小野裕三(海程・豆の木)
肖像画ばかり大西洋に月の雨
雨脚やがて州都貫くハロウィン
冬浅し大聖堂に雨の構造
寒北斗斉唱果てるスタジアム
異国語の囁き寒夜の川面を渡る
ふけとしこ
冬の日へ糸巻海星が身を開く
唐突に膨らむ記憶竜の玉
馬は栗毛冬空に傷も無き
岡田由季
冬至の日塾からどつと子等の出て
病棟の申し送りに雪しづる
ポインセチアフォルテッシモで終はる曲
仙田洋子
雪女郎抱きしめられて雪になる
綿虫を追ひ命日をふらふらと
命日の地上をきよめ花八手
もてあます若さ冬木を打ちにけり
冬満月なら抱きしめていてあげる
極道の眼して白鳥あらそへる
狼の命日しんと晴れわたり
五島高資
灘の凪ぐ盤渉調や琵琶の聲
潮の目に冬の日の入る相模かな
冬霧に浮く燈火や宇都宮
夕星のかかる五百枝や神迎へ
夕闇の満ち来る銀杏落葉かな
頬杖に月の盈ちゆくレノンの忌
坂を下り坂に出でたる漱石忌
林雅樹 (「澤」)
目貼してあつてもそれは入つて来る
直腸に海鼠を隠し入国す
女生徒に暦売させ売春も
冬木立顔をあげたらおかまだつた
鼻糞を鼻に戻して冬籠
大井恒行
二度となく二度とないわれ降る雪に
雪雲によりそう蝶となるしじま
訪れる確かなものに冬の旅
木村オサム(「玄鳥」)
ホルン奏者だけの行進冬木立
聞くたびに答えの違う冬の霧
回廊の眠気狸のふぐり見え
梟から取り出す螺旋形の闇
落葉して大路に猿が増えてゆく
堀本 吟
未来からこぼれあふれて薄なり
動かずばそびらさむかろ空蝉よ
天は青ちりばめし黄は冬の蝶
網野月を
耳漏れの中東辺の曲立冬
グローバルなんて空事いわし雲
此方から見れば錆色冬の空
神さまから見れば絨毯冬の雲
正義とは便利な言葉花八手
花尻万博
夕時雨白き猫濃くなりゆきし
人泊めて鯨の船を思ふかな
日短か赤子の中の水の音よ
寒禽や一燭となる二三本
月夜茸煩くて道分かれけり
今は亡き追ひ掛けし人 狼も
小林かんな
木の股のじきに忘れる初時雨
山茶花や記憶の歌詞の食い違い
子を出すな楽隊やってくる小春
冬銀河猿のシンバルもう打たず
空汚すひとつに綿虫の本気
大井恒行
萩の葉のささやいてなお一日かな
声のややあわれにかくれ鳥渡る
操れば暮れを急げり歪んだお日さま
筑紫磐井
大花野何でもできる子をつれて
駅からここまで無人の曼珠沙華
コスモスや唱ふる御名はひろしやだふ(毘廬遮那仏)
北川美美
すずかぜにもりのいりぐちまではしる
やまぐにのやまのあたまのあげはなび
やまのあなたのかぜのたまるほらあな
関悦史
群衆にパジャマの男大花火
大花火一千万円消えしといふ
揚花火宇宙の如く呆けて一人
七夕まつり軍用車両並べたる
胎蔵界なす書肆や幼き吾の秋
骰子の七の目吾を呑みて冷ゆ
竹岡一郎
じやがいもに躓いてゐる鄙の恋
アンデスの笛はじやがいも踊らしむ
じやがいもと蛸の格闘太古より
神饌の一つじやがいも布で磨き
鍛へ上げたる胸筋とじやがいもと
仲田陽子
親友のくれるものみな毒茸
温め酒フェリーのりばが見えており
写真立より月光のあふれけり
木の窪の声発しおり冬隣
椿屋実梛
山椒魚こんな哀しい貌になる
シャンプーの香に一日を解きをり
独りにもそろそろ厭きて飛蝗跳ぶ
白秋の寝息しづかに愛のあと
秋暁のなかに横顔眠りをり
秋暁の街にその背を見送りぬ
釣瓶落し地下の社食に蕎麦啜り
淋しさが嵩増してゆく黄落期
乗るはずのバス遠ざかり秋逝かす
酒で飲むハロウィンの日の処方薬
田中葉月
夏興帖
動きだす向日葵すこし不眠症
空蝉やはちみつ色の声のこし
ひまはりの歩きだしたる少年兵
惜しみなく少女にかえる八十八夜
興亡の石の声きく朱夏の空
秋興帖
白露に小指の将棋くずしかな
閻王の集めし舌や唐辛子
イアリング左右ちがって蛍草
手付かずの空の青なる秋の蝶
くびひねる汝はぎもんふいぼむしり
加藤知子
半分の肺の青さよ夏時間
秋暑し小股にはさむ大言海
電線切ったつるべおとしたクレーン車
山粧ふ分からないから妄想す
ごしごしと洗えば白き冬支度
小沢麻結
イヤリング気怠く外し夏手袋
香水やノオト開きて書き付けず
背に砂つけて戻りぬサンドレス
酔芙蓉朝に軽く夕重く
秋日和パレードはまだ見えねども
この先の十年大事衣被
中西夕紀
悪霊になるにも位夕茅萱
異国にて二胡弾く人よ流れ星
船の灯やしばらく霧を胸に抱き
陽 美保子(泉)
夏深し水底の日は月に似て
蟬しぐれ石山の石老いにけり
台風の去りたる鷺の声にごる
幣に裁つ白紙一束豊の秋
渕上信子
氷川丸霧の記憶の引揚者
外は霧ロビーの時計スケルトン
霧襖何か大事なこと言はれ
水岩 瞳
浄蓮の滝を見送るサリーかな
緑蔭のトルストイ足で押す乳母車
芭蕉庵八百屋お七の愛に失す
砂糖きび噛めば与那国トング田
遺憾なるテレビ番組寒露かな
細くとも秋刀魚食べねば始まらず
映画ならここでジ・エンド秋時雨
松下カロ
うつとりと水へ入るなり秋の蛇
疵ありて香る檸檬もたましひも
鳩の羽 人形の首 夕花野
黄落のたびに柩は透きとほる
うつとりと菊の花びら酢に沈み
もてきまり
十月知的孟宗竹と無知アタシ
身のうちの既知くだくべく柘榴割る
無意識のコスモス畑俺を責む
内村恭子 (天為同人)
高野槇高々とある墓所の秋
廻廊を四角く巡る鱗雲
曼荼羅に清盛の血や秋暑し
肉でなき肉の美味なる十三夜
虫すだく仏像半眼で眠り
坂間恒子
ひょっとして白曼珠沙華本籍地
泥濘の白刃櫓雨後の羊歯
感情の毀れそうなり鶏頭花
下坂速穂(「クンツァイト」「屋根」)
詩に痩せることなくけふの秋風に
目明しの老いて灯下に親しめる
草草の手に触れたがる子規忌かな
岬光世 (「クンツァイト」「翡翠」)
さしあたりゑのころ草に逃げ込みぬ
居留地や黄落といふ懺悔室
夜の水に茎のしたたか破蓮
依光正樹 (「クンツァイト」主宰・「屋根」)
人出でて露けき朝と思ひけり
もの言ひて少しく間あり蝶の秋
鬼灯や子守女が吹くかの音も
依光陽子 (「クンツァイト」「クプラス」「屋根」)
秋蒔や昼過ぎの部屋背負ひたる
先んじて枯れゆく花も秋の花
風景が蝶のみこんで秋深む
堀本 吟
夏港あくびおおきく猫娘
白雨や走るおとうとといもうとが
水引の花ぶつぶつと亡父が呼ぶ
名月や古刹の庭にパイプ椅子
ふたつなき命澄みたる月夜かな
明けの夢火をつかみたし手づかむる
引きこもり津波退くとき汝れも逝きし
せつじつにもの頼むことあらばこそ
釣舟草とおいところに咲いている
釣舟草見えずなくなる目をこらす
めつむると見えずなりけり釣舟草
釣舟草妖しの水辺荒るるまま
おもてなしこのひと怪しなんでも食う
ふけとしこ
夜を啼く鴉に星の流れけり
邯鄲に酔の足らざる耳貸して
蚯蚓鳴く石鹸に薔薇彫り出せば
山本敏倖(豈・山河代表)
水打って路地を切り絵の江戸にする
空蟬になる瞬間の点火音
まぜらんとまーまれーどとまんぼうと
隣人は銀河の向う一の矢放つ
人間白書鏡の中は蟲の闇
鰯雲話の続きは注射する
鬼やんま旅していたり嵯峨野まで
切り株の中心にある霧の音
林雅樹(澤)
蚊遣火や怪談「勃起する死体」
デモ隊に神の小便たる夕立
エロ本自販機アルミ透けくる夏の暮
ダビデ像まねて逮捕や法師蝉
義父の目の追ひ来る白膠木紅葉かな
路上にて別れ話や夜学の灯
望月士郎
コインロッカーの中ひとつずつ蛇の衣
しろさるすべり町が私を忘れてた
夜店の灯覗く少年セルロイド
たそがれて鬼灯市の妊るよ
無口な奴だな西瓜切ってやる
虫の闇ぽつんとベッド浮かべてる
夜は小声の黒衣がいます曼珠沙華
逆上がりもう一度して蛇穴へ
岡田一実 (「らん」同人)
無花果を剥けば色よき末世かな
喉に沿ひ食道に沿ひ水澄めり
シナプスに脳照る如くちちろ鳴く
中村猛虎(なかむらたけとら1961年兵庫県生まれ。「姫路風羅堂第12世」現代俳句協会会員。)
横断歩道白だけ行けば秋になる
先生の女に戻る秋の夕
稲光段々瓦礫になっていく
大阪や鱧よりほかはあらしまへん
香水の喧嘩している神谷バー
下腹部のそこが癌です水中花
佐藤りえ
うつしゑの方の此の世の遠花火
生物の涙の味のするきやべつ
仁丹の看板立たす夏野かな
展翅版百度に余熱爽やかに
沓脱の下の奈落の泥だんご
前北かおる
蕊の根に留まる五弁や紅蜀葵
白焦げに落蝉の腹なりしかな
向日葵や空のビニールハウスあり
赤とんぼ畑に仕事なかりけり
銘板に土橋とばかり早稲の秋
焼却炉電話ボックス花カンナ
石段に居並ぶ諸尊竹の春
飯田冬眞(豈・未来図)
旅に来て鏡持たざる涼しさよ
朝顔市サックスの音も紛れ込み
葉柳や地震一陣の水脈崩し
短冊に何の足跡かつぱ橋
麦茶煮る薬缶の底が抜けるまで
青山椒父に幾度も名を問はれ
旅果てて髪洗ふ妻見てをりぬ
売られたる牛の行く末鵙日和
満塁の走者一掃冬支度
仲 寒蟬
青空へ溶け出してゐる海月かな
白玉に餡の少なき日なりけり
あまつさへ関取西日差す電車
それらしき婆ゐてこその滝見茶屋
蝉の木となり電柱の若返る
数減つて色濃くなりぬ赤とんぼ
鈴虫のまぐはひ済んでまだ鳴くか
楼蘭とうごくくちびる鰯雲
ヴァイオリン並べ売られし無月かな
シェイクスピア没後四百年の渡り鳥
渡辺美保
蜥蜴過ぎパチリと割れし貝釦
山からの風を聴く椅子百日紅
拭き上げし食器触れ合ふ夜の秋
ゆく夏の工作の糊半乾き
枝垂れ槐の枝の内なる秋の声
薄荷味口に広ごる厄日かな
ちよつとちよつと顔を貸してと青瓢
目眩靴擦れ水際の草の花
早瀬恵子
涼しげな思想まくらに谷(やつ)の客
新宿の金魚の刺青エイチ・ツー・オー
辛口の鱧の天ざる江戸の音
仏間よりホンキートンクの秋彼岸
朝茶事の斗々屋(ととや)茶碗や涼新た
犬よりも大きな猫の秋ごころ
クンツァイト夏の巻
下坂速穂(「クンツァイト」「屋根」)
籠枕象のはな子を夢に呼ぶ
住まずとも佃うれしき跣足かな
鶴折るを手が知つてゐる夜の秋
岬光世 (「クンツァイト」「翡翠」)
冷し瓜あふるる水に足洗ひ
門のなき旧制高校夏の草
八月の高きへ梁を組みにけり
依光正樹 (「クンツァイト」主宰・「屋根」)
端々に棘のありたる納涼かな
切つてみて声を挙げたるメロンかな
手渡しにして大きかり夏蜜柑
依光陽子 (「クンツァイト」「クプラス」「屋根」)
あをぎりの裏なる光青揚羽
ペチュニアや食ふほどでなき魚をまた
人といふ人なつかしむ扇かな
木村オサム(「玄鳥」)
蝉時雨よりの円形脱毛症
ほとんどの昼出目金に食われけり
どちらかというとプールの隅にいた
日に一度花氷着く無人島
虫の夜に放ちて残ることばが
青木百舌鳥(「夏潮」)
術もなく呑まれ涼しき雲の中
軒となく木瓜に楓に氷旗
空掻いて落ち逃げてゆく蜥蜴かな
保留地の草ばうばうにペチュニアが
釣堀の準備中なるもぢりかな
近づけば樹々に塞がれ遠花火
親切で無知で花火の警備員
関根誠子(寒雷・炎環・や・つうの会所属)
茶を点ててこころ励ます夕蓮
廻し読む恩師の手紙夜の秋
唄ひつつ匣へいなづまをしまふ
小野裕三(海程・豆の木)
大人ばかりぞろ目のように入梅す
熟考の頭潜っていく大暑
騎馬像を成し遂げている日照りかな
卓球部員揃えば薄い虹に澄む
向日葵咲く絶対の地下へ大東京
石童庵
海霧が這ふ七つの丘の街リスボン
涼風の吹き来るアレンテージョより
涼しさやヴィーニョ・ヴェルデの泡仄と
聖家系樹へステンドグラス越し夏日
テンプル騎士団の紋章夏盛ん
巡礼来る灼けて雲母のこぼるる地
オリーブ稔るガリヤ戦記に名ある街
葡萄育つ渓深ければ橋高し
渓涼しサンデマン社の黒マント
シャツを干す世界遺産の街ポルト
仙田洋子
ペガサスの疾駆して夏来たりけり
焦がれ死すとき眼裏に螢の火
ゆきずりの螢袋にもぐりこむ
初恋のひかり噴水のひかりかな
浜にさすコロナの瓶や晩夏光
はんざきや色恋沙汰に遠くゐて
セシウムの乳出す牛を冷しけり
大花火空をなかなか眠らせず
初恋は銀河きらめくごとはつか
新涼や雲はシン・ゴジラのかたち
小林かんな
静物の籠の果実とありの実と
白粉をはたくどこかで鵙の声
野分晴視力検査の和歌読んで
十六夜を反りて山海塾の四肢
眼帯の裏はカンナを消せずにいる
神谷波
月涼しすこしおどけてバイオリン
梅干すに絶好八月六日かな
仏壇の前で向き変へおにやんま
おにやんま出口わからずつまみださる
それぞれの帽子へつくつくぼふしかな
墓といふ墓に鬼灯くらくらす
杉山久子
包帯に血の色枯るる大南風
向日葵に瞳のあらば豹のごと
起し絵に俯く女反る女
浅沼 璞
母の日のスカートなびく星条旗
この男ゴミ箱生まれにて万緑
鉄塔の下を全身さみだるる
蟻の道誘ふ地の穴へ誘はれ
たどり来し道しらじらと蟻の塔
田代夏緒
南風木綿の笑顔なら無敵
自画像の子規の見つむる蚊遣香
茄子切ればすぐに錆びゆく親不孝
曾根 毅(LOTUS)
暗く暗く水面に刺さる鵜の形
黴の花禊のあとは沓を履き
箸に火の移りし二百十日かな
網野月を
口口口しか見えないツバメの子
口よりも声の大きな燕の子
時鳥アルゴリズムの老いを啼く
老鶯やハスキーヴォイスの谷渡り
羽抜鳥見て見ぬ振りの与ひょうかな
電球の中の渦巻き夏祓
右回り左回りの茅の輪かな
しゃも鍋でもビールがうがい薬なら
小林苑を
幽霊が映画館から出て行かぬ
夏休み投げては戻るブーメラン
交通量調査の人の麦わら帽
よく曲がる胡瓜だ友達にならう
夜の蝉ぷつと強制終了す
池田 澄子
遠方へ行きたしと居る籐寝椅子
万緑や子等の声ご飯粒みたい
空々しく空あり夏の満月あり
そしてこうして忘れ忘られ涼しさよ
夕顔や気持ち隠しておく努力
夏木久
漏電や昼寝の梯子より落下
この星の水のオペラを蓮の花
皆がみな孤独であればこそ蛍
炎昼や牛タン塩焼き五百円
蔓引けば砂に晩夏の摩れし音
きりかぶへきつつききつつきりかへす
気に入らず月と海月を並べ換ふ
舟を抱き月を舫ひて懐妊す
秋蝶がピアノの渕を浮き沈む
秋風へ積極的な神社かな
関根誠子(寒雷・炎環・や・つうの会)
ざんざ降りその日椿は地獄絵に
うぐひすや葛をひいたるよな食後
緑陰を分け合ひ私・ハト・すずめ
飯田冬眞(豈、未来図)
半紙にも縦目横目や鳥帰る
理科室の標本覗く揚羽蝶
貝塚は満腹の跡早稲の花
楮の実の赫赫と生れ縄文居
目を伏せよ武器庫に黒き薔薇は散る
渕上信子
わたし違ふでも大虻はついてくる
雲の峰いちごソースのトッピング
蟻歩く虚子散策の道の地図
派遣かい手ぶらの蟻に聞いてみる
汗拭いて一拍おいてから文句
寝室の虫一匹を殺す汗
とんぼあめんぼ国境は静かなり
筑紫磐井
過去未来去来す虚子と灯取虫
擲ってもなげうっても黄金虫
山国(やま)の蝶・山国(やま)の蟻ゐて虚子もてなす
避暑地には本当の恋・嘘の恋
いろいろの戦後おしよせ汗しとど
小池百合子
鉄の意志・鉄の女に向かへば汗
北川美美
紙の薔薇握り潰せば開きけり
鶯や激しき谷の向こふ側
ペンギンに水という空流し鯵
西村麒麟
風の宮その足もとに蟻の道
素麺を食べつつ褒める地獄の図
もろもろのことより隠れ昼寝人
竹岡一郎
初夏の記念日舌から吊るさるる人々
初夏の記念日銃の組立選手権
結界のやうに敷きゐて夏布団
梅雨晴間土方巽凝固せる
玉苗は村の虚ろを埋めきれぬ
百年を露台に動かざる爺さま
舟として地獄に灯る夏布団
小林かんな
背の高きマネキン愛でる火取虫
浮舟の碑を読んでおりサングラス
金魚より長生きをして詩を読んで
梁桁の十字に黒し鱧炙る
理容室の椅子ごと沈む巴里祭
小林苑を
桃咲いて大縄跳びのぱたんぱたん
転居して小さな空に飛行船
瑠璃蜥蜴どうぶつ園の草叢に
花尻万博
葱の花まどろみの中風聴けば
一人行く境まで羊歯若葉かな
干し蕨白々と刻を入れにけり
美しき岬蝶々新しや
水岩瞳
戦争に使はれし日々 花に問ふ
花の夜句集ひとつも残さずに
Kポップのひとり徴兵花は葉に
佐藤りえ
裏声の占星術師夏きざす
探偵は立つて新茶を飲み干せり
崖うへのゆすらをさはに欲しがりき
羽衣は天女の水着ひとへなる
マスタング路上駐車の青蛙
真矢ひろみ
磐座にブラックスワンかげろへり
空蝉をふるふ頻伽の高声かな
ビル路地の鵺と目が合ふ夏季講習
もてきまり (らん同人)
未来より逃げ来てそつと薔薇を吐く
身の中の藪分けゆけば蛇苺
ダリア濃し平成平和といふ不安
堀本 吟
紫陽花や門ごとに佇つ老ばかり
紫陽花や中耳が痛み始めたり
香りあるような無いよな額の花
浅沼 璞
下水路の遙かに囀れるものら
明急ぐ百景滑稽烏骨鶏
明易き鴉若気の高笑ひ
いきとめてゆつくりはいて夏つばめ
林雅樹(澤)
春深む魔法少女のステッキに
燕来るはめ絵の失せし一片に
二階より反吐の落ち来る躑躅かな
浴室の明り垣根の薔薇を照らす
ほととぎす鞭もて打てば虚子射精
坂間恒子(「豈」「遊牧」)
風紋を感ずる足裏条黒蝶
使徒となる泰山木の花の下
青すすき古墳の空気動くかな
下坂速穂(「クンツァイト」「屋根」)
何の花ほたるぶくろと揺れてゐて
愛鳥日畳に風を入れませう
蛍袋誰ぞ栖みたるやうに錆び
岬光世 (「クンツァイト」「翡翠」)
ひととほり習ひし踊り藤の房
枇杷色の浮子を乾したる夏柳
朝顔や面勝つ花は団十郎
依光正樹 (「クンツァイト」主宰・「屋根」)
あらあらと誰が摘みきたる夏花かな
茄子の花如露にぽつりと落ちにけり
舟もなき海の見えたるライラック
依光陽子 (「クンツァイト」「クプラス」「屋根」)
霾風や長啼く鳥は未だ空に
翼あるものへ靡きし茅花かな
八重桜落つるかばんに風が入る
坂間恒子
教室に風のあつまる卒業期
農場に林檎の苗木卒業す
繃帯がちらつく 遺影卒業す
堺谷真人
開きゝる仁王の指や初燕
七色に爪を塗り分け養花天
風光る少年院の出口かな
卯の花腐し銅の喉ごぼと鳴り
ゆれやまぬ国に生まれて顔佳鳥
黒揚羽風に起伏のあるごとし
釈迦牟尼の肩の厚さよ更衣
中西夕紀
板を摩る涼しき音に美僧来る
裸子の遠見なれども女の子
花椎に夜の電車の波打てり
不死男忌の隅から埋まるカウンター
仙田洋子
緑蔭にそろそろ友の来る頃か
日傘さすスーラのひとと連れ立ちぬ
白南風や部室の窓を開け放ち
ロブ高く上がり青水無月の空
若きらの太鼓ひびけり青葉山
キャンパスの隣に墓地や油照
金環蝕蝮隠れてゐたる谷
五島高資
手の甲に掌を置く朧かな
み空よりしだれ桜のさくなだり
藤垂れて粒立つ海の底ひかな
うつせみへ通ふ風あり薪能
石南花の咲く紫の雲路かな
渡邉美保
潮風を受け夕日受け椿山
鳥のこゑ聞き分けてゐるよなぐもり
野遊びの袋に鍵を探りおり
望月士郎 (「海程」所属)
春はこつんと卵の黄身に映る窓
鶴帰り折り跡のある紙一枚
朝が来るだれかのからだから桜
湯舟より顔の出ている花の夜
花過ぎの白衣の胸にうすく染み
内村恭子 (天為同人)
やはらかに蕗生ひそむる沢の風
ぽんと蓮開きてよりの朝ご飯
薔薇の園月の出づればまた香り
野を濡らし木椅子を濡らし夏の雨
杏子実れば母の手のあたたかさ
木村オサム(「玄鳥」)
ひまわりを出られず作り笑いでは
罰として尺蠖虫がやって来る
ベネチアに腹違いの兄金魚玉
プラトニックラブの数だけ蛍舞ふ
寂しくて一番長い蛇を引く
ふけとしこ
遠巻きにされてゐる猿松の芯
十薬や道の分かれてまた合うて
雨の日の巣をととのへて鳰
仲寒蟬
雲飛んで辛夷の空となりにけり
子を叱る女の前を二頭の蝶
雁風呂にほの暗き月昇りけり
黒靴に踏み散らされて飛花落花
天神の細道若葉雨しとど
近づけば増えてゆくなりかきつばた
この蠅と夫婦であつたかもしれぬ
小野裕三 (海程・豆の木)
勇気その他ぜんぶ並べて山滴る
赦されるように芒種の瞳集う
風の身体持ち試着室を覗く夏
小沢麻結
言ひさして唇思案チューリップ
紫陽花は水色恋は修羅場色
美央柳蘂の深きに蟻捕へ
網野月を
ウルトラマン好きの私は梅雨生れ
梅雨生れテレビは夢の箱だった
自転車に乗れたあの日の梅雨生れ
背番号28なり梅雨生れ
梅雨生れ安い方から二番目を
恋人よ梅雨に晴れ間の日曜日
やこまんの輸血を繰りて梅雨の冷え
青木百舌鳥
暗闇の水面にとまる落花かな
やがて目を逸らしうららか我と鹿
双眼鏡霾る町の何処か見え
一鉢に満ちしレタスを搔き初むる
水路とはなれど清水の拍子かな
山本敏倖 (豈・山河)
大根の花より貰うシノプシス
輪郭は菜の花月夜あるでんて
半ドアの螢補聴器濡れている
紫陽花や横笛の音の首実検
水中花事実の本籍見ています
陽 美保子(「泉」同人)
水差しに水のしづもり初桜
仙骨を立てて座つて朝桜
夕桜硝子の中に本古りて
曾根 毅
生のはじめの暗きに生まる桜かな
生の途中のくらきに触るる桜かな
生のおわりの昏きに死ぬる桜かな
前北かおる(夏潮)
さらはれし帽子ころがる干潟かな
子に何か訴へられてサングラス
時きたり汐干狩場を開放す
とこうわらび(鯱の会)
花冷えや切り離されたドアの中
しゃっきりと目を覚ませない海苔かじる
わさび漬け刻む音する夜中かな
前掛けを締めて出陣こどもの日
居酒屋にはじけるラムネ皿運ぶ
ななかまど(鯱の会)
涼しげに鴨川の鴨水を掛け
馬刺喰う隣の人の花粉症
サシ飲みにお前は来んな稲花粉
梅田駅夕凪戦線異常あり
川嶋健佑(船団の会、鯱の会、つくえの部屋)
夏帽子神戸の海に浮いている
電線が絡みあう日の青葉風
ぶらんこに夜風が響く世相かな
向日葵に異邦人来てずっとジャズ
杉山久子
本番の前のためいき柚子の花
燦燦と牡丹の雫日を抱き
白鷲のうしろ白鷺うしろ白鷺
神谷波
日本国憲法前文山藤が似合ふ
山鳩の人恋しげに鳴く立夏
電話切り心残りや牡丹散る
石童庵
梅寒し文革以後は違ふ国
軒端の梅内へ内へと薫りけり
たかんなや京帥に近き杣暮らし
たかんなや同窓会へいそいそと
わくらばの一葉を載せ臥牛石
夏木久
乳液を出し過ぎてをり花ふぶき
春夕もワインも君も傾けり
画面右へ逆説的な菜種梅雨
順調でますます歪暮の春
梔子の錆を落せり比喩として
モナリザの背景辿り何時か初夏
邂逅や若夏へストロー差すやうに
中村猛虎(なかむらたけとら)1961年兵庫県生まれ。「姫路風羅堂第12世」現代俳句協会会員。
向日葵に見つめられていて童貞
花の下きっと私が埋まってる
昼顔や靴紐解けて死ぬしかないか
十五歳無防備すぎるラベンダー
菜の花の塊てんてんてんと海へ
メビウスの帯の如くに夏燕
木苺の粒で閉じたる生態系
小林苑を
肩に上着を陽炎の町に着く
死んだ兵士に石鹸玉飛んでゐる
青空の見えてバケツに霞草
筑紫磐井
歳旦のある春興の本意かな
春分のしづかな君と僕の生活
アパートで晩春しつつ女ひとり
北川美美
わたくしにわたくし帰る花は葉に
春塵にバスは消えゆくラストシーン
浅沼 璞
駅うらゝ義和団のことなど話し
あふのけのシンディーローパー花万朶
桜湯のシンディーローパーまたゝける
かのワイングラスにひたる桜貝
竹岡一郎
役(えき)として弥生を病める丸太かな
亀よりも低き看経して狙撃
透けてから雛市巡る母子あり
折檻が接吻が鳴り抱卵期
断崖へ光あわだつ花衣
セーラー服黝ければ六阿弥陀
星間を耕す鍬の余韻かな
水岩瞳
ひらひらりこれを私の初蝶とす
梅が香や幾たびも吸ひまたも吸ふ
蒲公英や舗道の隙間埋め尽くし
麒麟の子はにんげん不思議 花ミモザ
永き日のタカアシガニの一歩か
夏木久
戦場を消す啓蟄の未明かな
私といふ刑場のあり冬すみれ
谿多きカレーライスや調印式
ジャズを聴き眠る入江の魚や貝
議事堂の春の影なりウロボロス
春は曙あなたは最早夜汽車じやない
パセリ探しスカボロフェアーへ春ゆけり
依光正樹
卒業や小鳥の籠に手を入れて
依光陽子
水槽の水景に奥卒業す
卒業の朝の蕾といふ異物
卒業の背中に街を映してゆく
卒業や置いて来し場所いくつかは
ただいまと言ひ卒業てふ言葉捨つ
五島高資
日に向かふ竜の背中や春の暮
竜天に大倭日高見国
なゐふりて直毘神や春の朝
ゆれ止まぬ筑紫の春の夜明けかな
花に寝て天に近づく瀬音かな
川嶋健佑(船団の会、鯱の会、つくえの部屋)
暁に集まってくる春の鯱
日本の暁に飛び出す春の鯱
憂き嘆き喘ぎ雄叫び春の鯱
十五番街のつくえの部屋へ東風
やがて東風吹き抜けて午後部屋の午後
のんびりとつくえの部屋に春の塵
羽村 美和子 (「豈」「WA」「連衆」)
風二月哲学をする詩人の背
梅真白夜の一隅動きだす
古典抄引っ掛かりたがる山椒の芽
花あしび馬が通ると声を出し
みちのくの風のまだらを紋黄蝶
西村麒麟
蛇穴を出てゑがかれてゐたりけり
米国のビールが淡し涅槃西風
貝寄風や外で飲むならハイネケン
春宵やダーツを投げてみるも下手
鱒の顔口を開けても閉ざしても
田代夏緒
チューリップ百回呼べば芽を出しぬ
突風に介錯されしチューリップ
ちゅーりっぷ甘え上手といふ技巧
小林かんな
建築の丘せり出して春の空
溶接の面ふり向かず朝桜
帽子屋の起伏いろいろ春深し
水岩瞳
試単片手に卒業式を粉砕す
※試単(しけたん)は、「試験によく出る英単語」
式はなし卒業証書手渡され
何からの卒業だつたか雲に鳥
筑紫磐井
しこめでもさなぎは蝶に 卒業す
入学も卒業もみな同じ顔
シナモンをまぶし社会に 卒業す
北川美美
先生が泣いているなり卒業歌
まなざしは宙にありけり卒業歌
卒業や校門で待つオートバイ
キネマ「卒業」永久に晩夏を告げわたる
花尻万博
褶曲は蒲公英入れず思い出す
木の国の電波の中を木の芽時
病無き四畳半の薊かな
桐の箱スイートピーも汝が為に
関根誠子(寒雷・や・つうの会・炎環)
漕いで漕いで郵便配達夫は蝶に
春風やもう洟が出て洟が出て
咲くよりも散る花が好き旅が好き
夕がすみ果てしなくなる糸の先
散る桜あとはしいんとなる吉野
田中葉月
川底のゆるゆる逃げる春愁
あのときのあなたでしたかアネモネは
石段の石の吐息は蓬色
喝采はサーカスの中 落椿
あれは夢だつたと言つてたんぽぽへ
仲 寒蟬
風の出てそれらしくなる花馬酔木
春眠しいくつ電車を乗り換へても
我を見る春暮の鏡裏返す
他ならぬここが海市か大東京
マトリョーシカ最後に春の闇のこる
山本敏倖(豈・山河)
きさらぎの外へ火宅の相聞歌
感触は陽炎ほどの甘味料
まっすぐに花の国境点描画
三月のあんばらんすのあんぶれら
一片の春の雪にもある重さ
小沢麻結
薄紙に書かれし事件春灯下
永き日やむかし水母は骨を持ち
春の蠅丸ノ内線銀座駅
西村麒麟
船の子も自転車の子も卒業式
卒業や二人で運ぶ長机
卒業や自動販売機がボロで
それほどの歌詞にあらねど卒業歌
何やかや持つて帰るや卒業生
竹岡一郎
卒業や校舎裏なる殴打音
卒業式生徒指導室の小火(ぼや)
卒業なにそれ退学の少女のみ美し
校庭に瞋りを埋めて卒業す
卒業式果てラブホテル混んでゐる
卒業の茶髪かをるを鬼が嗅ぐ
僕吊る僕いまも校舎に卒業せず
陽 美保子(「泉」同人)
青空に雪掲げゐる古巣かな
啓蟄の食ひ汚したる口ひとつ
雪割りの音に公案解けにけり
石童庵
幹にサルノコシカケさくら古木咲く
血脈を離れ法脈花は葉に
ふきのたう純愛なのにゲス呼ばはり
池田澄子
鬼は外外なら星も見えるでしょう
わたくしの髪が好きらし春一番
昇りゆく春の樹液のこころもち
前をゆく人の小声の歌も春
三鬼忌の猫が引っ掻く木の根っこ
坂間恒子
菠薐草どこかで世界が裏返る
蕗の薹虚子の系譜のねむらない
蝮蛇草ほそるばかりの脊柱管
小沢麻結
ひとことを幾度さらひ卒業式
卒業や今一度部室へ回り
仲良くもなきが肩抱き卒業式
堀本 吟
桜咲き上級生は去りにけり
卒業やパイプの椅子と鉄パイプ
革ジャンを制服に替え卒業す
さびしいな友達がなく職がなく
卒業シーズン終わって薔薇が半額に
卒業の式あっけなしチューリップ
にっぽんの票田として卒業生
人生に卒業は無し死はあれど
日月に終わりはないが卒業す
亡父(ちち)曰く亡母(あれ)はいまだに女学生
下坂速穂(「クンツァイト」「屋根」)
鳴き交はしたき鳥もなき彼岸かな
佐保姫やけふより月の下弦なる
人間と大樹は晴れて穀雨かな
岬光世 (「クンツァイト」「翡翠」)
啓蟄の赤らんでゐる埴輪かな
種床や起きる起きると夢の中
ゆるやかに靴音止みぬ初桜
依光正樹 (「クンツァイト」主宰・「屋根」)
苗札やこの双葉には光さし
手が冷えてほの明るさの初桜
古草に木の花いくつひらきたる
依光陽子 (「クンツァイト」「屋根」「ku+」)
そのうへをこころたゆたひ蜷の道
摘まんとす土筆ありけり指のはら
花粉とばし尽せし土筆つひに鳴る
網野月を
卒業生四年熟成ものワイン
初花の振袖スーツ映えにけり
研究室に角瓶一つ春の宵
送られる卒業生と送る師と
二日後の校舎春光のみ充ちる
寂しさや師は前を向くしかない
年度末来月は未来人来る
浅沼 璞
卒業の看板ありき映画館
紅白梅送辞答辞図鑑賞す
またがつて古木とともに卒業歌
石童庵
卒業す紅萌ゆる丘を背に
卒業す誰とも消息絶つ心算
未練などさらさらなくて卒業す
ふけとしこ
たこやきの箱の汗かく春一番
起き抜けの水に放して三月菜
囀りの散つて隅々まで青空
望月士郎 (「海程」所属)
左手は右手で洗う多喜二の忌
貝寄風や胎児に耳のできあがる
ブランコを漕ぎつつ奴隷船のこと
牛乳の表面張力春満月
人形抱いて海市に向う船着場
佐藤りえ
渡されて犬にほひたつうらら哉
痰壺を眺めて春の日の暮らし
アイシングクッキー天竺までの地図
首すぢの空気穴から春の塵
睫なき菩薩のまなこ彼岸西風
真矢ひろみ
春曙光二度寝の夢に妣の坐す
大ぶりの霊を輪切りに長閑なり
碧天は御霊に狭し揚雲雀
真崎一恵(( )俳句会)
第二ボタン外し胸張り顔しかめ
春の雨希望の緑空高く
人波を撫でて帰った春の夕
ポケットの中に鍵なし春浅し
卒業の日に友の数倍増す
とこうわらび(( )俳句会)
学生の皮をはぎ取る春一番
雪解けや別れの日まであと一歩
学び舎の新陳代謝春来たる
卒業や取り残されたパイプ椅子
桜咲き何事もなく時の過ぐ
曾根 毅(「LOTUS」同人)
納屋の土筆卒業の日は寝て過ごし
前北かおる
一堂に再び会し卒業す
十二年歌ひし校歌卒業す
卒業のエスカレーター自動ドア
もてきまり
啓蟄は身を切るごとしひきこもる
死んだのよあなたと私花の宿
偽の死の枕二つや沈丁花
青木百舌鳥
水道の遅日の船の往き来かな
また汐吹貝(しほふき)白牌引きし心地なり
浅蜊掘る止めどきさがしはじめをり
雨音に余儀なく目覚め春嵐
捕へたる蟹も加へて浅蜊汁
浅蜊汁明るき色の砂残る
林雅樹 (「澤」同人)
寂しき街へ佐保姫乳首からビーム
化粧品売場はいつも春みたい
下着つけマネキン首のなき遅日
スカイツリー傾く桜満開に
サテュロスの女を攫ひゆく春野
早瀬恵子
さくら美人さくら美(うま)しや国の暁(あ)け
催花雨やTOKYO・KYOTOかんばせに
花代と仏門の線香もえ咲かる
川嶋ぱんだ (( )俳句会、船団の会)
学籍がなくなるという春近し
別れというほどでもなくて卒業す
門出というほどでもなくて卒業す
それぞれにスーツの第二ボタンかな
それぞれの角度から見る桜かな
それぞれの水のその後の桜咲く
天野大 (( )俳句会)
風光る川の流れの速きこと
砂時計ひっくり返すつくしんぼ
引き出しの第二ボタンに口づけを
前北かおる
草の青俄かに濃ゆし犬ふぐり
けらけらと空き缶転げ風光る
初桜老いて口数多からず
神谷波
はつさくを山ほど剝いて煮て朧
たんぽぽの絮そつと乗る夜風かな
大振りの白椿には曇天こそ
網野月を
春光や櫓の上の高層ビル
松禄を抜け出して食う穴子焼
イマカツの香りを余所に春の街
五代目を襲名興行花だより
雪姫の落花や風の春ならば
青柳の夕風の先煉瓦亭
髪匂う滲むネオンの春の宵
杉山久子
卒業の朝の真白きマグカップ
卒業す音楽室の窓鳴らし
雲追うてゆく雲のあり卒業歌
内村恭子 (天為同人)
春の雷キメラマウスに耳新た
いもりの尾また生えてくる春闌けて
春宵の丘にクローン羊たち
シナプスのつながつてゆく春隣
春の虹映す再生角膜に
小野裕三(海程・豆の木)
大玉を持ち歩きけり島朧
尖塔を学び終えたる春の客船
正餐に猿も鳶も魚島も
曾根 毅(「LOTUS」同人)
澄みきっている春水の傷口めく
竹林を来て春昼となっており
いのちまだ生臭くありつばくらめ
木村オサム(「玄鳥」)
曼荼羅の押し寄せてくる雪解川
啓蟄や黙って頬を差し出しぬ
透明な蝶の飛び交う試着室
春雷や向う三軒印度人
泳げないのに朧夜に駆り出さる
渡邉美保
春一番きのふのままに木のベンチ
ドーナツのやうな木の瘤風光る
満天星の芽だちに触るる手の冷た
雉鳩の羽根片びらき雛荒し
笑ふやうな鳥の鳴き声抱卵期
仙田洋子
とほくまで車かがやく梅見月
梅林や地べたに坐ることのよき
鳥影の日ごとに増ゆる梅の花
夢の中まで白梅のびつしりと
白梅に抱かれつめたくなつてきし
ほんのりと酔ひ紅梅のつもりなる
母と子と坐る地べたや梅の花
仲田陽子
花辛夷薄目を開けて眠りたる
蜜を吸う鳥の瞼や梅三分
筆先は囀りを聞き分けている
メビウスの輪から出られずシクラメン
養花天枕の中は白き羽根
杉山久子
桜湯に透きてかさなる花のいろ
春の日に鸚鵡返しの人とゐる
足跡のとぎれしところ春の海
北川美美
蒼空にときどき見える凧の糸
風の町へと馬に乗るサル
新巻の巻かれし縄を巻き戻す
中西夕紀
冬欅沈みたる日の余光受く
この部屋の句会に虚子や寒雀
福相にならんがためのちやんちやんこ
筑紫磐井
生鮮が出回る四日夕みぞれ
「山本周五郎商店」が七草粥
歌留多会果てたる夜や妻の家出
多忙なる事歳末の我の如し
真矢ひろみ
身の内の黒馬駆ける恵方道
骨正月ことに鎖骨の美しきひと
遁世や浮き世のことは初夢に
小沢麻結
三人の誰もピンボケ初写真
言ひたいこと言へる魔法よ寒紅は
初天神絵馬に生徒の名を連ね
水岩瞳
屠蘇好きの昭和は遠くなりにけり
クレヨンの重ね七色初画帳
気短にせねば吉なり初御籤
西村麒麟
一室になまはげ二人ゐて近し
なまはげは顔が動いてゐる如し
なまはげや柱に白き気が満ちて
下坂速穂(「クンツァイト」「屋根」)
ああ云へばかう云ふ人と年忘
人呼んで雀を呼んで初箒
葉は空の水の匂ひや初昔
岬光世 (「クンツァイト」「翡翠」)
結ひ上げし髪に挿頭すや初御空
七草菜丈を同じうしてゐたる
女正月御礼参りの絵馬買うて
依光正樹 (「クンツァイト」主宰・「屋根」)
読まれたる店の字ひとつ年詰まる
座はりたる子を立たしめて御慶かな
消印のなきがうれしき賀状来る
依光陽子 (「クンツァイト」「屋根」「ku+」)
大年をひらかんとして撫子は
映るものつぎつぎ飛んで初景色
土壁を離れ二日の夕日かな
竹岡一郎(鷹)
鈍(のろ)の石抱くや明日は手毬となれ
竹馬の跨ぐ生者やビルや首都
万歳の途まぼろしの屋台群れ
ふるさとの迷路を呪ふ手毬唄
初写真なるや曾祖母振袖着て
手毬子のつくものは我が眼鼻得し
若菜野をサーカスの亀まづ踏みしめ
陽 美保子(「泉」同人)
畦の木を去りゆく年の雪煙
さまざまに旅せし年も初昔
赤松は夕日の木なり餅あはひ
神谷 波
枯草の中より初日出でにけり
いつものやうに蛇口から水今朝の春
初鏡気合を入れて口紅を
早瀬恵子
若水や季語の庭より招福猫児(まねきねこ)
初春の一詩入魂猿や申
祝杯に浮かびし富士の淑気かな
望月士郎 (「海程」所属)
一瞬に元旦となりたこのいぼ
手毬つく少女や地球空洞説
妻という人らしごまめをよく食べる
薺打つ母に旋毛の二つある
魚の目で鳥の目で見るいかのぼり
山本 敏倖
新年のおっこっている門前仲町
ほうき星へ乗る気で雑煮おかわりす
三歩すすんで門松は異邦人
初夢のつぼへ私を置いてくる
裏白の裏にひそみしテロリスト
北川美美
雪踏みの凹みに影のありにけり
冬ざれの浅間山荘事件の碑
棒を見る霜のきらめく端を見る
その昔マスクは洗って使うもの
浅沼 璞
悼・澤田和弥
初東雲祈りはいつも目尻から
坂間恒子
初御空ショートステイの母おくる
四日はや整形外科の待合室
人日や百羽の鴉薮のなか
網野月を
来い来いに芒が残り年暮れる
終着駅は始発駅なり去年今年
レンジ上の張りぼて申に咲く淑気
初釜の萩の貫入数えけり
雑煮餅下になるとの隠れいて
三日なら駅伝を視てべっこ飴
伸し餅の耳を磯辺に七日かな
近恵 (炎環・豆の木)
数え日の肉体ことばとは違う
水掻きに血管あまた初日の出
鉢巻に額の皮脂がお正月
前北かおる(夏潮)
惣領の立ち働ける雑煮かな
数の子を白木の箸につまみけり
御降や雲の帳の暗からず
内村恭子 (天為同人)
お降りの静か天井画の豪華
招き猫飾りて仕事始とす
柏手に始まる市の淑気かな