたる声ててて
真向かひて冬日のしぶきたる岬
紺碧の海を四温へ張りわたす


仙田洋子
病む鳥の見る大空や冬はじめ
掌に病む鳥つつみ冬の暮
もの燃ゆる匂ひなつかし冬の暮
手袋に指つぎつぎと入りにけり
日向より掃き始めたる煤払
就中ぺたりぺたりと冬の鷺
鳴き声の短きもよし冬の鳥


水岩瞳
ユダヤの子ガザの子生きよ寒昴
口紅のワインレッドを買ふ小春
膝に置くサガンに冬日とどきけり
龍の絵の虎屋やうかん歳暮かな
賀状書くお元気ですかばかりなり


曾根毅
北風や馬柵のつづきの犀の角
十二月八日の虎に見られおり
鬣はひかりを統べてクリスマス


松下カロ
かの朝の氷柱の甘さ忘られず
バレリーナ片足失くす氷柱かな
ゆふぐれの氷柱うすくれなゐに折れ

2024年3月16日土曜日

令和五年 秋興帖 第四/冬興帖 第三(曾根毅・小沢麻結・木村オサム・大井恒行・神谷 波・ふけとしこ・冨岡和秀・鷲津誠次)

【秋興帖】

曾根毅
雨上がりの電気を愛す茸かな
青く固し蜜柑の尻に指を入れ
古着屋の四隅は唇の冷たさ


小沢麻結
水底の倒木古りぬ初紅葉
秋明菊真白神懸りたるかに
実玫瑰海遠くして湖の風


木村オサム
ペイペイでさっと支払っても残暑
王将の裏側は無地終戦日
秋の蚊と團十郎のやぶにらみ
浮世絵の顏にすげ替え月の宴
丸善に檸檬を置きし指香る


【冬興帖】

大井恒行
クリスマスマスクの中の実母散
愛別離苦 賽の目の一が時雨れる
ふくいくと暮れ火事跡の牡丹かな


神谷 波
水あやしあやし紙漉く手首かな
目覚めればしるしばかりの初雪が
 待ったなしの地球
善哉を食べてワタシハチキウジン
快晴の冬至はやぶさ2煎餅
冬服をびしつとあやしげな話


ふけとしこ
井戸水のほのと温しよ留守詣
覇者となる少年メリークリスマス
冬眠の蛇の鱗の擦れる音


冨岡和秀
地獄門アリの大群吸い込まれ
約束せよ死んではならぬ希死念慮
梵字書く美少女の美は透徹す
流刑地の透明びとよカフカ狂
愛のヒト無限を思う敬虔派


鷲津誠次
表札の剥がれし隣家村時雨
あつさりと婚期の過ぎて花八手
老詩人歩幅高らか落ち葉道
夕暮れの大根畑の白光り
トロッコの軋み緩やか年詰まる

2024年3月8日金曜日

令和五年 秋興帖 第三/冬興帖 第二(冨岡和秀・鷲津誠次・浅沼 璞・仙田洋子・水岩瞳・仲寒蟬・関根誠子・瀬戸優理子)

【秋興帖】

冨岡和秀
病むおんな智恵子抄を愛読す
詩の極意 ウニオ・ミスティカへの架橋
晩年を純潔にする天の磁力
亜大陸 古インドの智慧を召喚す


鷲津誠次
秋茄子や身籠りし子の眉長く
懲りもせず母の文来てすがれ虫
夕鶲いつもの古里の風緩く
月光につぶやく夫の肩黒子
碁敵の似合ふ五分刈り草紅葉


浅沼 璞
それぞれの傘輝かす野分あと
瓶底の砂までとどく曼珠沙華
ましら酒髭の先まで雫して
秋の蚊の痒みを踝に歩く
月白の恥づかしければ笑ふなり
場違ひの空気に蜻蛉来てとまる
鉄塔の尖端霧に現るる


仙田洋子
生温き薬罐のお茶や敗戦日
みどりごも老婆となりぬ敗戦日
獺祭忌偉人と呼ばれ親不孝
行年の数字うすれし墓洗ふ
お日様のどすんとありぬ村祭
近寄ると見えて椋鳥去りにけり
秋濤や独りの長き影法師


水岩瞳
月を待つ黒田杏子を書き留めて
月祀るどの子も光りの中に居よ
入ると出る数の合はない大花野
誰にでも非はあるものよ烏瓜
有の実と言つてみたとてなしはなし

【冬興帖】

仲寒蟬
むささびや夜空に宇宙ステーション
上海へつながる海よ冬あたたか
少しづつ骨ずれてゆく毛布の中
風花や山を睨んでハンニバル
無人機攻撃横切つて神の旅
ラグビーの泥人形が立ち上がる
鎮痛剤より鯛焼の方が効く


関根誠子
花伝書を閉づ北風を深く吸ふ
舞ふ落葉大合唱となりにけり
雪催ひ遠くの町に肩すくめ
捨てばちのど演歌ひと節年用意
賀状書く生きて在ること小前提


瀬戸優理子
凍空のくちびるを焼くカレーうどん
音楽性違う木枯らしのようだ
研究に疲れた博士ジンベイザメ
後悔を素手でさわるな軒氷柱

2024年2月23日金曜日

令和五年 秋興帖第二/冬興帖第一(瀬戸優理子・大井恒行・神谷波・ふけとしこ・竹岡一郎・山本敏倖・杉山久子)

【秋興帖】

瀬戸優理子
秋暑し衣抜け出す海老フライ
長き夜のさみしいスマホ同期する
十六夜の軋みはじめる半月板
無花果を割る手黒魔術のように


大井恒行
千の風に紅葉流しの降れるかな
神隠し角を曲がれば紅葉の街
にっぽんの大きななやみ水の秋


神谷 波
緑色のマニキュアの客野分後
犬しやなりしやなり金木犀香る
鳥渡る石の鳥居の前をパトカー
鳴神のしどろもどろの十三夜


ふけとしこ
天深し青松虫の声が降り
秋高し粥に棗や枸杞の実や
蚊母樹を見上げて秋の雲眩し


【冬興帖】

竹岡一郎
聖夜まで亜麻布負うて歩む驢馬
すき焼や肉貪るもわが老いたる
塵と化す涙がいつか吹雪くとは
マネキンか廃工場のふきたふれ
恋文の甁積む橇のまどかなる
蕪村忌の地平は天と睦みけり
大鷲が雲の獄裂き破りけり


山本敏倖
青女来る門塀にある鳥の跡
積み木崩れて綿虫の世に帰る
道化師の脚注にあるおでん酒
極月や秒針音が追ってくる
喪中ハガキ来る枯野から昔から


杉山久子
風花の空へ仔犬と乗るリフト
日向ぼこふと君は癌サバイバー
師を送り母を送りし年詰まる

2024年2月17日土曜日

令和五年 秋興帖 第一(竹岡一郎・山本敏倖・杉山久子・仲寒蟬・関根誠子)



竹岡一郎
生身魂八方の数珠煩いと
舌鋒を受け流したる扇置く
夜郎自大牛飲馬食長夜舌禍
愛しく踊れ独り善がりのあはれさを
剣戟を踊りし魂も喰へば淡し
干され攣る若き傲りへ鵙高音
わざはひの恋文を焼く紅葉かな


山本敏倖
音写そして竹の春から離脱する
新蕎麦や土蔵造りの店構え
空間をねじりて紅葉黒潮へ
木の実落つ一光年の代名詞
十一月むろん丹後丹後かな


杉山久子
小鳥来る遺影の母はふつくらと
相席の赤子笑はす柿日和
露の世や紙は言葉を受けとめて


仲寒蟬
遠縁の人踊り出す盆の家
風船葛陰気なる仕舞屋に
洋梨へ明るくしたるランプの灯
南にも北にも火山稲の花
秋灯や本屋素通りするは恥
蟋蟀と蟋蟀会ふを奇遇といふ
芒一本抜いて夕日を通しけり


関根誠子
独り居の友の嗄れ声秋暑云ふ
日暮里と書けば秋立つ心地して
秋の水飲んでは語尾をうすめをり
新蕎麦や門なき方の店に入り
母さんてふ誰かを温くする仕事

2024年2月9日金曜日

令和五年 夏興帖 第十二(水岩 瞳・前北かおる・川崎果連・五島高資)



水岩 瞳
この更地何がありしや街薄暑
じいばあの涙忘れそ沖縄忌
語り部の語らざること原爆忌
兵ひとり死んでも異常なしの朱夏
この新刊いつか古典に麦の秋


前北かおる(夏潮)
あめんぼの影プードルに少し似て
短髪を緑に染むる真夏かな
ギャラリーのトリコローレのかき氷


川崎 果連
梅干や日の丸の種おやしらず
短夜の陰毛伸びる速さかな
網戸から救いの祈り拡散す
だまされるほうの裏庭七変化
沿道に向日葵つづく引き回し
撃った子をほめてはならぬ木下闇
弁護士ととぼとぼ帰る油照


五島高資
捨て猫のやうに玉苗余りけり
白毫に遠くて近きかたつむり
みちのくへみどりは青となりゆけり
赤富士の余波や雲の這い上る

2024年1月26日金曜日

令和五年 夏興帖 第十一(豊里友行・下坂速穂・岬光世・依光正樹・依光陽子)



豊里友行
恐竜が吼え出す酷暑の地下鉄
旅人とおもう魚群の青葉闇
砂浴び雀の東京群像よ
ガーベラの一輪挿しの日本晴れ
とてもちいさな祭囃子の蕾
とりあえず浜松町の鰻重よ
雲海は神の食卓そらの旅


下坂速穂
人去りて葉音ばかりの夏館
紫陽花や手紙のやうに本を開き
変はらぬ町のどこかが変はり冷し汁
下駄でも買うて帰りたき西日かな


岬光世
夏野への手動扉を開け広ぐ
見上ぐれば知りたるかほの夏の草
青き嶺雲に遅れて吾も行く


依光正樹
声がはりしたる不思議に夏の海
花鉢にいくつも出会ふ日傘かな
子の通ふ公園を見に夜の秋
ゆふがたの匂ひのしたる潮干狩


依光陽子
蜥蜴ゐる石のしづかを思ひけり
いつぽんの線で鳴きけり牛蛙
るりしじみ秋へ秋へと誘ふは
夏の水町のいろいろ映しつつ

2024年1月12日金曜日

令和五年 夏興帖 第十(水岩 瞳・佐藤りえ・筑紫磐井)



水岩 瞳
この更地何がありしや街薄暑
じいばあの涙忘れそ沖縄忌
語り部の語らざること原爆忌
兵ひとり死んでも異常なしの朱夏
この新刊いつか古典に麦の秋


佐藤りえ
弾込めの指細からむ単帯
歩くより浮くのが早い水遊び
鳥立つて群れてゐるのも端居哉


筑紫磐井
お揃ひの夏帽子なりあかの他人
小諸にて虚子をたたへる夏講座
硝子戸の向こうに夏の海がある