2017年12月29日金曜日

平成二十九年 秋興帖 第十(中村猛虎・仲寒蟬・堀本 吟・田中葉月・望月士郎・筑紫磐井・佐藤りえ)



中村猛虎
卵巣のありし当たりの曼殊沙華
余命だとおととい来やがれ新走
脊椎の中の空洞獺祭忌
モルヒネの注入ボタン水の秋
新涼の死亡診断書に割り印
鏡台にウィッグ遺る暮れの秋
深秋の遺骨に別れ花の色


仲寒蟬
すぐ切れる輪ゴム八月十五日
ひぐらしの染み込みしシャツ洗ひをり
裏口の奥に裏山稲の花
大窓に葉のへばりつく野分あと
星屑を掃く音かすか新走
どの人の項も月は知つてゐる
虫の闇別のひとつに呑まれけり


堀本 吟
もしもしと叢にいて藤袴
夕方の風を見にゆく吾亦紅
鶏頭やざんばら髪の主人公
鬼やんま目を剥く地球はどうみえる
皮蛋は鶉の卵ヨコハマに


田中葉月
栗名月ひらたいかほで正座して
ポニーテール爽やかに影きりにけり
引力に逆らつてみる草の絮
満月の音に触れゆく美術館


望月士郎
優先席ちょっと迷って南瓜を置く
駅前ロータリー月光のシャーレ
晩年の赤いゆらりと烏瓜
夫の口に南京豆を投げ省略
どの夜のどの星の下に孵ろうか
十三夜深海魚から泡ひとつ
ゆく秋の色鉛筆の十二使徒


筑紫磐井
幽明に松茸売りの声がして
太郎・次郎なら 芸術はパンプキン
誰も知らぬ井荻の駅に秋顆いろいろ


佐藤りえ
鳥になる鳥鳥にならない鳥跣
串カツが光つて見える喉に月
穭田にたまさか鳥も走りたい
もういいと桜紅葉も云つてゐた
折り紙で水を折れよといいしかと

2017年12月22日金曜日

平成二十九年 秋興帖 第九(下坂速穂・岬光世・依光正樹・依光陽子・ふけとしこ・浅沼 璞)



下坂速穂(「クンツァイト」「秀」)
うみどりの白はた黒や火恋し
露の世の誰が棲む路地のつきあたり
烏瓜はたしてありぬ呼んでゐる


岬光世(「クンツァイト」「翡翠」)
へびうりの垂れて口先をさまらず
等距離に帽子の過ぎる体育の日
秋の蚊帳を吊る平成の月日かな


依光正樹 (「クンツァイト」主宰)
千代紙もほとりに置きて瓜の馬
茶を飲んで会ふ人もなき生身魂
手向けたる花に朱のあり墓参り
新しきビールが出でて秋の風


依光陽子(「クンツァイト」)
雀へととんで雀や草の秋
獅子殿の獅子をくぐれば芒原
百の白馬が築地に跳んで秋の雨
末枯れて雀は貌を上げにけり


ふけとしこ
烏瓜龍の産みたる卵かも
龍淵に潜むドローンの墜落す
レリーフの十二星座図冬近し


浅沼 璞
台風にサイレンの去る机かな
冬どなり革靴が痛くてあるく
行く星の君絶えずして吉祥寺

2017年12月15日金曜日

平成二十九年 秋興帖 第八(小野裕三・小沢麻結・渕上信子・水岩 瞳・青木百舌鳥)



小野裕三(海程・豆の木)
三姉妹めいて総務課竹の春
非売品のホラーマスクや鳥渡る
木の実独楽まことしやかに倒れ合う


小沢麻結
火祭の活溌溌地女の子
会式太鼓芯打つて撥跳ね返り
門々は灯を消し万燈練供養


渕上信子
あつしあつしと言ひながら秋
子規のオペラを観て獺祭忌
へちまへうたんへちまが偉い
寝待の月を見て寝ましたよ
雨か木の実か屋根を打つ音
断捨離すこしして後の雛
菊の宴うからみな福耳


水岩 瞳
新盆や母のおはこの「十三夜」
会えないとなれば会ひたし月見草
水澄むや人に物欲・支配欲・・
香に飽いて木犀花をこぼしをり
棄権する人のてぬかり台風来


青木百舌鳥
品川や秋日を返す鰡の数
我が打ちし舌鼓よな濁酒
ひと株の日にとろけたる菌かな
舞ひあがりうち広がりぬ雁の陣

2017年12月8日金曜日

平成二十九年 秋興帖 第七(林雅樹・神谷 波・前北かおる・飯田冬眞・加藤知子)



林雅樹
枕木の柵に道果つ秋の昼
えのころや痴漢注意の札古ぶ
刈られたる草に混じるや彼岸花
宴果て玄関先に新酒吐く
茸試しひとり恍惚ひとりは死


神谷 波
秋来ぬと芭蕉のさやぐ軒端かな
雨後の空ほしいままなる赤とんぼ
おつとりと白鷺歩む苅田かな
秋の声朝のカーテンの隙間より
目つりあげ鮭は吊るされをりにけり
怪しげな茸が寺の庭の隅


前北かおる(夏潮)
裳裾なす島のともしび月今宵
秋風や朝に磨く能舞台
湊より大きなフェリー天高し


飯田冬眞(「豈」「未来図」)
水音はいつも空から紅葉狩
猪の穴縄文の血の騒ぎ出す
指の腹添へて釘打つ秋曇
やや寒し格差社会の靴磨く
胸薄き男の笑ふ昼の月


加藤知子
覆面が仮面を追ってゆくちちろ
ましら酒ちよにやちよに酔う詐欺師
ちちろ鳴くあなたにちかづくための闇
顔の穴あればへちますい海へ

2017年12月1日金曜日

平成二十九年 秋興帖 第六(花尻万博・山本敏倖・内村恭子)



花尻万博
白露や人を避(よ)けては人に寄り
獣らは無言楽しみ花園よ
烏瓜夕日に緩みあらぬかな
今寄せる波聞きゐたり名残蚊帳
無花果や光の上を光垂れ
芒原波となる音微かなり


山本敏倖
望月のごと正座して妻を待つ
ふらんすの容の秋思翻訳す
山粧うプチ整形の手術痕
天元へ行って帰って野菊なり
胡桃割る列島の角現れる


内村恭子
月忙し神話の女みな住ませ
写真傾けハロウィンの異人館
コンテナの角をきりりと秋高し
雨催ひ路地の焼き栗よく匂ひ
路地赤く染め秋霖の中華街

2017年11月24日金曜日

平成二十九年 秋興帖 第五(大井恒行・小林かんな・網野月を)



大井恒行
半立ちでいく夢さびし秋の蚊も
秋刀魚焼く平成すでに尽きんとし
千年のひかりを先に火の祭


小林かんな
詩となりぬきちきちバッタ着地して
花野めくかりそめの書肆寄せ合いて
自著を売る人人人人蟋蟀
気鬱症いいえ花野に長居した
月夜ならボタンが落ちているだろう


網野月を
コピー機の前に佇む秋思かな
コスモスの素顔装いの菊花展
正装の和歌俳句とは肉体恥
秋灯その他の中に子どもの名
行く秋やゴミ袋から竹の串
六本足のタコソーセージ十三夜
遠山の紫恋えば水明り

2017年11月17日金曜日

平成二十九年 秋興帖 第四(杉山久子・真矢ひろみ・木村オサム)



杉山久子
折鶴の千の軋みを十三夜
さよならの数だけひろふ木の実かな
行く秋の猫と分け合ふカレーパン


真矢ひろみ
食べるのが遅いだなんて 獺祭忌
楚々ときて編集後記紙魚留まる
蚯蚓鳴いてANA三便の遅れけり
末枯に錦もあるぞ筑前煮
手を挿せば爪の縦筋水の秋


木村オサム(玄鳥)
芒野の中心点に立たされる
一文字も入力しない夜長かな
かなかなや回送電車野に停まる
夜なべする父の書斎の無重力
葡萄一房顔を知らない友ばかり

2017年11月10日金曜日

平成二十九年 秋興帖 第三(松下カロ・坂間恒子・渡邉美保)



松下カロ
アパートの外階段を鳥渡る
胸あけて秋の荒海見せにけり
不在票ちらつくあたり烏瓜


坂間恒子
目の澄みし冬鹿指をさされいる
霧わけて日本武尊に会いに行く
おおかみと記念撮影霧のなか


渡邉美保
望の月白鳥橋を渡りけり
うろこ雲葉騒のなかにゐてひとり
丹波栗丹波の猪の太りやう

2017年11月3日金曜日

平成二十九年 秋興帖 第二(岸本尚毅・辻村麻乃・夏木久)



岸本尚毅
秋淋し石の蛙とゴムの蛇
歪めたる顔のやうなる茸かな
草の葉を押し上げてゐる茸かな
脚をもて首掻く鶴や草紅葉
くちばしに蜂をとらへぬ鶴の秋
木の実降り写真古びぬ写真館
鼻唄の女秋風に一寸変


辻村麻乃
重たげに動く秒針小鳥来る
縁石の赤きパンプス月の客
台風の目の駅舎へと駆け込みぬ
霧深き山に吸はれてあずさ号
うろこ雲亀のゆるりと漂泊す
眠つたり交つたりして秋の蝶
店裏のお化け南瓜の口真つ赤


夏木久
心室を叩き秋思を誘ふ夜
秋口や白朝顔のひとつ咲き
黄落やビートルズなど耳障り
ロボットを志すとふ案山子かな
花束はガードレールを蟲時雨
地下室を開けて新月開放す
為体な風に端唄を野紺菊

2017年10月27日金曜日

【花鳥篇特別版】金原まさ子さん追善・追補(北川美美)



北川美美
エスカルゴ山盛りにして銀の皿
おりがみの何処でもゆける赤い靴
弔いに来しサド・フーリエ・ロヨラかな
葡萄酒と牛肉赤きまさ子の忌
馬車はゆく銀河の中をカルナヴァル

平成二十九年 秋興帖 第一(北川美美・仙田洋子・曾根毅)



北川美美
公園のベンチ置き去り秋の夕
臨終のくちびるひらくうつつかな
虫の音の黄泉平坂まで続く


仙田洋子
簡単な音が好きなり鉦叩
水の秋手を入れて水よろこばす
石ころのきれいに濡るる水の秋
曼珠沙華水ある方へ傾きぬ
曼珠沙華切りためけふの褥とす
さびしくて銀河の端に触れにゆく
海底の亀裂銀河の亀裂かな


曾根毅
隠沼や落葉まみれという愛も
衣被爪を切られているような
長き夜ピアノの蓋の化身かな

2017年10月20日金曜日

平成二十九年 夏興帖 第八(北川美美・山本敏倖・佐藤りえ・筑紫磐井・網野月を・池田澄子)



北川美美
透きとほる氷やはらか緑の夜
八月のながき汀(みぎわ)をひたあるく
飴色に眠るしかなし蝉の殻


山本敏倖
  ポンチ絵
炎帝のポンチ絵とてもイ音便
聖戦やどくだみの香と細菌と
夕立に裏おもてある西銀座
あめんぼうついに立つことなかりけり
海月が来るまでバスは平方根


佐藤りえ
ミルクティーミルクプリンに混ぜて夏
茄子持つて地震速報見てゐたる
 Voyager1 Voyager2 讃
1号を追つて2号も別銀河
うるはしき地球忘れてしまひけり


筑紫磐井
圏外に妻の秘中の秘の避暑行
倒錯の意識がくづれ明け易し
水だけで生きる覚悟の老人たち


網野月を
免許証に別人の顔道おしえ
ボルダリングすれば守宮の心かな
GよG来世はきっとカブトムシ
空色の海海色の空夏一つ
土用鰻火災報知器点いたまま
夏果てて掴む乳房に故郷を
板襖越しの人声麦こがし


池田澄子
藻の花や愛は水溶性ならん
台風一過骨付き肉がとろ火の上
階段で家人に会いぬ遠花火
宵まつり彼の世のものを混ぜて吊り
君が代という代ありけり夜這星

2017年10月13日金曜日

平成二十九年 夏興帖 第七(田中葉月・近江文代・飯田冬眞・中村猛虎・小沢麻結・水岩 瞳)



田中葉月
ぼうたんの花片の中へ身投げする
かくれんぼ見つけて欲しい蛇苺
深山の独り芝居をホトトギス
初夏の小さな銀貨のものがたり
虹生まるわが体内の自由席


近江文代
手招きの先の静かな夏の山
ハンカチを載せて秘密のひざがしら
遠雷や保育施設の鉄格子
ポンポンダリア既婚者に帰る家
指白く入って空蟬の背中


飯田冬眞
初鰹骨折の日の食卓に
金魚玉のぞけば赤の溢れ出す
涼やかな風を貯(たくは)へ人造湖
草いきれムーミン谷は封鎖中
青梅線あくび残して夏終はる


中村猛虎
空蝉の中で未熟児泣き続く
短夜や妊娠中のラブドール
鬼灯を鳴らす子宮のない女
屍に向日葵の種を撃ち込む
飛蝗跳ばずに泣く女を見ている
凹凸の多き裸身に稲光
油照り我が娘を誘拐してみるか


小沢麻結
鉾建や京の時間軸無限
星涼し時折幹を打つは何
宿下駄を親しく鳴らし洗ひ髪


水岩 瞳
外股の若きイエスよ青嵐
少年蹴り込む憧れの青き芝
母逝けりマリアの月にしづやかに
花も葉も鬩ぎ合ひして夕夏野
蠅払ひ払つて啜るチキンフォー

2017年10月6日金曜日

平成二十九年 夏興帖 第六(岬光世・依光正樹・依光陽子・大井恒行・早瀬恵子・林雅樹)



岬光世(「クンツァイト」「翡翠」)
照る水に青葦の脛渇きゐて
神輿過ぎ町の名のなき半被かな
舟と生き人を見送る夏の果


依光正樹(「クンツァイト」主宰)
子の腕を引く手が粗き日除かな
お抹茶をいただいてゐる跣かな
凛として埃もあらず立葵
ひと夏のうまが合ふ人合はぬ人


依光陽子(「クンツァイト」)
逸れてゆくその傍らに黒揚羽
打水の仕舞の水は枝に打ち
水母見しあとの両手でありにけり


大井恒行
万華鏡に満ちたる晩歌あけやすし
げんしろに咲くかならずの夏の花
皇(す)べる手の憂愁の夏ケセラセラ


早瀬恵子(「豈」同人)
夏少女海底を這うチューバの音
夢見るや蛇腹の四季の舞扇
祭屋台に北斎ブルーのフォルティシモ


林雅樹
新緑に延びよ狂気の遊歩道
老鶯や山の麓のラブホテル
ごきぶり食ひ太るひきこもりの息子
旱天や路地を曲がるはみな娼婦
夜店怖いエグザイルみたひな人ばかりで

2017年9月29日金曜日

平成二十九年 夏興帖 第五(木村オサム・青木百舌鳥・小野裕三・小林かんな・神谷 波・下坂速穂)



木村オサム(「玄鳥」)
住みやすき液晶世界真炎天
真横から茅の輪の厚み見てをりぬ
たましひの浮かぶ練習ハンモック
人質の顔で向日葵畑過ぐ
肩書はないがいい人心太


青木百舌鳥
紫陽花の染まりて空家空きがち家
午の濠鳰の一家の広くをり
鳰の子のすぐ潜りすぐ浮いてくる
降りだして親鳰に子の集まり来


小野裕三(海程・豆の木)
盛夏半島内気な足取りの僕ら
東京百景鼓動集めて星祭る
旱星航海記濃く匂い立つ


小林かんな
汗かかぬシーツ交換する真昼
夕焼のなかをゆらゆら配膳車
病棟に茄子の紺色行き渡る
盆の月病のひとの噛むちから
看護師の引継ノート揚花火


神谷 波
石亀のお産穴掘りがたいへん
瞑想にあらず石亀産卵中
石亀のがに股歩き産みをへて
家揺れる半袖のパジャマ脱ぎ掛け
炎昼もどこふく風のコニシキソウ


下坂速穂(「クンツァイト」「秀」)
恋人にするには若き白地かな
黒髪の根にきらきらと汗生まれ
衣掛けて水を渡つてゆく蛇よ

2017年9月22日金曜日

平成二十九年 夏興帖 第四(渡邉美保・渕上信子・五島高資・坂間恒子・前北かおる・辻村麻乃)



渡邉美保
地ビールや黄昏どきの鶏の皮
あめゆあります三条油小路町
乱反射して川面より夏深む


渕上信子
かたつむり足跡の銀色
薔薇薔薇苑を食みだして咲く
孳尾みしままに蟬乾きをり
蠅集る死に近づけば増え
紙魚は太りぬ『野火』に『俘虜記』に
真面目になれば八月は無季
夏帽子鸚哥が「アホンダラ!」


五島高資
みどりから青へみちのく深まれり
五次元の寄せるみぎはや時計草
明星の微笑み返す蓮の花
夏草や貨車は傾きつつ曲がる
舟虫を散らせし人の影となる
富士山の艫綱を解く夕焼かな
筑波嶺やムー大陸の青岬


坂間恒子
炎天の地を擦る縄のあそびかな
闇よりもさきに夕顔となっており
踝にきく夕顔の息遣い


前北かおる(夏潮)
夜の秋火の衰へを見守りて
段ボール燃やしキャンプの朝かな
朝蝉やよろしくぬるき露天風呂


辻村麻乃
緊縛の観音転がる夏の果
パードレの如き男と夏の山
腕中にぐるり湿布の金魚売
一匹の一匹を追ふ金魚かな
手際良き夜店の香具師や手に黒子

2017年9月15日金曜日

平成二十九年 夏興帖 第三(椿屋実梛・浅沼 璞・堀本吟・岸本尚毅・石童庵・高橋比呂子)



椿屋実梛
きまぐれに京都まできて祭髪
八朔の花街に咲く京ことば
白粉の香がとほり過ぐ舞妓過ぐ
先斗町蛇の目の日傘前をゆく
普段着の浴衣で舞妓路地をゆく
舞妓の名ずらりと壁に花団扇


浅沼 璞
爪に苔咲くかに苔をとぎゐたる
蜥蜴ぺしやんこ見下ろせる峠道
梅雨鯰いびきも紫に染まり


堀本吟
 (晩夏の鬱)
青すすきうす紙をはぐ夜明け色
カルピスをうすめてマンホールに注ぐ
金箔は晩夏の鬱の憂さ鬱(ふさ)ぐ


岸本尚毅
梅雨にして秋のやうなる園淋し
一面のまだらの雲や茅の輪立つ
冷し飴売りて無学を誇るなり
一人棲む裸の人や釣忍
風鈴や八畳の間に我一人
半裂に見えず半裂しか居らず
ペンキ濡れば又新しや避暑の宿


石童庵
ジプシーの汗は働く汗ならず
泥棒が稼業の民の汗臭ふ
ナポリ見て死ぬ気さらさら羽抜鶏
炎天下人の苦悶の虚(うろ)残る
オリーブ稔る村やジュゼッペ・シモネッタ


高橋比呂子
処暑きたりおおきな蔵にまどひとつ
まつことはうとうやすかた白露めく
下北に処暑きたりて避雷針
処暑たのし言問団子ひとつあり
立秋やおおきな泪つるしたり

2017年9月8日金曜日

平成二十九年 夏興帖 第二(夏木久・網野月を・花尻万博・ふけとしこ・曾根 毅・加藤知子)



夏木久
構造的欠陥のまま走り梅雨
助動詞の初動捜査を間違へり
黍嵐次の選挙をざわつける
向日葵な立往生の噂立つ
モンスーン放送局を妄想す
八月の霊は幽かでをれぬなり
熱帯夜パセリな夢を抱きしめて


網野月を
免許証に別人の顔道おしえ
土用鰻火災報知器点いたまま
ボルダリングすれば守宮の心かな
GよG来世はきっとカブトムシ
板襖越しの人声麦こがし
空色の海海色の空夏一つ
夏果てて掴む乳房に故郷を


花尻万博
蟻渡る光の川の小さい傷
黄泉の水上りし紫蘇を思ひ出す
繋がれて昼顔といふ確かさよ
飛ぶ鳥の夜明けてゆけり茄子の花
灯取虫光と翳る身を晒して
木の国の支柱を青蔦として探し


ふけとしこ
万華鏡へ入れるとすればこの金魚
明星山三室戸寺なる蜂蝉鐘
八時十五分夾竹桃もサルビアも


曾根 毅
滑莧海より遠く在りしかな
青葉闇土偶の孔と繋がれり
しみじみと蛍を抜けて来たるかな


加藤知子
夏兆す大河に仮眠ありにけり
水中花睡眠障害症候群
定家かずら雲水美僧についてゆく
炎天として震洋艇とすれ違う
行水やさよならだけが祖国愛

2017年9月1日金曜日

平成二十九年 夏興帖 第一(仙田洋子・杉山久子・仲寒蟬・望月士郎・内村恭子・松下カロ)



仙田洋子
さびしさのはじまりの白さるすべり
いつまでの後半生や水中花
阿弖流為の霊を鎮めて蟬時雨
見つめられすぎて琉金あつち向く
熱帯魚めまひしさうな数となる
迷惑よ明るすぎたる向日葵は
時計草昔の住所うつくしく


杉山久子
アライグマ生息地図や明易し
ががんぼのせまる洛中洛外図
防災機器管理課長の足に蟻


仲寒蟬
きつかけはただ一匹の蟻なれど
山三つかけ持ちにしてほととぎす
灯台の閂として黒揚羽
ちりちりと火の回りたる毛虫かな
虫捕りの極意や一子相伝の
地下室のサンドバッグや明易き
交代の車掌の頬へ夏の月


望月士郎
地下街に噴水見てた変声期
再会や握手の真ん中に金魚
オルゴールの中にさびしい甲虫
夏は幼女の九九が聞こえる二人が死
ずーっとひまわり原爆ドーム何個分


内村恭子
世紀末の重さの鍵や風死して
夏の果骨董市にバンドネオン
旅情とは夕焼の路地とピアソラと
白服の男ばかりの酒場なり
ラプラタの河口に銀の夏の月
革命の街に噴水高々と
薔薇絶ゆることなしエビータの墓碑に


松下カロ
フィレンツェの聖母子永遠(とは)に滴れり
パンナイフへなへなとして雲の峰
ハンカチに包みそのまま忘れけり
ジェット機が近づいて来る百合の茎

2017年8月25日金曜日

【花鳥篇特別版】金原まさ子さん追善(秦夕美・佐藤りえ・筑紫磐井)/花鳥篇 第九(五島高資)



秦夕美
絵はがきの文字思ひをり梅雨の星



佐藤りえ
鶏頭の裳裾ひるがへして遊行



筑紫磐井
穏やかな晩年はなし叩けば蚊




花鳥篇 第九(五島高資)

五島高資
蛇口から水のふくらむ二月かな
雛の間を川は夕べへ流れけり
日の本の日やみちのくの春の海
朝へ出る道のうねりや竹の秋
水を送るのみの橋あり春の雨
爪先を回してゐたり春の闇
田水張る高天原のけむりかな

2017年8月18日金曜日

平成二十九年 花鳥篇 第八(網野月を・佐藤りえ・望月士郎・筑紫磐井・近江文代)



網野月を
忍冬今宵の予定メールせり
通し鴨四十の娘未だいかず
光秀は首を捜して草いきれ
夏の海コンツァーボトル握り締め
半夏生嫁は妊娠六ケ月
本当かよ何とか言えよ道おしえ
鱆って魚なんだ後退り出来ない


佐藤りえ
くづほれてさなぎのやうな稲荷寿司
生存に許可が要る気がする五月
中空に浮いたままでも大丈夫
ノンブルはページにひとつ日雷
早乙女の乙女にあらぬをとめかな


望月士郎
人形の目は貝ボタン海市立つ
花過ぎの駅に鱗のない魚
字足らずのようなほほえみ尺取虫
聖五月病院バラ科の窓口へ
取り返しのつかないことをしたい茄子


筑紫磐井
北川に会う約束が大夕立
追加する鮎の皿出て客はなし
小乗も金剛乗も虚子の夏行
美の争乱・美の共謀も螢の夜
新小岩に蚊がゐて何となく不倫


近江文代
向日葵に夫の知らない声を出す
夏海の深さよ拘束の手首
夏野原指を繋いで踏み砕く
夕焼けてきて女体曲線ばかり

2017年8月11日金曜日

平成二十九年 花鳥篇 第七(中村猛虎・真矢ひろみ・水岩 瞳・青木百舌鳥)



中村猛虎
アリバイは春の朧に濡れている
テトラポットの底に溜まっている春眠
蒲公英の絮役職定年の日
蛍狩無量大数の彼方へ
蝸牛シーソー這えば戦争始まる
海亀の泣きて人間廃業す
淋しさと気楽の隙間海月浮く

【紹介文・近況】
1961年生まれ。20代後半、会社の同僚であった林誠司氏(現 月間俳句界編集長)の誘いで「河」増成栗人先生の指導を受け、俳句を始める。2005年、故郷兵庫県姫路市で、商工会議所若手経営者をメンバーとし、俳句勉強会 句会亜流里(あるさと)立ち上げ。姫路市内には、芭蕉の遺品の蓑笠が遺っており、これらが収められていた、今は無き増位山随願寺風羅堂を再建するための播磨芭蕉忌フェスティバル(本年11回目)の開催、小中学校への出前俳句講座、など活動中。2010年、風羅堂焼失後、69年間空席であった、芭蕉翁を第1世とする風羅第12世を継ぐ。昨年、一昨年と2年連続で、NHKeテレの「俳句王国がゆく」に出演、夏井いつき氏の毒舌と絡み、俳句よりしゃべくりで会場を沸かせた。ロマネコンテ所属・現代俳句協会会員


真矢ひろみ
県道にミミズのたうつ電波の日
一魂を結ぶ海市を非在とす
業なるべし紫陽花を秋色にして
緑陰を出で逆夢に折り返す
文学は下駄履かぬもの重信忌

【紹介文・近況】
地方(愛媛)在住 男性。まず英語HAIKUに携わり、その後、俳句と関わる。以来30年弱。性、至極怠惰にして、狷介固陋なる俳句環境に遊びかつ自閉するきらいあり。楽しいものの意義無いものと自省。


水岩 瞳
散る桜ほんね言はぬも愛のうち
こどもの頃を思ひ出す日やこどもの日
その手順こそが共謀夏の闇


青木百舌鳥(夏潮)
斑雪嶺を打つ日も消えて本降りに
村上や松の咲きたる吊し鮭
左肘張つて田植機発進す
田植機の赤そのほかも懐古的
急峻にして筍の乱杭に

2017年8月4日金曜日

平成二十九年 花鳥篇 第六(下坂速穂・岬光世・依光正樹・依光陽子)



下坂速穂(「クンツァイト」「秀」)
目の横に耳の穴あり羽抜鳥
短夜の鳥ほうと啼くかうと啼く
夏蝶の見せては隠す模様かな


岬光世(「クンツァイト」「翡翠」)
石楠花のあはひを登りゆきにけり
応へをる夏鶯や杖に鈴
遠き世の遠きへ帰る朴の花


依光正樹(「クンツァイト」主宰)
町鳥は町に遊んで梅雨曇
藁屋根の深く沈んで鳥の夏
葉の水が揺れてゐるとき蓮の花


依光陽子(「クンツァイト」)
青柿や浅草に来て空を見て
眼涼し羽ばたくものを捉へては
笊菊は笊と育てん縮かな

2017年7月28日金曜日

平成二十九年 花鳥篇 第五(田中葉月・花尻万博・羽村美和子・浅沼璞)



田中葉月
さくらんぼ涙の止まるクスリです
かくれんぼ見つけてほしい蛇苺
深山の独り芝居をホトトギス
ぼうたんの花片の中へ身投げする
初夏の小さな銀貨のものがたり
奔放な果実の匂ひ夕立あと


花尻万博
美しき物の例へを蛇苺
筍に気を許しても訛りけり
水は水引き寄せ下る夏蜜柑
舟焼きて蕗の雨へと戻り来し


羽村美和子(「豈」「WA」「連衆」)
庭先に孔雀来ている青葉風
ほととぎす数式の途中透けてくる
薔薇園の風にはらりと怪文書
葉桜に引っ掛かってる変声期
古代蓮ハイブリッドの世に生まれ


浅沼 璞
俺は津までお前も津まで花筏
髪すこし短くあやめやや硬く
とぎれなく翼ある声木下闇

2017年7月21日金曜日

平成二十九年 花鳥篇 第四(林雅樹・内村恭子・ふけとしこ・小野裕三・木村オサム・前北かおる・加藤知子)



林雅樹
満を持し放つおならや松の花
二の腕にまゆみ命や桜鯛
ネル着たる長濱ねると握手せむ
銅像を染める雨粒楠若葉
仏語授業さぼりし葵祭かな

【紹介文・近況】
一九六〇年生。一九九四年から小澤實に師事。二〇〇〇年澤入会。二〇〇二年 澤新人賞、二〇〇三年第二回澤特別作品賞受賞。現在澤同人。著書:『喨喨集: 鷹新人スクール句集』(一九九五年)『俳コレ』(二〇一一年)(いずれも共著)最近は句会も吟行も縁遠くなって、結社誌以外では、このなんとか帖がほぼ唯一の作品発表の場である。


内村恭子
旅楽し大樹の陰に瓜を食む
灼くる地の国境点線にて真直ぐ
大いなる作り滝ありけふの宿
楽園にバビロン思ふ茂りかな
オアシスの井戸を照らせる夏の月
噴水に夜はライオンの来てゐたり


ふけとしこ
木漏れ日揺るる梅花藻の白揺るる
葭切に舟板塀にミサイルに
鮮血は椋鳥のもの姫女苑
ひよこ豆ひとつ含めば百合ひらく


小野裕三(海程・豆の木)
空梅雨の素足の部屋のトムとジェリー
不屈と言うは容易き言葉月涼し
階段がよく広がって満天の夏
夏の露弁天島を研ぎ澄まし
壁に大穴塞ぐでもなく梅雨長し


木村オサム(「玄鳥」)
囀やローマ帝国衰亡史
暮の春音叉かざして気球待つ
モノクロの記憶の底のチューリップ
梅雨深し自画像がみな河馬に似る
突然の泉に出会ふまで歩く


前北かおる(夏潮)
椋鳥の群枇杷次々に撃墜し
放課後の枇杷の梢に金髪君
日と陰と接するところ夏の蝶

【紹介文・近況】
1978年4月28日生まれ。高校時代、本井英先生に作句の手ほどきを受ける。慶大俳句、「惜春」を経て、「夏潮」創刊に参加。長男藤次郎の誕生を記念して、句集『ラフマニノフ』(2011年、ふらんす堂)を上梓。長女翠の誕生を記念して、句集『虹の島』(2015年、ふらんす堂)を上梓。2016年は年間150回出席を目指して句会に励み、これを達成。2017年は年間200回出席を目指すも既に黄信号。俳人協会幹事。日本伝統俳句協会千葉部会副部会長。千葉県俳句作家協会理事。ブログ「俳諧師 前北かおる」http://maekitakaoru.blog100.fc2.com/


加藤知子(「We」「連衆」「豈」)
少し湿る花びらほどの霊安室
夏カーテン開けて筋肉ケンタッキー
靴脱いで謀議しただけアマリリス
水張田を横切る風の無言なり
茅の輪くぐり無限大という宿題

2017年7月14日金曜日

平成二十九年 花鳥篇 第三(池田澄子・堀本 吟・山本敏倖・岸本尚毅・夏木久・中西夕紀・渕上信子)



池田澄子
しあわせやミモザに空の深ければ
欠席が一人も居ない桐の花
五月ゆく付箋の色を使い分け
阿部定も初夏の夜風にあぁと云ったか
御代わりや欅若葉の見える席
嬉しいか心細いか揚雲雀
原始女性は夏の太陽光疲れ


堀本 吟
六・一五樺美智子が死にました
密談のはし季語がないけむり茸
閣僚のトップてだあれ黴の花


山本敏倖(山河代表・豈)
夏蝶をりくるーとする三角紙
くちなわの眼より一山落ちにけり
六月のまじっくみらーにあるしこり
泳げど泳げど人間を出られない
古事記から紙魚の出てくる手暗がり


岸本尚毅
春の灯はざらつく壁を照らすなり
日あるを見て森閑と春深し
藤の蔓花ぶら下げて風に高く
柏餅貴男のやうにベタベタと
老いて棲む人々躑躅咲く町に
豆の花咲き老人に曜日なし
夜は楽し胡麻粒ほどの守宮の眼

【紹介文・近況】
一九六一年生。「天為」「秀」同人。


夏木久
滑舌は山笑ふほど躓けり
真青野へ今日も言葉を放牧す
春ゆくや夏を横取りしてしまひ
筒抜けの現のことを抜け抜けと
花火揚ぐ昼の酒屋の暗がりへ
白鱚の衣の破れ気にかかる
阿と吽の隙へ蛍を神妙に


中西夕紀
沈めあるペットボトルや子供の日
肩口にのぞくタトゥーや瀧飛沫
ぺらぺらもざらざらも紙夏蝶過ぐ
額てかる撞球場の夏灯

【紹介文・近況】
略歴 昭和28年、東京生れ。昭和56年作句開始。「岳」「鷹」「晨」を経て、平成20年「都市」創刊主宰。句集「都市」「さねさし」「朝涼」共著「相馬遷子ー佐久の星」
俳句は今では生活の一部になっている。だから惰性にならないよう、マンネリにならないよう、良い環境を作ることが大切と思う。それは、田畑の土壌作りに似ている。良い作物(俳句、文章)を作るために、何をするべきか常に考えている。しかし、あれこれやって、みな途中といった感じである。


渕上信子
銀器を磨く卯の花腐し
遺言のごと薔薇開く朝
蜚蠊団子「元祖!半なま」
無賃乗車に成功の汗
エリカ・ジョングと同じ香水
誤植の酷さメメ水母ほど
熱帯夜豚の耳噛んでる

2017年7月7日金曜日

平成二十九年 花鳥篇 第二(辻村麻乃・小沢麻結・渡邉美保・神谷波・椿屋実梛・松下カロ・仲寒蟬)



辻村 麻乃
走り梅雨何処かで妖狐に呼ばれたる
麗春花毛深き蕾の朱き舌
麦秋や撓ふ側から煌めけり

【紹介文・近況】
1964年東京都生まれ。1994年「篠」入会。2006年『プールの底』(角川書店)。俳人協会埼玉県支部事務局、世話人。ににん創刊同人。篠、編集長、副主宰。
     *    *
詩人の父、岡田隆彦の影響で幼い頃から詩作を始めるが、祖母、母が俳人であったため同時に句の手解きを受ける。青年時代はロックバンド活動(現在も)に傾倒し一旦文学から離れるも長女を身籠った30歳から篠に入会して本格的に俳句を始める。ここ数年は母、岡田史乃の代行で篠を編集発行している。
秩父の魅力に取り憑かれ目下毎月数回吟行に訪れている。妖怪も好きで、きつね句会を2016年末に行った。切れのある句作りを目指す。


小沢麻結
さりさりと包丁砥ぎぬ青楓
クレーンはビルを積み上げ祭町
ラジオ体操夏雲へ胸反らし


渡邉美保
馬術部に新入りの馬桜咲く
最上階にもらはれてゆく君子蘭
青桐のいよいよ青し水ようかん


神谷 波
そはそはと枝見繕ふ鴉二羽
花びらのよよと崩れて牡丹かな
濡れることできず店頭のあぢさゐ
それぞれのうしろ姿や燕子花
この村の一員として夏鶯

【紹介文・近況】
誰に誘われたでもなく、ある日突然俳句をやろうと思い立ち作句をはじめて40年になりました。乳幼児を抱えておりましたので句会にでることなどはとてもできませんし、どこでどのような句会が開かれているのかもわからないような状態でした。新聞の地方欄に投句をしたりしておりましたが、「狩」の創刊を知り入会、10年後に退会し「貂」に入会、代表の川崎展宏の逝去により「貂」を退会し「豈」に入れていただきました。
現在暮らしております婚家は三重県の最北部のいなべ市で、裏の峠を越えますと滋賀県です。冬にはほどほどの距離に白銀の伊吹山を眺めることができます。月の伊吹山は絶景です。そして猿や鹿の獣害に日々悩まされております。このような豊かすぎる自然と格闘しながら作句しております。


椿屋実梛
草間彌生展
水玉の斑がとめどなき夏放つ
ゆらゆらと蛍観にいくバスに乗る
夏休み夢見るために眠りけり
練習のシュートが決まり緑の夜
夜釣りして心遠くに置くばかり


松下カロ
あぢさゐのあぢさへ苦き帰郷かな
箱庭の道を帰つて来る男
あぢさゐに隠れて見えぬ帰り道


仲寒蟬
落花校門をんな校長仁王立ち
蝌蚪の紐超大陸のありし頃
連翹を抜け来る風のありやなし
葬儀屋の軒にぎやかに夏つばめ
二の腕のまぶしきに蠅とまりをり
かきつばた流るともなく水流れ
百合香る遺影のあまり幼きに

2017年6月30日金曜日

平成二十九年 花鳥篇 第一(仙田洋子・大井恒行・北川美美・早瀬恵子・杉山久子・曾根 毅・坂間恒子)



仙田洋子
みどりごにさくらさくらとささやきぬ
春の鹿きれいな人の傍らに
オルゴールに蝶を隠すといふ快楽
春灯や大きくなりし子の匂ひ
もそつと近うもそつと近う蟾蜍
螢袋からちよつとだけ顔を出す
噴水を水のびつくり箱と思ふ


大井恒行
鳥を生みし空の蒼さや花空木
青葉潮に降る雨さみしさみしがる
日焼け子のかの面影や髪ゆたか


北川美美
菜の花と一緒に茹でるスパゲッティ
花の夜のTV画面も桜色
わたくしもしばらくここに花に鳥


早瀬恵子(同人誌「豈」) 
アイリスの髪ゆたかなるミュシャ・カフェ
ロボットのふりする肉球アイ・ラブ・サマー
はからいの唐破風なりあじさいも


杉山久子
花の闇猫のからだとまじり合ふ
五月来る鳩のふるへの地に満ちて
鉄の輪をくぐりアマリリスに屈む


曾根 毅
眠そうな蜆の影を見ておりぬ
恥骨まで轟き渡り薪能
雨音か瀬音か我か五月闇


坂間恒子
花種を蒔く手をあげる影法師
白藤に少年のジャンプとどかざり
白藤や遣欧使節ひかりあう

2017年6月23日金曜日

平成二十九年 春興帖 第十(水岩瞳・北川美美・早瀬恵子・小沢麻結・佐藤りえ・筑紫磐井)



水岩瞳
薄氷をすべて割りますランドセル
鞦韆を山へ空へと擲てり
蒲公英に有刺鉄線内と外


北川美美 
春遅々と黒く濡れたる犬の鼻
Nirvarna(n+1)倍の雨
華麗なる鬱という文字桃の花


早瀬恵子(同人誌「豈」)
八寸の皿に峰あり春席膳
咲き立てる荷風かばんに鬱金香
禁教下親指聖母愁う春


小沢麻結
花びらのひとひらとなきチューリップ
花冷や出来立てを買ふあぶり餅
運の良き人にあやかり雛あられ


佐藤りえ
花闇に蓄光塗料の指の痕
盗賊A盗賊Bと風下へ
アントニーからウイルス削除の小鳥来る
散つてなほ桜を辞めぬ桜かな


筑紫磐井
訪問着 春の虚子庵にどれ着やうか
さみどりの系に閉ぢこめうぐひす抄
台東や猫のつそりと恋にあるく
鶯餅十人並みは不思議な顔

2017年6月16日金曜日

平成二十九年 春興帖 第九(下坂速穂・岬光世・依光正樹・依光陽子・真矢ひろみ・西村麒麟・望月士郎)



下坂速穂(「クンツァイト」「秀」)
そこにゐて手に来ぬ鳥よ鳥雲に
猫といふ姿形の春愁
花冷の狐憑きとはこんな顔


岬光世(「クンツァイト」「翡翠」)
案内する袖のさみどり百千鳥
をんな来て白蒲公英の気やすさよ
再会の桜や硬派なりし人


依光正樹(「クンツァイト」)
水鳥の数ある垣を繕ひぬ
大寺や水輪と見れば春の雪
高きまで鈴を鳴らして春岬


依光陽子(「クンツァイト」)
森のしづか水のしづかを抱卵期
苗札を立てて眠つてゐる土で
初蝶と指してしばらく無二の蝶


真矢ひろみ
末黒野に始まる宙の真澄かな
春の宵おひねりが飛ぶ空爆も
彼岸へと直線貸方命借方桜
光年の揺らぎの果てに春の虹
蹴り正す花烏賊の頭を西向きに 
雁風呂や夕日の浜を入れて焚く
花のままでゐる唇を読み違へ


西村麒麟
鶯やもの売る人として我等
口の先すぼめて亀の鳴きにけり
鳥の死を哀しむ川や朝桜
黒柿の重き座卓や花の宿
蜷の道詰まらなさうに曲がりけり


望月士郎
余寒なお背骨を通り過ぐ夜汽車
ノックする人差指の骨きさらぎ
雛壇の男女関係かんがえる
六年後の背中に風船売の来る
春の蛇巻尺の端もってくれ
明日あたり白鳥帰る風 鎖骨
ミモザ揺れ生まれる前にいた港

2017年6月9日金曜日

平成二十九年 春興帖 第八(羽村美和子・渕上信子・関根誠子・岸本尚毅・小野裕三・山本敏倖・五島高資)



羽村美和子(「豈」「WA」「連衆」)
啓蟄のアラビア文字が笑いだす
花辛夷空は剥落し続けて
風葬の風のはじまり根白草
ヒヤシンス す・さす・しむとは使役
沈丁花どこまで香りか秘密か


渕上信子
スカイツリーの土筆の空よ
玻璃戸のむかう二月輝く
恋猫のごと恋せしことも
花冷に来て御座なりのハグ
逃水のさき蕪村すたすた
終末時計すすむ春昼
入社式挨拶はAI


関根誠子
春昼やウメノキゴケの密かなる
真砂女大師ホワイトデーをわたくしす
花を待つ心くさめとなりにけり
花曇とろり渦巻く池の面
飛花落花大声あげてゐる虚空


岸本尚毅
漂ふが如き寒さや蝌蚪を見る
春雨の今日いくたびの雨あがり
雨ながらものの芽遠く見ゆるかな
あたたかや石をへだてて違ふ苔
白木蓮眺めて辛夷なつかしく
梅ほどの白さの花を初桜
花は過ぎ新川崎の駅も古り


小野裕三
春に目眩む沖に客船都市に愛
サーカス団つやつや並ぶ木の芽雨
紋章の麗らかなれば町に住む


山本敏倖(山河代表・豈)
連翹の左心房なら別冊
花びらを踏まないように調律す
感触は海市一の糸からまる
天球の一片に挿す黄水仙
蛇行してこの世に辿り着くつつじ


五島高資
蛇口から水のふくらむ二月かな
涅槃図を洩れたる影を拾ひけり
腹の底から吐ききつて二月尽
朝へ出る道のうねりや竹の秋
水を送るのみの橋あり春の雨
爪先を回してゐたり春の闇
槌音の木霊や霞む室根山

2017年6月2日金曜日

平成二十九年 春興帖 第七(前北かおる・神谷波・青木百舌鳥・辻村麻乃・浅沼 璞・中村猛虎)



前北かおる(夏潮)
うららかや神坐す島に人寄らず
谷川に大石乾く日永かな
古草の中に灌木白骨化


神谷波
留守中の落ちはうだいの椿かな
支障なく花びらばらけチューリップ
桜から桜へ鱏のやうにゆく


青木百舌鳥
紅を地に引かれゆく落花かな
クレーンがビル築きをる花の雲
摘草を茹でて茹で湯を毒草へ
楠紅葉を過ぎつつ風の縒られける


辻村麻乃
茎立ちや生まれ変はりたる心臓
次こそのこその不実さ蚕卵紙
空を見て飲み干す女聖五月


浅沼 璞
春月の屋上に傾ぐオルガン
丘にゐる海星の脈拍など思ひ
学問をする気はなくて囀れる
ゆく春の横文字墓のうらに廻る


中村猛虎(姫路風羅堂第12世)
はじまりはLINE終わりは山桜
囀りを因数分解してみよう
三月十一日の海岸に泡無数
人間に七竅ありて三鬼の忌
人類は絶滅危惧種蝌蚪の紐
春キャベツ卵子二つに子宮ひとつ
草餅の福島原発内ローソン

2017年5月26日金曜日

平成二十九年 春興帖 第六(渡邉美保・ふけとしこ・坂間恒子・椿屋実梛)



渡邉美保
独活と烏賊若布と酢味噌相関図
花冷えの手に渡さるる特急券
鳩笛の音のくぐもり花万朶
かげろふをたがやしている男かな
アーモンド齧り蛙の目借時


ふけとしこ
見てゐれば一羽が二羽に春の鴨
貝殻の沈んで白き春の水
紙袋二枚重ねに持ち朧


坂間恒子
首塚にさるのこしかけ連用形
首塚のとなり山猫料理店
さえずりの火箭朱雀門聖別す
レトリック辞典ひらけば青大将


椿屋実梛
抱かれしあとの春雨振り払ふ
品川に乗換へをして春の虹
打刻して帰るパートや夕桜
海の向かふひたすら空の五月かな
マグカップ濯いでつかふ春ゆふべ

2017年5月19日金曜日

平成二十九年 春興帖 第五(内村恭子・仲寒蟬・松下カロ・川嶋健佑)



内村恭子
浅春や眉をきりりと狐絵馬
白梅や蕾は清らなる緑
春浅き三条に買ふ酸茎かな
春温し人寄れば鯉泳ぎ出す
白梅や根付に千の物語
浅春や京の深きに鹿ヶ谷
春昼や蛇腹で閉ぢるエレベーター



仲寒蟬
啓蟄のはちきれさうな餃子かな
その中の一人は刺客花衣
一ヶ所に○春宵の解剖図
ファックスの紙の丸まる仏生会
深海生物大図鑑へと菜飯こぼす
春水の濁るとはよみがへること
馬を見かけず春昼の競馬場



松下カロ
きさらぎの青年をまた見失ふ
責め具とも春の回転扉とも
百人の男うつむく鳥帰る



川嶋健佑(船団 鯱の会 つくえの部屋)
駅舎傾いて新生活はだるい
春風が吹いても今日は家にいる
蛍光灯割れてきらきら風光る
言い訳をまず言ってみる石鹸玉
愚痴ってもいい春霖の傘の下

2017年5月12日金曜日

平成二十九年 春興帖 第四 (仙田洋子・木村オサム・小林かんな・池田澄子)



仙田洋子
哭くことを許されず鳥帰りけり
てふてふのこぼす涙のごときもの
たらちねの春眠にして永眠す
春時雨母逝きし日の終りけり
死にたての母よ桜が咲きました
うららかや母の永眠はじまりて
花万朶母を焼くことおそろしく



木村オサム(「玄鳥」)
囀らぬ鳥から先に巣立ちをり
チューリップ天使が酒を注ぎに来る
蝌蚪の紐散りぬ聖母の生あくび
春眠や水切り石の沈むとき
口中に夜桜見えて家出せり



小林かんな
春の昼迷子のインコ名はリリイ
シラウオとシロウオは別ココロセヨ
胴体を出て脚二本清順忌
春灯君二度付けをするなかれ
記入欄よりこぼれ出す雪柳



池田澄子
生まれていて未だ死ななくて迎春花
アネモネを活けて砂糖はひかえずに
空気清いか桜の花花の隙間
風ふっと途絶え柳の芽の可愛い
野よ川よ花よ人よと雨が降る
共謀罪とや散る花に嗚呼と言うな
惜春やパレットも絵具の白も汚れ

2017年5月5日金曜日

平成二十九年 春興帖 第三 (夏木久・網野月を・林雅樹)




夏木久
0時0分北緯35度の白魚           
澱に落つ私の今が畢るとき
硝子器の国家の烏木の故郷
寿司醤油蓋に溶きをり花吹雪
春月の笑ひの残るバスストップ
地下室の奇跡見せたくガーベラ蒔く
菠薐草呑み込んでいいと誰が言つた



網野月を
何処からかセメダイン臭花曇
桜散るまでの日雇い塾講師
桜咲く判官塚に天気雨
花冷や堂脇に犬猫供養塔
掛け紐のシウマイ弁当花の雨
「ヴァンゼー連詩」散る花びらを栞けり
綻びる水の流れや花筏



林雅樹(澤)
俳人の杉田久女さん体の一部が干潟で発見
砂浜の細りて長し春の暮
ぶらんこに腰掛け虚子や死んでをり
鳴る前に光る電話や冴え返る
俳句部男子女生徒を刺す日永かな
意識高い系ネット俳人自殺落第を苦にして
春灯に動くや亀と人間と

2017年4月28日金曜日

平成二十九年 春興帖 第二 (杉山久子・曾根 毅・堀本 吟)



杉山久子
少年の喉のあかるしヒヤシンス
風船の体育館を出でゆきぬ
行く春や怠けてをらぬナマケモノ

曾根 毅
話すたび気息を漏らし花菜畑
木の芽時爪先に血の行き渡り
太股の近きに生まれゆすらうめ


堀本 吟 
桜前線「天皇国」と称ふるあり
花喰鳥さかさになって花ついばむ
ゆーらしあふあんふあんのつちふれり
たんぽぽや「ぽ」のゆくすえはしあわせか    
ブラックホールに手足が生えて蛙の子



平成二十九年 歳旦帖 追補 ( 恩田侑布子) 



恩田侑布子
駿河湾身ぶるひしたる初日かな
恵方道なる茶畑の畔
囀に白いズックの紐締めて

2017年4月21日金曜日

平成二十九年 春興帖 第一 (加藤知子・田中葉月・花尻万博)



加藤知子
アポロンの鼻うた春のあまだれよ
恍惚の頭蓋骨から春キャベツ
春闇を左巻きにて生まれけり
絵踏みかな首から下の捌きおり


田中葉月
春光を集め片足フラミンゴ
貝寄風や天使の羽音拾ひゆく
天国のファックス届く風信子
さくら咲く一本道の生命線
事実はたいてい嫌なもの鳥雲に
陽炎やふりかへらない君がいて


花尻万博
褶曲の時を繋げて暖かし
奥処には柱寝かせて山椿
褶曲や甘さのありし囀りに
早くから立てる土筆に夢多し
み仏の歩みを止めず山椿
湯の速く過ぎて蕨の香なりけり

2017年4月16日日曜日

平成二十九年 歳旦帖 第九 (大井恒行・筑紫磐井・北川美美)


大井恒行
機はじめ手繰りて雲のあけぼのす
恋の矢の一度かすみて射しくる陽
初日ゆがんで羽化するしじま


筑紫磐井
明治神宮からましぐらな初鴉
男系はおろかならずや女正月
アニミズムの近刊を読み蟄啓く
三月はいろいろなこと昭和秘史


北川美美
正月の大きな毬が一つ家に
尻みせて散りゆく雀
ため息や煙のやうに歌留多飛ぶ



2017年4月8日土曜日

平成二十九年 歳旦帖 第八 (岸本尚毅・浅沼 璞・佐藤りえ・田中葉月)


岸本尚毅
元日だうでもよくて落葉を蹴る子かな
底ひまで見えて海ある初御空
初凪やペンキと雲の白と白
出初式窓に見えをり小鳥に餌
伸子すこし古風な名前初句会
野良犬を見て初旅の続くなり
やる気なささうに馬ゐる馬場始



浅沼 璞
歳旦 三つ物 
還暦の貫禄もがな鏡餅
 ロッケンロールとぞ花の春
朧夜をとぼとぼ雪の降りかかり


佐藤りえ
歳旦 三つ物
淑気満つチーズフォンデュの面かな
 賀客はいずれ髭の四五人
春鹿も土間も日向に濡れるらむ

かまくらに時間外用小窓あり
逆剥けの新巻鮭が湯の中に
猫が跨ぐプラスチックの鏡餅
シェルターに雑煮の湯気の立つばかり




2017年3月31日金曜日

平成二十九年 歳旦帖 第七(木村オサム・水岩瞳・望月士郎・下坂速穂・岬光世・依光正樹・依光陽子)



木村オサム(「玄鳥」)
二本立ての松竹映画お元日
押入れの少し開きたる二日かな
三日はや練り歯磨きを出し過ぎる
無意識に入れる四日のパスワード
五日からいつもの碗と皿の音
縁側に妻の入歯のある六日
人日や対岸にあるわが猫背

水岩瞳
もう顔も浮かばぬ人の賀状かな
   若山牧水賞、「鳥の見しもの」吉川宏志
読初や反原発の歌あまた
人日のトランプ占ひ本曇り

望月士郎
賀状書く丹頂鶴を横抱きに
元日の風呂より電子のおんな声
節料理の内なるロシア・チリ・トルコ
初富士や次の世紀末は遠く
カニフォークのように四日の街に出る
いま誰かポッペン吹いた冬の月
鮟鱇のくちびる残し消えた町


下坂速穂(「クンツァイト」)
言付は焚火見つめてゐる人に
地を照らすやうに木が佇ち寒波来る
蕾数へ春立つまでの日を数へ


岬光世 (「クンツァイト」「翡翠」)
一服の一人のをとこ初詣
不揃ひに賑はふ壁の吉書かな
番の来て手触りの佳き福笑



依光正樹 (「クンツァイト」主宰)
泥ついて泥がはがれて冬の岩
川の面に冬日が差せば魚が見え
探梅やきらりきらりと胸の内

依光陽子 (「クンツァイト」「クプラス」)
睦月半ばの花鶏流れてゆくはやく
大寒や神さびにける石と幹
日と水のゆらぎを背ナに春支度




2017年3月24日金曜日

 平成二十九年 歳旦帖 第六 (小沢麻結・池田澄子・陽美保子・内村恭子・小野裕三)



小沢麻結
踏まれたるより光初め霜柱
けんちんの大鍋煮ゆる初閻魔
初不動火の粉火柱湧き上がり


池田澄子
二人して寒しと月を斜め上
ひかり眩しく愛は煩く返り花
蓮根の穴の空気を解放す
馬車馬の昔ありけり雪へ雪
ぼたんゆき神よ父よと口に出さず


陽美保子(「泉」同人)
骰子の一の目の出る淑気かな
絵双六京の名所に休みけり
絵双六狂歌を詠めと言はれても


内村恭子 (天為同人)
青空を忘れがちなり年用意
羽子板市異国の王女描かれて
数へ日や神保町に山支度
大きからむ洪積世の初日の出
次々とピザ焼き上がる四日かな


小野裕三(海程・豆の木)
頭骨標本日陰に連なり大晦日
宝舟遠来しんじつ笑うは誰
骨董市に王様の首冬木立




2017年3月17日金曜日

平成二十九年 歳旦帖 第五 ( 飯田冬眞・小林かんな・山本敏倖・林雅樹・原雅子)



飯田冬眞
妻の家の猫も顔出す年賀かな
砂漠へと続く戦車や初霞
太箸やまづ横にされ開かるる



小林かんな
春自動起床装置のふくらみぬ
日に幾度水蒸気梅押しひらく
下萌ゆるかの腕木式信号機
ホキ二二〇〇形貨車陽炎うか
墨にじむ荷札樺太鉄道の



山本敏倖(山河代表・豈同人)
みずいろの表面張力初明り
お雑煮に告げ口三つ入れておく
この星の海を足下に置く初日
初夢を袋詰めして万馬券
たましいに浮力生まれる初日の出



林雅樹(澤)
石塀に水滲みだせる二日かな
初句会機嫌そこねて帰りけり
旅人と十六むさし負けたら死
破魔矢もて別れし夫を襲ふ女
勃起したペニスに輪飾かけて歩く男



原雅子
小浜線いづれの駅も昨日の雪
つまらぬ屋上つまらぬ給水塔冬だ 
きさらぎといへばどこかが疼くなり



2017年3月10日金曜日

平成二十九年 歳旦帖 第四 (仲寒蟬・曾根 毅・松下カロ・椿屋実梛・前北かおる)



仲寒蟬
初夢の中で仕事をしてゐたり
地震ではなく初湯の揺れてをるがよし
獅子舞にヒップホップの癖すこし
初夢のかならず最後には走る
初鴉神武を知つてゐる面持ち


曾根 毅
孤独死のあちらこちらにしずり雪
冬瀧や巌を畏れて引き返し
雪囲い皆一様に衰えて


松下カロ
いちまいのたましひ狂ふいかのぼり
白魚が喉を越えゆく山河かな
沈黙は吹雪に似たるチェロソナタ


椿屋実梛
四日はやバーカウンターに沈思して
梅が香にむれつつさらに奥へゆく
初霞あれは恋だつたに違いない


前北かおる(夏潮)
校倉に飾り錠前竜の玉
差し入るる指の先に竜の玉
竜の玉三日月形の傷もちて



2017年3月3日金曜日

平成二十九年 歳旦帖 第三 (杉山久子・田中葉月・石童庵・真矢ひろみ・ 竹岡一郎)



杉山久子
ぼんやりと猫の耳ある初写真
饅頭の黄粉飛び散る初句会
アマゾンの倉庫を出づる初荷かな


田中葉月
数の子を噛む子の音の大人びて
脇役に甘んじてをりごまめのめ
万両の一段高きに御座しけり
笹鳴きの小さき石にも日の当たれ
もういいかいまあだあだよう福寿草


石童庵
初みくじ開く最中のおまけなり
産土で買ひて小吉初みくじ
二日早や三つ目のおみくじを引く
四つ目を引いて凶なり初みくじ
やつと意に叶ふ五枚目初みくじ


真矢ひろみ
ぽっぺんのぽこの悦楽ぺんの闇
いっそ乗ってしまうか初湯のうつろ舟
五里霧中ですから淑気逆もそう



竹岡一郎
寒紅の眠りに家のほどけゆく
祀らるるためかまくらに入る老女
かまくらを囲む顔色あをい奴等
かまくらがきりなく呑んでめのこたち
かまくらを出るが不良のはじめ也
この夜の木霊うましと寒紅さす



2017年2月24日金曜日

平成二十九年 歳旦帖 第二 (仙田洋子・ふけとしこ・五島高資・堀本吟・渕上信子)



仙田洋子
初晴や引つかき傷のやうに鳥
なつかしき人と分け合ふごまめかな
戒名はいらぬと父の初日記
獅子舞の恥ぢらふやうに退りけり
押し合ふもこの世のならひ初戎
鏡割星の生まるる方を向き
餅花の匂ふがごとく揺れにけり



ふけとしこ
七日粥献血年齢すでに過ぎ
雪折れの枝よづきづき痛むだらう
梟が面付け替へてゐるところ



五島高資
日を入れる船溜りかな初昔
淑気満つ宇津保舟なる月の影
金星へ抜ける道あり鬼火焚



堀本 吟
歳旦三物 
歳旦の大河こよなき景色かな
 愛(めぐ)しき春着橋の殷賑   
夢に遭ふ蝶をわが身と呼ばすらん 

 
渕上信子
短句(有季定形)
万年床にひとり鶏旦
二日隣家の犬に挨拶
三日の船に男逞し
「春駒」は書初をはみ出し
五日はや普通の顔ばかり




2017年2月17日金曜日

平成二十九年 歳旦帖 第一 (夏木久・網野月を・坂間恒子・渡辺美保・神谷波)




夏木久
水揺らす花は異色の出家かな
初蝶やすでに伴天連追放令
投函せる旅の終りや冬燈
影さえも家引き払ひ福笑ひ
音楽も刺客も辻には誰も居ず
原子炉をながめて卵かけごはん
バス停に影伸び過ぎてまた乗れず




網野月を
天皇誕生日日本一の晴れ男
クリぼっちカボチャ祭は好かったな
あなたのこと気になり出して去年今年
アールデコの門扉門柱淑気満つ
初運転おいでおいでのコンチクショウ
読初や天金濡れて滲み出す
腰蒲団柄のポケモン語り出す



坂間恒子
注連飾おろしてのちを喪に服す
年賀欠礼胡蝶蘭に水を遣る
初詣天狗の下駄の暗がりに




渡辺美保
一陽来復阿蘇より届く晩白柚
くるみ餅三つ花びら餅五つ
また上手く結べぬリボン福寿草



神谷波
あまりにも穏やかすぎるお元日
太古から変はらぬ夕日鏡餅
わが古稀を信じられないごまめかな




2017年2月10日金曜日

平成二十八年 冬興帖 第八 (西村麒麟・渕上信子・田中葉月・神谷波・竹岡一郎・中西夕紀・飯田冬眞・筑紫磐井・北川美美)


西村麒麟
鴨飛ぶや一メールを大げさに
よたよたとスケート場を歩き切る
最高のカレーを食べる冬ごもり
風邪薬その一粒が細長し
冬晴の飛騨より来たる円空仏



渕上信子
短句(有季定形)
泥大根を洗ふ鳶の輪
学成難し落葉掃きよせ
神有月の鞄コーラン
独りごといふ夫と加湿器
床暖眠き第三句集
夫を殺めし夢大くさめ
ハナモゲラ語の寒中見舞



田中葉月
したたかに無心でありぬ冬すみれ
貧乏神たたき出されし干し布団
あめつちの神は気紛れ野紺菊
牛の舌からめてとりぬ冬の虹
土産とて残照つつむ神の旅




神谷 波
百尾余の鰯の頭捥ぐ小春
神の留守預かるスーパームーンかな
冬の虹ひつかかつてる森の端
年の瀬や黄蝶の浮かれ出ることも

           
竹岡一郎
灯は微音立て綾取りを見守るよ
あやとりの砦は父母を拒みけり
あやとりの紐切れるまで眠らない
あやとりにかかる呪ひのなつかしき
あやとりの示す南溟航路かな
あやとりに魂からみ動けまい
屋上のあやとり穹の杭は抜け



中西夕紀
白菜の観音顔のひと並び
息白し地震の平成終り急く
腕に来て羽を閉づれば鷹小さ



飯田冬眞
池畔に売家のならび冬紅葉
笹子鳴くブルーシートのイタコ小屋
枯芙蓉素焼きの壺にあるくびれ




筑紫磐井
十二月に日が差してをり佐久間町
どしやぶりの愛は裏切る漱石忌
顔に疵 師走の街を俺が行く




北川美美
グレムリンとある家族の聖夜劇
沼にある競艇場のクリスマス 
眠らずにオーブンの前クリスマス
地下掘つて掘つて掘つてやクリスマス
クリスマスツリー逆様に吊るされて
気まぐれに教会へ行くクリスマス
聖夜果て聖菓山積み製菓店




2017年2月3日金曜日

平成二十八年 冬興帖 第七 (加藤知子・真矢ひろみ・小沢麻結・内村恭子・水岩瞳・坂間恒子・羽村美和子)



加藤知子
一月号のペンギン呼ばれ表紙顔
ぐるぐると猪はクール宅急便でくる
肉塊と猪と冬晴れのなか歩く
冬の血のしたたり同じ太陽の下
冬林の夜の誠実ひざを抱え
次々にビリー・ジョエルを聴く冬の夜のむかし



真矢ひろみ
冬銀河不思議の夜のありどころ
煮つめれば人魚は蒼く枯木立
ガン病棟へ寒一灯の力かな
灯は遠く鬼火か終の団欒か
今生を時給換算海鼠かな



小沢麻結
指先のその先意識スケーター
羽田便追つて雲間へ雪女
傷痕のなかなか消えず鎌鼬




内村恭子  (天為同人)
数へ日の故郷までの道遥か
冬の地震村の教会まで壊れ
衛星は軌道を外れオリオンへ
地吹雪や空港閉鎖されしまま
国境の凍てし鉄条網越えて




水岩瞳
何だつて知らぬが花のおでんかな
敏雄の方が狂つていたかも昼の火事
 (島尾敏雄)
玉子酒啜り尊し母の恩



坂間恒子
鵙高音思考の断片染色す
冬の鳥ふたつの島の目配せす
柩でるとき皇帝ダリアに風




羽村 美和子 (「豈」「WA」「連衆」)
陸棚に遺跡あるらし雪しんしん
月光がさざなみになる黃落期
ポインセチア眩しい顔を遠巻きに
盛装のモンローウォーク聖樹星
裏切りの顔をちらりと花泊夫藍
狐火のところどころをLED
スーパームーン獣の息となっている