筑紫磐井
蚊帳釣りしラジオの時代ありしかな
バルサンに一家離散の夏来る
浪花節流れて夕立後の夕餉
【秋興帖】
浅沼 璞
汗マスク盆栽ブライアン・イーノ
抗菌の回転のドア遠くなる
新走り手長足長マスクして
印相にウイルスふやし給ふかな
――義父コロナにて身罷る(短連句)
留守テルの秋うらゝかに消ゆと云ふ
三日月の端こぼす灰寄せ
のどか
秋へログインハートの雲のQR
「サクマ式ドロップ」の缶木の実鳴る
「ポトフ」とのメモのある鍋夜食とる
ぶだう酒や「メインディッシュは山鴫」と
山頭火忌の人恋ひしさや破れ障子
山頭火忌や美姫の声聞く歓楽街
山頭火忌一合の酒尽きにけり
関根誠子
盆用意まずベランダを丸く掃き
香具師ら去り蒼ずむ杜の夜空かな
扇風機も秋墨色の風流し
たこ焼酒場に昼のにぎわひ狗尾草
山粧ふ牛に生まれし破戒僧
依光正樹
いまはもう眺めるだけの夏の海
汗かいて夏の夕の靴磨き
川晴れてしばらく梅雨を忘れたる
卓袱台のライスカレーや戻梅雨
依光陽子
雨待てば草かげろふの卵揺れ
るりぼしかみきりこの棘はやさしき棘
一歩入れば楳図かずおがゐて涼し
また一人夏の日暮を置きに来る
佐藤りえ
前脚を虹に踏まれてゐたりけり
プランタン銀座夏行くトッカータ
傀儡派守旧派のり弁に黒揚羽
渡邉美保
炎天の眉ととのへてゐる少年
蘭鋳の痣うつくしく向きを変へ
ガガンボのわが白髪に紛れをり
前北かおる(夏潮)
星条旗蟬の脱殻つけてあり
かをること忘れて薔薇炎天下
噴水をバスが一周してゆきぬ
下坂速穂
一礼の涼しき人が指南役
十年は長し短し更衣
地下街に騒と閑ある熱帯夜
過去世を掌の忘れざる冷し酒
岬光世
青薔薇の蕊を閉ざして咲きにける
白日傘思ひのたがふ人と居て
宝石の名の湖や籐寝椅子
林雅樹(澤)
アロハシャツ買ふしまむらの安売に
夏草の茂り売地の札も隠れ
海水浴にはしやぐ心中前の家族
花尻万博
鉄屑に鉄屑商に西日照る
蜘蛛垂らす咎か海より深き沼
猫の目よプールの形の子どもらよ
父母をみな汲みつくす昼蛍
寂しがり屋西瓜の皮をすぐ流し
人寄せる仏八方草いきれ
水岩 瞳
黄帽子の集団渡る川薄暑
黒日傘黒薔薇抱いて焉んぞ
聖五月そびら伸ばして母のこと
巻き戻す身投げ映像沖縄忌
煮て焼いて蒸してレンジの夏料理
幽霊よりやはり人間恐ろしき
眞矢ひろみ
燐寸擦れば七色灯る道をしえ
空蝉に小石を入れて巫女が吹く大夕焼万象膨らむ気配かな
竹岡一郎
青年頑な怨府の梅雨を艮へ
蛸焼が絶縁状をまろび灼く
喝采に執して喜雨を渇くとは
誘蛾灯声無き嗤ひ照らしをり
蔑しつつ怒りつつ饐え崩えゆくか
忘恩を熱砂の城に憐れむな
見殺しの我が眼ひらくを夕焼染む
鷲津誠次
頬骨の尖る老母よ夏の蝶
しかと見つめられおののく油虫
かなぶんぶん転校生にやたら寄る
先頭はくじ引きで決め蟻の列
咄家の善き友ならん雨蛙
木村オサム
万緑を見上ぐ胃腸の弱い人
不眠症水母の中は遊園地
手術室に無かったですよ風鈴は
朝曇顔の歯車噛み合わぬ
夕顔に合はせて土下座しに来たる
青木百舌鳥
りんりんと麦茶鳴らして配りけり
胡麻油香り鱧天穴子天
植樹して梅雨の濁りを汲み来たる
雌雄無きかたつむりとて紅濃きは
望月士郎
疑問符のかたちにみみず干乾びて
白玉のあたりを女医に診られてる
熱帯夜たらりたらりと砂時計
空蝉が背中に爪を立てている
どの窓も殺意やさしく大西日
浜脇不如帰
二千年オーバーエージ枠の神
百世紀かけて櫃まぶしをペロリ
成金を中トロで別件逮捕
すみません時間がなくて揚花火
らいてうのココロ毎秒半年後
箱眼鏡生温かりし壱気圧
十字架の鮎そのままのたなごころ
瀬戸優理子
リラの風整列拒む詩のことば
人見知り泡もてあそぶ天使魚
人形の臍の穴押す夕涼み
首強く突っ込む夏シャツの青年
十薬や我に残れる根暗の根
浅沼 璞
カルミアの一つ一つに目が入る
猫背にて健康サンダル健康です
サンダルのなき勝手口風ぬけて
三角形ばかりで山小屋を作る
山小屋の節穴の目を動かしぬ
夕焼を呼び上げにけり立行司
笹飾り吹かれて右へ右へかな
関根誠子
若葉風わたしイルカになつてゐる
刈り跡を鋭くめぐり夏の蝶
里山やゆつくり蝿に留まらるる
夏至南風沖縄はオキナワを忘れない
弁当売りにやつと日影のめぐり来し
小沢麻結
打水や濡れていきいき足の指
揚羽蝶見返す暇に見失ふ
ぐんと寄る峰雲初めての乗馬
小野裕三
傷心に虹と名づける選択肢
靴多き体操教師午睡かな
ゼリーとゼリー運ばれてくる食堂車
麻服を着て見殺しにしていたり
誰もかも歯並びのよき浴衣かな
観音に立ち姿ある雲の峰
噴水を待つ間のオーデコロンかな
曾根 毅
瀧迅し我の時間と異なれり
蛇苺人間の皮垂れ始め
肖像画青葉の闇に委ねられ
岸本尚毅
海光ることさへ暑き港かな
冷房のロビーに浮輪提げて待つ
戦隊のレツドを名乗る日焼の子
昼のことふとなつかしき夜釣かな
手で落す夏の落葉や作り滝
草のやうに薔薇が咲きをり避暑の日々
裏山に仙人草やうなぎ焼く
ふけとしこ
陵の草を刈らんと舟を出す
首筋へ蝉声寺の屋根が反り
山号は知らず涼風いただきぬ
なつはづき
蟷螂生る強運奪いあうように
姫女苑飛ぶには小さ過ぎる風
運び屋の帰りを待っている金魚
ハイビスカス現地時間であれば恋
すいかずらそっと引っ張る男運
チアガールのえくぼに夏の陽が溜まる
ずかずかと猫に踏まれる暑気中り
小林かんな
蒼朮を焚くくれないの蔵書印
ほととぎす人の子供も食べさせて
日日草地蔵の目鼻石に溶け
はも祭屏風の中に川小さし
コンチキチン昂ぶりのまま髪洗う
神谷 波
きまぐれな雨にざわつく青芭蕉
好きな言葉「明日」やまももシャーベット
強烈な日差し毅然と咲く蘇鉄
明易し狐にサンダル偸まれて
砲弾が飛び交ひ向日葵咲き乱れ
池田澄子
橡咲いていて茫然と空厚し
伸べし手をウフッとよけたでしょ揚羽
日本は初夏テレビにきらきら焼夷弾
真夜を猛暑のテレビニュースに文句あり
八月十五日テレビを点けっぱなし
夏百夜とどくとはかぎらないことば
加藤知子
毛のものはうんちのにおいみなみ風
夕立の初めの匂い忘れつつ
アイス棒舐めてしゃぶりて優柔不断
夏のはてあと何日自力排泄か
花デイゴ落ちて出会えるひとと落つ
なんでそんなこと言うのと夜の秋立ちぬ
杉山久子
草原となりしみづうみ星涼し
黒黴を殺す手立てを検索す
どん亀と呼ばれて昼寝より覚めぬ
坂間恒子
夕顔の微熱の闇に水を遣る
自販機の群生船虫の磁力
白木槿古代微笑の交わらず
さるすべり鏡に微熱あるような
仏の間戦ぐ音する青芒
山鳩の鳴けば晩夏のうす濁り
ヨット消えつややかなりし椿山
田中葉月
天道虫補陀洛へおすなおすな
青栗のしきりに落つる七七日
端居してアンダルシアの風の中
吸つて吐くただそれだけか月下美人
蟻の列それより先は異界なる
早瀬恵子
山高帽バイセクシュアルな薔薇の棘
スペイン語の愛称は「ガタ」夏の猫
エポックを愛せよ鱧の俳句バー
蔓は西に遠回りしてクレマチス
辻村麻乃
耳鳴
隧道の壁を殴りて梅雨に入る
風雲児連れて来らるる滝の前
胎内にシャーリラといふ木下闇
大ぶりの葉より大暑の風貰ふ
リンパ液揺れ蝸牛管まで蝉時雨
立葵立つる音まで嫌になり
自転車に置き忘れたる竹婦人
大井恒行
影の夏天地に被曝あらしめるな
眼には眼を 願いはるかや魂祭
重信房子白い小さな鶴折ると
仙田洋子
押し寄する貌・貌・貌や油照
原宿の赤ゆるぎなき氷水
祭の子おほきな人とぶつかりぬ
山車過ぎてまた天丼を食べ始む
人逝きてほろほろのうぜんかずらかな
どしや降りの一茎高き蓮の花
白扇の空を招いてゐる如し
水岩 瞳
ふらここやまだ歌へます校歌一番
春炬燵しまひ彼のことしまひけり
人間を無防備にする桜花
ゴム巻いて放つ飛行機なら夏野
夏草を刈つて交渉始めんと
学校は対面ばかり風死せり
万巻の花鳥諷詠きらら棲む
下坂速穂
乗らずに次のバスを待つ若葉風
木へ影を寄せて遠くへ黒揚羽
向日葵を包む異国の新聞紙
手応へのなき闇にして蚊喰鳥
岬光世
切通しへ人往きにけり紫荊
牡丹や雨の乱れを残す蘂
花菖蒲影を崩さず揺れにけり
依光正樹
さへづりの光を享けし女かな
桜あり今も故人の思ひあり
食紅を使ふ指濡れ八重桜
幾日も通ひ続けし八重桜
依光陽子
白湯淹れて朝はじまる梅若葉
何処よりの柑橘の香や花に雷
揺籃に影射すえごの若葉かな
木格子は木蔦を這はす夕立かな
佐藤りえ
ドローイングの爪伸びてゐる春霞
麦秋の野末に野菜売る戸棚
暇さうなカーネル・サンダースに風鈴
筑紫磐井
祝「篠」
しづかなる前衛といふ風が吹く
周辺に風吹いてゐる俳壇史
夜の秋夫と妻の隙間かな
妹尾健太郎
引っこ抜く涙の乱舞かつお潮
麦秋の濃尾三川瞬く間
髪洗う真下音する大江戸線
指なめて風向きを見る子蟷螂
妹の方がわんぱく今年竹
松下カロ
紫陽花はのけぞる誰か過ぎるたび
白波を小さな蛇と思ふなり
洗面器凸凹あれば明易し
小沢麻結
生若布スパークリングワイン買ひ
さくらさくらかの日昨日のやう今も
瑠璃蜥蜴瑠璃躍らせて転び逃げ
林雅樹(澤)
遊民となりて一年夕桜
露出狂神出鬼没囀れる
地割れへとビルも若葉の街路樹も
竹岡一郎
悲の蟬や瞋恚に焦げし背にとまる
夏書重ねてわが妄執を見殺すまで
怨府こそ白蓮咲ふ音とどろく
川床に招かん書淫なだめんと
翡翠に魚めぐまるるほど無聊
山盛り素麵無常の如し平らげる
雹止まず人魚も姉も泣くを知らず
加藤知子
日本哀歌蓮ひらかねば銃を撃つ
日盛りの弥栄の汀へ手製銃
夜の雷鳴元宰相を輝かす
安全神話を石棺に供す星祭
仲寒蟬
蠅生まる憎まれ叩かるるために
まやかしもあやかしも連れ夜桜へ
南家より北家へ蕨とどけらる
白鷺の捕食者の目に見られけり
掌の上に啓示のごとく蜥蜴の尾
屑金魚などとよばれて元気なり
遠縁は黄河にをると梅雨鯰
望月士郎
たんぽぽのわた吹いている測量士
手紙を書くときおり蛍狩にゆく
父さんの言った言わない胡瓜揉
昼の月仰向けに蟻に運ばれて
噴水にどしゃぶりのきて笑い合う
なつやすみ白紙に水平線一本
少年の脱け殻あまた青葉闇
網野月を
ペトロ祭生まれ変はりの小漁師
日盛の電信柱すでに人
病葉を堕とさぬやうに柾立つ
石竜子の子築地の藁に獅噛みつき
夕顔や今は稔りて古女房
向日葵やハートいつぱい随へて
甘いトマトは嫌いな人です自炊派です
渡邉美保
水底も櫻待ちをり魚群れて
車前草を踏んで手足の老いにけり
薄衣や和泉式部の墓の前
木村オサム
血の音の聞こえるからだ花明り
終わらない準備体操花の昼
まあひとりぼっちでいいか藤の夜は
ちょっとした会釈のあとの蛇の衣
完璧な幻聴ですがほととぎす
鷲津誠次
薄暑なり家裁へつづくうねり坂
暮れかかる湖と休日缶ビール
下校児はみな白き腕ひまわり立つ
何もなきふたり暮らしや西日濃し
ソーダ水ふひに相続税の話
神谷波
細波や揺れ合つてゐる小判草
風涼し鳥楽しげに鳴いてゐる
庭先
選りし木に取り乱し鳴く老鶯
裏庭に紛れ込みたるねむの花
眞矢ひろみ
長茄子の串を誘ふ怖さかな
トランペットの金色鈍し夏の果
天道虫半球の背に空纏め
大西日降りますボタン押す指に
手花火の一閃脇にものの影
浅沼 璞
藤房や読書の汝に匂はざる
まんさくが一本ゆるやかな斜面
木瓜の咲く失礼なこと言ひだしぬ
メーデーの目抜き通りを口あけて
五月五日まな板の鯉目覚めたる
袋角はんなり藁小屋に光る
紫陽花の向うを新たなる野犬
曾根 毅
葉脈の薄きひかりを囀れり
光る桃われと齢をともにせし
湖の水底固し花の冷え
瀬戸優理子
合格を決めし拳や春にひらく
巣立鳥指紋の残る子供部屋
泣きすぎの眼が雲雀野に途中下車
アマリリス恋した記憶だけ脳死
花は葉に二度目は事実婚えらぶ
浜脇不如帰
テロメアの増しゆく癌のねぐるしさ
無訓練冷酒キラーT細胞
涼しげにきびすまで真空パック
七重虹ラザロにもキリスト泪
涼やかに地を刺す十字架の柔和
貫く棒じゃなく彩濃しなつやすみ
カルバリの十に畏まるがラムネ
小野裕三
春眠の稀に平行四辺形
設計図通りに咲いて一輪草
豆の花双子似たまま老いゆけり
囀りや離れ離れにショベルカー
傷心に虹と名づける選択肢
小林かんな
初夏を行きつ戻りつ鶏冠の緋
あめんぼと古墳と浮かぶ昼下がり
空海へさかのぼる寺燕子花
鳥たちも天皇陵も茂りのなか
山滴る神杉のそこかしこ
杉山久子
かぷかぷと鯉の口来る芒種かな
魚偏だらけの湯呑み走り梅雨
更衣へて雨音ひびく躰かな
ふけとしこ
一つ葉の崖より鳥の弾け飛び
河骨が咲いて睡魔が立つてゐて
河骨の水に鉄気の差す処
源三位頼政の忌や鮠の群れ
ソーダ水むかしが青く近づきぬ
岸本尚毅
摘草やましらの如く手の長く
蟇のせて蟇泳ぎをりつるむなり
花ゆふべダフ屋大きな眼の男
墓買へと電話の男昭和の日
浮人形あはれ税込二百円
青芝や茸淋しく生えてをり
夕立の傘の絵柄の西瓜など
花尻万博
蜥蜴泳ぐいつかの尾を尻に接ぎ
短夜の影に魚ある嬉しさよ
言の葉を思ふ誘蛾灯光るたび
夜に釣るフィリピン大きく火を立てて
蛍火を吸ひこむフォークダンスかな
焦げてゆくあやめの中の産毛かな
木苺落ちてゆくわたくしの底にまで
仙田洋子
藤波が藤波を呼ぶ昼下がり
潮風にこぞりて傾ぐ松の芯
墨堤に座して草餅桜餅
金継のウェッジウッド春深し
とんとんとけふも生きのび雀の子
行く春や駅の手書きの時刻表
炒飯の焦げ目くつきり夏近し
山本敏倖
陰暦に遠近つけるいそぎんちゃく
そう言えばあじさいは複眼である
空蝉や組香薄く残りおり
かっこうの蝦夷訛りを私す
真昼間を垂直にする蜘蛛の糸
坂間恒子
烏瓜の花流謫に似しおもい
山奥の宿の白蛾を追い詰める
少年らの聖歌合唱ほたる飛ぶ
寂しさの真ん中に渦太宰の忌
足裏の湿疹あざやか薔薇繁殖
大仏の背中がひらく夏つばめ
夢のなかまで十薬の花追いかける
辻村麻乃
しやがみこむ人人人の汐干かな
汗の子の目を丸くしてマンボウ来
楽屋出て雨の気配や金亀虫
夏大根頷くだけの夫と食ぶ
雷一閃海の底ひを見しと云ふ
電線の撓むビル間の夕薄暑
老鶯の仕切りに鳴きて湾明くる
佐藤りえ
遠蛙誰か帰つてくる夜道
雛形にうつかり名字書いてある
跳び箱の頭に座りうららけし
筑紫磐井
天地創造の翌日蝌蚪ぐもり
能村登四郎が作りし季語や櫻しべ
暗黒のカーネーションを母に賜ふ
下坂速穂
木の痕に空の広がる余寒かな
猫柳きのふゆきすぎたる路の
朝見て夜見つめたる雛かな
目刺焼く夜の青空を帰り来て
岬光世
花の種蒔きし故国の土の色
首ちぢめ漕ぎ続けたり半仙戯
春塵や風切羽を授かつて
依光正樹
黄梅や運河にひとつ灯あり
料峭や訪ねあてたる寺ひとつ
髪切つて自由になりし春の雷
春昼の喉にやさしきレモネード
依光陽子
犇犇と紅梅の咲き古びつつ
春の死を鳥の遺した羽根で弾く
新月のあるべき空や鳶の巣
ぱつと開くと同じ頁の春深し
堀本吟
みどりの日シルバーワークへ通うらん
万能のおむすびの味春ならん
侵攻や海市も的になるならん
高橋修宏
一列の戦車の終わり見えず春
春昼の微塵となりしかみがみよ
花よ鳥よ消えてしまった子どもたちよ
来るはずのなき姉を待つチューリップ
恋猫を追うや性別など捨てて
春の風邪やがては蝶となる話
蝶に問う道の終わりのその先を
小沢麻結
車捨て歩み行くなり春の雪
世を探る二股の舌蜥蜴出づ
おばさんは転居土筆は伸び放題
浅沼 璞
まだそこに救急車ある蝶の昼
弁当も雲もあまりて春の丘
中腰の人ばかりくる沈丁花
裏門を平たくぬけて卒業す
濡れながら人見おろせる柳かな
片栗の皆すなほなり反り返る
手放しの手話で咲かせる花みづき
ふけとしこ
印影も記憶も薄れ春の鴨
菫濃し手に載るだけの石拾ひ
須磨浦や菫に風の吹きつけて
前北かおる(夏潮)
着陸の窓を引つ搔く春の雨
うららかやへうたん島の滑走路
モッツァレラチーズのピッツァフリージア
松下カロ
青き踏むビロードの中国靴で
たんぽぽの絮ことごとく川へ落ち
建てるため何か壊して春の丘
渡邉美保
透きとほる幻魚の干物春北風
くろもじでつつけば鶯餅の鳴く
下萌えや置きつぱなしの絵具箱
眞矢ひろみ
親ガチャに子ガチャと応ふ夜鷹かな
山雀の籤映る眼の恐ろしき
うららかに無用のありぬ橅林
春暁の夢の小径を瑠璃の象
竹岡一郎
涅槃会の鏡の夢が淵の渦
半生をよくぞ薄氷歩み来し
花篝散らす女系の血の鱗
反橋の頂きに照る花衣
空海忌印やはらかく結ぶべし
刃を入れて貝の震へを聴く暮春
惜春の蹄を支へ崖の意志
ふけとしこ
印影も記憶も薄れ春の鴨
菫濃し手に載るだけの石拾ひ
須磨浦や菫に風の吹きつけて
早瀬恵子
侵攻や春の色が見つかりませぬ
明くる朝に祈りのバレーアンダンテ
昼顔のくちびる尖るウクライナ
春愁の地に描きたる赤い三角
つづれかなどこにも春は行き暮れて
岸本尚毅
空青し我をめがけて杉花粉
庭広く淋し子供はたんぽぽに
つややかに柱の映る甘茶かな
のみものにクリーム載つて夕桜
すべて過去スイートピーも何もかも
春落葉掃くや団栗現れて
菓子となるパンダの顏や春は逝く
小林かんな
シマフクロウまぶしさに耐え春に耐え
逃水いいえシマウマの縞
つちふってタンタンどうしても帰る
きりん発つさくら前線追いかけて
象の来たあの日もさくら咲いていた
瀬戸優理子
塩壺の底に塩粒春吹雪
夕月のやさしき呼吸木の根開く
春眠の足りてまもなく降りる駅
引き返しふたつ買い足す桜餅
花の冷かたりことりと万華鏡
紙やすりめく北国の春鴉
春の闇首の釦が弾け飛ぶ
鷲津誠次
うはずりて鶏啼きなほし山笑ふ
無骨なる石室照りし枝垂れ梅
草青む測量士らは肥満気味
花冷えや家宅捜査の段ボール
空爆に高き産声木の芽雨
木村オサム
春だぞと言われあわてて埴輪顔
入学子からまず猿をつまみ出す
うすらひを越えていつもの精神科
やる気ない社員の背のヒヤシンス
四月馬鹿曲げたスプーンでカレー食う
花尻万博
長々と褶曲に生き蝶々らは
蜂の尻花の深さを出入りす
唇に人だけ透けて暖かし
おたまじゃくしに包まれる飴の色
鬼の子の位置ずれてゐる朧かな
背を追へば蝶々にも生の速さ
望月士郎
白鳥帰る青うつくしくくちうつし
消印は 三月十一日海市
朧夜を歩く魚を踏まぬよう
月おぼろ幻獣図鑑に「ヒト」の項
フラスコの中のふらここ少年期
赤い風船青い風船口結ぶ
永き日の砂丘の砂時計工房
網野月を
黄水仙自由身勝手独善者
パドドゥの老いの夫婦や春の泥
上あごに海苔張り付くや握り飯
桃東風や迷つて頼む興信所
啓龕や花屋の釣りの濡れてゐし
佐保姫の乱と言うには咲き降り
横流るのぞみの窓の穀雨の雨
曾根毅
虚空蔵曼荼羅蝶の舞いはじむ
緋牡丹や閻魔の筆の柔らかく
戸袋の見え隠れする春の雷
なつはづき
ぼたん雪碁石を打つように余命
建国日癖毛をまっすぐに伸ばす
安吾忌や言葉くしゃりと捨てる夜
羽衣の影を映して春の水
毎日が誕生日めく雪解川
モビールの影揺れている蝶の昼
蛇穴を出る親知らず抜きに行く
山本敏倖
花の冷埴輪の馬の濡れている
曇り空をだまし絵にする杉花粉
感情に目あり耳ありおぼろあり
陽炎の影法師なりカンツォーネ
花筏古今集より流れ出る
杉山久子
鳥雲に帽子ケースの中真青
うららかや最後はぱふとマヨネーズ
てふてふやコトノハいつも追ひつかず
仙田洋子
ありたけの椿と唇をふれあはす
見つめられすぎて椿の落ちにけり
うなだれて帰る子供や春夕焼
戦争の好きな人類鳥雲に
桜時雲の行方は知らぬまま
花鳥の声の眩しきほどに降る
好きなだけ大きな声を春の山
仲寒蟬
まだ風呂を出て来ぬといふ受験生
だんまりの二三羽混じり百千鳥
望潮ハワイ年々近づき来
湖からの風まつすぐに雛の市
春昼を行く半分はすでに死者
春愁にベートーヴェンは重すぎる
碩学の朝の日課や目刺焼く
坂間恒子
きさらぎのキリンとキリンすれちがう
モラトリアム同士擦れ合う春の小島
教科書にアンネの隠れ家鳥ぐもり
【歳旦帖】
林雅樹(澤)
田向ふの家に客来る二日かな
がうがうと川の堰鳴る二日かな
手斧始建築関係者挨拶
水岩瞳
モーニングAで始まる四日かな
破魔矢の鈴鳴らして行くや肩車
田づくりの命クルミと絡み合ふ
佐藤りえ
画布延べて木枠を乗せる去年今年
ささくれし廊下のむかふ初湯あり
ゲンセンカンに初刷りが五年分
筑紫磐井
初鴉・初鴉・初鴉・初かけろ
ひめはじめおとこはじめもありぬべし
叔母さまは坊主めくりが大好きで
【冬興帖】
松下カロ
凩や夜の画集の焚刑図
川下の濁りと思ふ柚子湯して
楔形文字寒林の男たち
妹尾健太郎
躍り出て踏みまちがいのごとき鮫
二つ目にする咳も芸のうち
極月のどこもかしこも駐車場
しかないしかない寒月のインタビュー
人身のどれもが零しゆく榾火
堀本吟
風花は谺のように水琴窟
雪女郎うきうきそしてとげとげし
寒卵ほんのり赤うなる手指
【歳旦帖】
依光正樹
子を膝に抱いてしづかや年用意
年の瀬の夕べのマスク取り替へて
年の湯や湯舟に柚子のあるごとく
年の花鉢のひとつを取り込んで
依光陽子
小食と大食と年逝かしむる
高々と焔を立ててゐる餅ぞ
言の葉の塔に鳥来る初景色
大鷭の声のみじかき淑気かな
竹岡一郎
迎春の梯子を崖に立てかける
毒を盛られた友の遺した年賀状
人日や予言てふ計画を売る
買初は晶洞眠る山一つ
山始烏に捧ぐ餅純白
初機の音沁み込んで床百年
山神の頌めをる麦を鍬始
瀬戸優理子
元朝の嗽おおきく吐き出せり
初春の少年にやわらかき髭
作業着のまま駆けつける初句会
【冬興帖】
林雅樹(澤)
ブラックホールに吸はれ寒星減りゆける
アイドルカレンダーお渡し会の列にあり
マスクして私綺麗と問ふなかれ
行き会ひしコロナの精や聖夜の街
枯蓮の悄然として日本かな
水岩瞳
まやかしの団結のありブロッコリー
星の子と手羽先食べる聖夜かな
山眠る懐紙小さく折りたたみ
バケツだけあつて此処です雪達磨
鬼やらひ鬼に妻いて子だくさん
佐藤りえ
なめて世を慰めてゐるしぐれかな
葛に喉ごくりと鳴らす近松忌
主はきませり韜晦室の暗夜にも
筑紫磐井
ひと時雨あとで花やぐ美美の忌
何もなくてもこの一月の星凄し
滅亡の狼 兜太・敏雄も我も詠む
【歳旦帖】
浅沼 璞
初日さす褥や虎の大あくび
初夢の色はだんだん宙に浮く
双六の無重力めく入歯かな
眞矢ひろみ
初風の欠片となって走りけり
笑初してパスワード思い出す
大笑の死顔を練る初鏡
うつし世にながらふは意地手酌屠蘇
初句会妖人奇人税務員
下坂速穂
何処よりも樹下の明るし初雀
輪飾りの昔も今も鳩の街
夜更かしをして早起きの足袋を履く
辰巳の名露地に残して松過ぎぬ
岬光世
天平の調べ降り来る淑気かな
三味の音と女礼者へ出す珈琲
黒塀の店おほき坂餅の花
【冬興帖】
下坂速穂
鐘が鳴る方へ向かへば冬日和
閉ざされて冬あたたかな子規の家
町棲みの永き雀に冬日の斑
探梅や遠き世の人思ひつつ
岬光世
かくれんぼ寒の足音聞き分けて
荷物なく乗る歳晩の列車かな
柔らかくさがす糸口毛糸玉
依光正樹
父の忌のゆりかもめの眼怖ろしく
霜晴の手紙を待つてゐる時間
初雪のもう暮るるなり吾も暮るる
淋しさは氷の溶けてゆくときも
依光陽子
仰ぎたる雲に底辺一の酉
冬枯や生えて来し尾に模様なく
葉表の埃をぬぐふ湯冷めかな
日の枝の始点終点冬の禽
竹岡一郎
鳥沈む森の救ひは白い橇
亡八の笑み神留守の薬売
十二月八日渦とは逆にまはる膂力
大金庫以外廃墟の冬館
幽世を罵る舌の寒の黴
出ておいで井戸の縁には髪凍てて
寒烏群るるは巨き柱を宙へ
瀬戸優理子
白鳥の胸を汚して先頭に
おでん鍋孤独擬きが浮いてくる
地吹雪の出口嗅ぎつける狼
【歳旦帖】
渡邉美保
極月の極楽湯まで自転車で
イグアナの気分二日の日を浴びて
イヤホンの左を借りる初電車
曾根 毅
手水より伊勢海老のごと初氷柱
産み流す国の頭に雪降れり
破蓮神仏もまた破れたり
鷲津誠次
ふと浮かぶ一句小さく初日記
村いちばんよく泣く双子福寿草
初湯して推敲よもや捗らず
人日やタイムカードの打ち忘れ
【冬興帖】
小野裕三
新雪の方程式を解きにけり
続篇のようにヤクルト置いて冬
水仙をまんなかとする都市計画
抽斗に隠されていく百合鴎
冬菜みな手傷を負っていたりけり
渡邉美保
冬麗の海底にある山と谷
白き鳥集まる河口寒に入る
冬薔薇一輪しんと日を待てり
曾根 毅
昼更けて寒の椿を潜りけり
読む力まだ衰えず冬の庭
ゴールドジムから寒い東京湾望む
鷲津誠次
霙打つ小駅に朽ちし伝言板
ひとり言好きな家系やかいつぶり
冬夕焼転校生はまた転校
浅沼 璞
凩が廃車を鳴らす渚かな
名盤のジャケットあまた北塞ぐ
空腹のしやつくり凩だよ俺は
赤々と目か降る雪に紛れをる
血の跡をくねくねさせてしまふ狩
寒紅やてかるきしめんの表面
甍へと雪とぎれなく風にのり
眞矢ひろみ
来し方は行く末のさき帰り花
極寒の魚骨ぶつ切る疱瘡痕
人参の色淡くなる都会かな
冬の空はぐれる鷗見てゐたり
枯蓮の水出しきって水の中
【歳旦帖】
望月士郎
てのひらでさわるあしうら去年今年
初句会シャーペンの中小さなバネ
元日やシンメトリーに鼻をかむ
小沢麻結
かまくらの天は雪染むベニヤ板
千歳を手から手巡り歌かるた
初仕事指すらすらとパスワード
前北かおる(夏潮)
綱曳の綱のとぐろに餅を撒き
綱曳の綱のべられて雪の町
綱曳の綱に跳びのる丸坊主
小野裕三
あとがきのごとく始める新日記
ヨーヨーの跳ね上がりたる淑気かな
【冬興帖】
男波弘志
色が欲しくて影踏みをしています
寒月に眉間をひらく獣たち
冬の芽よ鬼になりたる大人たちの
望月士郎
訃報というキリトリ線や冬鷗
痛くない死に方マフラーの巻き方
私の棲むわたしのからだ雪明り
予後すこし兎のしっぽ狐のしっぽ
みずうみの深層心理ささめ雪
のどか
小春日や飼ひ馴らさるる天邪鬼
大枯野夢の駿馬を放ちけり
阿智村やシリウス行のロープウエイ
真つ白なスニーカーにある初昔
油彩画の農夫のやうに寒肥うつ
小沢麻結
河豚鍋の雑炊までは記憶あり
梅肉を添え寄鍋の締め饂飩
鍋にして白菜豚肉花の如
前北かおる(夏潮)
ばつさりと剪りたる薔薇に寒ごやし
いかづちの如くに枯れし薔薇かな
冬薔薇日比谷公会堂とざす
《歳旦帖》
浜脇不如帰
きりすとやお節にあって過分ナシ
大皿にならぶてっさはみえる銃
ヨク咲うコ程すぐ泣くお年玉
年末始面目埋まるシャトレーゼ
風花のように巧くは語れざり
木村オサム
輪の中のわたくし越しの御慶かな
輪になって嘘の初夢語り合ふ
断崖へ輪舞で向かふ嫁が君
知恵の輪を放れば解ける淑気かな
ぽっぺんを吹きメビウスの輪を進む
鷲津誠次
ふと浮かぶ一句小さく初日記
村いちばんよく泣く双子福寿草
初湯して推敲よもや捗らず
人日やタイムカードの打ち忘れ
男波弘志
漸ように白い日向となりにけり
餅を切る息のつづきにある廊下
廓ごと闇になりてや嫁が君
【冬興帖】
網野月を
寄り竹の中の緑や冬はじめ
長濤忌黒のドレスに青差しを
オーボエの音に隊を組み白鳥来
姫熊手鯛は金魚に飾り櫛
出来映えは上の下ほどのシュトーレン
大鵬もゴヂラもクリスマスツリー
泥つきの葱を読売新聞紙
田中葉月
冬夕焼ゆつくり拒むレクイエム
裸木や影なきものを走らせて
野水仙あなたの横顔すてきです
まあだだよ枯野に星のかくれをり
なつはづき
冬の薔薇反旗しまったままでいる
寒波来る影を持たない稚魚の群れ
この鍵が短刀になる十二月
猫脚の椅子ぐらぐらと三島の忌
おでん酒回想いつも殴り書き
ポインセチアぽんとコルクの抜ける音
スカイツリー見上げ白菜重くなる
寒雷やおんなは猫を捨てにゆく
浜脇不如帰
十字架やえんがわ迄に味広き
その西は起立しかなし寒鮃
垂涎を来すヤキトリウォッチング
悴んで未だ固かるアルフォート
鱶や虫歯には挫けず波に泣く
木村オサム
消えさうな顔に囲まれ大くさめ
道化師の中は枯木のかたちです
冬の虹見えて埴輪の変声期
葱抜いてみても境涯変わらざる
相席の人に早梅教えられ
【歳旦帖】
山本敏倖
元旦の硝子のような空気かな
鏡花まで明治の路地を破魔矢行く
手のひらの生命線へ射す初日
若水や過去を開いてぬり絵する
鏡餅は時限爆弾でありけり
網野月を
斛斗雲孫と語らふ三が日
駅名に無き新浦和福笑ひ
浦和にも夜霧へ礼を言ふ奴が
寒卵コンツアーボトル握りしめ
美美の忌やひもかわ少しやわらかめ
心臓のあたりの痛み浮寝鳥
水騒にだんだん慣れて日向ぼこ
田中葉月
去年今年エッシャーの階段にゐて
掛け軸の虎の目うごく初明かり
栴檀の大樹言祝ぐ福寿草
一月の漁火ゆかしシュガーロード
なつはづき
こんなにも我が名うつくし年賀状
はつはるや猫喜ばす羽織紐
電話出る初鏡から飛び出して
ホームからはみ出し止まる宝船
独楽の紐借りて男を縛りけり
【冬興帖】
花尻万博
炭飛べり教科書に季語古びつつ
水ありて舟となる木々枯葉寄せ
海鳴れり子ども崩せる煮凝りに
木の国の鯨に故山ありにけり
白髪に隠るる耳に届く雪か
狼の大きな母屋欲しがりぬ
岸本尚毅
風花やぽつんぽつんと雲のあり
窓よぎる風花の皆同じ向き
寒林を来て顔ほどのメロンパン
晴着の子毛皮だらりとして遅刻
この庭に水仙のある月日かな
マフラーの二人並びて猫撫づる
雪達磨よろめくさまにとけ細り
内村恭子
寒暁や沼にあまたの鳥騒ぐ
雪吸うてをりしが積もり初むる沼
不確かに雪を探れど失せしもの
石壁は果てなく続く冬館
寒の月蛇口より水迸る
山本敏倖
福耳が一つ付いてる冬座敷
間口二間の障子を染める昭和かな
人間につるんと入る雪の精
紅葉散るもう引き算はいらない
シナリオの歩幅は雪の円周率
【歳旦帖】
ふけとしこ
太箸や袖口といふ邪魔なもの
漁休み焚火に竹の爆ぜる音
左義長の果てて大きく水溜り
岸本尚毅
日々に猫屯す家や松飾
嫁が君病める茅舎にささやける
初富士のざらざらとして光りけり
繭玉のうつろに映る硝子かな
福笑そのまま誰もゐない部屋
松過や昼餉に鯖の一夜干
置いてあるやうに老人初大師
内村恭子
初松籟白衣古武道者の集ふ
元朝や渓谷によき風の音
まづ松の枝ぶりを褒め年賀客
菓子切れば富士現るる大旦
再開発地区ビル街の御慶かな
【冬興帖】
鷲津誠次
霙打つ小駅に朽ちし伝言板
ひとり言好きな家計やかいつぶり
冬夕焼転校生はまた転校
仲寒蟬
素うどんがきつねに化けて神の留守
逃げられぬ海鼠に舟の影およぶ
モノクロのネガのごとくに冬の水
鯛焼に正面の顔なかりけり
人寄れば大きく崩れ鴨の陣
演歌歌手並みの声量火の用心
榾火のけしきソドムともゴモラとも
井口時男
憂國忌蚤の幽霊さまよへり
ニュートンの沈みし海や大海鼠
写実の海に人魚溺れて冬の浪
枯野のゲリラ花束を擲弾す
ほろ酔ひの身を山茶花に抱き取られ
闇は温し光は痛し寒卵
その前夜(いまも前夜か)雪しきる
ふけとしこ
人参にピーターラビットの歯形
人参抜く西空も人参のいろ
風が出て人参甘く煮上りて
【歳旦帖】
杉山久子
あをあをと長門八景初明り
掃初の箒に猫が手を出しぬ
春待つ詩紙飛行機の片翼に
仲寒蟬
初夢の居間から宇宙ステーション
初鏡この老人は誰ならむ
御慶とてライン着信鳴り通し
午後の日の手元におよぶ歌留多取り
沈没の国のごとくに雑煮餅
箱開けてまた箱あやしげな初荷
初日とか初地球とか月面基地
花尻万博
鬼棲まぬ山々贄の寒さかな
新しき光より降る五円玉
屠蘇零す目を開けたまま獣らは
暖かく正月を巻く救急車
葉牡丹や美しき芸見えぬころ
釣り竿の向こう鬼らの凧上がる
【冬興帖】
加藤知子
神さびの白菜二枚剥ぐ守り
年の瀬の葬にしぐれず白い骨
冬の木の瘤はあらわに胸の音
サーカスを追いかけ手振る落葉樹
三階の偶然あわい冬すみれ
坂間恒子
蜂の巣のころがりきたる軽さかな
チェーホフのかもめ着水冬の沼
大枯れ野風呂桶捨てに来る男
ストーブの炎に巣箱のような厨子
裸木となりて大きな御神木
辻村麻乃
団栗の止まるを知らぬ奥の院
切株に腰掛け拾ふ木の実かな
目庇に勇者のごとき冬日射す
武甲山水の記憶の凍りつく
国神の銀杏黄葉降り注ぐ
寒鯉の群れて光や放生池
どの人も五体投地や床紅葉
杉山久子
放られし黒き塊へ粉雪
肉・皮・毛振り分けられて雪の上
腸を展げて雪の上真赤
【歳旦帖】
坂間恒子
流行語大賞「ジェンダー平等」も
御神木の根方歳旦の雪の声
実南天なかを祝詞のあがりけり
白息をかけ厄除け玉砕く
プリンはあまい新春レストラン
辻村麻乃
かむながら蒼き光芒大枯野
凩や真夜の底ひを掬うては
天井の穴に目のあり嫁が君
歳晩や老女のカートごろごろと
羽子板や大笑ひより打ち返す
訪ねたる袋小路や鳥総松
あらたまの磨崖仏より光落つ
松下カロ
鶴となる朝のシャワーに目をあけて
折鶴と鶴の間に夜の川
二羽の鶴影をかさねてゐたるのみ
【冬興帖】
飯田冬眞
洗っても落ちぬ傷あり冬来たる
時雨忌や渡るべき橋あといくつ
冬の水一篇の詩に立ちすくむ
殴られてまた殴られて帰り花
極月や家族写真も燃えるゴミ
ここからが旅のはじまり白き息
今日の日を忘るるための日記買ふ
仙田洋子
折紙の鶴のぽつんと開戦日
冬田道どさりと犬の死骸あり
スターリンの肉声を聞く寒さかな
招福の猫かも知れず竈猫
惑星のごと柚子浮かぶ柚子湯かな
降誕祭星々の馳せ参じたる
亡骸は亡骸のまま寒に入る
神谷波
椎の木のまつさきに暮れ冬めきぬ
タンポポのほんわかほんわか狂ひ咲く
姿無き人の耳打日向ぼこ
枯野来し手先足先無影灯
心しかと閉ぢ短日の無影灯
小林かんな
ひとたばの花光州の朝霧へ
三島の忌熱い茶碗が盆の上
ジョニー待つ二時間冬の鴎たち
暖炉向く安楽椅子とリボルバー
餅うんと伸ばす蟄居の三年目
【歳旦帖】
仙田洋子
鳳凰も龍も飛びゆく初日かな
初社恋の神籤を引きに来し
鏡餅大いなる罅はしりけり
淑気満つ字体も古き神谷バー
酒の名のどれもうれしき初句会
駅伝のたすき真白き淑気かな
玉の緒のひたくれなゐに弓始
神谷波
数へ日の虹のアーチの下に墓
初めての日の降りそそぐ雪の嵩 三重の名酒 「
作」
あらたまの年の喉越しふわと「作」
人参の麗々しくも三が日
引立て役の膾金団お正月
加藤知子
眩しくて見えない闇を迎春
初詣清め給えは中くらいで
初夢へ右折するなら入れません
初夢の蝶の憂いはギンギラ銀
飯田冬眞
ことごとく闇の供物や流燈会
歪みても戻る治癒力踊の輪
かさぶたのどこかが濡れて鵙の贄
剣もたぬ身やさいかちの実を垂らす
捨案山子裏地に龍の刺繍秘め
釜めしの蓋に貼り付く夜寒かな
身にしむや郵便受けにガムテープ
佐藤りえ
いやにしづかに物理の神は後の月
やや寒くロリポップ嚙むふつうの子
登高やあれが富士よと云ひつのり
筑紫磐井
菊薫る菩薩 前衛なかりけり
月夜野のあぶら屋に似て非なる怪
宇井博士 遠く白いは秋の道
家登みろく
愛称で呼び合ふ故老秋夕焼
秋澄むや猫ことごとく眠る昼
霧いまだ遠しと見るに霧の中
鱗雲遅々時の気の人いきれ
鬼灯や歌詞おぼろげに子守唄
林雅樹(澤)
秋の野に現れ脳味噌のない男
不知火を見る脳味噌のない男
竃馬夜の便意の切なしよ
水岩 瞳
西鶴忌浮き世憂き世のなかにゐて
長き首の上に置きたる秋の顔
草は実に人間何に変はりゆく
貼り紙の閉店します零れ萩
秋の夜のメールほんならまた明日
竹岡一郎
不可視の空襲盆の陶酔電磁波の
円滑に進む屠殺も豊の秋
児を攫ひ匿ふ化鳥へと鳴子
金風にくすしら己が口を縫ふ
偉いらしくリモート画面では雁瘡
看護婦嗚咽冷えた薬瓶取り落とし
救急車タイヤ摩耗の長夜奏
望月士郎
鳥渡る骨のかたちをして綿棒
蕎麦の花われもだれかの遠い景
てのひらは生まれた町の地図とんぼ
すいみつとう心的外傷的に剥く
夕花野ときおり白い耳咲かせ
前北かおる(夏潮)
貝塚に人も葬り鉦叩
秋蝶も雲も真白にあらざれど
団栗を一万年も煮てゐしか
のどか
だまし絵のなかに息ある枯蟷螂
ひとけりに超ゆる子午線飛蝗かな
コロナ禍ののこつたのこつた泣き相撲
病魔調伏四股高々と宮相撲
死にしふり演じ冬蝿逃げにけり
仲寒蟬
水澄むやかつて都を映せしに
道なくば作るまでなり葛の花
どこまでが庭どこからが野分の野
幾重にも塔にひぐらしからまりぬ
秋の川跨げるところまで歩く
月に雨書かれぬ前の継色紙
晩年の庭露草のあればよし
井口時男
ひぐらしの鳴かぬ国なり自爆テロ
胃袋へ黒蔦が這ふ今朝の秋
身を宙に吊つて南瓜の蔓太し
マスクして金木犀の花を過ぎ
匍匐して花野に斃れ帰らざる
鬼柚子がごつごつとあるでんとある
肩先に月尖らせて少年は
小野裕三
のど自慢すぐに退場野分晴れ
しゃあしゃあと案山子となっていたりけり
台風の色蹴散らして進みけり
逆さまに生き物吊るす秋彼岸
啄木鳥やきれいさっぱり失恋す
関根誠子
鉄を組む男等ひかる野分晴
朽葉まじりに蟬の死の簡単なこと
秋酒場毒飲むやうに微笑んで
駅裏は落書の通ねこじゃらし
秋の空宇宙の色の混ざりをり
田中葉月
つくづくひとりつくづく水草紅葉かな
六道の辻に誘ふ蛍草
秋蝶や疵に届かぬ舌なんて
月光や一角獣をさがしゆく
嬰児と鏡のあはひレモン置く